写真1
写真2
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2011年03月11日の東北地方太平洋沖地震は、
関東地方の内陸部に位置する埼玉県幸手市の高須賀池と、その周辺にも災害を及ぼした。
水田には地割れが北~南に走り、液状化現象の跡がある(写真1)。
液状化した砂と水が噴き出すボイリング(噴砂)の砂が地割れの周りに薄く積もっている。
4月に入り、水田の代かきが始まる。
地割れをほっておけない、修復が必要。
写真1の近くの水田では、親子が地割れを耕土で埋めている(写真2)。
写真1のオレンジ色ネットの向こう側に高須賀池がある。
高須賀池は中川右岸にあり、1947(昭和22)年9月15日までは面積3ha、最大水深6mの南北に長い池だった。
しかし、翌16日、カスリン台風による利根川右岸堤防決壊・大洪水で一変。
南側の大半は土砂で埋まり、北側の西の方に洪水でえぐられた新しい窪み(湖盆)ができた。
そこに洪水が溜まり、東西に長い瓢箪型の現形となった。
写真1・写真2の水田は、上記の土砂で埋まった南側の部分にあたる。
そもそも、高須賀池は1783(天明3)年浅間山大噴火の、いわば副産物。
火山灰や噴石などが利根川を流れ下り積り、河床を浅くした。
そのため、1786(天明6)年、利根川が溢れ出し、残ったのが高須賀池。
執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2011年04月02日 撮影地:埼玉県幸手市