◆“Oval Profile”2002年 千疋屋ギャラリー
◆ヤムサ・フェルト展出品のニードルフェルト
2002年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 26号に掲載した記事を改めて下記します。
「FEEL・FELT・FELT一記憶のなかの触覚-」 田中美沙子
2002年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 26号に掲載した記事を改めて下記します。
「FEEL・FELT・FELT一記憶のなかの触覚-」 田中美沙子
戦後、東京の狭い部屋では夏になると蚊帳を使っていました。一つの蚊帳に家族全員が横になり母から物語を聞きながら寝付いたものです。緑色の麻の蚊帳は、四隅に赤い布が縫い付けられその紐を柱に結び付けました。仕切られた空間の内側は天上からしなやかな布のたわみが覆いかかり、透ける布は内側と外側の空間を作り出していました。日本の着物と同様たたまれ収納される形を持たない布は、四隅から引っ張られじょじょに四角く変化していきます。その頃は無意識に見ていましたが大変合理的で素晴らしい構造を持っている事が今なら理解できます。下におろされ収納する前の蚊帳は海や砂浜を連想させその上に乗って遊んでしかられたことや、なかなか思うように畳めかなかった事など、前回書いた土だんごの話し同様、日常の生活の中から体全体を通して感じた触覚であつたとおもいます。当時子供達の遊ぶおもちゃは殆ど木で作られていました。木の重さや固さ、ぶつかる鈍い音など五感を通して感じることが出来ました。最近ではこれらはプラスチックに変わり自然素材とは異なる新しさを教えてくれますが、感性の育つ幼児期にこれらの良さを知らずに過ぎてしまうのはとても残念に思います。
写真の作品(Oval Profile)は、触感を視覚に換算した表現です。内側からの羊毛は絹やウールの布に表情と色彩を加え二つの布の持つ対比を作りだしました。全体の形態は垂直水平空間のなかでインパクトを感じられる膨らみのある楕円で考えてみました。後染めでは、絹とウールの性質の違いに苦労し次への技術的な課題も残しました。
ここ数年Todays Art Textileを 通して若い人達と一緒に活動しています。東京以外の場所での作品展示は新鮮なものが感じられました。伊豆下田のハーバーミュージアムの建物は片面がガラスで作られていました。すぐ側は海が広がり海の色や水の感触はガラスを通して飛び込んできました。また京都マロニエのギャラリーでは窓から遠くの山や瓦屋根がみられその空間は、作品と同時に風景も取り込み一体化しコラージユされた一枚の絵を感じることができました。町の文化や人々の交流も含めて貴重な体験となりました。これからも手で触れ、手で作り、手で想像する事を通して仲間といっしょにフェルトの魅力や可能性を深め表現していきたいと考えています。
●フィンランドリポート
フィスカルスの村
フィスカルスの村
見知らぬ国を訪ね、羊文化やその国の生活を知るのに魅力を感じています。この小さな村は、ヘルシンキからバスで30分の所にあります。緑に囲まれ川や湖もそばにある自然環境に恵まれた場所です。此の場所は今から350年前にフィンランドで始めて鉄の鋳造所として産業がスタートした所です。ここフィスカルスの『鋏み』は世界的にも知られています。16年前には、ここでの産業は衰退化し此の村は過疎化してしまいましたが10年前から工芸家、アーチスト、デザイナー100人が集りこの場所に居住し仕事場、ショップ、展示場を作り活動しています。芸術家にたいして国からの援助もありますがそれらを受けずに組合組織や入場料で自由に活動しています。中心人物の一人の木工作家のカリー、ビルタネンさんの工房は地下は作業場、一階は展示場で『白樺、ななかまど』などの材料を磨き込み素材仕上のシンプルで機能的なデザインの家具は、大変心を和ませてくれる作品で彼の人柄と物作りへの姿勢を感じることができました。湖の向こうの自宅からは小舟を漕いで工房まで通っていると語り、近い将来テキスタイルのアートアンドレディデンスを作りたいと抱負を語っておりました。クラフトマンにとってここでの生活環境は桃源郷にも匹敵するとおもいます。世界的建築家のAlvar Aalto(アルバーアールト)やプリントデザインのMarimekkoもこの国から生まれています。森と湖に囲まれ人工密度が少ないこの国は林業や紙が主な産業ですが最近はIT産業に力を入れ携帯電話の普及は世界一になっています。
●Petajavesi(ペタヤベシ)の美術工芸学校 もう一つのフェルト
ヘルシンキからバスでおよそ6時間中央フィンランドに位置するPetajavesihは、緑が一面に広がり大変のどかな場所です。木造平家の美術工芸学校でのワークショップは、夏休み期間を利用したものでした。学制寮に泊まり5日間の研修は、圧縮フェルトと異なる針一本で半立体や立体を作るニードルフェルトです。
フィンランドに詳しいフェルト作家の坂田ルツ子さんの通訳とこの学校の主任のレイナ、シピラさんとの充実した企画で解りやすく進められました。この学校はヨーロッパ三つのフェルト指定校の一つで、織り、染め、同様フェルトコースが設けられています。帽子の型やフェルト化する機械、厚手作品用のローリングの設備、ニードルマッシーンの機械が備えてありました。期間中それらを動かし見本を作り見せてくれました。ここは、14歳から上は何歳でも入学可能な三年制の公立学校で経費は国から出ています。学内を見学しましたが鉄、家具、ガラス、写真などのコースは日本の大学並みの設備と生徒の作品の一部を見る事が出来ました。校内は作品を販売する場所も作られ企業での実習も在校中に参加する事ができ学校と社会の繋がりも考えられています。
5日間のニードルフェルトのマスクは、初めに羊毛で固まりを作り、針で刺しながら凸凹を作ります。粘土を羊毛に置き換え立体を作る場合と同じ感覚で進められ、形が決まると表面に色を加え、少しの色を指で契り同形色、反対色など微妙に混色しイメージの色を針で刺します。加えたり削ったりすることは勿論、針金を骨組に他の形をジョイントし面白さを広げることや、針の回数を多く加えると固さがプラスされます。これらは体力や場所をあまり使わず、どんな種類の羊毛でもそれぞれの効果効が出せます。針の正しい使い方を覚えれば子供からお年寄りまで楽しめます。出来た作品はYamusa(ヤムサ)の小学校の跡地を会場にして開かれたヤムサフェルト展に展示し、オープニングにも参加しました。
Jyvaskyla(イワスキラ)のクラフトミュージアムではヨーロッパフェルト展が開かれておりアート表現のウェアー、薄手の間仕切り、彫刻的なレリーフなど多様な表現の高レベルの作品を見る事ができました。又期間中に牧場直営の材料店、近くの保育園など希望者で訪ねました。以前から一度北欧の幼児教育の現場を見たいと考えていました。ここでは殆どの男女が働いています。もちろん教育費用は国からの補助になっています。子供一人に2人の先生が交代で担当し、緑に囲まれこじんまりした木造平家の建物ではテーブルに日本とフィンランドのお手製の国旗が置かれていました。白木の部屋は裂き織りのカーぺットとフェルトの壁掛け、暖かな色のカーテンがかけられ幼児から入学前の子供達10数人が私達を迎えてくれました。子供達と歌の交換を持ち明るく色彩豊で木や繊維の心にくいセンスの園内を見学しながらさすがデザインの国と納得することが出来ました。数日後子供達は、自分達の描いた絵をプレゼントするため私達の作業場を訪ねてきました。言葉は通じなくも互いに心を通わせ思いがけない楽しい一時を過ごす事になりました。このような交流の場を自然な形で考えているゆとりと豊かさにこの国の素晴らしいデザインが生まれる背景を感じとる事が出来ました。