ART&CRAFT forum

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「表面を掘り下げる」 キャロライン・バートレット

2017-01-18 12:40:17 | キャロライン・バートレット
◆“On the Shelves of Memory”-to Mnemosyne 1998 120H×240W×45Dcm
PHOTO:John Rogers

 ◆“On the Shelves of Memory”-to Mnemosyne 1998 120H×240W×45Dcm(部分)
PHOTO:John Rogers

◆“Storeys of Memory Ⅰ”   2001   102H×32w×30cm 
PHOTO:Pete  Massingham

◆“Codices”   2000  インスタレーシヨン  アビー・ガーデン

◆“Notations Ⅲ and Ⅳ”  1999
PHOTO:Graham Murrell


2002年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 26号に掲載した記事を改めて下記します。

 「表面を掘り下げる」 キャロライン・バートレット

 私は、元々はテキスタイルのプリント・デザインを専攻していました。平坦な色面で塗り分けられた布しか見られなかった時代のことです。当時の私は、この時代を支配するアプローチから逃れ、触覚や視覚を大切にしたアプローチを探していました。実践的な面からも、コンセプトの面からも模索を続けた結果、私は、プリント、染め、防染などの処理技術を複合的に用いて布に痕跡を残すような方法を取るようになりました。このアプローチは私とスモッキング・マシンの長い付き合いの始まりとなりました。今では、スモッキング・マシンは制作に欠かせないものになっています―制作のテーマが素材、制作方法、意味の関係や、テキスタイルに関する言葉の意味論と知覚の可能性の探求に移った今でもです。

 私の作品の重要な要素に知覚-五感に基づく知―という問題があります。文化ごとに異なる知覚は、私たち自身を、私たちを取り巻く世界を、どのように認識するかに影響を与え、その文化のあらゆる形態の表現に影響を与えます。西洋文化はその発展の過程で五感を階層化し、視覚を最上位に、知性を知覚の上位に、記述言語のシステムを他の知のシステムの上位に位置づけてきました。私はこれらの問題を、重要な要素として作品で取り上げてきました。ですから今回日本を訪れたことは、大きな意義を持つ経験となりました(もちろんとても楽しい旅行でもあったのですが)。床に敷かれるものの感覚、コントラストの概念、味覚と食感の関係、光と影の戯れ―これらは文化における表現と知覚の関係を考える素晴らしい機会となりました。

 初期の作品では、刺激を「場の感覚」の表現とし、特定の場所や環境に対する反応が作品に表されました。作品の形、色、表面は、旅先で見たり聞いたりした神話や伝説、地形や建築から引き出されていました。制作方法もこの頃、発展を見せました。布を染め、プリントを施し、継ぎ合わせ、アップリケを付け、ステッチを平行に幾重にも重ねてプリーツを造り、再びプリントを施す―様々な手法が制作に取り入れられるようになりました。ステッチは視覚性を際立たせる装置として、布に張力を与え立体的に形成する道具として利用しました。作品には様々な痕跡が施され、それらのゆがみまで注意深く見直されました。これらの工程を経て、作品が完成する頃には布は三分の二ほどの長さに縮んでいました。

 1998年、私はある博物館の二つの所蔵品を題材にしたプロジェクトに取り組みました。その所蔵品はヴィクトリア朝時代の二人の英国人の人生とその時代を表現したもので、私の作品はそれらと同じ場所に展示される予定でした。このプロジェクトでは、文化的、歴史的、心理学的な要素を探求しながら、作品と環境と鑑賞者が響きあうような何かを連想によって導き出そうとしました。また制作のために出た旅行では、素材、意味、場所、これら全ての関係が作品にとって重要になると認識しました。制作の手法としては、この時は布の型取りを研究しました。「所蔵する文化」と「提示の様式」の関係に対する興味(※1)がこの作品の基盤となり、素材や制作方法を導いてくれました。これら一連のリサーチの結果、収集・保管という行為、収集・保管対象の再解釈、知覚とイデオロギーの変化による歴史の粉飾に焦点を当てた作品が生まれました。ここで始まった百科事典、博物館、公記録/古文書の保管所などの提示方法の研究は、今も続けています。

 このプロジェクトでは、知識のシステムとして、また文化と時間を超えて存在し、アクセスできるものとして、記述言語が大変重要な重みを持っていました。私はこのことについて考えるうちに、その魅力や人を説得し、欺き、事実を記録し、歪める力に気付きました。そしてテキスタイルに関する言葉からなる構文について考え始め(※2)、「文飾」、「粉飾」(“embroidery of language”)や「嘘八百の話」(“Web of lies”)などの表現を収集し、関係付けられた言葉のルーツを調査ました。ここから展開したのが巻物、書物、帳面などの形態を持つ作品です。これらの形態は視覚的な効果を発揮しながら、言葉とリズム、記号とシンボル、ページとコラム、訂正線と消去、あるシステムに上書きされた別のシステム、個々の言語の喪失を示唆するものです。

 『表記法』(Notation)と『記憶の階層』(Storeys of Memory)ではステッチがテキスト(書道とは無関係)を暗示するために用いられています。またステッチはプリーツを造る道具としても機能しました。このプリーツは、作品の構造と内容の一部を、防染や色抜きも施しながら加えたり消したり、造ったものをさらに造り直したり、見せたり隠したりするものです。素材は注意深く選定しました。触感、視覚性、どのようにプリーツが付くか、垂れるか、痕跡がどのように残るかなどの特性を吟味するのです。テキストが縫い付けられ、解かれ、再び縫い付けられるように、作品そのものも繰り返し加工しました。表面に何かを加えたり、腐蝕したりすることで布の質感を追求しました。

 作品の質感は常に重要です。触覚と視覚の相互作用がそこには求められます。

 続く作品では「知識の塊」がテーマとなりました。ここでは百科事典への介入も試み、各百科事典はそれぞれ違う博物館の所蔵品と関連付けられました。この作品の一環として『古写本』(Codices)という期間限定のインスタレーションも制作しました。設置場所はエドモンド、バリー通りのアビー・ガーデンにある図書館の廃墟で、その庭の芝生に「縫い付け」られたラテン語のテキストの断片が、芝生が伸びるにしたがって、段々と消え失せて行くというものでした。

 現在はマンチェスターのウィットワース博物館のテキスタイル・コレクションとの関連で作品を制作しています。博物館の慣行が引き続きテーマです。今回は特に、製作者(大抵は無名)、作品、博物館などを管理する者の関係を取り上げています。制作工程では腐蝕は引き続き重要な役割を担い、プリーツを線や糸として扱い、手を触れることと制作者や繰り返される管理者の作業を、触覚的、視覚的に取り上げています。製作者の手(絞りを作る日本の職人の手も含まれて います。)や同じ行為を繰り返す管理者のイメージも用いています。
 (キャロライン・バートレット)

(※1)具体的には収集・保管・保存などの行為や所蔵方針(何がなぜ収集されたのか。)、所蔵方法、所蔵品を分類するシステム、収蔵物に関する情報を記録する方法、展示の方法、提示の仕方などを問題にしています。
 (※2)イギリスではテキスタイルに関する言葉は、物語の叙述や事実の粉飾を表現する際によく用いられます。文中の“embroidery of language”、“web of lies ”の他には“to spin a yarn”(「長話をする。」「大げさな作り話をする。」)などもあります。この現象はヨーロッパの多くの国々で見られます。言語のルーツが同じだからです。サンスクリット語の”sutra”は「経」と「糸」という意味がありますが、日本でも似たような表現はありませんか?
(訳:吉田未亜)



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