前回で、ヘレン(仮名)さんと言うアウシュビッツ経験者で、かつ在日・駐留・米軍のトップクラスの人の奥様と、いろいろな思い出があると申しました。
ところで、ヘレンさんとの交流に入る前に、どうして、知り合ったかを述べないと駄目でしょう。ヘレンさんは先ず、ベッティ(同じく仮名であり、かつ、私が勝手につけた愛称でもある)さんと友達であり、私は、ベッティさんと知り合って、その後で、彼女からヘレンさんを紹介してもらいました。それで三人で付き合うようになったのです。主にホームパーティと言う形式で。
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ところで、ヘレンさんは金髪の外人ですが、ベッティさんは完璧な日本人です。ただ、色が白いのと、目が大きいのと、ちょっと、芳醇な感じの美人なので、私が勝手に、アメリカの有名なキャラクター・・・・・ベッティ・ブープからとって、
ベッティさんと呼んでいるだけなのです。
これから、ベッティさんの悲しみについて語るので、この愛称のまま通させてくださいませ。
ベッティさんと私はお互いの子どもが同い年で、小学校に入学後同じクラスになったので、知り合いました。ベッティさんは100%の日本人ですが、坊ちゃんも色が白くて可愛いので、・・・・・ふとした機会に、明治時代に日本で活躍したお雇い外国人の血が入っているかなあ・・・・・と、感じるときもあります。
お互いが使用する最寄り駅が全く違うので、それ以前には一切交流がなかったのですが、『父兄会で一気に親しくなった』と言ってよいほど急速に親しくなりました。それは、ベッティさんが先生にいじめられていて、それは、それは、気の毒であり、私はたまらなくて、連絡網を利用して、ベッティさんに同情の電話を掛けたのです。そこから、交流が始まりました。
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ここから先は、既に三十年以上が経過しているので、時効が成立すると思うので、名前だけは伏せて、真実をいろいろ語らせてくださいませ。
ある日の父兄会で、担任の教師が、「ベッティさんの子どもが、女の子のアクセサリーを盗んだ」と発言をしたのです。ベッティさんは猛烈に抗議をしました。「子どものささいないたずらを決定的な欠点であるかのごとく、仰って、しかも、それを、こんな公開の席で仰るのは、子どもに対する愛情がない。ひどいです。先生として、ひどいです」と。私はそのとおりだと思いました。他のお母さんもみんな同じ気持ちだったでしょう。
でも、みんな黙っていました。それ以前の連絡帳への記入の仕方などで、その先生が大変意地悪で、かつ感情的な女性である事は父兄の誰もが知っており、『逆らったら損だ。そうしたら、今度は自分の番となり、自分の子どもが損しちゃうもの』と思っているわけです。
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だけど、私は自分が少しだけ、ベッティさんに似ている事を発見しました。英語が得意。だから、一般的な日本人と比べれば、論理のヒトである。それと、どうも、経済的に豊かに育った人のようで、他者とか世間に対して無防備である・・・・・そういう点でそっくりでした。
だから、ふかーく同情しました。ベッティさんは同じ父兄会で、「先生はさっき、うちの子を後ろから蹴ったみたいですね。しかも階段の途中で。転んだら本当に、危ないでしょう。私見ていましたよ。本当にひどい」といいました。それも多分ですが、本当です。恐ろしい事でした。
ここで、なぜベッティさんが、かくも無残にいじめられるかですが、先生よりあらゆる点で、優れているからだと思われます。それが先生には気に食わない。先生は父兄より10歳ぐらい上ですが、先生という一国一城の主として、ずっと過して来たせいか、社会的な訓練が足りなくて、『それはそれ、これはこれ』と割り切る事ができないのでした。10歳ぐらい年上で、分別もあるはずなのに、ベッティさんの、むんむんした女の色気が、先ず、気に食わないのです。
先生自身には女の色気はない方です。私だってありません。だけど、私はベッティさんに嫉妬などしません。ひとは人、自分は自分で、変えられませんもの。
それともう一つ先生が気に食わないのは、自分を尊敬してくれないように見えることでしょう。同じクラスには、もう一人一流大学出身のお母さんがいて、そちらはあらゆる点で、ひいきをされていました。それは、舅が校長先生だから、担任の先生より目上でもあります・また、国文学の出身だから、お母さん自身のマナーが古くて、年上を敬い、事を荒立てないという雰囲気があります。
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ところが、ベッティさんはまるで違います。英語文化圏で育っているので、すべてのヒトを対等に扱います。悪気は全くありません。私は自分も英語が好きだから、ベッティさんと似ているので、傍で見ていると、ただ、天真爛漫なだけで、悪意が全く無いのを信じる事ができます。しかし、残念なことに、このケースでは先生には、それが、通じないのです。
しかもあらゆる点で先生より勝っている彼女にも、ただ一点、不利なところがあって、それは、既に離婚をしていてシングルマザーだという点です。先生の方は、ご主人は、ある大学の助教授だそうです。で、ダブル・インカムだから豪華な戸建を既にお持ちなのでしょう。が、ベッティさんの方は高収入はあるものの、住まいは当時は賃貸マンションでした。もし、当時、離婚したてだったら、これは、仕方のない事です。
ただ、そういう部分に依拠して、先生は、彼女を低く見なしたいのです。が、彼女はそんな計略に乗せられて、急にびびり始めるようなタイプではありません。シングルマザーになっているのも、普段の収入が高いからで、そこに強い自信もある人です。だから視ていて切ないほどの混乱を、父兄会がきたしました。でも誰もベッティさんを助けて上げられません。
これは、小学校、中学校、高校の生徒間に見られるいじめと構造が同じです。だけど、子どもが人質にとられているから、誰にも彼女を応援してあげる自由が無くて、ただ、傍観しているしかないのです。
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切ない事でした。だから、私は帰宅後、慰めるための電話を掛けました。それで、ベッティさんは急に私になついてきて(それは、私の方が年上だったからなのですが)「こんど、ご一緒にお茶しましょう。それもただ、喫茶店に行くのではつまらないから、私の外人の友達、ヘレンさんのところへ一緒に行かない? スケヂュールを組んでおくわ」といってくれました。
今思うと、ベッティさんが、どれほど、私の電話に感謝してくれたかが分かります。だって、ベッティさんがヘレンさんと親しくなるのだって、自動的に事が運んだわけではなくて、ベッティさんの高い英語能力とか、親しみをかもし出す性格のよさが寄与しているわけです。単にご近所だからと言って、優れた外人と、肝胆相照らす仲へと、望めばすぐに、直行できるわけでもないからです。
ベッティさんにとっては宝物みたいに大事なお友達を、惜しげもなく、私に紹介してもらったので、それが、分かりました。
さて、冒頭に申したとおり、ベッティさんは100%の日本人です。ただ、その華やかな美貌が、ベッティさんと言う愛称(ただし、私が心の中でつけただけですよ)にふさわしいだけです。彼女が、こちらは100%の外人であるヘレンさんと作っていた輪の中に、100%の日本人である私が混ざり合ったら、どんなパーティになるでしょう。それを語るのは、次のお楽しみとさせてくださいませ。
ところで、最後に蛇足も蛇足ですが、前日の文章はタイトルが悪かった模様です。読者数が少なかった。多分、誤解を受けました。メルマガの方では、『バスがNAVYに追突をされて』としています。美しく平和な朝、JR横須賀駅近辺で、京急のバスが後ろから追突をされたのですが、その相手の車がなんと、横須賀米軍のワゴンだったのです。そこから、私は突然に、30年前の思い出に入っていく事になります。
ただし、タイトルが横須賀・米軍・・・・・・将校クラブとなっていると、私が米軍の駐留に賛成していると誤解をなさったヒトが多いのでしょう。違うのです。まことに文学的(?)な表現であり、そのものずばりを指さないでいるためのタイトルでした。そのもの図張りを言えば、女性である事の悲しみを指すといってもよいでしょう。30台の前半にして、私はさまざまなタイプの典型的な女性と出会うオのですが、アウシュビッツの経験者のヘレンさんもそうであり、日本人で英語が堪能な、最先端の才媛、ベッティさんもその一人でした。もし、今日の文章を面白いとお感じになって、どうして、こんな昔の事を思い出したかにご興味のある方は、一日前の文章をご覧頂きたいと存じます。
2009年8月25日 雨宮舜(川崎 千恵子)
ところで、ヘレンさんとの交流に入る前に、どうして、知り合ったかを述べないと駄目でしょう。ヘレンさんは先ず、ベッティ(同じく仮名であり、かつ、私が勝手につけた愛称でもある)さんと友達であり、私は、ベッティさんと知り合って、その後で、彼女からヘレンさんを紹介してもらいました。それで三人で付き合うようになったのです。主にホームパーティと言う形式で。
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ところで、ヘレンさんは金髪の外人ですが、ベッティさんは完璧な日本人です。ただ、色が白いのと、目が大きいのと、ちょっと、芳醇な感じの美人なので、私が勝手に、アメリカの有名なキャラクター・・・・・ベッティ・ブープからとって、
ベッティさんと呼んでいるだけなのです。
これから、ベッティさんの悲しみについて語るので、この愛称のまま通させてくださいませ。
ベッティさんと私はお互いの子どもが同い年で、小学校に入学後同じクラスになったので、知り合いました。ベッティさんは100%の日本人ですが、坊ちゃんも色が白くて可愛いので、・・・・・ふとした機会に、明治時代に日本で活躍したお雇い外国人の血が入っているかなあ・・・・・と、感じるときもあります。
お互いが使用する最寄り駅が全く違うので、それ以前には一切交流がなかったのですが、『父兄会で一気に親しくなった』と言ってよいほど急速に親しくなりました。それは、ベッティさんが先生にいじめられていて、それは、それは、気の毒であり、私はたまらなくて、連絡網を利用して、ベッティさんに同情の電話を掛けたのです。そこから、交流が始まりました。
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ここから先は、既に三十年以上が経過しているので、時効が成立すると思うので、名前だけは伏せて、真実をいろいろ語らせてくださいませ。
ある日の父兄会で、担任の教師が、「ベッティさんの子どもが、女の子のアクセサリーを盗んだ」と発言をしたのです。ベッティさんは猛烈に抗議をしました。「子どものささいないたずらを決定的な欠点であるかのごとく、仰って、しかも、それを、こんな公開の席で仰るのは、子どもに対する愛情がない。ひどいです。先生として、ひどいです」と。私はそのとおりだと思いました。他のお母さんもみんな同じ気持ちだったでしょう。
でも、みんな黙っていました。それ以前の連絡帳への記入の仕方などで、その先生が大変意地悪で、かつ感情的な女性である事は父兄の誰もが知っており、『逆らったら損だ。そうしたら、今度は自分の番となり、自分の子どもが損しちゃうもの』と思っているわけです。
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だけど、私は自分が少しだけ、ベッティさんに似ている事を発見しました。英語が得意。だから、一般的な日本人と比べれば、論理のヒトである。それと、どうも、経済的に豊かに育った人のようで、他者とか世間に対して無防備である・・・・・そういう点でそっくりでした。
だから、ふかーく同情しました。ベッティさんは同じ父兄会で、「先生はさっき、うちの子を後ろから蹴ったみたいですね。しかも階段の途中で。転んだら本当に、危ないでしょう。私見ていましたよ。本当にひどい」といいました。それも多分ですが、本当です。恐ろしい事でした。
ここで、なぜベッティさんが、かくも無残にいじめられるかですが、先生よりあらゆる点で、優れているからだと思われます。それが先生には気に食わない。先生は父兄より10歳ぐらい上ですが、先生という一国一城の主として、ずっと過して来たせいか、社会的な訓練が足りなくて、『それはそれ、これはこれ』と割り切る事ができないのでした。10歳ぐらい年上で、分別もあるはずなのに、ベッティさんの、むんむんした女の色気が、先ず、気に食わないのです。
先生自身には女の色気はない方です。私だってありません。だけど、私はベッティさんに嫉妬などしません。ひとは人、自分は自分で、変えられませんもの。
それともう一つ先生が気に食わないのは、自分を尊敬してくれないように見えることでしょう。同じクラスには、もう一人一流大学出身のお母さんがいて、そちらはあらゆる点で、ひいきをされていました。それは、舅が校長先生だから、担任の先生より目上でもあります・また、国文学の出身だから、お母さん自身のマナーが古くて、年上を敬い、事を荒立てないという雰囲気があります。
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ところが、ベッティさんはまるで違います。英語文化圏で育っているので、すべてのヒトを対等に扱います。悪気は全くありません。私は自分も英語が好きだから、ベッティさんと似ているので、傍で見ていると、ただ、天真爛漫なだけで、悪意が全く無いのを信じる事ができます。しかし、残念なことに、このケースでは先生には、それが、通じないのです。
しかもあらゆる点で先生より勝っている彼女にも、ただ一点、不利なところがあって、それは、既に離婚をしていてシングルマザーだという点です。先生の方は、ご主人は、ある大学の助教授だそうです。で、ダブル・インカムだから豪華な戸建を既にお持ちなのでしょう。が、ベッティさんの方は高収入はあるものの、住まいは当時は賃貸マンションでした。もし、当時、離婚したてだったら、これは、仕方のない事です。
ただ、そういう部分に依拠して、先生は、彼女を低く見なしたいのです。が、彼女はそんな計略に乗せられて、急にびびり始めるようなタイプではありません。シングルマザーになっているのも、普段の収入が高いからで、そこに強い自信もある人です。だから視ていて切ないほどの混乱を、父兄会がきたしました。でも誰もベッティさんを助けて上げられません。
これは、小学校、中学校、高校の生徒間に見られるいじめと構造が同じです。だけど、子どもが人質にとられているから、誰にも彼女を応援してあげる自由が無くて、ただ、傍観しているしかないのです。
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切ない事でした。だから、私は帰宅後、慰めるための電話を掛けました。それで、ベッティさんは急に私になついてきて(それは、私の方が年上だったからなのですが)「こんど、ご一緒にお茶しましょう。それもただ、喫茶店に行くのではつまらないから、私の外人の友達、ヘレンさんのところへ一緒に行かない? スケヂュールを組んでおくわ」といってくれました。
今思うと、ベッティさんが、どれほど、私の電話に感謝してくれたかが分かります。だって、ベッティさんがヘレンさんと親しくなるのだって、自動的に事が運んだわけではなくて、ベッティさんの高い英語能力とか、親しみをかもし出す性格のよさが寄与しているわけです。単にご近所だからと言って、優れた外人と、肝胆相照らす仲へと、望めばすぐに、直行できるわけでもないからです。
ベッティさんにとっては宝物みたいに大事なお友達を、惜しげもなく、私に紹介してもらったので、それが、分かりました。
さて、冒頭に申したとおり、ベッティさんは100%の日本人です。ただ、その華やかな美貌が、ベッティさんと言う愛称(ただし、私が心の中でつけただけですよ)にふさわしいだけです。彼女が、こちらは100%の外人であるヘレンさんと作っていた輪の中に、100%の日本人である私が混ざり合ったら、どんなパーティになるでしょう。それを語るのは、次のお楽しみとさせてくださいませ。
ところで、最後に蛇足も蛇足ですが、前日の文章はタイトルが悪かった模様です。読者数が少なかった。多分、誤解を受けました。メルマガの方では、『バスがNAVYに追突をされて』としています。美しく平和な朝、JR横須賀駅近辺で、京急のバスが後ろから追突をされたのですが、その相手の車がなんと、横須賀米軍のワゴンだったのです。そこから、私は突然に、30年前の思い出に入っていく事になります。
ただし、タイトルが横須賀・米軍・・・・・・将校クラブとなっていると、私が米軍の駐留に賛成していると誤解をなさったヒトが多いのでしょう。違うのです。まことに文学的(?)な表現であり、そのものずばりを指さないでいるためのタイトルでした。そのもの図張りを言えば、女性である事の悲しみを指すといってもよいでしょう。30台の前半にして、私はさまざまなタイプの典型的な女性と出会うオのですが、アウシュビッツの経験者のヘレンさんもそうであり、日本人で英語が堪能な、最先端の才媛、ベッティさんもその一人でした。もし、今日の文章を面白いとお感じになって、どうして、こんな昔の事を思い出したかにご興味のある方は、一日前の文章をご覧頂きたいと存じます。
2009年8月25日 雨宮舜(川崎 千恵子)
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