未来技術の光と影。
SIYOU’s Chronicle






オノ・ナツメ

彼女の描く画は、とにかく線が美しい。

作品によってデフォルメを強めてみたり、線をラフにしてみたり、その作品に合わせて趣が変わるのだが、どれを見ても一目で彼女の作品と解る。

シンプルなライン、シンプルな構成にもかかわらず、表情豊かで魅惑的な人物が活写されている。

一見なにげなく描かれている親しみやすい線であったとしても、そこからは豊かな感情が溢れ出ている。

この線はもう、彼女にしか描けない。

誤解を招かずに聞いて頂きたいが、彼女の作品は、特にストーリーがなくとも面白い。

登場人物の織り成す会話が、とても楽しい。

簡潔にテンポ良く繰り広げられる遣り取りで、その場の雰囲気が生き生きと伝わって来る。

自分もその場に居て、いっしょにその会話を楽しんでいるかのような、そんなシンパシーが感じられる。

吹き出しの外に手書きでセリフを付け足したり、そのくせ擬音は吹き出しの中に手書きにしてたり、長年の取り組みで編み出された、そのシンプルな画風とマッチしたちょっとした工夫の積み重ねが、情景をさらに賑やかにしている。

そして時に、簡潔ながらも、簡潔であるがこそ選び抜かれた言葉使いで、作中で描かれた人物の、その生涯の蓄積がなければ語れないような重みのある言葉が、胸の底に重く響くこともある。

いったいどんな人生を過ごせば、そんな言葉を語ることが出来るのか。

そして「BADON」 の場合、ストーリー、いや、「物語り」がまた素晴らしい。

重厚なドラマが、いつもの研ぎ澄まされたセリフと、シンプルながらも魅惑的な絵によって、テンポ良く繰り広げられて行く。

恐らくは事前に、かなり綿密にストーリーの構成が考えられているようである。

主人公達が生業とするのが「煙草店」。

あまり馴染みのない業界の様子が丁寧に描かれているし、さらに上乗せして舞台となる架空の都市「バードン」における特殊な状況に設定をアレンジしているにも関わらず、嘘がない。

実際にその街で、その業界に長年従事した者にしか語れないような、リアルがそこにある。

そして最大の魅力は、物語りが ”ちゃんと”「煙草店」であることを発端として展開されて行く。

劇中の人物の行動や何気ない会話の端々にまで、「煙草店」を取り巻くこの街のこの時代の人々のリアルが行き渡っている。

最後に、人気の秘密はこれに尽きるのかもしれないが、登場人物の全員が魅力的だ。

現実の世界には、こんな素敵な人々はいないかもしれない。

だが、「バードン」では確実に、彼らは彼らの信念のもとに、今日も素敵な毎日を暮らしている。

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