さよなら三角 また来て四角...日本編☆第二章☆

オーストラリアから10年ぶりに帰国。特別支援教育に携わりながら
市民農園・家庭菜園に励んでいます。

子供たちが出かける場所

2010年07月18日 09時00分45秒 | Web log
過去に何度か書いたけれど、最近の子供たちは、めったに外で見かけない。家の前に公園があるのだけれど、たまにしか子供がこない。

何をしているのか?

ある子供たちは習い事に忙しい。
だから、互いの予定が合わなかったりで放課後に遊べる子供を捜すのが難しかったりする。

共働き家庭だったりすると、学童に行くとか、祖父母が面倒みているとかで、制限がある。

昔話をするのは年をとった証拠なんていいますけれど、今から30年以上も前に、小学校に通っていた私たちの時代は、子供が集団になって小さい子も大きい子も一緒になって、野山を駆け回っていた。

危険じゃなかったか?というとそうでもない。

その時代も変質者はいた。

でも、外で遊んだ。それ以外に選択肢がなかったからとも思える。

自分の小さかったときの思い出と照らし合わせて、外で遊ばない子供を疑問に思うわたしが、時代錯誤的なのかもしれない。

情報化社会なので、以前はゆっくりと伝わった情報も、瞬時に伝わる時代だ。

先日も、車で15分くらい離れた地域で、子供たちをじっと見ている不審者が目撃されたという情報が学校で配布され、注意を呼びかけられた。

身を守るために、子供を自由に外で遊ばせるなんてことはほとんどの親はしない。そんなことをしたら無責任、非常識な親として批判されるだろう。

時代が違う。

30年なんて、わたしにとってはつい昨日のようだけれど、実際、遠い昔だ。

特に女性にとっては、大きな転換期だったと思う。
専業主婦があたりまえだった頃、母子家庭だったゆえにわたしの母は働いていたけれど、ほとんどの友達のお母さんたちは家にいた。

それから、女性解放だの、ウーマンリブだの、と女性の平等と社会進出、自己実現が叫ばれて、女性も高学歴を望むようになり、職をもつのが当たり前の世の中になった。

日本にいたときは、わたしもそうだった。
働いて、結婚しても、子供が生まれても、子供を保育所に預けて働いた。

それが当然だと思ったのだから。

だから多くの親が、より多くの収入を得ることを望み、そして子供に将来ためになることを身につけさせ、成功してほしいと願い、お金と時間を費やす。それが子供にとって益になることであり、将来を保障してくれそうなものと信じている。

外で遊ぶより、いっぱい習い事をしたほうが、子供の将来の役に立つ。
それに、外は危ない。自分は仕事で疲れているし、子供たちに付き合う余裕もない。だったら家で、おとなしくゲームやコンピューターでもして楽しんでほしい。

そんな感じなんだと思う。

そう考えることを別に否定はしない。それにゲームやコンピューターは使い方によってはとても有益なものと思っている。

私にとってコンピュータは生活必需品だ。

コンピューターゲームは苦手だから(画面をみていると気持ち悪くなるし)個人的にはしないけど、エンターテインメント性が高く、楽しいものだと思う。

ノーベル物理学賞を受賞した羽柴教授だって、ファイナルファンタジーが好きだと言っていたし。

オーストラリアに来ることになって、仕事をやめて、専業主婦になってしまい、子供と向き合うようになって遠い昔の自分と今の子供たちの姿を重ねてみている自分がいる。

そして、どうして外で遊ばないの?などと、遠い昔の日常を今の風景に捜し求めている。

そしてふと思った。

そんな私は、現代に黒電話がないことを嘆いているようなものなのかもしれない。

いまどき、黒電話を使っている人なんて、レトロ趣味として、あるいはファッションとしてデジタル回線化されたものを使っている人以外、いないのではないかと思う。

不便、不都合なものとして社会から消えてしまった。

もっと高機能で便利なものが簡単に手に入るから。

外で遊ばない子供たちも、外で遊ぶということが、危険、不便、不都合、無益と親世代に消去されて、別の選択肢を選ばざるを得ないようになってしまったのかもしれない。

そして、今日も子供たちは刺激を求めて、インターネット、ゲームの世界へと出かけていく。

署名

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