2011. 12/3 1035
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(6)
左近の少将は、
「はじめよりさらに、守の御女にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」
――最初からまったく守の御娘でないとは聞いていなかった。あの北の方の娘には違いあるまいが、継娘では世間体も悪かろうし、婿として出入りするにも肩身が狭いというものだ。よく調べもせずに、いい加減なことを言ったものだ――
と、言われて、中次の男は気の毒になって、
「くはしくも知り給へず。女どもの知りたるたよりにて、仰せ言を伝へはじめ侍りしに、中にかしづく女とのみ聞き侍れば、守のにこそは、とこそ思ひ給へつれ。他人の子持給へらむとも、問ひ聞き侍らざりつるなり。」
――私も詳しくは知りませんでした。当方の女どもが奉公している縁故で、貴方様のお手紙を取り次ぎはじめましたところ、浮舟は中でも大切にする娘と聞きましたので、守の実子に違いないと思ったのでございます。まさか、他人のお子さんを育てておいでになろうとは、訊ねもしませんでした――
そして、つづけて、
「容貌心もすぐれてものし給ふこと、母上のかなしうし給ひて、おもだたしうけだかきことをせむとあがめかしづかる、と聞き侍りしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知り給へり、と取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪侍るまじきことなり」
――その娘は、ご器量もお気立ても人並み優れていらっしゃるとかで、母君が殊更お慈しみになり、名誉ある立派な縁組をと望みながら、大切に世話をしておいでになると聞きましたが、そこへ貴方様が、どうかしてあのお邸の事を伝え得る人が居るとよいが、と仰せられましたので、そうした便宜を知っておりますと、お取り次ぎした次第です。出鱈目だとの咎を受ける筋はありません――
と、この男は腹黒く、多弁な者で、こう言い訳をします。少将もあまり上品とは言えない口振りで、
「かやうのあたりに行き通はむ、人のをさをさゆるさぬことなれど、今様のことにて、咎あるまじう、もてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるを、同じことと内々には思ふとも、よそのおぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。源小納言・讃岐の守などの、うけばりたるけしきにて出で入らむに、守にもをさをさ受けられぬさまにて、まじらはむなむ、いと人げなかるべき」
――あのような受領風情の家に婿となって通うなど、世間はめったに誉めないことだが、それも今時はままあることで、目くじら立てることでもなかろう。娘の親たちが婿を大切に世話してくれるので、それに免じて通って行くのだが、こちらが、実の娘であろうと、継娘であろうと同じと思っていても、世間はそうは思うまい。守の財産に目がくらんで、媚びへつらっているなどと、まことしやかに噂するだろうよ。守の実の娘の婿である源少納言や讃岐の守などが、大威張りで出入りするのに、自分が継娘を貰ったばかりに、守からもろくに相手にされないような有様で立ち交じるのも、みじめだからな――
と言うのでした。
では12/5に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(6)
左近の少将は、
「はじめよりさらに、守の御女にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」
――最初からまったく守の御娘でないとは聞いていなかった。あの北の方の娘には違いあるまいが、継娘では世間体も悪かろうし、婿として出入りするにも肩身が狭いというものだ。よく調べもせずに、いい加減なことを言ったものだ――
と、言われて、中次の男は気の毒になって、
「くはしくも知り給へず。女どもの知りたるたよりにて、仰せ言を伝へはじめ侍りしに、中にかしづく女とのみ聞き侍れば、守のにこそは、とこそ思ひ給へつれ。他人の子持給へらむとも、問ひ聞き侍らざりつるなり。」
――私も詳しくは知りませんでした。当方の女どもが奉公している縁故で、貴方様のお手紙を取り次ぎはじめましたところ、浮舟は中でも大切にする娘と聞きましたので、守の実子に違いないと思ったのでございます。まさか、他人のお子さんを育てておいでになろうとは、訊ねもしませんでした――
そして、つづけて、
「容貌心もすぐれてものし給ふこと、母上のかなしうし給ひて、おもだたしうけだかきことをせむとあがめかしづかる、と聞き侍りしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知り給へり、と取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪侍るまじきことなり」
――その娘は、ご器量もお気立ても人並み優れていらっしゃるとかで、母君が殊更お慈しみになり、名誉ある立派な縁組をと望みながら、大切に世話をしておいでになると聞きましたが、そこへ貴方様が、どうかしてあのお邸の事を伝え得る人が居るとよいが、と仰せられましたので、そうした便宜を知っておりますと、お取り次ぎした次第です。出鱈目だとの咎を受ける筋はありません――
と、この男は腹黒く、多弁な者で、こう言い訳をします。少将もあまり上品とは言えない口振りで、
「かやうのあたりに行き通はむ、人のをさをさゆるさぬことなれど、今様のことにて、咎あるまじう、もてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるを、同じことと内々には思ふとも、よそのおぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。源小納言・讃岐の守などの、うけばりたるけしきにて出で入らむに、守にもをさをさ受けられぬさまにて、まじらはむなむ、いと人げなかるべき」
――あのような受領風情の家に婿となって通うなど、世間はめったに誉めないことだが、それも今時はままあることで、目くじら立てることでもなかろう。娘の親たちが婿を大切に世話してくれるので、それに免じて通って行くのだが、こちらが、実の娘であろうと、継娘であろうと同じと思っていても、世間はそうは思うまい。守の財産に目がくらんで、媚びへつらっているなどと、まことしやかに噂するだろうよ。守の実の娘の婿である源少納言や讃岐の守などが、大威張りで出入りするのに、自分が継娘を貰ったばかりに、守からもろくに相手にされないような有様で立ち交じるのも、みじめだからな――
と言うのでした。
では12/5に。