2011. 12/23 1045
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(16)
「守はいそぎ立ちて、『女房など、こなたにめやすきあまたあなるを、この程はあらせ給へ。やがて、帳なども新しく仕立てられためる方を、事にはかになりにためれば、取りわたし、とかく改むまじ』とて、西の方に来て、立ち居とかくしつらひさわぐ」
――常陸の介は、少将とわが娘の結婚の用意に奔走して、「侍女などこちらの浮舟のところに、見苦しくないのが大勢いるそうですが、それを当分娘の方へお寄こしください。帳台なども新しく調えたらしいこの部屋を、娘の婚礼が急に定まったようですから、それらをこちらへ運んで据える暇もないので、そのままそっくりこのお部屋を使わせてもらいたい」と言って、この西の対にやって来ては、立ったり座ったりして、あちこちを飾り立てて騒いでいます――
「目安きさまにさはらかに、あたりあたりあるべきかぎりしたる所を、さかしらに屏風ども持てきて、いぶせきまで立て集めて、厨子二階など、あやしきまでし加へて、心を遣りていそげば、北の方見ぐるしく見れど、口入れじ、と言ひてしかば、ただに見聞く。御方は北面に居たり」
――(北の方が)体裁よくさっぱりと、あちらこちらを理想通りに用意したお部屋ですのに、守は気を利かしたつもりでしょうか、屏風などを運んできて、うっとうしい程に立て並べ、厨子(ずし)や二階棚なども、むやみやたらに増やして、得意げに設えています。北の方は見ぐるしいとは思いますが、口出しはしないと決めていますので、黙って見ています。浮舟は北面のお部屋にいらっしゃいます――
守が、
「『人の御心は見知りはてぬ。ただ同じ子なれば、さりともいとかくは思ひ放ち給はじ、とこそ思ひつれ。さはれ、世に母なき子はなくやはある』とて、女を、昼より乳母と二人、撫でつくろひ立てたれば、にくげにもあらず」
――「あなたの本心はすっかり分かった。あの子も私の子であなたが産んだ子なのだから、いくら何でも、こうまで投げやりにはされるまいと思っていたが、しかしまあいい、世間には母のない子もいるのだから、それならそれで、自分一人で準備するさ」と、言って、娘を昼よりその乳母と二人で念入りに装い立てますと、満更見られない器量でもない――
「十五、六の程にて、いとちひさやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて小袿の程なり、裾いとふさやかなり。これをいとめでたしと思ひて、撫でつくろふ」
――年は十五、六のごく小柄なふっくらした人で、髪は美しく小袿の丈ほどあり、その裾の方はたいそうふさふさとしていて、守はこの子をこの上なく美しいと思って、さらに念入りにお化粧させます――
◆さはらかに=爽らかに=さわやか、さっぱり
◆厨子二階(ずしにかい)=厨子は置き戸棚。二階は扉がなくて二段になった棚
では12/25に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(16)
「守はいそぎ立ちて、『女房など、こなたにめやすきあまたあなるを、この程はあらせ給へ。やがて、帳なども新しく仕立てられためる方を、事にはかになりにためれば、取りわたし、とかく改むまじ』とて、西の方に来て、立ち居とかくしつらひさわぐ」
――常陸の介は、少将とわが娘の結婚の用意に奔走して、「侍女などこちらの浮舟のところに、見苦しくないのが大勢いるそうですが、それを当分娘の方へお寄こしください。帳台なども新しく調えたらしいこの部屋を、娘の婚礼が急に定まったようですから、それらをこちらへ運んで据える暇もないので、そのままそっくりこのお部屋を使わせてもらいたい」と言って、この西の対にやって来ては、立ったり座ったりして、あちこちを飾り立てて騒いでいます――
「目安きさまにさはらかに、あたりあたりあるべきかぎりしたる所を、さかしらに屏風ども持てきて、いぶせきまで立て集めて、厨子二階など、あやしきまでし加へて、心を遣りていそげば、北の方見ぐるしく見れど、口入れじ、と言ひてしかば、ただに見聞く。御方は北面に居たり」
――(北の方が)体裁よくさっぱりと、あちらこちらを理想通りに用意したお部屋ですのに、守は気を利かしたつもりでしょうか、屏風などを運んできて、うっとうしい程に立て並べ、厨子(ずし)や二階棚なども、むやみやたらに増やして、得意げに設えています。北の方は見ぐるしいとは思いますが、口出しはしないと決めていますので、黙って見ています。浮舟は北面のお部屋にいらっしゃいます――
守が、
「『人の御心は見知りはてぬ。ただ同じ子なれば、さりともいとかくは思ひ放ち給はじ、とこそ思ひつれ。さはれ、世に母なき子はなくやはある』とて、女を、昼より乳母と二人、撫でつくろひ立てたれば、にくげにもあらず」
――「あなたの本心はすっかり分かった。あの子も私の子であなたが産んだ子なのだから、いくら何でも、こうまで投げやりにはされるまいと思っていたが、しかしまあいい、世間には母のない子もいるのだから、それならそれで、自分一人で準備するさ」と、言って、娘を昼よりその乳母と二人で念入りに装い立てますと、満更見られない器量でもない――
「十五、六の程にて、いとちひさやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて小袿の程なり、裾いとふさやかなり。これをいとめでたしと思ひて、撫でつくろふ」
――年は十五、六のごく小柄なふっくらした人で、髪は美しく小袿の丈ほどあり、その裾の方はたいそうふさふさとしていて、守はこの子をこの上なく美しいと思って、さらに念入りにお化粧させます――
◆さはらかに=爽らかに=さわやか、さっぱり
◆厨子二階(ずしにかい)=厨子は置き戸棚。二階は扉がなくて二段になった棚
では12/25に。