永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(923)

2011年04月09日 | Weblog
2011.4/9  923

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(5)

 「中納言も、過ぎにしかたの飽かず悲しきこと、そのかみより今日までおもひの絶えぬ由、折々につけて、あはれにもをかしくも、泣きみ笑ひみとか言ふらむやうに、きこえ出で給ふに、まして、さばかり色めかしく、涙もろなる御癖は、人の御上にてさへ、袖もしぼるばかりになりて、かひがひしくぞあひしらひきこえ給ふめる。空のけしきもまた、げにぞあはれ知り顔に霞わたれる」
――薫も、大君が亡くなられたことが尽きもせず悲しいことや、知り合われた当時から今日まで、お慕いする気持ちが失せぬことや、その季節季節につけてしみじみと、また趣き深く、泣いたり笑ったりと世間では言うそうですが、まったくその通りのことを匂宮に申し上げるのでした。あれほど多情で涙もろい匂宮の性質としては、他人の身の上にでさえ、袖も絞るほどに涙を流されて、いかにも話甲斐がありますように、相槌をお打ちになるようでした。空の景色もまた、この折にふさわしく、あわれ深げに霞み渡っています――

 夜になって風も激しく、まだ冬の寒い名残りに、燈火も吹き消されてお互いのお顔もさだかではありませんが、お二人はつもるお話に夜もたいそう更けていきます。世間ではめったに例とて無いような大君との不思議なご関係を、

「『いで、さりとも、いとさのみはあらざりけむ』と、のこりありげに問ひなし給ふぞ、わりなき御心ならひなめるかし」
――「さあ、いくら何でも、まさかそのようなきれいな関係ばかりではなかったでしょう」と、薫がなお隠してでもいるように聞き出されるのは、怪しからぬご自分の日頃のお心癖から推し量っての、疑い深さなのでしょう――

「さりながらも、物に心え給ひて、なげかしき心のうちもあきらむばかり、かつはなぐさめ、またあはれをもさまし、さまざまにかたらひ給ふ、御さまのをかしきにすかされ奉りて、げに、心にあまるまで思ひ結ぼほるることども、すこしづつ語りきこえ給ふぞ、こよなく胸のひまあく心地し給ふ」
――そうでありながらも、匂宮は思いやりの深い方でいらっしゃるので、薫の悲嘆にくれたご心情をも晴らすほどに、一方では慰め、他方では紛らわされて、いろいろとお話になるのでした。その匂宮もお話しぶりの面白さに薫はつい釣り込まれて、薫はお心に余る胸の憂さを少しずつ申し上げていますうちに、暗く閉ざされたお気持も自然に晴れていくような気持ちになられたのでした――

◆かひがひしくぞあひしらひきこえ給ふめる=甲斐甲斐しくぞ・あひしらひ・きこえ・給ふめる。張り合いがあるように、相槌をお打ちになるようでした。

◆あきらむばかり=明らむばかり=(薫の悲嘆にくれる心のうちを)晴らすほどに。

◆すかされ=すかす=だます。おだてる。調子にのせる。

では4/11に。


源氏物語を読んできて(922)

2011年04月07日 | Weblog
2011.4/7  922

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(4)

「内宴などものさわがしきころ過ぐして、中納言の君、心にあまることをも、また誰にかはかたらはむ、と、おぼしわびて、兵部卿の宮の御方に参り給へり」
――例年、宮中の仁寿殿(じじゅうでん)で催される正月の内宴などの、騒がしいひとときが過ぎた頃、薫中納言は胸に保ちかねる大君への思いを、他にだれにしみじみ訴えられようか、と、兵部卿の宮(匂宮)のお住いの御方に参上なさいます――

「しめやかなる夕暮れなれば、宮うちながめ給ひて、端ちかくぞおはしましける。筝の御琴掻き鳴らしつつ、例の、御心よせなる梅の香をめでおはする。下枝を押し折りて参り給へる、にほひの、いと艶にめでたきを、折りをかしう思して」
――しめやかな夕暮れの頃で、匂宮も端近にお出でになり、物思いがちに外を眺めながら、筝の琴を掻き鳴らしつつ、例によって亡き御祖母の紫の上から頂いたお気に入りの梅の香を愛でていらっしゃるところでした。薫がその下枝を折って階を上られますと、匂宮はその香りの何とも言えず艶なのを、折から趣き深くお思いになって、

(匂宮の歌)「折る人のこころにかよふ花なれや色には出でずしたににほえる」
――この花は、折り取ったあなたの心そっくりでしょうか。表には咲き出ずに内に匂いをこめています(表面はさりげなくしていて、内々では中の君を思っているのでしょう)

 と、おっしゃるので、薫は、

(歌)「『見る人にかごとよせける花の枝を心してこそ折るべかりけれ』わづらはしく、と、たはぶれかはし給へる、いとよき御あはひなり」
――「眺めているだけの私に、そのような言いがかりをつけるのでしたら、私もそのつもりで、花の枝を折るのでしたよ(花を中の君にたとえる)」迷惑な邪推ですよ、と、お互いに戯れ合っておられるのは、まことに結構なお二人の間柄というものです――

「こまやかなる御物語どもになりては、かの山里の御ことをぞ、先づはいかに、と、宮はきこえ給ふ」
――真面目なお話になりますと、匂宮は先ず、例の山里のことを、いかがお過ごしかとお尋ねになります――

◆内宴など=内々の節会の義で、正月二十一日に仁寿殿(じじゅうでん)で行われる公事。群臣に題を賜い詩を作らせ、披講があって後に宴を賜る。

◆例の、御心よせなる梅の香=亡き紫の上から戴いて、特別こころをかけておられる紅梅の香

では4/9に。

源氏物語を読んできて(921)

2011年04月05日 | Weblog
2011.4/5  921

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(3)

「いとさかりににほひ多くおはする人の、さまざまの御物おもひに、すこしうち面痩せ給へる、いとあてになまめかしきけしきまさりて、昔人にもおぼえ給へり。ならび給へりし折は、とりどりにて、さらに似給へりとも見えざりしを、うち忘れては、ふとそれかと覚ゆるまで通ひ給へるを」
――(中の君は)今を盛りのお年頃の、たいそう美しいお方が、さまざまの物思いに少し面やつれしていらっしゃる、そのご様子は、上品で優雅な艶さえ備わられて、亡くなられた大君に実によく似ていらっしゃる。ご姉妹ご一緒だったときは、美しさもそれぞれ別で、まったく似ておられるとも見えませんでしたが、大君のご逝去をつい忘れては、ふっと中の君を大君かと思うほどよく似ていらっしゃるので――

 侍女たちは、

「中納言殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかば、と、朝夕に恋ひきこえ給ふめるに、同じくは見え奉り給ふ御宿世ならざりけむよ」
――薫の君が、せめて亡き骸だけでもこの世にとどめて拝せるものでしたら、と、今だに朝夕お慕い申していらっしゃるということですから、同じ事なら、どうしてこの姫君が薫の君にお添い申される御縁ではなかったのでしょうか――

 と、お仕えする侍女たちは残念がるのでした。

「かの御あたりの人の通ひくるたよりに、御ありさまは絶えず聞きかはし給へり。つきせず思ひほれ給ひて、新しき年とも言はず、いやめになむなり給へる、と、聞き給ひても、げにうちつけの心浅さにはものし給はざりけり、と、いとど今ぞあはれも深く思ひ知らるる」
――薫の家来がいつしか懇ろになった侍女のところへ通ってくるついでに言づけて、宇治の日常のことを絶えず聞き知っておられます。中の君は、薫が大君を思っていつまでもぼんやりとなさっていて、新しい年を迎えたというのに、涙にかきくれてばかりいらっしゃるとお聞きになるにつけても、なるほど、薫の君は一時的な恋心ではなかったのだと、そのお心の程が、今更身に沁みてお分かりになるのでした――

「宮はおはしますことの、いとところせくあり難ければ、京にわたしきこえむ、とおぼし立ちにたり」
――匂宮は、宇治にお通いになることには大そう仰々しく、また容易ではありませんので、中の君を京へお移し申そうと、いよいよご決心が固まったのでした――

◆いやめに=いや目に=涙ぐんだ目つき。悲しそうな目つき。

では4/7に。

源氏物語を読んできて(920)

2011年04月03日 | Weblog
2011.4/3  920

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(2)

 この阿闇梨は、かつて八の宮を仏道に導いた僧で、

「年あらたまはりては、何事かおはしますらむ。御祈りは、たゆみなく仕うまつりはべり。今は一所の御事をなむ、やすからず念じきこえさする」
――年が明けましてからは、御機嫌はいかがでいらっしゃいますか。ご祈祷(延命、息災)は怠りなくお勤めしております。今はただ、あなた様(中の君)お一人のことが心にかかりまして、ひたすらお祈り申し上げております――

 との口上のお文があって、蕨(わらび)や土筆(つくし)などを風流な籠に入れ、「これは童たちが御仏の供養のために、私のところに持ってきた初物でございます」と、侍女のもとに届けて寄こしました。

「手はいと悪しうて、歌は、わざとがましく引き放ちてぞ書きたる」
――その筆跡はたいそう見ぐるしく、歌も一字一字引き離して、たどたどしい書きぶりです――

(阿闇梨の歌)「『君にとてあまたの春をつみしかば常をわすれぬはつわらびなり』御前によみ申さしめ給へ」
――「あなた方の為にと永年摘んで献上したものですから、今年もその例を忘れないでこの初蕨を差し上げるものです」どうぞ中の君の御前にお読み上げくだされませ――

 とあります。

「大事と思ひまはして詠みいだしつらむ、とおぼせば、歌の心ばへもいとあはれにて、なほざりに、さしも思さぬなめり、と見ゆる言の葉を、めでたく好ましげに書きつくし給へる、ひとの御文よりは、こよなく目とまりて、涙もこぼるれば、返りごと書かせ給ふ」
――この歌は、阿闇梨がよほど思いあぐねて詠んだのであろうとお思いになりますと、余計に歌の趣もあはれ深く感じられるのでした。ほんの一通りでいい加減に、それほどにはお考えにならないであろうとお言葉を、立派に如才なく書き連ねられる、あの匂宮の御文などよりもはるかにお心に沁みて、ふと涙ぐんでしまわれるのでした。お返事を侍女にお書かせになります。

(歌)「この春はたれにか見せむなき人のかたみみつめる峰のさわらび」
――姉上亡き今年の春は誰に見せて共に喜びましょうか。亡き父宮の形見としてお摘みくださった峰の蕨も――

 使いの者にはねぎらいの禄(ろく)をお与えになりました。
 
◆思ひまはして=思ひ回す=考えをめぐらす。思案する。

◆絵:阿闇梨から早蕨が届けられる。

では4/5に。

源氏物語を読んできて(919)

2011年04月01日 | Weblog
2011.4/1  919

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(1)

薫(中納言)             25歳正月、2月
  表向きは源氏と女三宮の子。実は父は柏木であるとうすうす感じている) 
匂宮(兵部卿の宮、今上帝と明石中宮の第三皇子) 26歳
中の君(故八の宮の姫君)       25歳
明石中宮(今上帝の后)        44歳
夕霧(左大臣、父は光源氏。明石中宮は異母妹)   51歳
六の君(夕霧と正妻ではない藤典侍との姫君)

 年が代わって、憂いに閉ざされていた宇治の山里にも、春がめぐってきました。

「やぶしわかねば、春の光を見給ふにつけても、いかでかくながらへにける月日ならむ、と、夢のやうにのみ覚え給ふ。行きかふ時々にしたがひ、花鳥の色をも音をも同じ心に起き臥しつつ、はかなきことをも、本末をとりて言ひかはし、心細き世の憂さもつらさも、うちかたらひ合せきこえしにこそ、なぐさむかたもありしか」
――薮の中でもどこでも区別なく照らすうららかな春の光をご覧になりながら、中の君は、この悲しい月日をしみじみと思い返されて、今までよくも長らえてきたものよ、と、ただ夢のようなお心持ちでいらっしゃる。四季の移ろいにつれて花の色も鳥の声も、姉の大君と同じ心で日夜見聞きしながら、ちょっとした歌を詠むにも、一人が上の句を詠めば一人が下の句を詠むという風にして、心細いこの世の憂さも辛さもお互いに語り合って、このわびしい山里での起き臥しが慰められたものでしたのに――

「をかしきこと、あはれなるふしにも、聞き知る人もなきままに、よろずかきくらし、心ひとつをくだきて、宮のおはしまさずなりにし悲しさよりも、ややうちまさりてこひしくわびしきに、いかにせむ、ど、明け暮るるも知らずまどはれ給へど、世にとまるべき程は、かぎりあるわざなりければ、死なれぬもあさまし」
――今では、風情のある面白いことでも、しみじみ寂しいと思うことでも、すべての事を、話し合い分かりあう人とてないままに、中の君はお心も沈んでただ一人胸を痛めていらっしゃいます。父宮の亡くなられた折の悲しさよりも、この度の方がひとしお切なく、姉君を恋しく思われて、この先いったいどうなるのであろうか、と、明け暮れ途方にくれていらっしゃるけれども、この世の寿命は決まっているものなので、ご自分では死ぬことも叶わないのを恨めしく思っていらっしゃる――

 そのような折に、山寺の阿闇梨からお見舞いがありました。

◆やぶしわかねば=古今集「日の光薮(やぶ)しわかねば石の上ふりにし里に花も咲きけり」

では4/3に。