1997年10月25日発行のART&CRAFT FORUM 9号に掲載した記事を改めて下記します。
私は子供が好きだ。子供たちの前向きな生命力が、落ちこんだ時、疲れた時、私に元気を与えてくれる。何かを作るという行為は、心を満たす作用をもたらしてくれる。私は、再生紙の作品を作っているが、そのことに気づくまでに時間がかかってしまった。けれど子供たちは、意識せずに、そういう作用を知っているような気がする。のびのびした線、自由な想像力、あるいはそうでない時、子供の作品は、その時の心の中そのものを表わしている。私はそんな無意識な表現に魅力を感じていて、子供に関わる仕事をやめられずにいる。大人になってしまった今、子供のように無意識に何かを作っていた頃に戻りたいと思っているのかもしれない。自然に慣じむ速さ、びっくりする程の吸収力、無限に広がる想像力、子供から学ぶことはまだまだたくさんある。その透き通った瞳は私が忘れてしまったことを思い出させてくれる。その代わりに私は子供たちに何ができるだろう。つくることの楽しさ、作品を鑑賞するおもしろさ、未来を夢みること……けれど子供は無意識の状態で、もうそんなことは知っているにちがいない。
今年の四月より、東京テキスタイル研究所の新クラスとして、日曜美術倶楽部・子供造形教室に関わることになった。普段は、授業やギャラリーとして使われているスペースヘ第一、第三日曜日に子供たちがやってくる。子供にとって、この大人びた部屋に一人で入るには少し恥ずかしかった四月に比べると、半年経った今はなんと楽しげに張り切って入ってくることだろう。ここへ来る子供たち一人一人の中で、造形をとおした何かが生まれ、芽生え始めているように思える。
一人ずつ絵を描くだけでなく、大きな布に体じゅうを絵の具だらけにして描くアクションペインティングや、電車に乗って展覧会を見に行くというような授業をしてきたが、八月の授業として、野焼きでやきものを作る為二泊三日の合宿に行ってきた。十数年前に廃校になった小学校の分校にテントをたて、電気やガスをほとんど使わない生活を体験した。この教室に来ている子は「都会の子」でいろんなことを知っていて、ゲームやTVの事で頭はいっぱいになっている。頭の中だけでなく、もっと手や体を使ってそのギャップを感じて欲しい。初めて親元を離れる子、整った施設やホテルにしか泊った事のない子ばかりで、私も引率するにあたって緊張した。
茨城県西茨城郡、岩間駅から分校まで、大きな荷物を背中にしょって田んぼ道を一時間弱歩いた。途中で夕飯の材料を買い(電車の中で、カレーと決まった)何度も休みながらやっと到着。まずテントを立て野菜を切る女の子、かまどの火を準備する男の子、お風呂は、グランドの端にある五衛門風呂に、長い長いホースで水を溜め、薪で焚く。火を焚くのは難しい。うちわと煙との格闘だ。入る間際まで、「オレたち入らなくていい…」と言っていた男の子も、入ったら楽しそうな声が聞こえてきた。テントで眠れずに、グランドで星空も眺めた。次の日の朝から野焼きの準備をした。自分の手足でこねた粘土で作った作品を焼き上げるのだ。野焼きはやきものを焼く手段の中で、窯の中で焼く時とは違い、出き上がるまで自分の目で見る事ができるのでおもしろい。まず地面を空焚きし乾燥させる。そこに作品を置き、煤が付くまで2~3時間ぐらいじわじわと周りで火を焚いていく。急激に温度を上げると割れてしまう。最後の攻めは、材木をどんどん燃やして、大きな炎で作品を包みこむ。分校の屋根に届くぐらいの高さまで炎は燃え上がる。そうなると、火に近づく為に長そで、長ズホン、帽子、サングラス、口にタオルで、薪を火の中に投げ込む。肌を少しでも出していると、そこが熱くて火のそばには居られない。材木を火の近くまで運ぶ子、その材木を火に投げ入れる子。暑い日に汗を流して大きな火を焚く野焼きは、なぜだかとても楽しい。日常生活では味わえない肉体労働が、野焼きを終えた後に一種の感動を起こさせてくれる。消えゆく炎を見つめながら話したり、残り火でおイモを焼いて食べた。重い材木を運ぶ子、大きな火に近づくこと、きっと初めてのことだろう。
食事を作る為、お風呂を沸かす為に火をおこす事、使った食器を洗う事に慣れてきた頃に帰る日は来た。分校を出発し、駅へ向かう皆の足どりは驚く程軽かった。やきものや、作品が入ってより重い筈の荷物も、ぜんぜん平気な顔だ。どんどん歩く子供たちの背中は短い間にちょっぴり成長している様に見えた。私はなんだかうれしくなった。東京へ戻ったら、教室はまた楽しくなるに違いない。今までどこか、ぎこちなかった子供同士も、たった三日間で、うんと仲良くなっていた。今回の合宿では、生活することとモノを作ることとが、ごく自然に結びついていたように感じられた。
私は子供が好きだ。子供たちの前向きな生命力が、落ちこんだ時、疲れた時、私に元気を与えてくれる。何かを作るという行為は、心を満たす作用をもたらしてくれる。私は、再生紙の作品を作っているが、そのことに気づくまでに時間がかかってしまった。けれど子供たちは、意識せずに、そういう作用を知っているような気がする。のびのびした線、自由な想像力、あるいはそうでない時、子供の作品は、その時の心の中そのものを表わしている。私はそんな無意識な表現に魅力を感じていて、子供に関わる仕事をやめられずにいる。大人になってしまった今、子供のように無意識に何かを作っていた頃に戻りたいと思っているのかもしれない。自然に慣じむ速さ、びっくりする程の吸収力、無限に広がる想像力、子供から学ぶことはまだまだたくさんある。その透き通った瞳は私が忘れてしまったことを思い出させてくれる。その代わりに私は子供たちに何ができるだろう。つくることの楽しさ、作品を鑑賞するおもしろさ、未来を夢みること……けれど子供は無意識の状態で、もうそんなことは知っているにちがいない。
今年の四月より、東京テキスタイル研究所の新クラスとして、日曜美術倶楽部・子供造形教室に関わることになった。普段は、授業やギャラリーとして使われているスペースヘ第一、第三日曜日に子供たちがやってくる。子供にとって、この大人びた部屋に一人で入るには少し恥ずかしかった四月に比べると、半年経った今はなんと楽しげに張り切って入ってくることだろう。ここへ来る子供たち一人一人の中で、造形をとおした何かが生まれ、芽生え始めているように思える。
一人ずつ絵を描くだけでなく、大きな布に体じゅうを絵の具だらけにして描くアクションペインティングや、電車に乗って展覧会を見に行くというような授業をしてきたが、八月の授業として、野焼きでやきものを作る為二泊三日の合宿に行ってきた。十数年前に廃校になった小学校の分校にテントをたて、電気やガスをほとんど使わない生活を体験した。この教室に来ている子は「都会の子」でいろんなことを知っていて、ゲームやTVの事で頭はいっぱいになっている。頭の中だけでなく、もっと手や体を使ってそのギャップを感じて欲しい。初めて親元を離れる子、整った施設やホテルにしか泊った事のない子ばかりで、私も引率するにあたって緊張した。
茨城県西茨城郡、岩間駅から分校まで、大きな荷物を背中にしょって田んぼ道を一時間弱歩いた。途中で夕飯の材料を買い(電車の中で、カレーと決まった)何度も休みながらやっと到着。まずテントを立て野菜を切る女の子、かまどの火を準備する男の子、お風呂は、グランドの端にある五衛門風呂に、長い長いホースで水を溜め、薪で焚く。火を焚くのは難しい。うちわと煙との格闘だ。入る間際まで、「オレたち入らなくていい…」と言っていた男の子も、入ったら楽しそうな声が聞こえてきた。テントで眠れずに、グランドで星空も眺めた。次の日の朝から野焼きの準備をした。自分の手足でこねた粘土で作った作品を焼き上げるのだ。野焼きはやきものを焼く手段の中で、窯の中で焼く時とは違い、出き上がるまで自分の目で見る事ができるのでおもしろい。まず地面を空焚きし乾燥させる。そこに作品を置き、煤が付くまで2~3時間ぐらいじわじわと周りで火を焚いていく。急激に温度を上げると割れてしまう。最後の攻めは、材木をどんどん燃やして、大きな炎で作品を包みこむ。分校の屋根に届くぐらいの高さまで炎は燃え上がる。そうなると、火に近づく為に長そで、長ズホン、帽子、サングラス、口にタオルで、薪を火の中に投げ込む。肌を少しでも出していると、そこが熱くて火のそばには居られない。材木を火の近くまで運ぶ子、その材木を火に投げ入れる子。暑い日に汗を流して大きな火を焚く野焼きは、なぜだかとても楽しい。日常生活では味わえない肉体労働が、野焼きを終えた後に一種の感動を起こさせてくれる。消えゆく炎を見つめながら話したり、残り火でおイモを焼いて食べた。重い材木を運ぶ子、大きな火に近づくこと、きっと初めてのことだろう。
食事を作る為、お風呂を沸かす為に火をおこす事、使った食器を洗う事に慣れてきた頃に帰る日は来た。分校を出発し、駅へ向かう皆の足どりは驚く程軽かった。やきものや、作品が入ってより重い筈の荷物も、ぜんぜん平気な顔だ。どんどん歩く子供たちの背中は短い間にちょっぴり成長している様に見えた。私はなんだかうれしくなった。東京へ戻ったら、教室はまた楽しくなるに違いない。今までどこか、ぎこちなかった子供同士も、たった三日間で、うんと仲良くなっていた。今回の合宿では、生活することとモノを作ることとが、ごく自然に結びついていたように感じられた。