永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(942)

2011年05月17日 | Weblog
2011. 5/17   942

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(3)

 清涼殿のお庭の菊がまだすっかりとは色が変わらず、盛りの頃、空のけしきも趣深く時雨のそぼ降る折から、帝はまず、この女二の宮のお部屋にお渡りになって、亡き御母君のことなどをお話になりますと、

「御答へなどもおほどかなるものからいはけなからず、うちきこえさせ給ふを、うつくしく思ひきこえさせ給ふ」
――(女二の宮は)お返事など、おっとりとなさっていながらも、子供じみてはおられず、はっきりと申し上げられるのを、可愛くお思いになります――

「かやうなる御さまを見知りぬべからむ人の、もてはやしきこえむも、などかはあらむ、朱雀院の姫宮を、六条院にゆづりきこえ給ひし折の定めどもなど、おぼしめし出づるに、しばしは、いでや飽かずもあるかな、さらでもおはしなまし、ときこゆる事どもありしかど」
――女二の宮のこのような可憐なご様子の分かる人で、しかるべき身分の者で、大切にかしずいてくれるような人が、いったいいるだろうか。その昔、朱雀院の皇女で女三宮を源氏にお託し申された当時の取り沙汰などを思い出されて、その当時しばらくは、御降嫁とはどうも合点がいかない、それほどまでになさらずとも、と申す者も居たが――

「源中納言の、人よりことなるありさまにて、かくよろづをうしろみ奉るにこそ、そのかみの御おぼえおとろへず、やむごとなきさまにてはながらへ給ふめれ、さらずば、御心より外なる事ども出で来て、おのづから人に軽められ給ふ事もやあらまし」
――源中納言(薫)が人並みすぐれた様子で、こうして万事母宮(女三宮)のお世話を申し上げていればこそ、女三宮もその当時の声望が衰えず、尊いご様子で生き長らえておられるようだ。そうでなかったならば(もし源氏に降嫁されなかったならば)予想外の事件も生じて、自然に人から軽蔑されなさることもあったであろう――

 などと、帝は思いを深めて行かれ、

「ともかくも、御覧ずる世にや思ひ定めまし、と、おぼし寄るには、やがてそのついでのままに、この中納言よりほかに、よろしかるべき人、またなかりけり」
――どうしてもご自分の御在位中に、女二の宮の御縁を定めておきたいものだとお考えつづけられると、ものの順序からいっても、この中納言より外に良さそうな人はまたと居ない――

 薫ならば姫宮たちの側に置いても何の恥ずかしいところはないであろう。

◆おほどかなるものからいはけなからず=おほどかなる・ものから・いはけなき=おっとりしているが、幼稚では無く

◆朱雀院の姫宮を、六条院にゆづりきこえ給ひし折の定=内親王を臣下の源氏に託されたこと

では5/19に。