2011. 12/11 1039
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(10)
「よろしげなめりと、うれしく思ふ」
――(仲立の男は)うまく話が進みそうだとうれしく思う――
それではと、
「何かとおぼしはばかるべきことにも侍らず。かの御志は、ただ一所の御ゆるし侍らむを願ひおぼして、『いはけなく年足らぬ程におはすとも、真実の親の、やむごとなく思ひ掟て給へらむをこそ、本意かなふにはせめ。もはらさやうの、ほとりばみたらむふるまひすべきにもあらず』となむのたまひつる」
――それには、お心遣いなさることはございません。あちらのお気持では、ただ殿お一人のご承諾がありますことを願われて、「まだ若すぎようとも、本当の親御が大事にしておられるお子とのご縁組こそ、本意に叶うというものだ。殿の実の娘でない人を娶るような、浅はかなことはすべきではない」とおっしゃっています――
つづけて、
「人がらはいとやむごとなく、おぼえ心にくくおはする君なりけり。若き君たちとて、すきずきしくあてびてもおはしまさず、世のありさまもいとよく知り給へり。領じ給ふ所々もいと多く侍り」
――少将のお人柄もご立派で、世間の評判もなかなかなお方です。若い貴公子などといって、色めかしく貴人ぶってもいらっしゃらず、世の中の道理もよくわきまえていらっしゃいます。御料地もたくさんおありです――
「まだころの御徳なきやうなれど、おのづからやんごとなき人の御けはひのありけるやう、直人のかぎりなき富、といふめる勢ひには、まさり給へり」
――今のところ、財産の取り分などはお持ちにならないようですが、持って生まれた高雅な御風采は、普通の人のこれ以上ない富(すなわち大した成金)の力よりは増しでございましょう――
「来年四位になり給ひなむ。こたみの頭はうたがひなく、帝の御口づからごて給へるなり。『よろづの事足らひてめやすき朝臣の、妻をなむさだめざなる。はや、さるべき人選りて後見をまうけよ。上達部には、われしあれば、今日明日といふばかりに、なし上げてむ』とこそ仰せらるなれ。何ごともただこの君ぞ、帝にも親しく仕うまつり給ふなる」
――来年は四位(しい)になりましょうし、今回の蔵人頭(くろうどのとう)は、確実で、帝が御自身お口になさったことです。「何事も欠けたところなく、足り整ったそなたが、まだ妻を決めていないそうだが、早く相応しい人を選んで、うしろ盾(舅)をつくるがよい。上達部には、この私がいることだから、今日明日にも昇進させよう」と仰せられたとか。帝の御用は、何事によらずこの君が承って、親しくお仕えしていらっしゃると申します――
◆ほとりばみたらむふるまひ=辺(ほとり)ばむ=浅はかな・振る舞い。
◆あてびてもおはしまさず=貴ぶ(あてぶ)=貴人ぶってもいない
◆ころ=目下の富貴。ここでは、「この頃」とでも訳す。
では12/13に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(10)
「よろしげなめりと、うれしく思ふ」
――(仲立の男は)うまく話が進みそうだとうれしく思う――
それではと、
「何かとおぼしはばかるべきことにも侍らず。かの御志は、ただ一所の御ゆるし侍らむを願ひおぼして、『いはけなく年足らぬ程におはすとも、真実の親の、やむごとなく思ひ掟て給へらむをこそ、本意かなふにはせめ。もはらさやうの、ほとりばみたらむふるまひすべきにもあらず』となむのたまひつる」
――それには、お心遣いなさることはございません。あちらのお気持では、ただ殿お一人のご承諾がありますことを願われて、「まだ若すぎようとも、本当の親御が大事にしておられるお子とのご縁組こそ、本意に叶うというものだ。殿の実の娘でない人を娶るような、浅はかなことはすべきではない」とおっしゃっています――
つづけて、
「人がらはいとやむごとなく、おぼえ心にくくおはする君なりけり。若き君たちとて、すきずきしくあてびてもおはしまさず、世のありさまもいとよく知り給へり。領じ給ふ所々もいと多く侍り」
――少将のお人柄もご立派で、世間の評判もなかなかなお方です。若い貴公子などといって、色めかしく貴人ぶってもいらっしゃらず、世の中の道理もよくわきまえていらっしゃいます。御料地もたくさんおありです――
「まだころの御徳なきやうなれど、おのづからやんごとなき人の御けはひのありけるやう、直人のかぎりなき富、といふめる勢ひには、まさり給へり」
――今のところ、財産の取り分などはお持ちにならないようですが、持って生まれた高雅な御風采は、普通の人のこれ以上ない富(すなわち大した成金)の力よりは増しでございましょう――
「来年四位になり給ひなむ。こたみの頭はうたがひなく、帝の御口づからごて給へるなり。『よろづの事足らひてめやすき朝臣の、妻をなむさだめざなる。はや、さるべき人選りて後見をまうけよ。上達部には、われしあれば、今日明日といふばかりに、なし上げてむ』とこそ仰せらるなれ。何ごともただこの君ぞ、帝にも親しく仕うまつり給ふなる」
――来年は四位(しい)になりましょうし、今回の蔵人頭(くろうどのとう)は、確実で、帝が御自身お口になさったことです。「何事も欠けたところなく、足り整ったそなたが、まだ妻を決めていないそうだが、早く相応しい人を選んで、うしろ盾(舅)をつくるがよい。上達部には、この私がいることだから、今日明日にも昇進させよう」と仰せられたとか。帝の御用は、何事によらずこの君が承って、親しくお仕えしていらっしゃると申します――
◆ほとりばみたらむふるまひ=辺(ほとり)ばむ=浅はかな・振る舞い。
◆あてびてもおはしまさず=貴ぶ(あてぶ)=貴人ぶってもいない
◆ころ=目下の富貴。ここでは、「この頃」とでも訳す。
では12/13に。