ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

自我のめばえを幼女に教わる

2017-06-20 06:46:32 | 雑感
 図書館でひとしきりうたた寝した後、その帰り道に10分ほど離れたスーパーに寄ってみました。スーパーのイートイン・コーナーで一休みしていると、少し離れたところで2~3歳ぐらいの女の子が大声で泣き叫び始めました。側にいる母親は素知らぬふりをしていました。

「(あぁ、やってるやってる・・・)」初めはそんな軽い気持ちで見ていました。そのうち、文字通り地団駄を踏んでは体中から怒りが爆発しだしました。
そんな女の子を見て、「(今あの子、頭にジワッと血が上っているな !?)」。女の子の姿に幼い頃の私自身が被って見えました。

 あの歳頃の私も、思い通りになりそうもないと直ぐに悔しさを通り超して怒って泣き喚いていたのでしょう。頭にジワッと血が上った感覚と涙で鼻が詰まっていた感覚は今でも鮮明に覚えています。「(そうか、ヒトって怒っても泣くんだ!)」。アリキタリのことでこんな当たり前のことに気づかされました。

 大人なら、涙を流して泣くのは余ほどの悔しさや悲しさがあってのことで、怒って泣くことはありません。ところが、言葉の未発達な幼児では、悔しさ極まっての怒りでも泣くのです。強いてそこに共通点を挙げるなら、思い通りにならない悔しさでしょうか。幼児の場合は、欲しいものが手に入らない悔しさに、思いを言葉で言い表わせない悔しさが二重になって怒ってしまうのでしょう。

 自分の思い通りにならない悔しさは自分という意識がなければあり得ません。・・・と言うことは 2~3歳ぐらいの幼児でも自我があるということ? じゃぁ、赤ん坊が泣くのも自分の思い通りにならない悔しさ? 赤ん坊にも自我がある? ・・・これ以上やると屁理屈の捏ねくり回しになるので止めにしました。
 
 言葉にできない悔しさは怒りに変わる。
 言葉にできない怒りは泣くことでしか晴らせないこともある。

言葉に思いを託せるか否かが鍵。幼い女の子に実地で教わりました。
 
 アリキタリのことでこんな当たり前のことに今さら気づくなんて、最近どうかしてます。うたた寝したら本来頭が冴えるはずなのに、冴えているのかボンヤリしているのか・・・、少なくともどこか変調を来たしているようです。

 毎年、2月下旬から3月にかけてと7月下旬から8月にかけて、頭の回転が鈍くなるのが普通ですが、ちょっと早いのではと思っています。今の時期、気温の変化など大したことないはずなのに、思いの外快適な気候続きのせいでしょうか?



いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ランキングに参加中です。是非、下をクリックして順位アップに応援お願いします!
クリックしますと、その日の順位が表示されます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓    ↓
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする