社会の窓はシリーズは、いったい何を語りたかったのか-3
実は、ある日、新橋のネットカフェで、本の編集をしていました。その夜は、非常に異常な雰囲気が満ちていました。
そこは、サラリーマンが常用するところで、黒い靴しか置いていないし、夜はほとんどお客がいないところでした。
しかし、その夜は、ワンフロアーに、5,6人のお客がいる雰囲気があり、かつ、その人たちはスニーカーでした。とても汚れたスニーカーでした。
このころ、電車の中で、とても人相の悪い人たちに目をつけられ続けていました。
それで、それが、刑事だと仮定をすると、そのすにーかーはそれらの刑事のものだと推察されました。
そして、いかにも誰かの演出で、この急なお芝居が行われたらしいのは、あるブースにタオルが引っ掛けられていたことです。天井近くにロープが張ってあって、タオルが二枚程度引っ掛けられてありました。
それと、どこかのブースで、激しく、キーを打つ音が聞こえたことです。それは、何回か経験している音で、前は、小説家にでもなろうとしている男性が、自宅では、奥さんや小さい赤ちゃんがいて、小説を書く場所もないので、ネットカフェでやっているとみなしていましたが、2012年の今では、警察が、カモフラージュに適切だと思って、そのように、誰か、若い人に勝手な文章でいいから激しくキーを打ち続けるように命令しているのでしょう。
もう一つありました。
普通は、どこのブースからも、音が出ないものなのです。お客は他のお客に迷惑になるので、必ずヘッドフォーンをつかいます。しかし、何か、ガチャガチャとした音がします。変だなあと思って、傍によると、ブースのドアが開いていて、中に人がいません。ただ、液晶画面は開いていて、どうもテレビの深夜番組が開いているようでした。
これは、人がいないのに、液晶画面がついているということで、一種の幽霊の存在を暗示しているわけで、一種の脅かしでした。
で、私は気味が悪いし、ともかく、一箇所で、長時間仕事をすると、保存が出来ないとか、画面が、白閃化して書いたものの一切が消えるなどと言う、妨害を繰り返しうけていましたので、移動をしました。非常に疲れていて、苦しい中を、新橋から京橋へ移動をしました。くたくたでした。
その移動の最中、銀座の中央通には、人っ子一人いないのです。ただ、すこぶる大きな工事用車両が来ていて、下水道か、上水道の工事をしていました。後で、総です。2012年に考えると、これも、例の脅かしの一つでしたでしょう。
なんと、脅かされきっていたでしょう。でも、ともかく、六冊の本を作り上げました。が、朝、疲労困憊して我が家に帰り着くと、主人が、渡辺幸子さんから電話が掛かってきていて、絵を返して欲しいと言って来ているとのことでした。
その瞬間に、これが、完全なるいじめである事が察せられました。私が体力を消耗しきっているときを狙って、そう言う申し出でがあるのです。
もし、今から寝床に、入ったら、
それは、室内が盗聴をされていますから、テレビもつけていないし、パソコンも動かしていないので、寝たとみなされますね。
その後で、せっつくための電話が掛かってくる可能性もあります。最悪の場合は、渡辺幸子さんが我が家を訪ねてくる可能性もあるのです。
ですから寝る前にあったほうがいいと思いました。
v で、朝の八時ごろ電話をかけて、・・・・・幸いご主人様は社長なので、その年でもサラリーマンとしてちゃんと御出勤ですから、彼女も無論、起きていました。芸術家は夜型が多いといっても、集団の中に所属している彼女は昼型というか、朝型なのです。
私の方は歩きですが、彼女は車です。「自分の方は駅まで15分かかります」と、言って場所と時間を丁寧に打ち合わせて駅へ向かいました。
大学時代トルエン類を卒業実験で大量に吸っている私は、体全体の血管にあるという弁が、うまく締まりません。で、ときどき、心臓に負担がかかりすぎると、心臓の弁もおかしくなって、トルコのイスタンブールのシェラトンでは、4時間も気絶をしていたことがあります。
ボーイが朝食を室内まで運んでくれて、私がイエスと言ったまま、ドアを開けないので、不思議に思って、合いかぎでドアを開けてくれて、入ってみて、気絶している私を見つけてドクターを呼んでくれました。主人はロビーで弟夫婦と歓談していましたので、帰ってきたのは、3時間後で、主人が帰ってきたとき、まだ、意識がなかったそうです。
自分で意識が回復した時に、すぐそばを見ると、銀のトレイに、4本の太い注射バリが置かれていて、中身の違う液体がが、多分同時に、そしてとてもゆっくりと、私の体内に、注入されたことが推察されました。
それは、まだ、40代前半のことで、相当に若くて頭の回転も速くて、「血圧はどうですか?」と聞きました。以前に、ドクターストップがかかったことがあって、その時に、したが70で危ないのだと、言われています。上は110だけれど。
今回は40~60だと言われました。
そしてその直後人間ドックに入ったところ、「骨はすでに、90歳の人の骨ですよ」と言われました。だから、筋肉も何もかも、老化していると思います。筋肉の老化を図る指数がないのですけれど。
駅までたどり着くのがやっとでした。心臓がばくばくする感じを受けました。多分、過去に何度か、陥ったショック状態に近かったと思います。
で、やっと、市役所の方から、西口広場・・・・・それを鎌倉では、裏駅というのですが・・・・・に入る侵入口までたどり着き、立って待っていました。
すると、スーッと相当大きな銀色の車で彼女がやってきました。
求められている彼女の例の、「まんじゅしゃげ」の小さな絵を渡しました。平野さんが、梱包してくれていた通りのままです。
すると、彼女は美しく彫りの深い顔を、般若のようにゆがめて、「箱は?」といったのです。私はこの絵に五万円を払っています。彼女はその時、お金を持ってきていませんでした。驚きました。五万円がただどりもなったのだから、箱ぐらい、送料込みで、2000円かかったって、新しく作ってくれたらいいではないですか?
もともと、ひどく自分本位な人だなあと思っていました。特に私に対してはね。
それに、箱は私が、捨てたわけではありません。長い間、預かってくれていた、平野和子さんが捨てたのです。というのも彼女の画廊のストックルームは、当時、ひどく小さかったのです。箱があればかさばります。だから、捨てたのでしょう。それを責めるべき筋合いのものでもありません。
再び、梱包して送り返してくれるのだって、ひどく手間だったはずです。
平野和子さんと、渡辺幸子さんは、JALの地上勤務員と、スチュワーデスという間柄で、同じ会社に所属をしていたということで、とても仲良しです。私が海外修行をして帰ってきて、相当に存在感があがって、版画の個展なのに、46万円も売り上げが出て、一応若者に人気がある、美術誌にエッセイを連載することになっても、平野さんが案内状をくれないので、「私にも案内状をくださいませんか?」といったのです。
そうしたら、「一枚につき、郵便料が50円かかるから駄目です」って。私が個展をしたときに、狭いスペースに、26万円払って、しかも平野さんは、お当番をしてくれなかったので、48000円のアルバイト料を支払って、人を雇ったのに、私には案内状はくれないのです。それなのに、渡辺さんは、そこで個展をしたこともないのに、送っているのです。また、そのアルバイトの人は、高校の同窓会を通じてお願いした、いろいろな、人間関係があったうえでの美しい女性だったのに、最終日に、私の目の前で、私を一切通さないで、何のお断りもなく、平気で、その人をリクルートしたのですよ。
彼女は裏で何を聞いていたのでしょうね。あれほど、人を足蹴にするなんて。
その平野和子さんは、渡辺幸子さんには、決して失礼なことはやらないでしょう。
だから、よっぽど、「箱を捨てたのは、私ではないです。それは、平野さんだから、彼女に問い合わせて」と言おうかと思いましたが、渡辺幸子さんが、それを受け止めて、「あら、ごめんなさい」というような人ではないのは、知っていました。
だから、「箱は平野さんがどうにかなさったのだから、彼女に聞いてください」と言いたいところでしたが、何も言わず、「ごめんなさい」と仏頂面で、言って、『それ以上の会話は、受け付けません』という無言の態度を示して、「では」、と言って、踵を返しました。
だって、鎌倉駅のトイレで出会ったときに、栗田玲子さんが、「あなたって怖い人なんですってね」と言っていました。面と向かって当人にそういうことを言えるのだから、ふっくらとした顔をしているけれど、栗田さんは、心が恐ろしい人です。さすが、山本容子に、「旦那と別れなさい」と暗喩で示した人間です。で、私が「誰が、そういうことを言っているのですか?」と質問をすると、「渡辺幸子さんですよ」ですって。
だから、渡辺さんは、すでに、私を怖い人だと、認識しているのだから、何も説明をしなく手も、私が箱を再手配するつもりはないということはわかるでしょう。それに、箱の上には平野さんの、宅急便用の送り状が張り付けられたままでしたよ。渡辺さんが、中学生程度の想像力でもあったら、箱は平野さんが、捨てたことぐらいはわかるでしょうに。そんな想像力さえないのです。恐るべきラフな神経の、芸術家です。芸術家って、もっと繊細で、注意深いものだと思いますけれどね。JALに勤務していた女性たちの間では、違うらしいです。恐ろしいです。怖いのはあなた方でしょうと言いたいですね。
私は、栗田玲子、伊藤玄二郎、酒井忠康氏の四人プラス、渡辺幸子と、井上ひさしを鬼だと思いました。
その絵はきっと酒井さんにプレゼントをされたのだと思います。もしくは井上ひさしに。伊藤玄二郎は、それを受け取ったら、裏で、自分がありとあらゆる采配を振るっている証拠となってしまいます。自宅にしろ、鎌倉春秋社にしろ、人の出入りはあるでしょう。絶対にその絵は目につきます。
一方で、酒井さんはどうだろう。あの人が、自宅へ人を呼んだという話は聞きません。また、井上ひさしも、グラビア撮影者以外は入れていないでしょう。いえ、自宅はとても広いはずなので、どこか、編集者などを通さない部屋に飾れば、それは、他人の目には尽きませんね。
この時期は、無論のこと、彼女のガレリア・グラフィカでの、初個展の前であって、井上ひさしは生きていました。彼はこういう風に、ありとあらゆる機会を利用して、私をいじめる案を創出してきた人間です。そのいじめ方は好子前夫人を、無一文で追い出したやり方と同じ。そして、実の御嬢さんのうち、特に次女は、悲惨な境遇にあるそうですが、救済をしていないそうですね。
ほかの人間が、これほど、しつこくて、ねちっこいいじめをしてくるとは思えないのですが、伊藤玄二郎の会社では、社員が、ノイローゼに次から次となるそうですから、彼の発案かもしれません。
でも、一番すごい点は、その発案が、警察の支援によって、なされていることです。だって、どこのネットカフェを使っているかはある個人にはわからないでしょう。だけど、高度なIT的技術により、交流電源を使って、マイクロソフトワードを開くと、たちまちにどこで仕事をしているかがわかるのだと思います。
これは、さらに進歩してきており、ネットカフェではなくて、電車の中でも、わかるみたいですよ。ワイファイとか、くろっしーという、USB器具で、ネットができる器具を備え付けないでいても、ネットにつながってしまうというか、どこで、仕事をしているからはわかるみたいです。
それに、ネットカフェの内部で、いつもは絶対においていない汚れたスニーカーとか、絶対に干していないタオルとかが干してあったことは、警察の想像力がワンパターン化していると、思えます。
ともかく、伊藤玄二郎は、すこぶる付きで、神奈川県も、警察も、NTTも、東電も、そして。NHKも支配しています。
その根本原因が、猫のことで、石川和子と、柳沢昇が大失敗をした点にあるのですから、その偏頗は、恐るべきです。
警察庁とは、国民の税金で養われ運営をされています。
国民の一人として、私と柳沢昇と、石川和子の三人はまさに、平等なはずです。しかし、警察は被害者・・・・・猫のこと以外にも、アジサイ畑欺罔事件もありますね・・・・・である私ではなくて、加害者のほうに見方をしています。
信じがたいです。どうして、こういうことがまかり通るのか?
一つだけ、「それなら、仕方がないかしら」と思うポイントがあります。
それはね。伊藤玄二郎や、井上ひさしが、すでに、国際的軍産共同体のエージェントであるなら、「なるほど」となります。インテリのはずの、酒井氏が、唯々諾々と、この手のいじめに加担をするのは、氏は朝日新聞の顧問ですから、氏もまた別ルートでエージェント化しているとみなすことができます。
で、この三人は、鎌倉エージェントと特別に呼ぶほど、コンビを組んで、いろいろ、対・私用のいじめをなさってくださっています。
で、結論を言えば、私は大損をしてばかりです。で、一般的な言葉でいえば、みじめ極まりないところに立っています。だけどね。3.11がありました。
それで突然に、すべてが逆転をしたのですよ。
悲惨な運命に陥った人が、何十万人もいます。そして、野田総理大臣になってからは、仙台をはじめ東北には被害補償の、国庫金がわんさか落ちるという形で、悲惨さを、薄めています。
しかし、野田総理大臣は、就任以来、海外に莫大な援助金を支払うように、常に国際会議のたびに迫られているのですよ。
そういうお金は、国民の税金です。今、最も働き盛りの、普通なら未来があるだろう、20代、30代の、男女を派遣という名の、補償の少ない立場に追い込んで、それ故に、退職金や、厚生年金を、少なくして、企業が、もうけを増やし、それを、吸い上げられているのです。海外にね。
恐ろしい。恐ろしい。そういう仕組みに反対ができないようにされるのは、私のように、身近な人にいじめられきっているから、みんな本当のことがいえないのです。
そして、そのいじめの筆頭が、5万円のお金も返さないのに、2000円の箱代を、さらに、ふんだくろうとして、夜叉のような顔の渡辺幸子さんに、一番出ていたのでした。
国際基督教大学は、キリスト教の精神にのっとって運営をされています。だけど、彼女の心身には、そういうアイデアは、これっぽっちもないのです。
そして、酒井先生のサポートで、青木繁大賞をとった彼女は、大学の、最も輝かし卒業生としてインタビューを受け、他の、有名人となっている卒業生と並んで、笑顔満々で応じています。「ほーっ」。まさしく、「ほーっ」とでも、言っておくほかはないです。
2012年11月13日 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)