東京新聞の吉岡潤記者による記事【9条守れ「怒るべきとき」 父・城山三郎氏の遺志継ぐ大集会】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016060302000126.html)。
《「戦争で得たものは憲法九条だけだ」-。二〇〇七年に亡くなった作家城山三郎さんが、よく口にした言葉だ》。
《戦争の実態を伝えるために作家になった人》城山三郎さん。《特攻を命じた側に常に厳しい視線を向けた作家》でもある。《平和憲法こそ生き残る者の夢であり、守ることが使命だ》という城山さん、きっと、いまのニッポンの姿を見て、怒り心頭だろうと思います。
何度も引用します。城山三郎さん曰く、「日本は先の戦争で、ほとんどすべてを失ってしまった。唯一、得られたのは、憲法九条だけだ」。
『●『城山三郎の昭和』読了(2/3)』
「『大義の末』を書いた城山さんの「強い反戦意識」。
「・・・・・・ 戦争待望論を唱える若い文士がいると聞いて、
鳥肌の立つ思いがする。平和の有難さは失ってみないと
わからない ・・・・・・ 失ってからでは、おそすぎるというのに」」
『●『佐高信の新・筆頭両断』読了(1/2)』
「城山さんは、「・・・言論の自由のない当時の時代や社会、
そして国が強制したのだと強調・・・「九条をね。
とんでもないことだね。だって、日本が負けて得たものは
あれしかない、『戦争をしない』ということしかないんだから」」、
「言論統制が一度始まれば、とめどなく拡大・・・『美化』と
いう形での情報汚染」」
『●「袴田事件の次は狭山事件だ」
『週刊金曜日』(2014年5月23日、992号)』
「【佐高信の新・政経外科第2回/追悼 渡辺淳一様】、
「城山三郎さん・・・「・・・を語る時、勲章拒否と
現行憲法擁護の二点だけは外してほしくない・・・
『戦争で得たものは憲法だけ』と口癖のように・・・
まさに城山さんの遺言というべきでしょう」」。
(http://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/38fef8e43cb96129b5209ba4f5be0214)」
『●「人道なんてなかった」頃の「戦争できる国」の現実』
「靖国神社にある遊就館の片隅に奇妙な像がある。
潜水服姿で頭には大きなかぶと。両手で長い棒を持ち、
身構えている。先端に付けられているのは機雷である
▼・・・本土決戦を水際で食い止める「人間機雷」の存在は
ほとんど知られていないのだから▼・・・竹ざおの先の機雷を
突き上げて自爆する。「伏龍」と名付けられた
水際特攻隊である▼・・・潜水具には構造的な欠陥があり、
多くの若者が訓練中の事故で命を失った▼当時の
戦争指導者の愚劣さが凝縮されている人間機雷を
考えたのは、参謀として真珠湾攻撃の作戦を
立案した人物だ。・・・▼戦争が長引けば伏龍の要員に
なるはずだった人物に城山三郎さんがいる。
特攻を命じた側に常に厳しい視線を向けた作家の原点
だろう。「日本が戦争で得たのは憲法だけだ」。
城山さんの言葉が重く響く。」
『●城山三郎さんと反戦』
「▼城山さんは「日本は先の戦争で、ほとんどすべてを失ってしまった。
唯一、得られたのは、憲法九条だけだ」と語っていた。戦争体験と憲法が
強く結びついた世代は減っている。憲法への思い入れの少ない若い世代に
城山さんの言葉はどう伝わるのだろうか▼あの戦争で新聞は「旗」を振り、
国民を熱狂させ国を破滅に導いた」
『●城山三郎さん「戦争で得たものは憲法だけ」
「平和の有難さは失ってみないとわからない」』
『●子供や弱者を守れない国:
我国では14年連続で自殺者が3万人を越えて・・・』
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【http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016060302000126.html】
9条守れ「怒るべきとき」 父・城山三郎氏の遺志継ぐ大集会
2016年6月3日 朝刊
(井上紀子さんは「9」がつく日にJR茅ケ崎駅前に立ち
反戦を訴えている=神奈川県茅ケ崎市で)
「戦争で得たものは憲法九条だけだ」-。二〇〇七年に亡くなった作家城山三郎さんが、よく口にした言葉だ。その城山さんが暮らした神奈川県茅ケ崎市で四日、「9条かながわ大集会2016in湘南ちがさき」が開かれる。実行委員長を務めるのは、城山さんの次女で「九条の会・ちがさき」の井上紀子さん(57)。「怒るべきときに怒らなければいけない、と父は言っていた。今、声を上げなければ」と語る。 (吉岡潤)
井上さんに言わせれば、「父は戦争の実態を伝えるために作家になった人」。十七歳で志願して海軍特別幹部練習生となり、十八歳の誕生日を迎える三日前に終戦を迎えた。経済小説の書き手として名をはせる一方、戦争を題材にした作品を残した。
ただ、井上さんが父の口から戦争の話を聞くようになったのは晩年だ。「つらすぎて口にできなかったんですね」
〇一年、城山さんは当時の小泉純一郎首相に会い、個人情報保護法案に異を唱えた。井上さんが当時を振り返る。「焦燥感に包まれていた。表現や報道の自由が奪われれば、戦争に突入していったあの時代と同じになる、大変なことになると」
〇六年六月、城山さんは「九条の会・ちがさき」の依頼に応え、メッセージを寄せた。戦争が長引いていたら相模湾で水中特攻「伏龍(ふくりゅう)」隊員として命果てていたはずだ-と。伏龍は、爆雷の付いた棒を持って海底に潜み敵船を突き上げて自爆する部隊だ。そして「平和憲法こそ生き残る者の夢であり、守ることが使命だ」とつづった。同年十一月には、市内の催しに参加した九条の会のテントにも足を運んだ。
「市民の活動を心強く思って共感していた」と井上さん。翌年三月に城山さんが亡くなると、「父の遺志を継ぎたい」と会に加わった。
昨年九月、強行採決を経て安全保障関連法が成立した。「何をやっているのかと父に怒られそうな気がする。諦めてはいけない」。四日の集会を「今の政治をおかしいと感じ、それを選挙の投票行動につなげる契機にしたい」と話す。
◇
「9条かながわ大集会」は茅ケ崎市民文化会館などで開催。午前9時半から憲法や自衛隊、教科書、原発などをテーマにした分科会。午後1時からの全体会ではルポライターの鎌田慧さん、東京大大学院教授の小森陽一さんが講演。参加費1000円。問い合わせは、実行委の後藤仁敏(まさとし)さん=電090(####)####=へ。
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