(ちょっといい話)
「男はつらいよ拝啓車寅次郎様」(山田洋次監督・1994年)より
満男は大学を卒業後仕方なく入社した靴会社の営業の仕事をしている。半年が過ぎた満男は、靴のセールスに嫌気がさし家族に愚痴をもらしていた。 それを聞いた寅さん、近くにあった鉛筆を2本満男に差出し「オレに売ってみな」と言う。満男はしぶしぶ、寅さんに売ってみる。
満男 :「おじさん、この鉛筆買ってください。ほら、消しゴムつきですよ」
寅さん:「いりませんよ。ボクは字書かないしそんなものは全然必要ありません! 以上!」
満男 :「あ・・・そうですか・・・」
寅さん:「そうです!」
満男 :「・・・」
寅さん:「どうしました? それだけですか?」
満男 :「だって、こんな鉛筆売りようないじゃない・・・」
まったく売れない満男に寅さんは、「貸してみな」と鉛筆を取り上げしみじみとした語り口調で話しはじめます。
寅さん:「おばちゃん・・・オレはこの鉛筆を見るとな、おふくろのこと思い出してしょうがねえんだ。不器用だったからねえ、オレは。鉛筆も満足に削れなかった・・・夜おふくろが削ってくれたんだ。ちょうどこの辺に火鉢があってな。その前にきち~んとおふくろが座ってさ、白い手で肥後の守(鉛筆削り用のナイフ)を持って、スイスイ、スイスイ削ってくれるんだ。その削りかすが火鉢の中にはいって、ぷ~んといい匂いがしてなあ。きれいに削ってくれたその鉛筆をオレは落書きばっかりして、勉強ひとつもしなかった。でもこれぐらい短くなるとな、その分だけ頭が良くなったような気がしたもんだ」
しみじみとした寅さんの話はつづき、それを聴いていた家族の人たちは、みんな鉛筆が欲しくなります。家族中の人が感服しいている中で寅さんは言います。
寅さん:「おれの場合はね、今夜この品物を売らないと腹すかして、野宿しなければならないってこともあるのさ。のっぴきならないところから絞り出した知恵みてえなもんなんだよ」そして満男に言います。
寅さん:「人聞なんてっても、やっぱり勉強が第一だからな。これからも修行して、一人前の会社員になってください。物を売るってことは、こういうことなんだ。」