今年の文学界新人賞にイラン人の若い女性が受賞しました。非常に喜ばしいことです。私は画家なので、海外旅行をするときは、文明が発達しているところが好きですが、トルコから、イランまでは、イスラム文明の前の文明遺跡も残っていて旅行をした結果、おいしい思いをする地帯だと思います。
でも、そのイランに対してでも、日本人は一時期、偏見を持っていました。あれがどういう事が源泉として起きるかが不思議でしたが、『代々木公園に集まっているからけしからん』などと言う風潮があって、よくないなあと思っておりました。イランとのハーフである、ダルビッシュ君の大活躍等もあって、だいぶ偏見が薄れてきているのは好ましいことだと思っています。
日本社会が右肩上がりの経済的な発展下にあるときは、まあ、自信があるといってみればそれもよいのでしょう。でも、それで、発展途上国を見下げるような発想をもってはいけないと思っています。品が悪いです。上等な国の国民であると辞任するなら絶対にとってはならないマナーです・・・・・だから、ずっと両国のために心配していましたが、今では、文学界新人賞を、イラン出身の(そしてハーフでもない)女性が取る時代です。よかった。よかった。
ところで、そのイランで油田を開発するために長期にわたって技術を提供した日本の会社があったはずですが、どうしてか、その契約を、取り下げなければならないことになった模様で、それは、不条理だったと思います。日本が真の独立国なら、アメリカにとって、イランが都合が悪い時期に当たっても、その油田の方は別問題だと思っていましたが、あれは、復活が出来ないことなのでしょうか?
まあ、その手の話題から離れて、純粋に文化の方へ向かいましょう。
~~~~~~~~~~
先ず、テヘランについて、2、3日遊んだ後、B.C.5000年以上前の、それこそ本当に旧石器時代の、(捏造では有りません)遺跡が、発掘されている、カシャーンと言う町に向かいました。ちょうどこの文章の原文を書いたときに、日本で旧石器時代の発掘を捏造した問題が発覚して、本当に恥ずかしいことになっていました。ので、上記のような言い方になっております。
途中のバスの中で、大学生たちと仲良くなり、ご馳走を彼らの、家で、してもらったのですが、この時代は文化的には雪解けにあたり、彼らは自由でした。ある一軒家を借りて、個室と、共同部分を利用して、その応接間に男子学生等も招いて、私たち夫婦も一緒に招かれて、お昼を丁寧に作ってご馳走してくれました。工学部系統の学生さんたちのようでした。私たち夫婦はバックパッカーと言うほど自由ではないが、それでも、地元の路線バス(ただし、主に長距離路線)を利用して現地の人たちと触れ合うのを楽しみにしているのです。
湾岸戦争の、爪あとは、凄まじく、大きなホテルは、一階と、二階を辛うじて、使っていて、幽霊屋敷みたいでしたが、トイレに入ってびっくり、ゆらりと揺れるのです。よく点検をしてみると、爆撃の振動で、トイレの便器を、床に接着させているコンクリートが、こなごなに成っているのでした。そんなトイレをお客に使わせるのも、まあ、この町に、飛行場が、ないせいで、復興が後回しになっているようです。でも、この程度のクラシックな爆撃で済んでよかった。核兵器を使われると、劣化ウラン弾と言う名前でも、奇形児の多発があるそうですから、イランの普通の人々のために、その程度ですんでよかったと思っています。それで、夏だったせいか、外で食事を取るシステムになっていました。これは、気候がよいからだとは思いますが、そのほかに戦禍の結果、常に逃げられる体制を取って生活をすると言うマナーが身についたのではないでしょうか?
カシャーンの大遺跡ですが、発掘跡地は、まるで、昭和新山を思わせるほどの、巨大な、残土が、あるのに、タクシーの運転手は、場所を知りませんでした。彼は、英語もできるインテリなのに、と思うと、戦争のセイで、国民の、教育とか情報伝達が、とても拙い事になっているのに、気がつきました。日本ですと、わが町の、名所を知らないような、タクシー運転手は居ないでしょう。鎌倉より、小さい町の、規模ですから。
まあ、この町で、もう一つ感激をしたのは、復興途中の、イスラム建築の美しさです。15センチ、平方ぐらいの、モチーフが何千と、縦横に、連なる、浮き彫りが、出来た段階だったのですが、まだ、彩色がされていなかったのです。それで、乾燥した、肌色の、漆喰(またはつちの)の、色だけで、その浮き彫りを眺めると、世界の全ての、民族の、人間の心の、琴線に訴えるような、美が、そこに、表現をされているのでした。もし、彩色後ですと、それは、イスラム固有の文化になってしまいますが。・・・・・・・・特に、夕方の光が、斜めに指して、浮き彫りが、一色だけなのに、複雑極まりない、ニュアンスを表現していたのは、忘れられない思い出です。
文化の成熟した国は、ぜひ、尊敬したいものです。今、その国が貧しかろうがどうしようが、尊敬したいものです。
2009年5月17日 雨宮 舜
でも、そのイランに対してでも、日本人は一時期、偏見を持っていました。あれがどういう事が源泉として起きるかが不思議でしたが、『代々木公園に集まっているからけしからん』などと言う風潮があって、よくないなあと思っておりました。イランとのハーフである、ダルビッシュ君の大活躍等もあって、だいぶ偏見が薄れてきているのは好ましいことだと思っています。
日本社会が右肩上がりの経済的な発展下にあるときは、まあ、自信があるといってみればそれもよいのでしょう。でも、それで、発展途上国を見下げるような発想をもってはいけないと思っています。品が悪いです。上等な国の国民であると辞任するなら絶対にとってはならないマナーです・・・・・だから、ずっと両国のために心配していましたが、今では、文学界新人賞を、イラン出身の(そしてハーフでもない)女性が取る時代です。よかった。よかった。
ところで、そのイランで油田を開発するために長期にわたって技術を提供した日本の会社があったはずですが、どうしてか、その契約を、取り下げなければならないことになった模様で、それは、不条理だったと思います。日本が真の独立国なら、アメリカにとって、イランが都合が悪い時期に当たっても、その油田の方は別問題だと思っていましたが、あれは、復活が出来ないことなのでしょうか?
まあ、その手の話題から離れて、純粋に文化の方へ向かいましょう。
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先ず、テヘランについて、2、3日遊んだ後、B.C.5000年以上前の、それこそ本当に旧石器時代の、(捏造では有りません)遺跡が、発掘されている、カシャーンと言う町に向かいました。ちょうどこの文章の原文を書いたときに、日本で旧石器時代の発掘を捏造した問題が発覚して、本当に恥ずかしいことになっていました。ので、上記のような言い方になっております。
途中のバスの中で、大学生たちと仲良くなり、ご馳走を彼らの、家で、してもらったのですが、この時代は文化的には雪解けにあたり、彼らは自由でした。ある一軒家を借りて、個室と、共同部分を利用して、その応接間に男子学生等も招いて、私たち夫婦も一緒に招かれて、お昼を丁寧に作ってご馳走してくれました。工学部系統の学生さんたちのようでした。私たち夫婦はバックパッカーと言うほど自由ではないが、それでも、地元の路線バス(ただし、主に長距離路線)を利用して現地の人たちと触れ合うのを楽しみにしているのです。
湾岸戦争の、爪あとは、凄まじく、大きなホテルは、一階と、二階を辛うじて、使っていて、幽霊屋敷みたいでしたが、トイレに入ってびっくり、ゆらりと揺れるのです。よく点検をしてみると、爆撃の振動で、トイレの便器を、床に接着させているコンクリートが、こなごなに成っているのでした。そんなトイレをお客に使わせるのも、まあ、この町に、飛行場が、ないせいで、復興が後回しになっているようです。でも、この程度のクラシックな爆撃で済んでよかった。核兵器を使われると、劣化ウラン弾と言う名前でも、奇形児の多発があるそうですから、イランの普通の人々のために、その程度ですんでよかったと思っています。それで、夏だったせいか、外で食事を取るシステムになっていました。これは、気候がよいからだとは思いますが、そのほかに戦禍の結果、常に逃げられる体制を取って生活をすると言うマナーが身についたのではないでしょうか?
カシャーンの大遺跡ですが、発掘跡地は、まるで、昭和新山を思わせるほどの、巨大な、残土が、あるのに、タクシーの運転手は、場所を知りませんでした。彼は、英語もできるインテリなのに、と思うと、戦争のセイで、国民の、教育とか情報伝達が、とても拙い事になっているのに、気がつきました。日本ですと、わが町の、名所を知らないような、タクシー運転手は居ないでしょう。鎌倉より、小さい町の、規模ですから。
まあ、この町で、もう一つ感激をしたのは、復興途中の、イスラム建築の美しさです。15センチ、平方ぐらいの、モチーフが何千と、縦横に、連なる、浮き彫りが、出来た段階だったのですが、まだ、彩色がされていなかったのです。それで、乾燥した、肌色の、漆喰(またはつちの)の、色だけで、その浮き彫りを眺めると、世界の全ての、民族の、人間の心の、琴線に訴えるような、美が、そこに、表現をされているのでした。もし、彩色後ですと、それは、イスラム固有の文化になってしまいますが。・・・・・・・・特に、夕方の光が、斜めに指して、浮き彫りが、一色だけなのに、複雑極まりない、ニュアンスを表現していたのは、忘れられない思い出です。
文化の成熟した国は、ぜひ、尊敬したいものです。今、その国が貧しかろうがどうしようが、尊敬したいものです。
2009年5月17日 雨宮 舜
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