銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

保育の専門家は、喧嘩OKの子育てをする(貴景勝他)+内実は亀裂があるのに離婚できなかった悲劇(長嶋茂雄夫妻)

2018-11-26 22:33:56 | 政治

  この文章は、2018年11月28日の午後一時まで、総タイトルを、【貴の花親方離婚?・・長嶋家は、兄妹げんかをして居る?・・貴景勝と、父子鷹・・・特殊な子育てと、両親の間の心の交流の如何△ 】としておりました。が、その時点で、変更をしました。

副題1、『貴景勝の、両親について』

 私は、2009年ごろ相撲について、あれこれを書いています。まあ、預言者としては、予測通りになっていると、思うのですが、『この九州場所は、貴ノ岩騒動で日馬富士が、引退した悪影響が、もろに出て入居るなあ』と、思って居たら、思いがけない孝行息子が出て来て、相撲界全般が、大助かりの場所となりました。唯ね。優勝をした途端に貴の岩と、抱き合いましたね。それと、オープンカーに同乗したのも貴の岩らしいです。貴の岩の怪我云々の騒動は、もろに、鎌倉エージェントまた、その手下としての、警察の別働隊が、からんでいるものなので、そのラインから、貴景勝を嫌っていましたが、どうして、どうして、ご本人は、非常に才能豊かで、頭もよい、抜群の逸材らしいです。

 しかも、貧しい家庭から出現した人材ではなくて、中流の上、もしくは上流の下と、言う経済的には恵まれた家庭から、出現した力士です。それは、驚きですね。

 特に、驚いたことに、お父さんと言うのが、大露出をして来て、そのひともまた、スター性がある模様です。しかも、お母さんも登場して来て、そちらも又、スター性がある模様です。両親は二人とも、美形で、頭もよさそうです。本人は一人っ子だという事なので、家族三人が、急にスター街道を、走り始めました。

 私は、スポーツ選手にマスコミが群がることはよくないと、思っています。ただ、相撲は、純粋なスポーツというよりも、江戸時代に、すでに完成した娯楽の要素を持つので、マスコミの取材対象となっても仕方がないと思いますが、まあ、何とか、こなして、自分達と息子さんが傷つかないで、済むように、ふるまえそうな、賢そうな、ご両親でした。

 比較をすると、琴奨菊の奥さんとか、河野景子さんとかは、相撲界と、関係を持つ女性としては、あまり、よくないタイプですね。藤田紀子さん(憲子とも、言っていた時期がある)など、最悪のタイプです。河野恵子さんの方は、後半で離婚というニュースが、私のパソコンに入ってくるので、驚くのですが・・・・・

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副題2、『父子鷹という言葉は死語になったのかなあ?・・・・・貴景勝のケースから親子関係の在り方と、自分の老後を考えた』

 私が小さい頃は、父子鷹という言葉があって、勝海舟と、その父を指し(子母澤寛の小説由来)優れた人物の影に、優れた父が居るという意味を指しました。

 久しぶりに、その言葉を思い出しました。それと、副題1にも描きたかったことですが、貴景勝って、『家、貧しゅうして、孝子出づ』の典型だとも思いました。相撲界がとても、困ったときに救済をする人間が現れたという事です。

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 しかし、ここで、読者の皆様の、頭を混乱させるとは思うのですが、実際の子育ての場面で、ああいうお父さんがいたら、周囲の人は批判をすると、思います。眉を顰めるでしょう。私自身、こどもの主体性と、指導をすると言う事の両立に悩んで、指導をしない方を選びました。だから、子供たちは、特別な人間にはなって居ません。エリートにもなって居ません。でも、人柄は良いと思います。それを、私の母が愛でてくれて、「あんたは、大丈夫よ。あの子が優しいから」と、よく、言って居たのです。母こそ、老後が、完璧に、大丈夫な人だったのですよ。老人ホームは嫌がっていて、早く家に帰りたいとは言っていましたが、それでも、週に、5日は、誰かが見舞いに来るという、最も、家族に大切にされている方の入居者だったし、経済的にも何の心配もなかったのです。そして、後一週間で、93歳になるという日に、死因が、大往生と書いていただいて、ベッドで、仰向きに寝ているという形で、亡くなっていたのです。私は前夜10時半まで、その部屋に居ましたので、寝ているままに亡くなったのでした。母は、89歳の時に白内障の手術を受けるほどに、生きる意欲が高かったのですが、それでも、死ぬ三か月前から、自分の意志で、ものを食べなくなりました。東北で、入滅と言って、ミイラになったお坊様があるでしょう。ああいう形ですね。もちろん、子供たちは、相談をしましたよ。栄養補給をするかどうかですが、しないと、決めました。でも、水だけでも、人間は、三か月は生きるのです。やせ細っていきましたし、皮膚が土気色には、なっていきました。が、生き続けるのです。死ぬのも簡単ではありません。テレビドラマ内では、簡単ですが、実際は、最高級に幸せな処遇を受けて居ても、ぽっくりと死ねるわけでもないのです。でも、猫の死に二回ほど、そして、実の両親の死に二回ほど、付き合って、死とは、どういう物かが、私には、相当に、判ってきているとは、思います。

 ところで、私自身の老後ですが、母がそう言ってくれていることをどこかで書いたのですが、それがどうしてか、息子に伝わり、ある日、彼がひとりで、この鎌倉の家に来て、また、たまたま主人がこの家に居なかった日に、二人だけだったので、彼が、こういいました。「僕はお母さんの面倒を見られないよ。どうしてかというと、〇〇〇だから」と。で、理由の方は伏せます。しかし、面倒は見られないと、宣言をされてしまいました。ただ、それを聞いて、私が動揺をしたかというと、全然、動揺はしません。最近の鎌倉エージェントとの戦いにおいて、激しく、鍛えられていて、物事には、すべて、動揺をしなくなっているのです。外見は弱弱しいですし、体力もほかの人の三分の一ほどしかないのですが、意志の力とか胆力という意味では、もともと、強かったのにさらに、鍛えられてきていますからね。

 まあ、経済的には恵まれて生きてきたので、ある部分では、甘ちゃんだったと、思いますよ。しかし、人生の最終場面において、最後の戦いが迫って来て居て、従って、外見はともかく、内面は、鋼鉄と言う以上に強くなっていると思います。だから、子供に断られても、『ああ、そうですか』と、思うだけです。そして、死への道として、子供に頼る以外に、どういうプランを、持っているかというと、『別にー』という段階です。

 大学同期の、榊原節子さんが、【凛として生きる】という本を、PHPから出していて、

「老後資金を、子供に安易に渡さない様にした方が、賢い」と、主張をされている様ですが、私は、お嫁さんにも、お婿さんにも、正直にどれほどの、貯金が残っているか、などとは、話してあります。別に、たいした額ではないのですよ。でも、これから、病を得ないで済んで、医療費が高額にならなければ、お金の面では、無事に死まで、迎えられるはずです。だから子供の援助を仰ぐ可能性は、少ないです。

 今、貴景勝の、お育ちを調べようとして、三鷹ストーカー事件以来、久しぶりに、ネットサーフィンをしたら、老後破産と言う動画に巡り合ってしまって、ちょっとした不安感は、与えられました。が、最近、冷蔵庫の食品を腐らせない毎日を、送っているので、それだけでも、倹約をするという意味では、昔より圧倒的に進歩しているから、老後は、大丈夫でしょうと、思っている次第です。生活技術の向上は、お金の節約につながるのですよ。今の若い人が心配です。戦前生まれの人に比べると、ただ、単純にものを買って、生活をするだけの技術しかもっていない様に見えて(苦笑)

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副題3、『貴景勝の、お父さんが、保育所を経営していると、聞いて、なるほどと、思う』

 私は上で、貴景勝の、お父さんが、指導的育児をしたと、言う事で、周囲に批判をされただろうと、言っています。実際に、奇妙な親子だと、思われたと、語っているみたいです。びっくりどんキ-と言うファミレスに入ると、「450グラムのハンバーグを三枚食べろ」と言われて、ハンバーグが嫌いになったと、書いてあってね。そういう指導は、私には、絶対にできない事だなあと、思うのです。

 私はそれなりに、育児上の知識を蓄えて来ています。一週間に60種類の食品を取るようにといわれていて、其れは、守ってきたつもりはあるし。肥満体は、細胞の数が増えるのではなくて、(蛇足へ)一つ、一つの細胞の中に、脂肪がたまって、巨大な細胞になり、その細胞は、いったん、大きくなると、縮小することがないと、書いてあったから、絶対に、肥満体の子供とか、夫にはしたくないと、思っているわけです。慶事の際に、水を差すようなことは言いたくないのですが、一般人の場合には、肥満体は、中年以降、様々な、病気を招きやすいのです。お相撲さんは、大丈夫だと、思いますが、一般人の場合は、貴景勝の、お父さんの様な行動は、避けたい、行動です。

 (蛇足====尚、ここで、余計な知識を披露させていただきますが、人間の細胞って、一個人の中に、60兆個あるといわれています。肥満体の人は、普通の人の三倍ぐらいの、体重があるわけですが、かといって、細胞の数が増えるわけではないのです。180兆個の細胞で、お相撲さんの体ができているわけではありません。あくまでも、一般人と同じ、60兆個です)

 だから、私は、こどもに、無理に食べなさいなどとは、言えないのです。しかし、貴景勝と、お父さんは、小学校三年生の時に、すでに、空手から、進路変更して、お相撲さんになろうと、決意したそうですから、子供心にも、目的がわかって居たので、父に反抗せずに、食べて、一年で20キロ太ったそうです。そういう、ひときわ大きな体格で、しかも、やんちゃくれと、言われていたと、ありました。

 ところで、これほどの肥満体にするのを、お母さんは、ある時期は、迷ったと思うのです。一時期相撲界に入る事、特にプロになる事を懸念をしたと書いてありましたが、当然の事だと、思います。しかし、夫婦仲が、良さそうだし、夫が、美形で、インテリみたいで、しかも、たくましい人なので、惚れ合っていて、夫唱婦随で、食事作戦を、やって行ったのでしょうね。

 小学校は、中学受験向けの私立小学校(カソリック)だそうで、そこの担任の先生が、「ドッジボールの時に、倒れている相手に、思いっきり強いボールをぶつけたので、叱った」と、言っている動画がありました。それを、見た途端に、私が若いころ、付き合っていた、元、幼稚園の先生だったママ友を思い出し、貴景勝の、お父さんが、保育所経営者だと、言う事と重ね合わせて、なるほどなあと、思い到ったわけです。何を『なるほどなあ』と、思ったかというと、その種の職業について居る人は、自分の子供に対しては、人並み、外れた、教育をする可能性があるという事を、指します。

 幼稚園の先生とか、保育所の先生となると、大勢の幼児を見ているわけです。核家族で、二人か、三人の面倒を見ている母親とは、違います。その決定的な違いとは、自分の子供に、喧嘩をする事を許すというか、勧めると、言う事なのです。つまり、幼児の段階から、喧嘩OKで、育てるのです。

 また、もう一つ似ているところがあって、毎日、牛乳を一リットル飲ませるという点でした。私から見るとアトピーが出て居て、あっちこっち、かきむしった跡があるので、『牛乳のたんぱく質が合わないのだろう。一リットルは、いけないのではないかなあ?』と、思っていましたが、それが、大切な事だと、確信をしている彼女の手前、何も、言いませんでした。

 そして、そういう指導的、子育ての結果、貴景勝は、大物力士となって、22歳で、優勝をし、私の、ママとものお子さんは、二人とも医者になりました。上のお子さんは、男の子なので、心臓外科医になったそうです。親はインテリで、お金儲け主義ではなくて、病院を経営したいと、思っているわけでもないので、お子さんは大学病院に残っていき、いずれ部長とか、教授になっていくでしょう。

 そして、彼女は今では、ご近所様から、「おお奥さま」と、呼ばれているそうです。つまり、彼女は、主婦としては、勝ち組になって居て、ご近所様から、一目も、二目も、置かれている存在になっていると、言うわけです。

 これは、本当に、幼児教育の専門家、しかも、お受験幼稚園ではない、幼稚園を経営したり、そこで、先生を経験したりした人でないと、到達できない境地であって、現在東京圏に住んで居る、有名大学卒のヤングママには、到底取れない態度というか、できない態度だと、思います。あれこれと、バランスを考えるので、できないと、思いますよ。それに、名門幼稚園を受験させたり、名門私立に、受験をしたいと、思って居たら、洋服から態度から、すべて、エチケット、上、洗練をされていないといけないはずですから。

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副題4、『ネットサーフィンをしているうちに、長島家で、きょうだい喧嘩があると、言う動画に、接してしまった。これについて、スポーツマン(この場合は、父親しげお氏の方の事)を、マスコミが過剰に、ちやほやすることの弊害を感じるので、それを語って置きたい・・・・・それは、貴景勝に対しても、マスコミの方の、行儀の良さが必要だと、言う事に繋がるし

 貴景勝の、お育ちについて、調べたいと、思っているうちに、興味本位に、まとめてある動画サイトに、入って行ってしまったのですが、のぞき見趣味の、サイトにも、或る、真実(しかも、現代日本では、誰も、それを言上げをして居ない)が、見つかったので、それを書いておきたいと、思います。

 ここで、大切な真実とは、・・・・・長嶋茂雄夫妻には、亀裂が、あって、本当は、離婚をした方がよかったと、いう点です。それをしなかったので、奥様は、一種のセミの抜け殻状態に陥って、お子様方が、しっかりと育っていないと、言う傾向があるのです。しかし、奥様が、そうなってしまったのは、茂雄氏側の、強引な求婚に遠因があったわけですが、誰も、猫の首に鈴が付けられないという状態で、長嶋茂雄を、批判しないのだ・・・・・という点です。

 長嶋茂雄氏が、若いころは、ものすごい人気者でした。今でも、そうかもしれない。で、性格も明るいというかであって、恋愛や結婚も、皇室なみの取材体制だったのです。で、長島茂雄さんの恋愛とか、結婚に至る過程とかを、私の様な他人でさえ、知っているわけですが、猪突猛進と言うかであって、東京・オリンピックの時のコンパニオンの一人を、射止めて結婚をしました。

 私は、自分の方が年下ですが、あの報道を見て居て、『危ういなあ』と、感じたものです。『大丈夫かしら。この結婚って』と、思ったのです。夫の方は、妻を大好きです。しかし、妻の方が、夫を好きかどうかがはっきりして居ないと、感じました。押し切られてしぶしぶなのではないかと、感じました。

 この章の、副題1を書いた時点で貴の花親方の離婚は、まだ、このパソコンでは出て来て居ませんでした。でも、書き始めて、4時間ぐらいたったら、突然に、日本テレビの報道として、すでに、離婚が成立しているのだと、出て来ています。

 この結論が、これから先の二人にどういう影響を与えるのかが、判りませんが、でも、貴の花親方と河野景子さんの間なら、離婚が成立した方が、よかったと、思います。私は、一般の人、特にマスコミで、有名でない人が、離婚をするのは勧めません。だけど、とても、有名な家では、離婚をしてもよいと思います。でないと、長島家みたいになる。

 長嶋家の問題点は、実は、奥様が、悩み深くて、空疎だと、ご自分の生活を感じたことがあったのだと、思います。で、そういう奥様(=母)の、精神の中の空疎さが、兄妹がばらばらになる根本の原因でもあり、そういう状態を招いたと、思うのです。だから、兄妹に責任があると、する論調は、間違っていると、思います。実は、奥様は、ずっと前から別居状態に入って居たとも、言われています。そして、妻をそういう状態に追い込んだのは、強引過ぎた茂雄氏の求婚であり、その茂雄氏を支援したマスコミなのです。7

 ここですが、動画サイトでは、長島茂雄夫人については、何も触れて居ないのですよ。だから、夫人について分析しつつ、語る、私のこのエッセイは、オリジナリティが高いと、思います。自画自賛ですが、そうだと、思います。

それが、長島家の、お母さんにも、現れていたのではないかと、思うのですよ。上の、私の友達の方の、ケースでは、離婚をしてしまった事への、後悔で、うつろになっているのですが、長島家では、結婚をしてしまった事への後悔が、奥様の、心を、空疎にさせたと思うのです。

 この後悔という事ですが、『もし、ガス抜きが出来たら、よかったなあ』と思うのです。しかし、奥様にとっては、夫が大変な人気者だから、批判をする事が出来ません。「ただ、ただ、自閉的に、お行儀よく、生きているのでしょう。無論、離婚をする事もできません。その点、野村監督夫人とか、落合監督夫人とかは、幸せそうでしたね。自分の素地を出しながら、生きて行くことができたから。

  長嶋茂雄という人はマスコミの力で、一翻も、両翻も、ついて居るので、圧倒的に偉い人として、祭り上げられているわけですが、奥様にしてみたら、『なんて、バカな人なんだろう』と、思う日は有ったと、思いますよ。そして、奥様はインテリだから、自分の夫や、自分自身が、マスコミが、儲けるための、大衆向け『パンとサーカス】の、お料理の、一つには、成っていることも、充分に分かっていたでしょう。しかし、そこからは逃げられないのです。

  マスコミに言いたいです。長嶋家の内部に入るのは止めた方がいい。お子様方の世代は、それなりに、やって行っていると、思います。四人もお子様が居れば、派手な人もいるし、地味な人もいるのは当然です。そっとして置いて、あげるべきだ。

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  これは、ね。私をメンターとして慕ってくれた同年齢の友人が、いろいろ、打ち明けてくれたことから、類推ができるのです。彼女のお父様は、霞が関で非常に偉い人でした。戦争に召集されることもなかったのですが、東京の空襲が、恐ろしい状況になったので、一家で、田舎へ疎開をしました。その疎開先で、お父さんが、島崎藤村になってしまいました。つまり、姪とセックスを伴う関係ができたのです。

 で、子供がすでに三人もあるのですから、お母さんが、見て見ぬふりをすればよかったのです。そうしたら、姪御さんは、後日、お子さんを生まないで、お医者さんになったそうですから、そちらの世界で、新しい魅力的な相手も、見つかり、かつ、お医者さんともなれば、肉体の真実も、よく知っているので、名家同士の結婚でも、処女でなくても、OKでしょうし。

 しかし、お母さんも、名家のそだちでありましょうから、ある程度以上に我がままに育っていて、「こんな状態は我慢がならない」という事になって、お母さんから、離婚を言い出して、別れてしまいました。その後、経済的には、大丈夫なのですよ。おとう様から支援が来るのでね。しかし、お母さんが、うつろになってしまったのです。人間はお金だけでは生きて行かれないのです。愛とか任務がないと。お子さん方を育てるという任務はあるのですよ。でも、セックスをしたり、それがなくても、夫婦としての、暖かい会話が有ったりした後にそれが無くなった場合、喪失感が、大きい模様です。そして、生きる気力を無くしてしまったらしいのです。愛とはエネルギーであって、夫からのインプットがないと、子供へ向かうアウトプットも生まれません。ただ、男の子へは、本能的な愛が、母親側に生成するのですが、女の子は、看過されやすいのです。

 今のバツイチなら、再婚や、恋愛もありでしょうが、戦後すぐには、まず、男性の数が決定的に不足をしていたので、再婚など、考えられない時代でした。ただ、その友人には、きょうだいもいるし、母方の親戚の大きな家で、育ったので、他の家族もいるしで、まともな普通の人なのですよ。しかし、大きな困難に出会った時に、最適な解決方法がとれない、人と、成っていました。60近くになって、そういうものが現れてくるのです。かわいそうですが、家庭の中で、如何に主婦(=母)の存在が大きいかを、示しています。

 私は、1998年パリへ、国費で、行って以来、世界的なアーチストに成るつもりで、毎年三か月は、ニューヨークへ行くつもりでした。それを、許可しない男どもから離れて、逗子のアトリエで、夜も寝るという、一人暮らしを、2000年から、やっていたのですが、娘が或る日、電話内でこういったのです。「お母さん、早くお家に帰って。そうしないと、お父さんと、お兄ちゃんがだめになる」って。

 私は、娘から尊敬をされて居ないのですよ。相当に、批判をされて居ます。これは、フロイトが言うエレクトラ・コンプレックスの表れで、仕方がない事です。しかし、上の様に言ってくれた時は、ずいぶんと自信がつきました。丁度、ニューヨークで日本人女性相手に喧嘩をして、勝った時でしたしね。1999年は25歳を相手にして、勝ったし、2000年には、45歳を相手にして、圧倒的に勝ってしまったという事もあって、あの時期に人間として、生活態度の上で、内外ともに、画然と自信が付いたのです。別に喧嘩をやりにニューヨークに行っているわけではないのですが、張り子の虎みたいなタイプは、真に実力のある私が、けむったいというか、意識せざるを得ないらしくて、猛然と張り合ってくるのです。それで、プレス(版画を作る機械)を、使わせないとか、言う類の意地悪をして来て、仕事上の不都合が起きるので、仕方がなくて、喧嘩をするのですが、武器はただ一つ、短い会話だけでした。状況やら、問題点を、相手に、ただしく、言葉で説明するだけで、圧倒的に勝ってしまうのです。で、『世の中には、何と、おバカさんが多い事だろう?』と、思いましたよ。自分の事さえ見えて居ない様な、おバカさんが居て、そういう連中が、他人をいじめるのです。低レベルで、自分に、本当の自信がない人間ほど、他人をいじめてくるのです。

 そういえば、この逗子のアトリエでの、一人暮らしは、たった、2年半でしたが、逗子のアトリエは、引き続きキープしていたので、毎日、朝外出して、昼間は、逗子へ出かけるわけです。その際にすれ違った、大原光孝というご近所住まいの画家が、二度目の事として、捨て台詞を浴びせてきたのです。「みんなが、川崎さんて、離婚するよって、噂しているよ」って。彼は、そう言いながら、勝ったつもりになっているのです。

 何故、勝つことが必要なのかというと、中谷共二と言う人が、瀬島龍三と、結託をして、無断で、我が家の山を崩したり、している(1986年の事)ので、それを、文章で、書き表している私の方を、山の外へ追い出したいわけです。中谷氏は、大金持ちだし、長男は東大教授だし、次男は、三井物産勤務だから、そっちの方が、絶対的に私より上だと信じて居て、『上の方について居た方が、有利だ』と、考えているわけです。事の善悪よりも計算の方が優先しているタイプです。

 捨て台詞だけではなくて、合いかぎをもらっていて、侵入して、悪いいたずらをすることもやっていると、思います。その上で、各種の報酬をもらっている模様です。彼については、「もう、許しておやりよ」と、電話内で、言ってきてくれた友達もいるのですが、隠れてやっている泥棒の、悪辣さの、数々を見ると、とても許せないです。ただ、泥棒の方は、何度も書いているのに、気が付かないふりをした方が有利だと、伊藤玄二郎達が、思っているらしくて、彼本人からは、何の反応もありません。が、すべて、わかっているのですよ。特に画家なので、銀座の或る画廊と直結をしているので、その画廊側の、種々の反応でも、すべてがわかります。

 で、私は、ニューヨークでは観光ビザ限度いっぱいの三か月しかいられないので、喧嘩をします。でないと、いい仕事ができないから。しかし、日本では、時間制限がないので、喧嘩をしません。しかし、内心では、ぴぴぴぴぴっと、彼(大原光孝)を分析し始めます。・・・・・見かけだけは、上流風にふるまっているが、家族の間で、緊密な愛情の交流が無いのですね。だから、私に甘えてくる・・・・・と。

 で、後日、政治的に嫌なことがあった(例えば安田純平帰還)日に、それを思い出します。そして、さらに適切な日に、それを、ブログで、書きます。実際に奥さんは、私の二年半よりも3倍以上の長さで家出をしていますしね。恥ずかしい人物です。そして、台所仕事をしているせいか、台所を舞台にしたいたずらを仕掛けてきます。

 もう一つ、離婚云々でのエピソードがあります。私は、自分が一人出版社となって、本を出版しているのです。それは、銀座の画廊で、本づくりの人たちのグループが個展をしていますが、そういう手作りの物とは違って、工業生産品です。

 

 で、それをプロに見せたいわけです。相手を尊重しているからこそ、見せたいわけです。で、河出書房新社を、訪問をしました。そこに大学同期の川名昭宣君がいるからです。唯ね。どうしてか、彼の方の、のりが悪いのです。どこか、会話の中に、隔靴掻痒の感がある。で、覚醒をさせる為に(=こちらに、注目をさせる)ために、娘の結婚式の写真を見せたのです。娘は、お色直しをしないで、ウエディングドレス一着だけで、式を通しましたが、借り賃だけで、50万円以上はしたドレスで、マーメイド(人魚風)スタイルであって、体にぴったりでした。生地は一見すると無地ですが、無地の絹地の上に、うすい絹製のチュールが張ってあって、マット(艶消し)になっているものです。しかし、100%無地というわけでもなくて、近寄ってよく見ると、全身に、小花が刺繍してあるという、上品なもので、娘の選択のセンスが良かったです。背が高くて、やせ過ぎでも太り過ぎでもなくて、顔は、平均以上でしょう。ママ友から、「御成中学の同級生からは、松嶋菜々子似の、〇〇ちゃんと、呼ばれているわよ。性格もいいから、すごく評判が良いわよ」と、聞いていました。で、その写真ですが、見せる人見せる人を驚かせる写真でした。というのも、私が美形ではないですからね。(苦笑)いわゆる「トンビが鷹を、生んだ」という一例でしょう。

 でそれを見た途端に川名君が、「あれっ。まだ離婚をして居なかったの?」と言ったのです。その、瞬間、いろいろな真実がザーッと明らかになりました彼は、伊藤玄二郎と、親しいのです。だから、伊藤玄二郎からの、悪口をいろいろ、聞いているので、そういうセリフが出たんだろうし、・・・・・

 伊藤玄二郎は、たった一年で、河出書房を辞めたと、ネットに自分で書いています。卒業年度から考えると、二人の在社年度は、合わないみたいでしたが、川名君は、フランスへ留学したのちに、河出へ、入社しているので、一年間だけ、一緒だったのです。

 でもね、1967年当時、経営状態が悪くて、破産寸前だった、(=どろ船状態だった)会社から、一人抜け出した人物が伊藤玄二郎なのだから、普通なら、嫌いあうはずですが、・・・・・

 ええとここですが、ものすごい展開があるのですが、(なりすまし疑惑裁判で、片山祐輔君を人身御供(=犠牲)にして、自分は逃げおおせた古村浩三君===この人も私にとっては大学同期生である)とか、1967年当時は東京の春秋社勤めであって、伊藤玄二郎と親しい、まじわりを、築いたうえで、30年後には、ロンドン在住のCIA日本人エージェントとなり、スタップ細胞疑惑を準備した三輪喜久代さん(これも、私にとっては、大学同期生です)などや、

 後藤健二さん事件へと、つながって行ったり、(後藤健二の東大出の奥様って、川名家が、お見合い設定をした可能性を感じている)宮川泰介、宮川紗枝、事件に繋がって行ったりするのですよ。西東京市という地名と、川名君が、私の掌を爪で、ひねり上げたという、パワハラが鍵というか、味噌となって、わかって来た事です。

 もし、大学時代に、一度ベッドを共にしましたと、いう様な間柄なら、私の手首をむんずとつかんで、テーブルに押し付けて固定化し、その掌の方を、爪でちびりちびりとひねり上げるという、パワハラがあっても、不思議ではないかもしれない。しかし、1962~1966年の大学在学中には、会話すら交わしたことがないあいだがらなので、ありえないパワハラ(=いじめ)でした。

 でも、ここでも、言いたいです。「川名君、あなたって、最上級のインテリでしょう。それなのに、どうして、私を馬鹿にするのですか。人間はみんな対等ですよ。あなたは私に関してバイヤスが、かかった目でしか見て居ない模様ですが、」と。

 なお、川名昭宣関係は、あまりにも長大なので、ここでは、これ、以上の詳述は避けます。でないと、貴景勝やら、長嶋家から離れてしまいますので。

 その日の私と主人の写真が見つかったので、置いておきます。

そして、ついつい、写真を探し続けて三歳のころの娘の写真を見つけました。有名人の写真ではないのですよ。だけど、自分の洋服も、娘の洋服も私の手作りです。

 

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 そういう、今晩のネットサーフィン中に、貴ノ岩騒動に、まつわって、貴ノ花親方を、いい人間だと、する、動画が多数あるのを発見しました。が、こういう物は、貴の花親方に、さらなる不幸を招くものだといっておきましょう。だって、鎌倉エージェントが裏で糸を引いている記事だから、真実ではないし。 

 貴の花親方自身は、善人だと、思います。しかし、彼を利用して居る人間たちが居て、それが、悪人です。 

 それを分析して、ここで、述べるのが私の仕事なのですが、今夜はすでに、午前四時なので、ここで、止めて置きます。

  なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ訪問回数は、5022083です。

 2018年11月26日これを書き、27日の深夜に推敲する。

   雨宮舜 (本名、川崎 千恵子)

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