キャリアコンサルタントのセミナーでご一緒させていただいた長崎県のOさんが、NBF九州ブロックダブルスボーリング選手権大会参加のため、宮崎市へこられた。
スポーツ大会で九州を回るなんて、素晴らしいことでしょう!何かをしなくては・・と考えているだけの私は、多いに刺激を受けました。
皆さんとても上手で、改めて真剣勝負という一面とホビーの両面備えたスポーツだと感じました。
お土産をいただきました。とてもかわいいので写真に。
中を開けるとこれまた、素敵でした。
試合中でしたので、じっくりお話することは叶いませんでしたが、長崎へ旅行の折にはぜひお話したいものです。

秋のフラワーガーデンショーが11月16日(日)まで開催中。期間中、イベントもありますので、英国式庭園喫茶室までお立ち寄りください。・・って職員ではないのですが、月一度のライブ会場として利用させていただいており、会場の魅力をお伝えしたく掲載しました。

くわしくは、http://mppf.or.jp/entrance_plaza/
今回は、英国式庭園喫茶室の楽しいハロウィンのデコレーションを紹介します。

楽しくてかわいいGOODSも迎え入れてくれますよ。















最後までお読みいただきありがとうございました。
いかがでしたか。隅々まで楽しく迎え入れてくれるようなデコレーションに、思わずうれしくなり、シャッターを押し続けました。
ハロウィンって、外国ではお盆のようなお祭りなのだそうです。
10月27日、新しい週のスタートです。今週も健康第一で頑張りましょう!
大阪に住む母の傘寿祝いのため、マイカーで宮崎から大阪まで走った。別府から八幡浜へフェリーで渡り、朝5時に港を出た。午前11時、予定より早く着いたため、道頓堀周辺で遊ぶこととした。
道頓堀川は東横堀川の南端から西流して木津川に合流する全長約2.9kmの河川で、西横堀川(阪神高速1号環状線北行き)以西は西道頓堀川とも呼ばれる。日本橋 - 浮庭橋間では、両岸に遊歩道「とんぼりリバーウォーク」(後述)が整備され、道頓堀や宗右衛門町の繁華街を川岸から楽しむことが可能になった。(ウィキペディアより)
道頓堀川には、さまざまな形式をした橋が多数架かっている。その主な橋を紹介したい。大阪市の橋はこちらで知ることができます。
(日本橋)
橋長: 28,8m、幅員:28m、構造:鋼橋、架橋:昭和44年
(相合橋)
橋長: 42m、幅員:15m、構造:鋼橋、架橋:昭和37年
(大左衛門橋)
橋長: 41,2m、幅員:4m、 構造:3径間連続合成桁、鉄筋コンクリート構造 RC、架橋:昭和33年
(戎(えびす)橋)
橋長: 26m、幅員:11m、構造: 鋼鈑桁、架橋:平成19年
(道頓堀橋)
橋長: 38,2m、幅員:43,6m、構造:鋼橋、架橋:大正11年
(新戎橋)
橋長: 39,7m、幅員:6.9m、構造:合成桁橋、架橋:昭和38年
(大黒橋)
橋長: 36m、幅員:9,1m、構造: RCアーチ、架橋:昭和5年(昭和63年改装)
(深里橋)ふかりばし
橋長: 53,2m、幅員:23,7m、構造: 三径間ゲルバー式鋼鈑桁橋、架橋:昭和5年
(浮庭橋)
橋長: 76,3m、幅員:4~6,2m、構造:吊橋、架橋:平成20年
(船着場と浮庭橋)
日本記念日協会から、カレンダーが届いた。提唱者の湯浅氏によると、記念日協会から、積極的に記念日活動をしていることに対して、お褒めの言葉をいただいたとか。
特に湯浅氏はこの記念日を拡げるために、対象の市町村への訪問活動等を30年にわたり続けている。
気になる8月のカレンダーは・・・あった。
8月4日「橋の日」。もちろん「箸の日」でもある。
このような記念日を通して、生活や暮らし方を見直してみる機会になれば。
香川県さぬき市津田町「津田の松原」に立ち寄った。25年前に立ち寄り、今回で2回目となる。
津田町は、その昔、日本武尊の神霊が鶴となって西方へ飛んだとき、途中岩の上に憩い、そこに一片の羽毛を落として行ったという。
その羽毛を神前に祀って「鶴羽明神」と呼び、後にその。肌は「鶴羽の庄」となった。
(鶴羽の名前が残る小学校跡)
そんな伝説を秘めた「鶴羽の庄」と播磨灘のさざ波打ち寄せる「津田の浦」が合併してできた町、津田町。
(遠く小豆島が見える)
(美しい砂浜)
(宮崎の砂浜とは違って、粒が大きい)
自然に恵まれた波おだやかな津田の港は、藩政時代から出船入船でにぎわい、瀬戸風も快い浜街道を行き交う人が絶えなかった。そして明治、四国で最初の郵便取扱所が設置されたのもこの津田町である。(観光パンフレットより転載)
この一帯は瀬戸内海国立公園で、松にさわぐ潮風が琴の音色に似ているところから、琴林(きんりん)公園と呼ばれている。
(七福神松のひとつ弁財天)
(七福神松の紹介看板)
風雪に耐え、浜街道の変遷をながめてきた樹齢600年におよぶ老松5、000本を有する松林には、僧海量をぱじめ数多の文人たちの、一匹碑文や石碑が散在している。
(碑文)
白砂の浜にひときわ高い石灯龍が一基。
その昔、沖往く船に灯し続けた明かりは、今もそのねくもりを感じさせる。
(通学途中の児童達)
毎日、この美しい松を眺めながらの登校、きっといい思い出になるだろう。
(25年前のパンフレット)
10月11日(土曜日)午後7時から、友人の自宅で伊勢エビパーティ&同窓会の準備会議をおこなった。
高校時代の同窓会を40歳から5年度毎に開催しており、来年4回目。来夏となることは決定済みだが、県外に住んでいる同窓生のため、帰省日の関係を考慮し協議が必要だった。話合いの末、8月15日(土曜日)午後6時と決まった。会場選択では、サービス内容と金額など、口コミ情報や最近いくつかの会場を使った感想を踏まえ、二次会までの会場を決め、仮押をすることとした。
(ゲームタイム)
会議後、地元島の浦で獲れた伊勢エビ30尾程(友人が漁で穫ったもの)を使った料理(ホイル焼き、鍋、刺身)を中心に、お腹いっぱいの楽しい夜を過ごした。最後の締めは、ゲーム。こちらも盛り上がった。最後はハンドルキーパー参加者全員を自宅まで送り届けてくれた。3,000円でこれまで楽しめる会は、他にはないかも・・・。
(これまでの使っていたOCNブログの表紙)
5年程前から始めたブログが、2014年10月18日を持って、完全移え転完了。
こんなに早く移転できたのも、移転元のOCNさんが、専用ツールを準備してくれたからだ。
移転後は、写真の漏れやレイアウト、文字の訂正など、気付いたところを更新した。
現在、497の文章を書いていることがわかった。小さな積み重ねだけど、気付いてみると、50歳以降の足跡が残されていることをうれしく思う。
引っ越して1ヶ月。このGOOブログには、OCNにはないサービスがたくさんあり、会員数、閲覧数とも多い。OCNさんのサービス停止ということもあるが、GOOさんを選んで本当に良かった。
たくさんの可能性を秘めたブログサービスでもあるため、今後いろんなことに挑戦してみたい。
10月3日(金)~10月7日(火)まで、母の傘寿祝いと家族旅行を兼ねて、大阪、奈良、高松を旅行した。妻と次女は車で一緒に。長女は福岡、三女は東京から駆けつけた。
(別府湾にて)
出発は3日午後6時、国道10号線を北上、午後11時50分別府湾に到着。その後宇和島汽船のフェリーにて、愛媛県八幡浜港へ向かった。到着後、フェリーにて仮眠。午前5時30分、八幡浜港から松山自動車道~高松自動車道を通り、大阪へ向った。
(明石海峡大橋より神戸の街を望む)
午前11時大阪、道頓堀商店街へ到着。道頓堀周辺を周遊。
(開店前の串かつだるま)
昼食は串かつだるま。開店前から長蛇の列。
(セット+お好みの串をオーダー)
(日本一賑やかな橋、戎橋)
いつかの橋を渡る。中でも戎橋は、グリコの看板(現在は工事中)が見える場所にもあり、また商店街の入り口でもあるので、人出も多い。多分日本で一番、歩いて渡る人の多い橋ではないだろうか?
(とんぼりリバージャズボートにて)
道頓堀川から眺める、40分間の観光遊覧船ジャズボートでは、デキシーランドジャズを堪能。デキシーランドジャズは、上海から入ってきたジャズが大阪の街で育ち、東京で独り立ちしたといわれている。河川遊覧で川面からの眺めを楽しむ。
(お祝い会場、りんくうゲートタワー)
午後4時、宿泊ホテルヘ向け出発、午後5時40分ホテル着後、母の傘寿を祝う会場へ。
会場では、母、弟家族、合わせて10名で母の傘寿を祝った。
(夜景を楽しみながら・・・)
関西空港も隣接したホテル。とても良い雰囲気の中、楽しい時間を過ごした。
(全員集合)
「夢のようや・・・」と喜んでもらえた!
(孫達)
会場手配から諸準備まで弟の配慮に感謝。
10月5日(日)午前9時、妻は台風の影響で宮崎空港を離発着ができないとのことで、急濾、福岡空港から陸路バスにて帰ることになり、長女も同伴した。
(平屋で面積が広い寺のつくりに驚く)
私と二女と三女の3人は、弟家族は予定通り、奈良観光へと向かった。
(ガイドボランティアMさんの案内で、法隆寺を見学)
法隆寺は、法隆寺は7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院。奈良時代までの寺院は、修行僧のための学校として機能していたとのこと。
(五重の塔)
また五重塔はブッタの骨を安置しているモニュメントとして存在していたが、その後仏像崇拝により、塔は姿を消した。
五重塔は300年に一度の間隔で解体分解し、補修の必要な箇所のみを修繕して元に戻しており、その都度かなりの費用がかかっていたらしい。直近の修理は江戸時代に行われ、補修の必要な資金が集まらず、江戸幕府から調達したため、上部には葵の御紋が入っている。
(柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺_正岡子規)
残響音がいつまでも残る鐘。これがあの鐘・・・。
この残響音こそが、品質の良い鐘の証しだとか・・。その後奈良公園で昼食。
(柿の葉すしの焼きサンマ、炙りサケ、焼きサバ)
その後、東大寺の大仏を見学。
大仏と大仏殿のスケールの大きさに驚愕。1,300年前の人達は、この景色をどう感じたのだろうか。
(三女がギャングと名付けた奈良公園の鹿)
鹿せんべいを持っている限り後を追ってくる鹿。両手を挙げると、離れる鹿。三女がまるでギャングと名付けた奈良公園の鹿、確かにギャングかも・・・。
(南大門の仁王像)
南大門もそして仁王像も、高い芸術性を感じた。
(世界最大級の木造建築、大仏殿)
遠い時代のことだけれど、改めて人間の力の素晴らしさに感動。
(宇宙そのものを表してつくられたという大仏)
大仏は、聖武天皇(しょうむてんのう)の願いで745年に製作がはじまり、752年に完成。高さが約15メートル。『大仏さま』と呼ばれているが、正式な名前は『盧舎那仏(るしゃなぶつ)』
夜は弟宅で、母を囲んで夕食と子供たちによるタコヤキパーティ。
思い出話や最近の様子など、夜遅くまで語り合った。
10月6日(月)午前9時、私と子ども達の3人でUSJへ出掛けた。月曜日で空いているかと思ったが、入り口から混雑。係員に聞いたところ、4万人の入場者とか。
(初体験、後ろ向きのコースターバックドロップ)
入場後早速ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリーポッターを体験するために入場整理券を発券してもらった。朝10時の手続きでも、入場は午後3時50分という人気ぶり。
最初に体験したアトラクションバックドロップ。なんと3時間待ち。このバックドロップは、前方へ向け走るのではなく、後ろ向きに走るジェットコースター。かなり高く持ち上げられたかと思うと、いきなり急降下。前方が見えないスリル、浮遊感を体験。本当に怖い想いをした。二度目は無理だろう。声も枯れた。
(ハロウィンの目玉となるパレード・デ・カーニバルの様子)
バックドロップ体験後、スタジオ内を見学。美しいUSJ内の風景を楽しむ。パレード・デ・カーニバルでは、ハローウィン、華やかな衣装に身を包んだエンターテイナーの踊りなど熱気が伝わったきた。
午後4時、ハリーポッタースペースヘ入場。不思議な風景を体感。写真を撮るのが楽しくて、魅力的なアングルをカメラに収めた。
(ホグスミード村。煙突が不思議な世界を演出)
(無数の杖の箱が積み重なるオリパンダーの店)
(ホグワーツ城)
(ダンブルドアの校長室他教室や廊下を巡る)
夜には、ホラーナイトイベントでは、バイオハザードのゾンビ達が出演したダンスショーや路上パフォーマンスに驚かされた。突然、襲ってくるゾンビ集団、路上ではゾンビに食べられる方(そういう役らしい)、またその悲鳴が突如そば聞こえるため、ゾンビの存在以上に怖い想いをした。
(ゾンビダンスショー)
(ニューヨークエリアあたり?)
午後9時、USJを後に、一路香川県の宿泊ホテル「クワパーク津田」へ
ホテルに到着したのは、午後11時過ぎだった。
(樹齢600年の老松、5000本を有する松林)
10月7日(火)
朝7時から、ひとりでフラリと津田の松原を散策。松が織りなす美しい風景。夏は海水浴場でにぎわうのだそうだ。
松原の中を流れる梅川 にかかる朱塗りの橋は、二つの名前を持つ橋。行くときは「願い橋」。帰るときは「叶え橋」。
(願い橋、叶え橋)
大正4年(1915)「琴林公園」の名で県立公園に指定されて以来、多くの人々に愛された津田の松原は、昭和31年(1956)、瀬戸内海国立公園にも指定され、さぬき市を代表する風雅な景勝地にもなっている。
(現在廃校となった小学校)
その後、祖先がこの町から宮崎に来たという言い伝えのある旧鶴羽町を訪問。現在は閉校となっている鶴羽小学校を現在、小学校跡で近隣の遺跡の管理をしているNさんから案内していただいた。
子ども達の声が聞こえてきそうなモニュメントや絵画などがあった。
(児童達がつくった町の歴史マップ)
その後、こんぴらさんの愛称で知られている金刀比羅宮を訪問。
(参道にはみやげもの店が軒を連ねる)
(登り始めの階段)
(頂上近くの階段で手すりにしがみつく三女)
私は2度目だが、初めて昇った子ども達は、その登り階段の多さにびっくりした様子だった。「階段登って幸せ参り・・」なんとか皆登り切った。本宮からは、見晴らしがよく瀬戸大橋も見えた。
(遠く瀬戸大橋や琴平の町が見える)
(御本宮、ここまで785段)
(金比羅宮は、海上安全で御利益があると言われている)
下山は、思ったよりも早く降りることができた。
(渋いうどん店が数件ある)
最後の訪問先、満濃池。日本一大きい溜池。弘法大師も整備に関わったとの記載がある。
(満濃池にて)
その後、愛媛県八幡浜港へ。5時40分乗船。臼杵経由で宮崎へ。午後11時10分着。
(八幡浜港フェリー待合所)
走行距離は、1300キロ。ほとんど子ども達に運転してもらった。今回の旅行では、とても楽しめたように思う。
(船上にて、暮れゆく夕日を撮影)
考えて見ると子ども達と遊んだこと20回はあるだろうか?ほとんど仕事だけだった(反省)。これからでも遅くない機会をつくって出かけよう。
宮崎景観まちづくり研究会に在籍している知人の写真展に行った。
会場はカフェレストランArtSwing 1階ギャラリー。省スペースだが、オシャレな空間だ。
県内でさまざまな活動をしながら撮影した写真には、さまざまな想いが織り込まれ、普段の写真とは違った異彩を放っているように感じた。
写真には、いろんな想いや願いが込められており、同じカメラで同じ風景でもファインダー越しに見える景色は違うと思う。それがカメラの魅力なのだと思う。
いつかこんな写真展ができたらいいなと思えるような素敵な写真展だった。
(会の紹介)案内ちらしより転載
私たち宮崎景観まちづくり研究会は、魅力的な景観を活かした地域づくりを目指す研究グループ(会員数15名)です。
平成21年に結成し、これまで景観まちづくりをテーマとした調査・研究、県内各地で行われる景観まちづくり活動の支援、ならびに景観セミナー「宮崎景観まちづくり教室」やFacebookページを使った情報発信による啓発活動などを行ってきました。
今回は、研究会初の写真展です。
各メンバーが、“楽しみながら”をモットーに、“伝えたい’‥‘残したい”との思いで切り取った宮崎県内の景観を展示させていただきました。
宮崎の豊かな自然を背景として、人々の暮らしとともに形作られてきた美しい景観。
それぞれの写真に込められた私たちの景観に対する思いを感じていただき、未来の人達に伝えたい、残したい価値ある財産として再認識していただけることを願っています。
平成26年10月 宮崎景観まちづくり研究会
(遠くの木々が神秘な景色を演出・・USJにて)
(日が暮れて人間界が遠くなる・・USJにて)
(目の前に拡がるシンメトリ、大鳴門橋にて)
(刻々と表情を変える空・・・大鳴門橋にて)
(遠く小豆島が見える、津田の松原にて)
(美しい砂浜と空。津田の松原にて)
(瀬戸大橋が見えますか、金比羅宮にて)
(高い空・・金比羅宮にて)
(のんびり過ごすひととき、香川県満濃池にて)
(恋しい家路、愛媛県八幡浜港周辺)
10月11日、キテンビルにて、企画力・組織力・発信力アップセミナー、第4回プレ審査会&振り返りに参加した。
発表会では、これまでセミナーで学んだ総仕上げに、10の団体及び個人が公開プレゼンに臨んだ。発表者は、下は大学生、上は60代と幅広い。
私は高橋メソッドの手法を使って発表。しかし、7分間という発表時間内に内容を詰め込みすぎた点等、課題が残った。
(私は2番目、一緒に参加したという項目が一番印がついた。)
一番の収穫は、他9名の方のプレゼン手法。わかりやすく企画を伝える技術、たとえば、アイデアの着眼力、それを形にする発想、言葉の選び方、使い方、話し方のスピード。相手を理解した上で充分な準備をしていることなど、身を持って体験することができた。
(まとめ)
できる限り現場(体験)を積むことが、力量を上げることに繋がる。
いろんな方もモデルを通して、自身を見直す機会をつくる。
能力の高い人に出会うこと、そして謙虚になること。
(縮小表示しています)
先月、プレゼンテーション講座に参加して学んだ高橋メソッドプレゼンテーション(以下プレゼン)。
でかい文字を使うことが特長。会場のキテンビルにて、高橋メソッドを使ったシンプルでダイナミックなプレゼンを、講習会参加メンバー同士で批評しあう。
(全てのページ)
初めてつくったこのプレゼン。なんだかつくるのにワクワクして楽しかった。楽しいトークを織り交ぜながら、価値ある時間をつくりたい。
そう、説得する資料ではなく、楽しむことで理解につなげようとするプレゼン内容。視聴者にすっと入っていくプレゼンにしたい。