銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

日吉駅改札口そばの、異様なホームレス・・・・・日吉と小室圭君の関係、伊藤玄二郎と、田中愛子女史の関係、などを、もっと深めよう

2018-11-15 01:30:53 | 政治

 この一文は、16日の深夜、11時半まで、総タイトルを、横浜銀行、日吉支店での怪異現象・・・・・重要な加筆を16日に入れる】と、しておりました。しかし、17日の午前零時から、また、大量の加筆をしますので、それに見合った総タイトルへと、変化をさせていきます。

 ともかく、本日もまた、外出をしていて、外を歩き回っていたのですが、『あれっ』気が付くことがありました。それは、田中愛子女史に関する部分の説明が足りないという点です。自分の方では文章の起承転結がすべてわかっていますので、つい、説明不足になってしまいます。読者の方は、田中愛子女史(=かまくら春秋社編集長)なんて、接した事がないでしょうし、テレビに出るタレントでもないので、ちんぷんかんぷんだと、思います。したがって、今から、そこを充実をさせます。なお、田中愛子さんの部分に入る前の方でも、加筆する必要があったら、加筆をし、そこには、アンダーラインを敷いておきます。

 もう一つ新しい、気付きがあって、どうして、これ程に日吉が舞台となって、謀略が積み重ね上げられるのだ?と、いう疑問です。それに対する一つの推察が浮かんだので、其れも、副題2を新しい形で、作り、そこへ、入れておきます。今までの、章が、すべて、後ろへずれていきますが・・・・・

副題1、『浜銀、横浜支店で、私は危うく拉致される予定だったのかな? しかし、例のごとく、神様が守って、くださいましたよ』

  11月14日は、〇木さんの件を書いていて(後注1)、それが、途中なのに外出をしないといけなかった。それで、スマホをもってでる。其の章を推敲し、加筆を、しようとしていた。スマホを持っていると、それのGPS機能によって、いろいろ嫌なことはあるだろうとは、自宅を出る際にもすでに、思っていたが、確かに外出先で、いろいろ、あった。驚くべきことに浜銀日吉支店で、お金が出てこなかった。しかも、私は、自分が、お金を手にして居ないのに気が付かないまま、どうしてか、そのまま外へ出てしまった。朝、外出するときに、千円札6枚とコインが、1400円以上あったことは確認している。あ、少し間違えた。そこに、前日代引きの、宅配便が着いている。そのおつり、4300円を加えて、ほぼ,12000円持って出ている。

 支出したものは、スイカ入金1000円、お医者さん450円、昼食、800円、切手3720円、ホームレスに1000円、スカパーへの入金とヤフーへの入金で、4000円強。花 750円、コーフィー450円、で、合計12500円前後、したがって、ゼロ円に近い残金である。びっくりだ。日吉で、おろした筈の、一万五千円が、お財布か、バッグのどこかにあるはずだと、信じてお金を使ってきたが、ぎりぎりまで使ったわけだ。驚き、本当の驚き、ある筈だと、信じることは怖いことだ。いや、怖いというよりもハッピーな事だ。あ、は、は。

 ところで、浜銀日吉支店のロビーに、浜銀の制服を着た女性ではなくてガードマン(ただし、背の低い女性)が、一人いた。ユニフォームの色から考えて、イッコーのガードマンの様に見えた。渋谷駅の湘南新宿ラインにまで、湘南地域を根城とする、イッコーのガードマンが、のさばっていたこともあり、其れが、見事に私のブログと連動をしているので、何かあると、考えた。ブログは、強烈な真実へと、近づいている。それを、防衛するために、または、弾圧して、書かせない様にするために、イッコーのガードマンが、日吉支店にまで、呼ばれていると感じた。もし、この想像が当たっているとすると、其れには、大きな意味があり、それをブログに書くべきかどうかを考えた。そのために、お金を手に持っているかどうかを、確認をしなかった。ところで、浜銀日吉支店とはお客さんが少ないね。鎌倉だと、競合する他行が多いのに、ATMには、いつも数人が群がっているが、日吉支店には、私以外誰もいなかった。なんか、寒々しい感じがした。・・・・・・ここですが、本日、16日の午後、また、浜銀日吉支店に電話をかけて、監視カメラの画像(動画)についての説明を受けました。しかし、100%すっきりしたわけでもないので、ペンディングとさせておいてください。結論は、まだでないという事です。

副題2、『9月の末から、異様な謀略が、日吉を舞台にして続いている。それは、実家があり、信頼している歯医者さんがあるからなのだが、ふと、2018年9月末からの謀略の数々は、小室圭君と関係があるのではないかと気が付いてきた』

 実は、、本当の事を言うと、日吉駅から、電車に乗った途端に、嫌な感じがして、潜在意識の中では、お金をもらっていないと感じていたのだった。

 これなのだけれど、日吉駅改札口そばに、異様な風体のホームレスがいた。髪は四方八方に、とんがり放題で、30㎝ぐらい伸びている。また、紙袋等の、荷物が、合計7個以上、床に散らばっていた。すぐ、警察の別動隊の、偽装だろうと、思った。鎌倉だって、三人ほどホームレスがいて、そのうちの二人は、既に、亡くなったか? 鎌倉には谷戸という、洞窟が多数あるので、ホームレスが生きていかれる。だけど、日吉には洞窟がないので、ホームレスはいない。で、どこからか、電車に乗って、やって来たとしても、それほどに多数の荷物を両手に持って電車には乗れない。ともかく、今、36時間たって、冷静に考えると、そのホームレスが、刑事の変装だったのが、100%わかるとくちょうがあったのにもかかわらず、根が純情で、しかも、性善説の私は、いったん看過して改札口を通ったものの、気が咎めたわけです。それで、バッグの中から、千円札を一枚取り出して、事務所の駅員さんに断って、「これあの人にあげたいので、通らせて」といって、外へ出てあげたのでした。

 しかし、「ありがとう」といった彼女の声が若すぎるのと、正面の顔が、アンジェラアキにそっくりで、その直前に、主人と、「そういえばアンジェラアキは、いまどうしているかしら?」と、話し合った私への、100%のからかいなのでした。となれば、この原案を出したのは、井上ひさしでしょう(なお、初めて、此処を訪れた方の為に、念のために言うと、井上ひさしは、まだ生きていますよ。

9月の末以来、日吉という町を舞台に、種々様々な謀略が組み立てられている。いったん書いたが、もっと、丁寧にリンク先を探してからと、思って、ひっこめたのもあるが、異様に芝居っけたっぷりな謀略が続いている。それに関連して、今思う事は、小室圭君が問題なのは、あの恋愛が自然なものではなくて、井上ひさしか、成岡康司君のどちらか(または、両方)に在日の出自があり、そのラインから、小室君を見つけ出して、数年前から、リクルートをして、洗脳教育を施したうえで、眞子様へ、引っ付けたとみているからです。小室圭君の祖父が、日吉の製缶工場に、勤務していたと、言うネット記事から、察した事なのですが、日吉には、製缶工場は、ありません。それは、ないけれど、昔は、大量に使用されていた一斗缶を、廃品回収業として、集めていた花村組というのがあったと、記憶しているところから、其れが、わかったのでした。で、井上ひさしには、在日の出自があって、したがって、日吉を目の敵にして、そこで、私を罠に引っ掛けようとしているのではないかと、思って居ます。

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副題3、『消えた、一万五千円に戻ります』

  銀行からもらってこなかったという記憶はあるわけですが、其れを、電話で問い合わせたのは、4時間後です。

お財布の中と、手持ちバッグのなかは、電車の中で、点検をして、そこにないので、これは、リモワのアテンダントバッグの中から、ひっくり返して総点検をしないとだめだとは、思っていたわけですが、電車の中ではそれは、できないので、時間がかかったわけです。

 で、日吉から、横浜駅で、JRに乗り換えて、珍しく、横浜駅周辺で、何もしないで、鎌倉へ帰って来た。その時点で、午後二時である。普段だったら、ヨドバシカメラか、横浜高島屋か、ビブレ・・・・・ブックオフとソフマップがある、ダイヤモンド地下街(有隣堂がある)のどれかに寄るのだが、この日は、どこにもよらないで、横須賀線に乗った。

 それで、鎌倉駅には、2時半にはついて居た。そこで、急に気が緩んだ。今、ブログの文章を直すも、夜、直すもほとんど差がないでしょうと、おもった。で、自宅のある八幡宮とは駅を挟んで反対の、方向の、海へ向かって、歩き始めた。その途中に、とても生きのいい花を売っているお店があって、そこで、特に生きのいい花を探すのが好きで、週に、多い時は、三回行く。今は、自宅に花が咲いている時期なので、行く必要がないのに、掘り出し物を見つけたくて、よく行く。お百姓さんが、育てて、直にお店にもちこんでいると、思われるので、いつも同じ花が置いてあるわけでもないから、好きな花で、新鮮で、いいものが手に入ると、得した気分を味わえる。で、そこに寄った上で、さらに進んで、かまくら警察署まで行った。実は先週の金曜日に、裏駅に在る、是も、横浜銀行の、ATMブースで折り畳み傘を忘れてしまったのだった。それが届いていますか?と、聞きに行った。その傘は京橋のモンベルで買ったもので、軽い事が最も大きな特徴なのだ。なかったけれど、それは、それで、一安心だ。仕方がないと、あきらめがつくので、心が軽くなる。

 その二か所によるだけで、今の私だと、一時間半かかる。日吉は、学生相手の食堂で、食べたのでボリュームいっぱいなのだけれど、どうしても、鎌倉市内で、日がまだ高い時間帯にいるとコーフィーが飲みたくなる。で、駅ビルのデリフランスへ入った。ここのコーフィーを薄めてもらうのが大好きなのだ。

 そのあとで、やっと浜銀、鎌倉支店により、リモワのアテンダントバッグの中を点検をした。

  ありとあらゆるところを点検したが、お金がなかったので、浜銀で、お金が出てこなかったのだと、言う潜在意識の中の、思いが、確実だったと、わかってくる。思う。アナが開かなかったのだと、思う。いつも、対、私のカードに特別な措置が取られていて、大音響で、引き出したお金が出てくるのだけれど、その音も聞かなかった。アナが開かなかったので、どうしてか、そのまま帰宅してしまったのだ。だが、通帳には、一万五千円、引き出した記録が付いている。ところで、あの場合に、即座にもめたと、仮定して、そうなると、その先は、どうなっただろう。私の方が間違って居るという事になって、あのガードマンを中心にして、行員を装った、屈強な男連中に、囲まれて、そくざに精神病院へ収容されることになっていたのだろうか? それって、保土ヶ谷の漫画喫茶【げらげら】での、2014年6月13日の再現である(後注2)。まさか、浜銀日吉支店の支店長が、そういう謀略に加担するとも、思わないが、午後、四時半から、6時までの間に、アリとあらゆるところに電話をかけまくった結果、そこまで、想像が至った。

 「上で、支店長が、仕組みに加担すると思わなかった」といって居るが、その電話を終わった、9時間後の今では、それも、あり得たと、感じている。14日の夜の、10時までは、浜銀の、ATM監視センターの、女性との会話から、浜銀日吉支店に、現場主義で、15日の早朝に、問い合わせに行くつもりだった。しかし、あくどさが、単なるからかいのレベルを超えていることに気が付いた。それで、これは、仕方がないので、一万五千円は捨てた方がいいだろうと、新たに感じている。

 ともかく、浜銀、横浜支店にいた際には、自分は、お金が出てこなかったことには、気が付かなかったのだ。それは、例のごとく、神様が見守ってきださっていたと、いう事になるだろう。すばらしい。一万五千円を捨てるという事で、安全を確保できた。ラッキーだ。

 これは、もっと詳しく書かないといけませんが、・・・・・特にホームレスが日吉駅にいた事などを含めて・・・・・

 明日もお出かけの予定があるので、此処で、寝ます。ただね、皆様、前報をつまらないものだなどと、お思いになってはいけませんよ。大横浜銀行が、支店長納得の上で、こういう謀略を仕掛けてくるのは、前報が120%のレベルで、正しいことだったからです。異常が4日にかいたしょこうであって、そこに、17日の早朝に、いろいろ、加筆をしています。さて、

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副題2、『山尾志桜里が国会で、12日に演説をしましたね。また、井上ひさし(彼は、いまだ生きていますよ)が、久しぶりに、しかも、直近のブログにコメントを寄せてきたのです。この二つは、この浜銀、横浜支店を舞台にした陰謀を、またもや井上ひさしが案出したことを指し示すし、絶対に、成功すると、見込んで、勝利感によっているという事でしょう。

 しかし、野蛮な手段で、収監(精神病院へ、強制的に拉致されてしまうという事は、裁判もない収監と同じです)すると、いう形が失敗をしたので、今度は、私が、お金を持って出たのに、お金が出てこなかったと、言う誣告罪で、訴える可能性がありますね。私は、この件では、浜銀の日吉支店の監視カメラの映像を、もらわないといけません。将来、このことが再燃するといけませんのでね。それは、皆様にもはっきりと、言っておきましょう。

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副題3、『私は一万五千円はいらないというつもりで、上の文章を書きました。しかし、横浜銀行は大組織です。神奈川県の住民は、日本の平均からすると、富裕な方でしょう。そして、その神奈川県民である限り、ほとんどの人が、横浜銀行の口座を持っています。そして、ATMは、一台ごとに、きちんと出入金の記録はとってあるはずだし、やはり、そこは、きちんとさせようとして、今朝(15日の午前九時半ごろ)電話をかけました。そして、こういっておきました。「もし、一万五千円が、ATMの後ろに残っていたら、明日とりに行くので、其れを、留守の家族(主人のこと)に言っておいてください。もし残って居なかったら、電話をくれないでいいです」と。というのも、どうしても外出をせねばならず。その件は、またまた、重いこと、(北久里浜の青地の件)だったので、両方を処理している時間がないと感じたからです。しかし、ものすごく甘い提案ですよ。浜銀さんを、泳がすというか、警察の別動隊を泳がす、時間的猶予を与えているのです。

 で、其の大仕事(=北久里浜の青地の件・・・・・これも、後々書かないといけません)を処理したのちに北久里浜の家の手当てをしていました。そして、帰宅をしたのが、夜の11時です。その間、大変楽しいこともあったのですよ。今、この東京圏で、人気の高い町は、どこだ? とか、ブランド市街地がどこを指すか?などと、という事を専門家から、お聞きすることができて、私の推測通りだったからです。私は別に新聞社でもないので、統計を取っているわけでもありません。ただ、街を歩くと感じるものがあるのです。それが、ぴったりだったので、うれしかったのでした。その上、日吉のストリートビューを正確な番地を申し上げて、見ていたら、実家が、相当に、いいうちだと、評価をしてもらえました。鎌倉エージェント、特に井上ひさしが、大谷石の、築地だと、取り換えないと、新築ができないと、言って居ますが、大谷石の、築地が、本当に美しいし、風情があると、は、認めてもらえたいのです。父の美的センスはやはり高いのです。大学の友達は、たった一人しか、来訪してくれていませんが、「なんてきれいなおうちなの!」と、言ってくれたのを思い出します。華美じゃあないのですよ。シンプルイズベストでできているのです。

 この一万五千円が、雲散霧消した一件は、例の連中(=鎌倉エージェントと私が呼ぶ連中)がいかに頭が悪くて、おっちょこちょいであるかを証明する、一件なので、推移は、きちんと見定めたいと、思って居るのです。浜銀、日吉支店を泳がすと言っても、監視カメラの映像を、CDに落としてもらったものはもらうつもりだし、ATMの出入金記録のコピーももらうつもりです。そこらあたりで、ひくつもりは一切ありません。

 どうせ、まだ、生きている、井上ひさしがアイデアを出して、伊藤玄二郎ほかが、動いて、警察の別動隊が、浜銀のスパコンに入ってあれこれをやったわけでしょう。それを、きちんと追跡をしないといけません。

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副題4、『ここで、田中愛子女史(伊藤玄二郎の、二の腕である)のエピソードを思い出します・・・・・彼女はあまりにも子供っぽいので、ふとですが、伊藤玄二郎と愛人関係にあるのではないかと、思いました。もう一人愛人として、自ら、其れを言って居るのが石川和子さんですが・・・・・伊藤玄二郎は、大磯に、家人(妻でしょう)や、子供がいると、書いているのに、鎌倉では、別の世界があるのです。そういう彼らが、財務事務次官をセクハラで、辞任に追い込むのですから、何ををかいわんやですけれどね。ご都合主義の典型です』

 16年前、田中愛子さんは、私の目の前で、まるで、小学生のごとく、口をとんがらせて「だって、川崎さんって、追い詰めるんだもの」といったのです。何を、その前に私が、語ったかというと、私費出版の話で、値段の交渉をしていたのでした。私が「データをきちんと、印刷直前まで、作り上げます。頁設定から、表紙や、カバーのデザイン(装丁という)まで、全部、自分(=著者)側でやりますので、150万円で、出版していただけませんか?」と、言っただけですよ。

 それが、田中愛子女史を追い詰めることになるなんて、ちょっと、信じがたいです。

 ここですが、もしかすると、彼女は、マイクロソフトのワード(もしくは、一太郎のワード)は、マスターしているが、アドビ関連については、素人で、その会話以前から、其れについては、劣等感を持っていたのではないでしょうか? そうなると、突然、目の前に現れた私が、アドビ関連ソフトを使えるという事で、其れが、追い詰めたと、いう事になるのかもしれません。でもね、私の方では、この時点(今から、20年は前)で、情報として、握っていたのは、デザインの事を勉強している人間の本なら、1000部を、100万円で、作ってもらえるというのが定説だったのですよ。つまり、アーチストは、パソコンでの図形処理が得意なのです。だから、こそ、一種の私費出版でも、300万円から、500万円などという高額をぼられる事がない人種だったのです。つまり、印刷関係には、素人ではないと、いう人種なのです。

 しかも、当時の私は今よりもっと元気であって、もし出すことが可能な時間があるのだったら、5000枚個展の案内状を出せると、豪語していた時期です。田中愛子さんみたいな、鎌倉という辺境(?)で暮らしている人間とは、違うのですよ。特にニューヨークにおいて日本生まれの元日本人やら、世界各国から集ってきたアーチストと切磋琢磨して帰ってきたばかりですからね。人間として自信満々です。ところがね。愛子さんの方では、私費出版の仕事人だから、初めての自著を出す人ばかり相手にしているわけです。そういうじんしゅは自信がなくて、へりくだってくるでしょう。そういう人間だけを相手にしていたので、私の様なタイプには、初めて接したのかもしれません。だけど、其れはないなあというセリフを吐きました。

 「川崎さん、150万しか出さないのなら、50部しかできませんよ」と。でもねえ。これは、100%間違っています。本ってね、50部作るも、1000部作るも、その金額の差は、3万から、10万円以内ですよ。ともかく、彼女は、そのセリフを吐くことによって、こちらを威圧して、威張りかえられると、思ったらしいのですが、こちらは、私費出版の注文に行って居る顧客ですから、彼女と勝ち負けを争うつもりはないのです。それなのに、負けたからやり返してやろうというような怒鳴り具合だから、本当にあっけにとられました。

 その後、今なら、このブログに異彩を書いて、笑っておくわけですが、そのころはブログに書くなどとは、思いもよらず、ただ、唯リアルな世界で、解決をしようと思ったので、謝罪をしてもらおうとして、行ったのですが、真正面から向き合おうとせずに、逃げ回っているのです。そして、社内を走り回りながら、口をとんがらせて、「だってえ、川崎さんって、追い詰めるんだものー」と、言ったのですよ。前のセリフ「150万円しか出さないのなら、50分しかできませんよ」にも驚いたけれど、二度目のセリフにも、ただ、唯、驚きました。

しかも彼女の実年齢って、30代後半です。当時そうです。どれほどのレベルで、社長から甘やかされているのかが、そこで見えてしまって、其れに驚いてしまって、・・・・おや、おや、この二人は、いわゆるできていると、言う間柄ではないのかしら?・・・・・と、思った次第です。出版社のナンバーツーなら、キャリアウーマンの鏡でしょう。もっと大人として、きちんとした態度をとってもらいたいものです。礼儀を尽くして応対をしてもらいたいものです。あの日は、あきれ返りました。

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 なお、これ以降に初稿として書いたことは、状況が二転三転しそうなので、今は、いったん引き揚げます。後日、しっかり、物事が見えてきたら、改めて、語りましょう。

周南事件の裏と隠されている真実を、鎌倉雪ノ下の、ご近所様の動きで、知覚する私・・・・・山田浩二の公判が始まったからこそ、今、是を語るべきなのだ

2018-11-14 08:15:23 | 政治

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