この一文の総タイトルは、23日の午前2時まで、『図書館の本が、2016年の4月に返却ボックスから消えた。が、9月に、私が浜銀の貸金庫1331から発見する?』としておりました。しかし、それ以降、上のものに変更しました。
図書館を利用した罠について、何か、いやな時期が起きた度に、必死で書いた三本のブログを、下に、置いてあります。
副題1、『それを、見つけたのは、実は、柳沢昇の、過去の悪事が、手引きだった(苦笑)』
しかし、図書館が、わなを仕掛けてきたなんて、殺人事件ではないので、過去ブログを、早々は、見つけられません。ところが、はじめは、違うものを探していたのに、図書館関連のブログが見つかったのです。偶然ですね。しかし、其れが、柳沢昇についてのものだったので、これも、また、神様のお手引きだと、感じました。
何を最初に探していたかというと、柳沢昇が、過去に、鉢をひっくり返したり、花を、手折ったりした事について書いた文章です。
今、私はごみ袋について書いています。そちらの方の骨子は、鎌倉市指定の、大型のごみ袋の中に、わざと、外から見える様な形で、植木鉢を入れて、出しては、行けない日にそれを、出したというケースです。プラスチックでできた植木鉢は、燃えるゴミの日にしか出してはいけません。鎌倉市では、その週だったら、8日と、11日しか出してはいけません。しかし、出してはいけない、9日の火曜日に、ゴミ捨て場に、それが、置いてあったのでした。その植木鉢は、私が使っているのが、誰にも分るものだったので、誰かが、我が家から、植木鉢と、プランターを盗んで、其れで、ごみ袋をつくって、あたかも、私が間違えた様に、他人様に感じ取らせて、陥れようとした、事案でした。
それを、9日から、17日まで、気が付かないという形で、過ごしたのですが、たまたま17日に、久しぶりに庭仕事をし様として、外へ出た時に、植木鉢の置き方が変だと、気が付いたのです。室外機の上に、4つの山として置いてあるのが普通の姿なのですが、山が三つしか無くて、一つ分の空きがあるのでした。
そのとたんに、本当のことに、やっと気が付いたのです。・・・・・そのごみ袋は、私を陥れるために作り上げられ、この雪ノ下二丁目の山に住む、ご近所主婦が、私の悪口を欠席裁判で、言いあうために、捨ててはいけない日に置かれたのだ・・・・・と。
では、誰が、植木鉢を盗みに、我が家の門内に入ったかです。
私はかねてより、私の花を手折ったり、植木鉢をひっくり返す、人間が、ご近所に居ることには、気が付いていました。で、どうも、柳沢昇らしいと、思っていたのです。
でね。何度もやられるので、とうとう、ブログ化した覚えがあるのです。
その時に、彼が折ったと、思われるチューリップが、茎もないのに、お盃(さかずき)の中で、5日間は、元気だったので、驚いて、その生命力について、ブログを書きました。で、その証拠は、上の写真に残っております。使用記事というところに、其れで、文章を一本書いたと、言う記録が残っております。ほかにも探せば、いろいろなデータとして、その記録が残っている筈なのです。しかし、そこをクリックすると、「その記事はありません」となります。
確かに、一度アップしたものをひっこめてしまう事はあります。万全を期したいと思っていて、まだ、不十分だと、思うと、引っ込めます。しかし、ひっこめた後では、下書きというところには、それが、残っております。今般は、下書きにも残っておりませんでした。しかし、そう成れば成ったで、花を手折ったのは、柳沢昇だと、ほぼ、確定的になります。
どうしてそういう風に解釈するかですが、こういう作業は一般の人にはできません。NTTレゾナンスのスパコンに入って、削除をするわけですから、CIAなどの大組織でないとできないことなのです。伊藤玄二郎が、CIAのエージェントあることは確かであって、柳沢昇は今でも頻繁に、その、伊藤玄二郎と交流をしています。したがって、大・大・CIA様が、柳沢昇を庇って、私の、ブログの、一つを削除したわけですから、この乱暴狼藉は、確定的に、柳沢昇がやったことなのです。そういう風に私は、解釈をします。
ここで、植木鉢を、盗んだ人間が誰かと想像する方に、入りましょう。最初は、直観的には、柳沢昇だと思っておりました。だけど、此処で、そうだとは、書きません。予防して書かないという部分もあるが、
今般の泥棒は、鎌倉市も含んでいますので・・・・・というのは、そのごみを、鎌倉市は回収すべき11日にもっていかなかったのです。という事は、私を陥れる目的が効果を上げるために、長期間にわたって、回収しなかったという意味で、鎌倉市が、協力をしている・・・・・と、いう事になります。で、相当大きな犯罪性があるのです。単純な泥棒とは言えません。だから、柳沢昇が、植木鉢を盗んだと、私が、いう事は、危険なのです。だって、正真正銘の悪ですからね。それを、確定してしまう事は、私の方が、危険で損をするのです。
上のチューリップの方は、犯罪性が、少ないです。『ああ、あの男は、低劣なのよね。しかも幼児性があるので、どうしようもないですね』と、思っておけば、済むことです。しかし、今回の方は、悪辣すぎます。そういう悪をやった人間が、柳沢昇であると、確定するのは、私が、危険すぎて、損をします。だから、誰がやったとは、規定をいたしません。
もっと、プロの泥棒がやったと、思いたいです。つまり、警察の殺人用別動隊が、やったと、思います。そう思いたいです。もし、柳沢昇が、夜の内にでも、我が家ないに、侵入して、それを、やったとすれば、この山って、本当に魔窟ですし。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題2、『図書館の本は、いつ、だれが、盗んだのか? しかも、どこから盗んだのか?・・・・・それをここで、はっきりさせよう』
今ここで書いている、植木鉢を盗んで、しかも、其れをごみ袋へ入れて、あたかも、私が間違えて出した・・・・・・というごとき、謀略を行った連中の中で、「我が家から、周辺の人が、見覚えのある植木鉢を盗んだのが、誰か?」というと、それは、プロの泥棒だと、思いたいと、言っています。
同じことは、図書館の本を盗んで、図書館から、「あなたは、本を返却していません」と、言う電話をもらった件でも、盗んだのは、プロの泥棒だと、思いたいです。プロの泥棒とは、警察の殺人用別動隊のことです。
それを、初期ブログ(下に置いてある、四本)では、語っておりません。たぶん語っておりません。そのころは、主人が生きるの死ぬのの大騒ぎの最中だったので、あまり、危険なことはやりたくなかったわけです。だから、
・・・・・一種のえん罪を、こうむっている渦中にあり、自分は、図書館の本を返却したつもりだけど、返却していないといわれる。・・・・・それは、謀略です・・・・・と、言って居ますが、盗んだのが、警察の別動隊だとは、言って居ないはずです。
では、いつ、盗まれたかですが、その日時に関しては、相当に、確定できるのです。それについては、強烈な記憶があるのです。
それはある夜に、とんでもない迂回行動をして、その当がいの雑誌を、鎌倉駅表駅改札口に置いてある返却用ボックスに、返したので、其れが、大いなる記憶としてあるのです。もし尾行が付いていたら、その迂回行動に、注目するでしょう。そして、なぜ、迂回鼓動をするかは、推定できるのだと、思います。したがって、私が返却した後で、人通りの絶える、午前二時ごろ、返却ボックスの裏から、ピッキングで、ふたを開け雑誌を取り出したと、推定しています。
主人が入院している病院の玄関からは、大船駅へ、向かうシャトルバスが、出ています。大船駅についた後では、猫が心配なので、外食はせず、買い物だけして、自宅前を通る、江ノ電バスに乗ります。大船駅から、横須賀線に乗って、鎌倉駅まで帰ると、言う道順の方は、使っていない時期だったのです。となると、図書館の本を返却する機会がありません。詳しく言うと、大船にも返却用ボックスがあるのですが、其れは、バス停から、五分程度、余分に、あるかないといけないので、疲れ切って居る身では、やりたくないことです。
もちろん、五時前に帰ってきて、その本を借りた本館そのものに行くということは無理ちゅうの無理です。
しかし、一方で、我が家には、頻繁に泥棒が入ります。今も、このごみ袋騒動と並行して、リモワ(の子供用アテンダントバッグ)五万円程度と、母が、特注してくれたゴールドと、オパールでできたティア・ドロップ型のチョーカーが、盗まれています。植木鉢の方は。、主に心理的いじめに使うものですが、そして、外の庭で、盗んだわけですが、
リモワのアテンダントバッグは、14日(日)の午前中に、家の中から、盗んでいきました。14日に京橋まで行って、13日に京橋のドトゥールに忘れた、これも母がくれた、高価なサマーセーターを、受け取って、リモワにいれたのです。そのセーターが、今、手元にあるので、リモワの方を、家の外に忘れたわけではありません。
そのリモワ(紺色、子供用サイズ)を、室内に入って、盗むのが、どうして、可能かというと、その日、主人は、北久里浜の旧宅へ午前中出かけています。柿をもぎに行ったのです。私の方は、ブログ(あと注1)を、午前五時まで、かかって書いています。そして、午前、5時に、寝入っています。だから、合計五時間程度、泥棒が侵入する自由時間があるのです。合鍵を持っている人間が、個の日本い
らいいると思うので、その、連中なら、自由に、盗んで、帰えることができるのです。特に、疲れ切って寝る際に、居間に大事なものを置きっぱなしにして、寝ることが多いのですが、その居間から、堂々と、盗んでいくのです。その盗みの回数たるや、50回は優に超えているでしょう。
私は、なぜ、泥棒が入るかの原因について、何度も語ってきています。つまり、安野夫妻と、前田夫妻などが三十年以上、前に行った、アジサイ畑欺罔事件が、主たる原因なのだと。
また、石川和子と、柳沢昇の夫婦が、私の猫が、彼らより、私を選んだことに腹を立てて、警官を呼んで、「あそこのご主人に、奥さんを叱る様に、命令してください」と、頼んだ際に、訪れた警官が、これまた、驚天動地の失敗をするのですね。そこに、原因が在ると、何度も語っているのに、盗んでいくのです。本当に不思議です。日本人んて、恥を知る民族のはずなのに、そこまで書いても、泥棒を、やめないのですから。
だから、図書館の本が狙われるだろうと、いう事は、わかっていて、早く返そうと、必死でした。そこから先のことは、下の三本の中に書いてあります。ただ、もう一つだけここに、初出としての、その紛失劇が、練り上げられた謀略であったという、可能性を、あげておきましょう。それは、図書館の中に伊藤玄二郎とか、井上百合夫人に内通していた人間が、いる可能性です。二人に、頼まれていて、もし、駅の返却ボックスに、其れが、入っていたら、その人物が、即座に廃棄する様に、依頼を受けていたという可能性です。これは、本当に言いたくないことなのですが、三つ目の可能性として、其れを挙げておきましょう。
特に今般の、ごみ袋の、違法投棄の問題は、そこと同じなのです。鎌倉市の清掃局員も、からんでいるのです。どうしてそういえるかというと、燃えるゴミだと、わかっていながら、11日に、もっていかなかったという事と、18日に名越のセンターに電話をかけた際に出てきた吏員、菅原某君が、「ごみの中にプランターが入っていた」と、証言をしたことなのです。このプランターとは植木鉢以上に大問題なのですよ。後で、betuno章で、語ります。その市役所吏員、菅原某君は、明るい声で、はっきりとそれを言いました。が、その時点で、『ああ、そうですか、鎌倉市もかんでいるわけですね。この陥し入れ策には』と、私の方が、わかったわけです。彼は、私がそこへ、電話を、かける前に、そういう様に命令をされていて、それに従って、「プランターがあった」と、言ったのだと、思います。命令した側は、そういわせることが、効果があると、思っているのです。
だって、プランターは、我が家に、二つあります。だが、一つしか残っていませんでした。そして、その残っている方が、異様なところに置いてあったのです。どこに?というと、屋外流しの中にです。その屋外流しは、落ち葉が大量に入る場所にあるので、しょっちゅう落ち葉で、排水口が詰まります。だから、簡単に掃除ができる様に、中には、プランターの様な、大きなものを入れて置くはずがないのです。小さなものなら、入れておく可能性がありますが、大きなものを置いておく可能性は、ないのです。
これは、この策略を実行した連中が、「お前、狙われたんだよー。わかっているかよー。馬鹿じゃあーん。わかっていないじゃアーん」と、言いたくて、わざと、そういうところに移動をしておいたのです。
そして、「ごみ袋の件などで、ブログを書く事はないだろう」と高をくくっていたのです。つまり、小さいことである。しかも、汚いことである。しかも、書いても、読者が、其れを読んで、面白いとも、気の毒だとも思わず、むしろ、、「そこまで、追い詰められているのかよ。変なやつだ」とか、「何か、異常な世界だね」と思って、このブログの読者であることを、やめるだろうと、その様に、推察して、わざと、鎌倉市、吏員である、菅原某君にそういわせたのでした。
恐ろしいことですね。
もう一度、図書館の本の方に戻ります。そして、図書館内の、鎌倉市吏員の一人が、伊藤玄二郎や、井上百合夫人に、内通していた可能性に戻ります。誰が、内通していたとしても、その時期に借りていたのは、2011年度発行のものでした。だから、五年前のものであり、普段は、貸出しの対象には、なっていないものでした。で、誰が借りたものかは、雑誌そのものには、書いて居なくても、すぐ、特定できるのです。だから、瞬時に、隠すことはできます。特に私は、主人の病気が発覚をする前に、4冊か、6冊を借りていたのですが、順次返していて、一冊だけ残っている時点だったのです.それが、2011年6月号でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題3、『主人が病気になる前から、周到に準備されていた、謀略であることが、わかっていた。それは、小田原図書館というキーワードと、図書館から、誤った住所が、記された手紙が来て、それを、わざわざ、我が家の玄関へ届けた女性がいた事の、二つからだった。
その女性は、普段郵便配達で、見かけたことのない女性であって、あの人は、図書館のスタッフではないだろうかと、後で思ったほどだった・・・・・職業がもたらす特徴があって、彼女は、いかにも司書めいて見えた。郵便局員とは全く違っていたのだ。
私の住所は、正確に言うと、2-3-7だが、以下に置いたブログ(あと2)でもわかる様に、2ー21-7という間違った宛名で、来ている。これこそ、この騒動が、謀略であった事の重要な証拠である。封書の中身は、【光明寺で、開かれる鎌倉アカデミアのセミナーの案内】であって、過去に何度も受けとっている、光明寺にも行って居る。だから、私の住所は、既に、正しい形で、図書館に保存をされているのに、誤記されていること事態が変だし、普段ははがきで来るものが、その時だけ、封書という違う形式だったし、この事件以降、その案内が来ないことでも、この時の封書が、特別仕様であって、鎌倉エージェントが、直後に、将来、来るいじめの効果を上げるために作ったことがわかるのだった。「私は、馬鹿じゃあないですよ」と、これに関係した人々には、言って置こう。
小田原の図書館という方は、鎌倉の図書館で、カウンター内の司書さんが、「この号と、この号は、欠本になっています。でも、小田原図書館にあります。そちらから取り寄せます」といった。私は無論、その言葉を正しいのだろうと、思い、最初は、嘘だとは思わなかった。ただ、『もし、私が、この本を無くしたら、ほかの人に、迷惑をかけるのだなあ』とは、強烈に思い当たった。
この二つは、図書館というキーワードを、強烈に、私の頭に入れる為に、この案が、練られたと、言う事を証明していると、思う。返却をしていないと、いう形で、攻める際に、私側の、道徳的、罪悪感を強めるための、策謀だっただろう。如何にも伊藤玄二郎+、井上ひさしが考え出しそうな案だ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題4、『散々苦労をして、・・・・・図書館から、まだ、返却をされていない・・・・・とい右われた,2011年6月号を、見つけて、手に入れて、図書館にもっていって、紛失を謝罪をした。
ところが、何と驚いたことに、其れが、三か月後に、浜銀鎌倉支店で、貸金庫、1331号から、発見をされた。ひどくおどろいた。そして、悩んだ。貸金庫の意味が分からなくなったからだ。
しかし、此処でも、神様は、おん見守りくださった。全くの偶然(あと注3)から、浜銀の貸金庫の箱には、反対側にも取っ手があることに気が付いたのだ。
右側の箱の真ん中に空いているアナが、其れだ。左側の箱は、普通に開けた形である。そこにある取っ手と、同じ形のもののが右側に置いた箱=裏側を、こちらに見せている箱=にもあるのだった。私はたまたま、二つ金庫を借りているので、こういう写真が撮れる。
これは、全く偶然に分かったのだ。私は浜銀を疑って、裏返ししたわけではない。セキュリティ用の、関所の一つに、スカジーカードがあって、其れが、この金属製の箱の、特に底にピタッと吸い付いてしまった。そんなことは、私には予測不能であって、何とも、解決不可能であって、スタッフさんを呼んだ。すると、「よくあることなのですよ」と、裏返して、スカジーカードを発見をしてくれた。(あと注3)
彼女が両腕で抱えて、この箱を裏返しにした時に、偶然にも反対側が見えた。それで、やっと真実が読めた。私は、そのレディには、演劇界の紛失のことも言わなかったし、その裏側の取っ手に気が付いたことも言わなかった。彼女は、演劇界の、紛失には無関係だから。したがって、再度の、入れ込みにも無関係だと、わかっていた。
しいて責任を問うとすれば、支店長か、金庫室のトップである。そして、彼らはただ、警察官を中にいれただけであろうと、推察している。そうなると、警察が【演劇界】を盗んで、其のいきさつを、私がブログに書いたから、「盗んでいませんよ」と、言いたくて、再び、返した。しかも、私の自宅とか、図書館の方に、返すのではなくて、浜銀の貸金庫に? 本当に、本当に、何をか、いわんやだ。
なお、このブログの,2010nennyori数え始めた延べ訪問回数は、4961231です。なお、一応誤変換は直しましたが、リンク先をまだ明示しておりません。お待ちいただきたく存じます。そこまで、行った印の、▢印を、総タイトル横に付けておきます。リンク先をつけ終えたら、署名を入れます。
後注1、
杉本俊一・正子夫妻は、横須賀市の水道山をタダで、私人に渡し、そこに建設させたルネ北久里浜で、儲けさせた返礼として、実質二千坪をもらっていますね?2018-10-14 20:55:05 | 政治