ART&CRAFT forum

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「フェルトの出会いと造形」田中美沙子

2016-05-22 13:37:23 | 田中美沙子
◆「RUINS」1992年 
H 15× W 30×D 20cm
素材:ウール+石+麻

1998年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 12号に掲載した記事を改めて下記します。

フェルト-性質へのまなざし-
 フェルトの出会いと造形 田中美沙子

 十数年前織機を使いタペストリーや布などを、作っていたころ中山先生のクラスでフェルトの実習に出会いました。その当時フェルトに関する資料は、ほとんどなくスウェーデン語で書かれた一冊の本があるだけでした。作っている人もごく少数のためその方法はとにかく自分で何回も失敗しながら体験してみることでした。そんななかから予想外の出会いや発見、また思いどうりにならない難しさに沢山ぶつかりました。

◆「EARTHLY」 1989年
H 150×W 200cm(上)  H 50×W 12cm(下)
素材:ウール+枝
 
 織機を使わず身近な道具と羊毛でダイレクトに作っていける方法は、私にとって画期的な出会いでもありました。繊維の層が絡み合い、面や立体に変化し、厚さや形が自由にできるのは羊毛の特質です。色と色が互いに混じりあい変化していく様子は、絵の具の混色効果に似ています。色の量や種類、圧力の加え方でその風合いや色彩が微妙に変化します。

 私の作品は、内面を表現する方法としてフェルトを使いました。興味は、無意識のうちに作品に現れます。日常何処にでもある事のなかからテーマが生まれます。例えば、古びた壁の錆びたトタン板の変化や道路の剥げたペイント、駅のビカピカの線路とゴッゴツの石のコントラスト、青空の下、風になびく白いTシャツなど時間の経過が生みだす変化と対比やアフリカの土と木で出来た土のモスクなど単純で力強いものに心引かれます。その時々、心に強く感じたことを表現していますが、私はサンプル作りを通して新しい発見を試みています。イメージは、思いどうりになりにくいのですが、素朴な疑間を積み重ねることで可能性が広がっていきます。
◆「BE BORNE」  1997年
H 80×W 12×D 4cm
素材:ウール+鉄線+麻

素材の対比から生まれる魅力……
 私の作品が平面より立体が多いのは、空間への働きかけに興味があるからです。色彩の幅は出来るだけ抑えて、形や素材の対比、しわや凸凹での造形を考えています。作品の展開は、ひとつの作品の後、次の作品の方向性が見えてきます。振り返ると平面→立体→空間へと変化しています。
ファイバー以外の素材との対比を試みるようになったのは、先に述べたように身の回りにあるさまざまな現象を、変化という時間を軸に考えることに興味が移って行ったからです。

 木の枝、石の層、偶然が形つくる石の破片、錆びた鉄線などをフェルトと組み合わせながら造形の広がりを試みています。異素材との対比は、私たち人間関係にも似ているようです。
◆「EARTHLY」1989年
H 160×W 400cm
素材:ウール

フェルトクラフトの楽しみ……
 生活に使えるクラフトは、作る物に具体性があり、作りながら楽しめます。化学繊維が占める現代、羊毛の特質で. ある温かさや軽さ、肌への優しさは大切です。身に纏う布は、薄くしなやかで強さも必要です。ニットや薄い布とのジョイントで個性的な布が表現されます。帽子は、形や色やテクスチュアーなど自由に考えられ、室内ではタペストリーやマットなど色や紋様の効果が楽しめます。現代社会のなかでより大切に考えなければいけないのは、触覚感についてではないでしょうか。フェルトは、それを微量ですが満たすことができます。私がフェルトコースに長く関わりを持てたのは、制作方法が単純で十人十色の感覚を生かせることが可能だったからです。また高齢化社会の現代、生きがいを持つことは素晴らしいことです。生涯学習のひとつとしてのフェルト制作を通じて、教え教わる楽しさを望んでいます。

 世界各地には風土から生まれたいろいろなフェルトがあります。機会を見つけて訪ねてみたいと考えています。

「フェルティング ワーク」  田中美沙子

2013-03-01 09:18:27 | 田中美沙子

1 ◆身にまとうプロジェクター 田中美沙子

1987914日発行のTEXTILE FORUM NO.8に掲載した記事を改めて下記します。

 フェルトという言葉は、ギリシヤ語の『結合させる』『FELZEN』から出ています。これは羊毛の特長である縮絨性を表現しています。中央アジア、西アジアの人々がいつ頃からフェルト作りをしたかは定かではありませんが織物よりも古いと言われています。例えば旧約聖書にみられるノアの箱舟でのフェルトは、羊の毛が床に落ち、踏まれ、適度の湿度で固まりフェルトが誕生したともしるされています。日本では正倉院の御物の中に、中国や朝鮮から渡来した、花文の毛氈が残されています。制作方法は室町時代に伝えられたと言われています。材料が身近になかったことや気候風土の違いもあったのでしょう。単純なわりには日本独特なフェルト作りはあまり発展しませんでした。世界をみまわしますと多種多様なフェルトが存在しています。特に遊牧民の生活ではフェルトは重要なひとつでもあります。住居の造りにその魅力を見ることができます。草を求めて移動して行く家は、高さ二~三メートル、直径八メートル位あり、木材の骨組を格子状にし、その上をフェルトの布でおおい作られています。住居の呼び方も地方によって様々ですが、遊牧民の間ではYURT(ユルト)、蒙古では包(パオ)、中国では穹盧(キュウロ)などと呼ばれています。又、イランではナマッドと呼ぶフェルトの敷物があります。これらは織の繊細な表現のカーペットに比べ有機的曲線と単純な幾何文様が特長です。

 

 繊維素材による布は、第二の皮膚とも呼ばれます。その理由は、外界の接点になる人間の体を保護する服という布であり、もうひとつは、住居での室内(特に壁を対象としている)をより柔らかく、やさしくする布であると言われます。建築家であるコルビジェは、室内の壁を『放浪者の壁』と称し、タペストリー(織物の壁掛け)の必要性を唱いています。織物に比較しフェルトでの表現は単純です。毛の繊維が物理的な条件で絡まれば良いのですから誰でも手軽に楽しめます。しかし、単純である程、研究して行くと難しくなるのも事実でしょう。その為には、日頃の訓練も必要です。物作りが好き、絵を描くのが好き、といった素直な気持ちが大切でしょう。色彩を使う楽しみもフェルトの魅力のひとつです。パレットで絵の具を混ぜ合わせ絵を描く感覚があればそれで十分です。陶器作りのような土をこねる感覚、紙をすいて作る感覚もかねそなえています。平面から立体へといろいろな表現が可能です。何でもそうですが、体力的には重労働の感もあります。小さな作品はそうでもありませんが大きな敷物やタペストリーなどは苦労しますが出来上がった時の満足感は大きなものがあります。一見弱そうに見えるのですが絡んだ毛は以外に強いものです。また、模様なども自由に組み込むことが出来、袋状にして縫目のないポシエットなどにすると楽しい表現が出来ます。クラフト的な分野だけでなく、アートとしてのフェルト造形もこの頃では盛んになって来ました。アメリカのアーティストのジョン リビングストンは重厚なフェルトと木材による彫刻としての作品を発表しています。いずれにしろ、手軽な技法で表現出来るフェルトは各々の立場、条件で制作することができるのも魅力のひとつと考えています。