飯田城址から、さらに藪の中へ。
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マウスの筆を入れつつ、二重土塁らしき盛土を確認しておりますが。
二重の谷底を進みつつ、振り返りますと。
一部にうねりはあるものの、どこまでも続く、堀切らしき藪の道。
本丸西の大堀切、その西の尾根を、完全に南北に断ち切っております。
本丸側の盛土の頂点は、こんな感じで。
一方の外側は、こんな感じで、どこまでも。
堀に沿って両側に、北の泥田堀らしき谷津田方面までへと続きます。
谷津田への斜面で、うやむやになりますが。
このあたりでは格別に急峻な斜面で、馬さんも鹿さんまでも転ぶほど。
ちょっと、しつこいくらいにレポートさせて頂きましたが。
このあたりはほとんど知られず、しかも史跡には未指定かもですが。
ですが、何か、お城的ではありますまいか。
さらに、うんと南西部のいわゆる西峰中ほどにも、やはり。
同様の二重の盛土コンビさんが。
南に北に、くぼ地に沿うように寄り添いつつ。
同じく尾根を断ち切っておりますゆえに。
メガ計画のその前に、盛土の真相解明にも、しばしの熟考が必須かと。
その後の時代になってから、道路で一部は断ち切られたようですが。
それでもなんとか、何かを伝えようとの執念を感じ。
笠間城址の国指定史跡への動きに合わせて、何かが動く予感もありましたが。
やはり、お彼岸の中日だったこの日、女神さまは動き出したようで。
歴史の風景も麗しい、ふるさと笠間の未来を信じつつ。
今日もケキョケキョ、ホーホケキョさんでした(関連記事→こちら)。
※では今日も笠間の里山より、皆様に感謝でございま↓スイッチです。
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同じく尾根を断ち切っておりますゆえに。
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その後の時代になってから、道路で一部は断ち切られたようですが。
それでもなんとか、何かを伝えようとの執念を感じ。
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