亡くなった母が銀行に貸し金庫を持っていることは知っていましたが、手続がめんどうくさいし、長らく放置してありました。
けれども、半年に一度の保管料がまたとられることがわかって、兄といっしょに金庫の解約に行きました。
中から出てきたものは、不動産の登記簿謄本とコインブック。
コインブックには江戸時代の天保通宝から始まって、明治時代から昭和50年ぐらいまでの硬貨・紙幣がファイルされていました。別に母が収集家だったわけではなく、祖母の代から、箪笥の中などに残っていたものを、ある日、コインブックに整理したもののようです。
でも、今は古銭に対する人気が離散状態。買い手がつかないので値段もあがらない。事情は、先日書いた三味線と似たようなもの。金貨や銀貨はそれなりの値段になるものの、古銭の希少性によるものではなく、金・銀の含有量に応じた価格なんだそうです。
そして、もう一つ。桐の小箱に入った物体が三つ。
「臍の緒だ!」
私たち兄弟のものと、もう一つは父のもの。
しかし、臍の緒なんて、後生大事に貸し金庫に入れてまで保管するほど重要なものなのでしょうか。
確かに、胎内における親子の大切な絆であり、母親にとってはかけがえのないものなのかもしれません。
確実にミイラ化しているであろう実物を見る勇気はありませんでした。
でも、臍の緒を大切にするという文化は日本以外にもあるんでしょうか。
最近、奥さんが出産したという日系ペルー人にきいてみると、
「私も病院でもらいましたが、意味がわかりませんでした」
とのこと。
今度、韓国に行くので、韓国でもそういう習慣があるのかどうか、聞いてみようと思います。
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子供の頃、家にも古銭がありました。
古切手の方は私の趣味になりました。
どちらも今は収集家が減ったので、価値は少なくなったと思います。
子供の頃に古い桐の箪笥の中に私のへその緒があり、見せてもらいました。干からびて言われなければなんだか判らなかったと思います。
私の子供のは見たことがないので、貰わなかったのかもしれません。病院によって対応がまちまちのようですが、これも欲しいと思う人が少なくなると、過去のものになりそうですね。
「死ぬほどの病気になった時に使うのだと、母は私達姉妹の臍の緒を絹布に包んで大事にしていました。さぁ~どうして使うのでしょうかね。煎じて飲ませるのでしょうか。今で言う幹細胞でしょうか。」
生まれた生年月日、時間そして他にもう二つ何か書かれた紙片が添えられていて”四柱”と言うそうです。
結婚の際、相手の四柱と照らし合わせて相性の良し悪しをみたとのこと。
四十代の韓国人夫婦は、自分達のは見たこともなく、また長女を出産した病院でもらわなかったそうですが、別の病院で生んだ二番目の子の時はプラスティックの箱に入れたものを手渡されたそうです。
韓国出張時に、昔から韓国にある習慣だ、という人と、私は聞いたことがない、という人がいて、意見が分かれましたが、どうやら韓国にもある習慣のようですね。
どちらが先かは別として。