◆シェリル・ウェルシ「Untitied」 28×25×30cm・2000年
◆シェリル・ウェルシ 「Neck Coil」 2001
◆シェリル・ウェルシ「Bowll」 1999
2001年10月1日発行のART&CRAFT FORUM 22号に掲載した記事を改めて下記します。
「素材を変容させる」 シェリル・ウェルシ・吉田未亜
シェリル・ウェルシは1973年、テキスタイル専攻で学士号を取得し、イギリスのローボロ-・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインを卒業した。同校のアート&デザインコースは、学生たちに現代の美術とデザインの理論や芸術史に裏打ちされた実習を通して様々な実験を試みる機会を与えた。テキスタイルでも理論の学習と実習を通して、その科目の伝統や意味について根本的に再考することが重要視された。なぜなら多くの学生たちのテキスタイルの経験の土台にあるものは、家庭や義務教育過程でのニードルワークだったからだ。
「私のテキスタイルの知識は英国の小学校教育によって培われました。1960年代のイギリスでは、学校教育の重要なカリキュラムの一環として、女子にはニードルワークの授業がありました。教え方は伝統的な技術の習得に重点を置いていました。ニードルワークの授業では手縫いの方法やギンガムチェックの布などに規則正しい縫い目を作る方法が教えられました。私は縫い目が作る規則正しいリズムや縫うことで生地の表面の構造が変化して行くことが気に入っていた事を覚えています。」
ローボロ-・カレッジの2年目、ウェルシは刺繍を専攻することを決めた。ウェルシは個人指導教官に何か特定のステッチ技法と素材を探求するように勧められた。その探求は既存の技法の改作や新しい技法を生み出し、今日的な考え方やごく個人的な問題をテキスタイルで表現することに重点を置いてなされた。またウェルシは、技術や素材を探求すると共に古いインドのテキスタイルや、アメリカの画家ジャスパー・ジョーンズを初めとする現代アーティストの影響を受け、異なる質を対比させるようになった。その結果彼女の作品には、ステッチとコラージュ、ありふれた廃棄物と貴重な素材、大衆的なイメージと歴史的な刺繍などが組み合わせられるようになった。
この二重性がウェルシの作品への取りくみの特徴となっている。形式性と自然性、貴重な素材とありふれた素材、この二重性のうちに比較対照を見つけ出すことは、ウェルシの作品の一貫したテーマとしてつづいている。
「ロ-ボロー・カレッジでは手刺繍の歴史を学ぶと同時に、セロテープ、新聞紙、ニスなどのありふれた日々の廃棄物を作品に組み込んでいくことを学びました。歴史を学ぶことは、同じステッチでも扱う人や文化によって全く異なる物になることや、刺繍は様々な素材を容易に用いることができる技法であることを私に教えてくれました。
私はその頃、手刺繍、特にスタンプワークと貴重な金属刺繍に強い関心を持っており、キャラコなどの簡素な布地にステッチする作品を実験的に制作していました。キャラコのような普通の布地を用いることで刺繍の豊かさを強調し、刺繍の豊かさで簡素な布地の美しさを見せようとしていたのです。この異なる素材や技術を組み合わせるというアイディアは、現在でも関心を持って取り組んでいます。」
ローボロ-・カレッジ卒業後、ウェルシは手刺繍への関心からロンドンのロイヤル・スクール・オブ・ニードルワークでテキスタイルの修復の仕事をすることに決めた。同校は歴史的なテキスタイルの修復と王家の表章、聖職者用の刺繍品の製作に特化している。ここでの経験を通して、ウェルシは金属糸を用いた刺繍の技法と様々な貴重な素材を用いる知識を深めた。
「ロイヤル・スクール・オブ・ニードルワークで仕事をしたことは、大変伝統的な刺繍技法と修復技術を学べたことで、私の作品の展開にとって重要なことでした。ローボロ-・カレッジでは技術や素材を即興的に扱うことを学んだことに対して、ロイヤル・スクール・オブ・ニードルワークでは貴重な素材を扱うことで伝統的な技法を学ぶ機会を得ました。私が新しい形のステッチを生み出したり、対照的な素材を独創的に組み合わせたりすることの出発点は、ここで学んだことにあります。
私はゴールドワーク刺繍の技法も使いました。このことは私が後に光沢のある素材とマットな質感の素材の組み合わせによる装飾的な効果を探求することに繋がりました。ここで私が特に関心を持ったことは、薄いレリーフ装飾とステッチで繊細な形を創ることを習得することでした。」
このロンドンで過ごした期間に、ウェルシは英国のThe 62 Group(現代テキスタイル・アートの振興のために結成されたグループ)の展覧会に出品した。ここでも金属糸は使い続けたが、金属糸は使い続けたが、金属を使った作品はバーミンガム・インスティテュート・オブ・アート・アンド・デザイン(ヨーロッパの主要な銀細工と宝飾の研究所)で銀細工と宝飾で修士号を取得のための研究の中で、1988年に全く新しい方向を取りはじめた。
「彫金を研究しょうという考えは、金属糸の質感や感触を変えたり、その個性をより強く発揮させ現代的にしたいと考えたからです。金属とテキスタイルを融合させることで素材がどのように変容するか、という研究になりました。私は異なった金属の質に着目すること、布の様な金属をつくること、から彫金に取りかかることにしました。
Hitec-Lotec(www.hitec-lotec.com)プロジェクトに出品されたウェルシの最近の作品は、テキスタイルと金属において彼女がどのように歩んできたかをたどることが出来る。12人のアーティスト、デザイナー、メーカーはハイテク・ローテクと題されたプロジェクトにシリーズ彫刻を制作するために英国South Westアート協会から制作を依頼された。大意は手作業と工業の関係を試みることだった。ステンレス・スチール網、モノフィラメント、そして表面にステッチを用いたウェルシの作品は彼女が引きつづき素材表現の可能性、そして又形式性と、即興性の対比に関心を持ってきたことを示している。この作品の本質は素材の特性を変化させるプロセスにある。
「私は素材のステンレス・スチールが徹底的に破壊される直前まで仕事を続けました。ステンレス・スチールは強い弾力性を持つ素材ですが、私の仕事の結果、もろい布のような特質を持つに至りました。このように素材を変容させる過程で、その素材が完全に破壊される一歩手前で装飾的な性質を帯びるということを予想外に発見しました。素材は柔らかくもろくなると同時に工業製品の精度と強度を保ち、装飾的であるばかりでなくこれら相反する性質によって緊張感も生まれるのです。Hitec-Lotecプロジェクトのために私は紙ホイルと工業用のアルミシートから抜き取られたブランク(硬貨や鍵をつくるのに用いられる金属素材片)などを選びました。私はこれらに実験的に手作業でひだをつけたり、つや出しをしたり、皺をつけたりしました。」
ウェルシはハイテク・ローテクのために軽量の金属で6つの四面体を基にした立体作品を制作した。それぞれの立体は同じ型を持ち、大きさ、基本的な素材も同じである。そこに異なる手作業による処理を施し、それぞれの個性と装飾性を持つ作品として仕上がっている。素材の扱い方と制作の過程で施された処理を明らかにすることはウェルシの作品の重要な要素である。
「私は谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」からも影響を受けています。この小説は素材が使用されることを通して歴史を積み重ねていくということをわたしにはっきりと教えてくれました。暗闇と影の認識そして表面と古つやの質は、私を奮い立たせてくれました。」
ぜんたい我々は、ピカピカ光るものを見ると心が落ち着かないのである。西洋人は食器などにも銀や鋼鉄やニッケル製のものを用いて、ピカピカ光るように研き立てるが、我々はああ云う風に光るものを嫌う。我々の方でも、湯沸かしや、杯や、銚子などに銀製のものを用いることはあるけれども、ああ云う風に研き立てない。却って表面の光が消えて、時代がつき、黒く焼けて来るのを喜ぶのであって‥‥。
(谷崎潤一郎全集「陰翳礼賛」P424)
ウェルシは自身の作品について語る時、手作業と機械技術の関係が重要であること、そして実際につくる過程でアイディアが発展することを許容することをしばしば自分の制作を引き合いに出して述べる。
「私はどちらかというと手作業や単純な機械が好きです。機械で処理を施す時には、機械のスピードを落します。そうすることで予期せぬ質が生まれることがあるからです。このような実験的な側面と同時に、機械のスピードを落すことで作業の精度を高めたり微妙な効果を出したりその特性を発揮させたりすることもできるのです。
制作の計画を立てる時は、使用する素材、技術、大きさ、平面か立体かの選定も計画の内に含まれます。最近の作品は単純な幾何学形体です。これらの要素に直に仕事をする過程で私の考え方が発展する方向も決まってきます。最終的な目標はモノをつくることですが、つくることを通してコンセプトやアプローチの方法を発展させることは大切なことです。私が素材を探求する目的は、それらが何を表現できるかを示すためです。豊かに装飾された美しい表面、繊細さ、軽やかさ、量感のある作品にしたいと思っています。」
目下、ウェルシはロンドンで開催されるチェルシー・クラフト・フェア2001(www.craftscouncil.org.uk)に向けて、身に纏うことができる新作を制作中である。それはテキスタイル、金属、紙、そして須藤玲子が日本の布社のために制作したステンレス・スチールを撒き散らした布を組み合わせている。
「ロンドンのサザビーズ(コンテンポラリー・デコラティヴ・アート2001)で作品を公開してから、皆さんが私の身に纏う最新作を楽しんで下さったことに気付きました。皆さんがそれぞれ個性的に私の作品を着こなし、良い反応を示して下さったので、チェルシーではこのタイプの装飾的な製品を更に発展させることにしています。」
(訳:吉田未亜)
※ お知らせ
シェリル・ウェルシのワークシヨップを2001年12月25日(火)~27日(木)の三日間、当研究所で開講します。詳細はお問い合わせ下さい。