1983年12月10日発行のTEXTILE FORUM NO.3・4に掲載した記事を改めて下記します。
一昨年白樺湖畔のホープロッジでスタートしたサマーセミナーも本年で第三回となりました。昨年はアトリエを新築し“バックストラップウイーブ”“バスケッタリー”“かすり”“草木染と手紡ぎ″の四講座を実施いたしました。本年は新たに、堀内紀子先生のご協力で“スプラング″を、新道弘之、冨田潤両先生の指導で外国人を対象とした本藍染による“かすり”と“しぼり”の二講座を加え、全六講座で7月中旬より9月上旬迄7週間にわたり山の学校を開きました。蓼科工房は長野県の白樺湖畔に位置しますので、都会では指導しにくい自然の中での授業のあり方を追求いたしております。来年も3ヶ年の経験を基にして、より充実した内容で実施する予定です。
(スプラング)-空間と実験-
●期間:1983年7月18日(月)~23日(土)
●講師:堀内紀子
白樺、山桜、水楢、が混在する雑木林、そして落葉松の植林地にスプラングの技法を用いた透けたネットが張られました。木立を歩くと蛛の巣かなと思われるように自然の木々の中に溶け込むもの、木々の緑に対立するかのように白の膜が張られると、樹間を流れる霧となり、何の変哲も無い高原の雑木林が、より自然に生き生きと感じられました。
植物との関わりの他に野兎、鳥などの恰好の遊具となり、また人との対話に、このスプラングによる空間実験は夏の緑から、秋の紅葉、冬の雪景色を経て来年の夏迄のIヶ年間、蓼科高原の新参物として、如何なる姿であるのでしょうか、私共は四季折々の光景を写真に収め、自然との関わりを考えていきたく思っております。
(バックストラップウイーブ)-機をつくり織る-
●期間:1983年7月25日(月)~30日(土)
●講師:京田 誠
京田先生夫妻と愛犬“ラマ”は一年ぶりに蓼科に戻ってきました。
アトリエの壁はグァテマラの裂で飾られ、テラスでは早速機づくりです。白樺の小枝を削り、またたく間に機が出来上りました。まずは腰帯の制作です。各自が思い思いの場所を選んで織りに取り組みます。昼間はテラスの柱にニ又ローブを掛け日光浴を兼ねての実習、夜間や雨天の日はアトリエの大黒柱を中心にして、京田先生ご夫妻から個人指導を受け、初心者もいつの間にかインディオに変身しました。
地機を使っての織物は人が道具と一体になって創り出します。均一の織物は機械の得意とするところで、微妙な張力の変化と糸綜絖、中筒、刀抒等を駆使して織る地機から生まれる織物、ここに手織の原点があるように思われます。ガテマラの村々から異なった裂が
生まれるように、私共も努力したいものです。
(バスケッタリー)-採集と制作-
●期間:1983年8月1日(月)~6日(土)
●講師:関島寿子
昨年は台風で開講が危まれましたが、熱心な受講生と関島先生の情熱ある指導で修了時には台風を忘れさせる程でした。自然の植物を採集して作る籠、都会での材料の入手は困難で役所の公園局等に街路樹の剪定時に連絡をして、いただく事を依頼するなどし、樹木を入手するための大変な苦労話しを先生からよく聞きます。その事からか、先生は自然林の中では生き生きと動き廻り、自然の植物の素晴しさ、美しさ、大切さを語られます。
自然の樹木のフォルム、テクスチャー、性質を知り、それを生かして我々の生活に役立つものをつくります。この事が籠をつくるだけでなく人類の誕生と共に人間が自然から学び、自然と共に生きてきた原点ではないでしょうか。都会から緑が消えてしまうと共に人々は自然との関わりを忘れてしまい、いや自然を征服したと思っているのではないでしょうか。
最近自然保護を唱える人々や団体の活動が報じられる事が多くなりました。イギリスのナショナル、トラストの活動は限られた土地を市民のものにし、現物保存する運動で成功した例ですが、日本でもこの様な運動が起こり始めました。しかしながら、自然とは何かを、多くの人々は知っているのでしょうか。最近の子供達は樹木の名前はもとより、野菜の名称すら知らず、況してや、どのようにして裁培されているのかも知りません。ただ教科書等など頭で知るのみです。自然の中で積極的な体験をする機会を多く持つ事から、自然の大切さ貴さを体得する必要があります。
「もっともっと多くの人々が籠を作ってほしい」と話す関島先生の言葉が必要なくなるように。
(草木染)-採集と抽出と染色-
●期間:1983年8月22日(月)~27日(土)
●講師:阿久津 光子
昨年は草木染の他に手紡ぎ、フェルトを組み合わせ、大変充実しましたがカリキュラムがハードなので、本年は草木染を独立させ単独講座に変更しました。
草木染は当然の事ながら、自然の植物を使っての染色です。それだけに、同種の植物でも地域差、高度差、季節差等が生じます。そこで今回は白樺湖周辺に自生する植物と共に周囲にも目を向け、長野県に於ける植物染を研究されている、松本在住の高野俊雄先生に、当工房にご来所願いました。先生の研究資料を拝見し、我々の3ヶ年に亘る資料との比較や情報交換をいたしました。今年の草木染の講座は幸運で、前講座の為に建てた本藍が使用出来たり、高野先生が持参して下さった藍の生葉染が加わったりしました。もちろん、例年実施している水楢、刈安、あざみ、小梨、山桜、白樺、柳、山ぶどう等の染色も一層楽しいものになっています。またこのクラスには昨年に引き続き受講されている方もおり、夏の蓼科を楽しみにしていただいております。
ワークショップ”かすり”と”しぼり”
-本藍染による-
●期間:1983年8月10日(火)~20日(土)
●講師:冨田 潤(かすり)
新道 弘之(しぼり)
昨年のイギリスツアー(詳細は第一号に掲載)では、海外旅行のあり方を、真正面から問い、それを可能な限り組み込み実施いたしました。この企画段階で、我々が外国に学びに行くだけでなく、多くの外国人が日本の優れた染織の情報、技術を学びたく訪日の希望を持っているという話しが、この企画のスタートでした。そして、実施、成功に導いたのは冨田夫妻と新道弘之氏の多大な尽力の賜ものと思っております。
昨年の冬、雪の京都美山町、新道弘之氏宅を訪問し依頼した事は、『蓼科で本藍を建て、「かすり」と「しぼり」を外国人を対象に、英語で教育する』これが条件でした。新道氏の答えは「やってみましよう」でした。この時から馬鹿げた企画は動き出し、関係するメンバーの苦労の始まりでした。
●標高千六百メートルの蓼科で藍は建つのか?
●遅い案内で果して外国から受講生が集まるだろうか?
●採算は合うだろうか?
等々、数えきれない程の問題を解決しなければなりませんでした。しかしながらイギリス・カナダ・アメリカ・デンマークの外国人と二名の日本人、総勢十一名の多様な受講生を迎えての10日間の研修は、国籍、習慣、年齢の違いを忘れ、昼夜を問わず熱気に満ちあふれていました。
癌を宣告され、残す3ヶ年の命に生きるアメリカ人、日系3世で英語しか話さないが、現代日本女性よりも日本人を感じる日系アメリカ人、染織経験四十五年のデンマーク人等々、彼女等が得たものは、藍に関心がある日本人でさえ学びにくい、本物の藍でした。我々にとって最も身近なものであった藍が、我々以上に関心を持ち、藍と取り組む外国人に注目され定着しつつあります。彼女達が100%満足して帰国する姿を見て、今回のスタディ、ツアーの成功を喜ぶと共に複雑な気持に襲われました。しかし、彼女らの帰国後の紹介等で来年のスタディツアーはすでに外国で動き出してもいるのです。
1983 JAPAN CRAFT STUDY TOUR スケジュール
8月8日 ●人間国宝芹沢助先生訪問(蒲田)
●東京テキスタイル研究所見学
9日 ●紙の博物館(王子) 民芸館(世田谷)見学
10日・11日●蓼科工房WORK SHOP
12日 ●松本本郷織物工房・民芸館見学●有明天蚕センター見学
13日~20日●蓼科工房WORK SHOP
21日 ●高山民家村見学
23日 ●名古屋有松絞見学●近江藍染工房紺九見学
24日 ●小谷次男工房見学(京都)●栗山工房(紅型)見学
25日 ●河井寛次郎記念館●京都友禅文化会館●西陣織工房゛紫紘″見学
26日 ●黒谷和紙●草木染組紐(太田藤三郎)●川島テキスタイルスクール見学
27日 ●夕食パーティ“いろは″にて 日本人作家との交流
(手紡ぎとフェルト)
●期間:1983年8月29日(月)~9月3日(土)
●講師:中山恵美子
最近は織物を志す方から、編物をされる方迄大変多くの方々が個性豊かな糸を紡ぎ、手造りの楽しさと喜びを享受しておりますが私共が手紡ぎの指導を始めて、早いもので5年になります。ウール・綿・麻・絹などの天然繊維を織糸や編糸に紡ぐ、ごく常識的な事ですが、日本では今日迄全くと言っても過言でない程機械績糸に依存し、「糸は買う物」と決めつけていました。
蓼科工房での「手紡ぎとフェルト」クラスは都会の暑さを忘れ、自然の中で、ウールを素材に糸を紡ぎ、フェルトをつくる事を学びます。今年は小学四年のお子様と共に参加された方もあり、性別、年齢を越えて指導する当研究所ならではの授業風景でした。