今日は5月下旬の気温だそうで、
涼しくて過ごしやすいのですが、なぜか昨日より、気力がわきません。
台風が近づいていた時は、非常に痛み苦しみが増し、
行ってしまって晴れた16日もなぜか体調はいまいちで(もしかして地震の影響?)
17日はなぜか非常に楽で一日動いていました。
さて、最近の私のブラッドパッチ後の変化を書きます。
交通事故の足の後遺症と、
脳脊髄液減少症の症状悪化で、思うように動けなくなり、
2年間、ほとんと手つかずだった、「開かずの間」。
足の踏み場もないほどに、物であふれかえり、
空気もよどみ、窓にカビははえ、
ほこりだらけの、物置と化したその部屋。
6月末あたりから
その「開かずの間」のドアを開け、
窓を開けて空気を入れ替え、
体調が良く、気力、余力がある時に、
少しずつかたづけはじめています。
今まで日々の生活をまわすための家事だけでやっとでした。
よけいなかたづけに挑戦しようとしても、
すでに、手足の脱力と、座位さえ苦しくて保てない症状になり、
いつも、やりかけては中断して、その後あきらめ放置してきました。
日常生活の中で、
体力的にも、思考力的にも、整理整頓できない物を
とりあえず、その部屋へ移動してきただけで片付けはできませんでした。
捨てるかどうかの判断もできず、
整理整頓する体力も思考力もなく、かたづけられなかったのです。
それが今、少しずつですが、できるようになりつつある私。
山のようにたまった品々の整理に取り組みはじめてみて、
「いらない物」と「とっておきたい物」の判断も、
以前よりはできるようになっていると感じています。
これも、ブラッドパッチ後の変化といえると思います。

脳脊髄液減少症は「整理整頓する能力」も奪います。
だらしがないわけではありません。
できないのです。
それなのに、病名がつくまでの私は
「できない」ことを、周りの人間から責められてきました。
手足の脱力で物を持っていられなくて
体を起こしていられなくて、
しかも考えがまとまらなくて、
心身ともにつらい症状のオンパレードに耐えて、
生きているのに精一杯で、
どうにも、こうにも、それどころではないのです。
だから、そういう状態にある、
脳脊髄液減少症患者や認知症や高次脳機能障害の方がいたら、
片付けができない事を責めないで、責めて勝手に捨てたりしないで、
「だらしがないのではなく、脳の機能低下状態で、できない」と理解して、
患者の心の負担にならないよう、無理のない方法で
話を聞きながら、声かけしながら、
さりげなく支えてあげてください。
どうか皆様、ご理解ください。
医師や看護師の皆様も、
入院中の脳脊髄液減少症患者が、なんでも「やりっぱなし」で
一見「マナーがなっていない。」「だらしがない」ように見えても、
それは、脳脊髄液減少症の高次脳機能障害であることもあると知ってください。
患者さんを暖かな目で見てあげてください。
一般の健常者の皆様も
単にだらしがない人と
「脳の機能低下でできなくなっている人」の見極めは難しいでしょうが、
会社の上司の方も、家族も、医師も、
そういう人に遭遇したら、
「頭が悪い、覚えが悪い、だらしがない。」と責める前に、
いつも、「脳の何らかの障害によるものかも?」という考えも頭において、
まず、その人の脳で何かが起こっていないか?を考えて、
どんな状態か、どんな症状があるのか本人によく聞いて、
適切な対応をしてくださるようにお願いします。
私が脳脊髄液減少症で体験したように、
世の中には、さまざまな病気や怪我の影響で、
自分の努力ではどうにもならない状態で、
思うように行動できない方がたが、たくさんいるはずです。
見た目ではわからない、その障害の存在を、
もっともっと多くの方がたに想像していただきたいのです。
でも、治療により、治る可能性のある症状もあります。
私の場合治る途中の体験では
「できたり」「できなかったり」します。
回復の過程で、そういう状態もあるということをわかっていただき
「できるのに、やらない、なまけてる。」と
どうか責めないでください。
私も、まだ、回復途上で、
体調と相談しながらいろいろなことに休み休み、チャレンジしています。
ですが、過渡期ゆえの新たな「無理解」にさらされるのが、またつらいです。
他の病気と違って、
「できるようになったから、その日以降はさらにどんどんできるようになる。」「症状が消えたから、その日以降、回復するのみ」というものでもないのです。
激しい波があるのです。
できたものが、またできなくなったり、
消えた症状がまた現れたりするのです。
普通の病気や怪我の治り方とは、あきらかに違う治り方なのです。
それが、なかなかわかってもらえないため、理解も支援も受けにくいのです。
私の脳も、長年の「脳脊髄液漏れ」によって脳が受けたダメージが
どこまで治るのかわかりませんが、
希望を捨てずに、あきらめないで毎日を過ごしたいと思います。
これから「開かずの間」以外にも、
長い長い時間「脳脊髄液減少症」によって、ほったらかしだった場所や
物を少しずつ、整理していきたいと思います。
脳脊髄液減少症になって自然に「整理整頓」できたのは、
私のまわりの「人間関係」ぐらいです。・・・・
涼しくて過ごしやすいのですが、なぜか昨日より、気力がわきません。
台風が近づいていた時は、非常に痛み苦しみが増し、
行ってしまって晴れた16日もなぜか体調はいまいちで(もしかして地震の影響?)
17日はなぜか非常に楽で一日動いていました。
さて、最近の私のブラッドパッチ後の変化を書きます。
交通事故の足の後遺症と、
脳脊髄液減少症の症状悪化で、思うように動けなくなり、
2年間、ほとんと手つかずだった、「開かずの間」。
足の踏み場もないほどに、物であふれかえり、
空気もよどみ、窓にカビははえ、
ほこりだらけの、物置と化したその部屋。

6月末あたりから
その「開かずの間」のドアを開け、
窓を開けて空気を入れ替え、
体調が良く、気力、余力がある時に、
少しずつかたづけはじめています。

今まで日々の生活をまわすための家事だけでやっとでした。
よけいなかたづけに挑戦しようとしても、
すでに、手足の脱力と、座位さえ苦しくて保てない症状になり、
いつも、やりかけては中断して、その後あきらめ放置してきました。

日常生活の中で、
体力的にも、思考力的にも、整理整頓できない物を
とりあえず、その部屋へ移動してきただけで片付けはできませんでした。
捨てるかどうかの判断もできず、
整理整頓する体力も思考力もなく、かたづけられなかったのです。

それが今、少しずつですが、できるようになりつつある私。
山のようにたまった品々の整理に取り組みはじめてみて、
「いらない物」と「とっておきたい物」の判断も、
以前よりはできるようになっていると感じています。

これも、ブラッドパッチ後の変化といえると思います。


脳脊髄液減少症は「整理整頓する能力」も奪います。
だらしがないわけではありません。
できないのです。

それなのに、病名がつくまでの私は
「できない」ことを、周りの人間から責められてきました。

手足の脱力で物を持っていられなくて
体を起こしていられなくて、
しかも考えがまとまらなくて、
心身ともにつらい症状のオンパレードに耐えて、
生きているのに精一杯で、
どうにも、こうにも、それどころではないのです。
だから、そういう状態にある、
脳脊髄液減少症患者や認知症や高次脳機能障害の方がいたら、
片付けができない事を責めないで、責めて勝手に捨てたりしないで、
「だらしがないのではなく、脳の機能低下状態で、できない」と理解して、
患者の心の負担にならないよう、無理のない方法で
話を聞きながら、声かけしながら、
さりげなく支えてあげてください。

どうか皆様、ご理解ください。
医師や看護師の皆様も、
入院中の脳脊髄液減少症患者が、なんでも「やりっぱなし」で
一見「マナーがなっていない。」「だらしがない」ように見えても、
それは、脳脊髄液減少症の高次脳機能障害であることもあると知ってください。
患者さんを暖かな目で見てあげてください。
一般の健常者の皆様も
単にだらしがない人と
「脳の機能低下でできなくなっている人」の見極めは難しいでしょうが、
会社の上司の方も、家族も、医師も、
そういう人に遭遇したら、
「頭が悪い、覚えが悪い、だらしがない。」と責める前に、
いつも、「脳の何らかの障害によるものかも?」という考えも頭において、
まず、その人の脳で何かが起こっていないか?を考えて、
どんな状態か、どんな症状があるのか本人によく聞いて、
適切な対応をしてくださるようにお願いします。
私が脳脊髄液減少症で体験したように、
世の中には、さまざまな病気や怪我の影響で、
自分の努力ではどうにもならない状態で、
思うように行動できない方がたが、たくさんいるはずです。
見た目ではわからない、その障害の存在を、
もっともっと多くの方がたに想像していただきたいのです。
でも、治療により、治る可能性のある症状もあります。
私の場合治る途中の体験では
「できたり」「できなかったり」します。
回復の過程で、そういう状態もあるということをわかっていただき
「できるのに、やらない、なまけてる。」と
どうか責めないでください。
私も、まだ、回復途上で、
体調と相談しながらいろいろなことに休み休み、チャレンジしています。
ですが、過渡期ゆえの新たな「無理解」にさらされるのが、またつらいです。

他の病気と違って、
「できるようになったから、その日以降はさらにどんどんできるようになる。」「症状が消えたから、その日以降、回復するのみ」というものでもないのです。
激しい波があるのです。
できたものが、またできなくなったり、
消えた症状がまた現れたりするのです。
普通の病気や怪我の治り方とは、あきらかに違う治り方なのです。
それが、なかなかわかってもらえないため、理解も支援も受けにくいのです。

私の脳も、長年の「脳脊髄液漏れ」によって脳が受けたダメージが
どこまで治るのかわかりませんが、
希望を捨てずに、あきらめないで毎日を過ごしたいと思います。
これから「開かずの間」以外にも、
長い長い時間「脳脊髄液減少症」によって、ほったらかしだった場所や
物を少しずつ、整理していきたいと思います。
脳脊髄液減少症になって自然に「整理整頓」できたのは、
私のまわりの「人間関係」ぐらいです。・・・・
