脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

NHK首都圏 ひきこもり死一年で72人

2020年11月27日 | つぶやき
11月27日の夕方6時のNHKの首都圏ネットワークの6時22分ごろから、
ひきこもり死についてとりあげていました。

NHKが自治体のひきこもり支援窓口にアンケート調査したところ、
昨年、一年でひきこもり死が72人いたということです。

支援窓口がひきこもりの状態にあると把握したものの亡くなった人が、

40歳から64歳の男性が7割で
病死が約4割、自殺が3割近くで餓死や熱中症による死亡もあったそうです。

支援窓口の7割が、
"直面している壁"が「支援拒否」だそうです。

その中で私が、え?と思ったケースが、

岐阜県の、30年近く引きこもっていた息子を、
去年8月、49歳で亡くしたという75歳の母親の話。

75歳の母親によると、
息子はラーメン店などで働いていたが、
20歳の時、
交通事故で足を切断する大怪我を負い、ひきこもるようになったそうです。

次第に自暴自棄になって暴力をふるうこともあり、母親は、市の職員や民生委員に訪問してもらいましたが、
本人は、外部と接触するのを拒み、

その後、癌が発覚、

治療をうけず、自宅で亡くなったそうです。

母親は「助けてもらえる人がいたら、少しでも助けてもらいたい。

いくら努力しても限界だよ」と話していました。

この部分について、NHK首都圏ホームページから、引用します。
去年8月、岐阜県に住む美濃羽千枝子(75)さんは、30年近くひきこもっていた息子の治さんを亡くしました。治さんが49歳のときでした。
治さんはラーメン店などで働いていましたが、20歳のとき交通事故に遭って足を切断する大けがをし、ひきこもるようになったということです。
治さんはしだいに自暴自棄になって母親に暴力を振るうこともあり、自宅の壁などには暴れた際の痕跡が残っています。
美濃羽さんは息子の状況を変えようと市の職員や民生委員に訪問してもらいましたが、治さんが外部と接触するのを拒んで追い返し、それから一切の支援を受けなかったということです。
美濃羽さんは「息子は『何しにきたんだ』と怒鳴りました。言われた人はいい気がしないだろうと思い、何一つ、頼めなくなりました。この時が一番つらかったです。それでも一日一日、なんとか過ぎていけばいいと思っていました」と当時の心境を振り返りました。
治さんはその後、がんが発覚しましたが、治療を受けるのを拒み、母親にみとられて自宅で亡くなりました。
美濃羽さんは治さんが亡くなる直前に語った言葉を大切に書き留めています。
『こんな僕でごめん。もうたたかないから、手をにぎって。お母さん』。
美濃羽さんは「いくら私が努力しても限界がありました。息子のことは絶対に忘れられず、思い出すと涙が出ます」と話していました。


ひきこもり支援に詳しい愛知教育大学の川北稔準教授が支援の難しさについて解説していました。
「(本人と)支援者側がコミュニケーションをとってすり合わせていくとななると、たいへん時間をかけた、ていねいなやりとりが必要になりますので、いろんな専門性を持った方が意見交換して、多職種で連携するような支援体制づくりが必要になってくると思う。」と話していました。

この先生も、おそらくだけど、脳脊髄液減少症と不登校やひきこもりとの関係性に気づいていないんだろうなと思いました。

この「ひきこもり死」の問題は、あしたのNHKスペシャルやるそうです。

それにしても、足を切断することほどの交通事故なら、

それだけ強い衝撃が人体に加わった事故なんだから、
私と同じように、交通事故が原因で 脳脊髄液が漏れていても不思議ではないと思いました。

だけど、30年前には、交通事故で脳脊髄液が漏れる見えない怪我があるなんて、
そもそも世界中の医師が気づいていない。

だから、30年以上前に交通事故に遭った被害者の中に、
相当数の脳脊髄液減少症患者が、見逃されているんだろうな、と思いました。

30年前にも
交通事故も、脳脊髄液減少症も
存在していたのに、人類は誰もまだその事に気づいていない時代でした。

その時代の患者の苦しみは相当なもので、最近の脳脊髄液減少症患者さんには想像もできないはずです。

見た目からは想像もできないような、さまざま症状が出て、

就労不能、日常生活さえままならず、体がつらいから、外出もままならない。

脳脊髄液漏れによって、光過敏や聴覚過敏の症状が出るからつらいから、部屋にこもり、カーテンを閉め切った暗い部屋にいるのに、はたからみたら、困ったひきこもりに見える。

それが脳脊髄液減少症。(今認められている保険病名は脳脊髄液漏出症)

けれど、30年前には本人も、親も、医師も知るよしもない。

ブラッドパッチ治療なんて、
交通事故被害者が健康保険適用でなんか、してもらえなかった時代。

みんな精神的なもの、なまけ心のせい、気持ちの問題にされてきました。

本人は、なんでこんなにつらいのにわかってくれないんだと悩み、
いくら話しても、
医師にも家族にも苦しみが理解してもらえず、
非難されたり、励まされるばかり

そうなると、人は人間不信になることでしょう。

すると、もう誰にも会いたくなくなる。

だけど、それがまた孤独を好む「ひきこもり」という社会問題だと誤解される。

誰に相談しても、自分の抱える苦しみは理解してもらえず、
ただ怠け者扱いされるだけ、と絶望してしまうから誰にも相談したくもないのに、

それが外部の人から見たら相談にのろうとしたのに、「支援拒否」する困ったひきこもりと映る。

「ひきこもり」とか、「支援拒否」とかいう言葉は、当事者自身の言葉ではなく、

当事者ではない、当事者を外から見た人の、上から目線の、ラベリングにすぎないと私は思います。

そういう目でしか、自分を見てくれない人たちになんか、
自分の本当の苦しみなんか話すわけもないと、私は思うのです。

私だって、今でも、現実の世界では、

脳脊髄液減少のことを、理解してもらおうと、一生懸命地元医師に話せば話すほど、神経症扱いされてしまう悲しみと絶望感を日々感じています。

医師にとって、脳脊髄液減少なんて関係ないとさえ、感じてしまいます。

自分の心を保つために、私はもう、誰にも話したくなくなる。

だから、もし、亡くなったひきこもりの人たちが、私と同じ気持ちだったら、
誰にも会わなくなることがあっても、少しも不思議に思わないし、困った人とも思いません。

逆に、ひきこもる気持ちも、誰にも相談したくなくなる気持ちがわかります。

私自身も、地元支援者にいくら助けを求めても、誰からも真剣さを感じられなかった経験があり、
すでに、もう、誰に相談しても無駄だとあきらめているから。

誰にも相談しない、できない人の気持ちが少しだけ想像できます。

そういう人たちは、

上から目線の、真剣さと心のない、形ばかりの、仕事上の義務的な支援を受けるくらいなら、

人としての自分の最後のプライドとして、

せめて、最後まで誰にもすがらず死んでいきたい
と思うんじゃないかな?と私は考えます。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« あなたは認知症ではない〜診... | トップ | 頻尿は歳のせいとは限らない »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。