当ブログの5月15日の記事で,「日韓知識人共同声明」についてとりあげました(→①,②)。共同声明の全文はこちらで読めます(→リンク)。
抜粋すると…
「(…)大韓民国と日本は、1965年に国交を樹立した。その際結ばれた日韓基本条約の第二条において、1910年8月22日およびそれ以前に締結されたすべての条約および協約はalready null and voidであると宣言された。しかし、この条項の解釈が日韓両政府間で分かれた。
日本政府は、(…)締結時より効力を発生し、有効であったが、1948年の大韓民国成立時に無効になったと解釈した。これに対し、韓国政府は、(…)当初より不法無効であると解釈したのである。
併合の歴史について今日明らかにされた事実と歪みなき認識に立って振り返れば、もはや日本側の解釈を維持することはできない。併合条約は元来不義不当なものであったという意味において、当初よりnull and voidであるとする韓国側の解釈が共通に受け入れられるべきである。
(…)今日日本政府が公式的に、併合と併合条約について判断を下し、日韓基本条約第二条の解釈を修正することを可能にしている。」
つまりこの声明は,already null and voidという英語表現を「当初より無効である」というふうに解釈せよ,という主張です。
なんで,英語の解釈が問題になるかというと,この日韓基本条約の末尾に
「千九百六十五年六月二十二日に東京で、ひとしく正文である日本語、韓国語及び英語により本書二通を作成した。解釈に相違がある場合には、英語の本文による。」
という記述があるからです。
「ひとしく正文である」日本語と韓国語の条文は,
日本語版:(…)すべての条約及び協定は、もはや無効である
韓国語版(の日本語訳):(…)すべての条約及び協定は、すでに(イミ)無効である
となっています。
もともとこの項目は,日本側は不要であると考えていましたが韓国側がどうしても入れたいと主張したために加えられた項目です。韓国側ははっきりと「当初から無効だった」ことを明文化したかったはずです。しかし日本側がそんなことを認めるわけもない。結局日本語版では「もはや無効」,韓国語版では「イミ無効」とし,その「解釈」はそれぞれにまかせる,ということで決着しました。
ここで,「もはや」という日本語と「イミ」という韓国語の意味が同じかというと,微妙に違いがあるようです。「イミ」という韓国語に近い日本語ならば,「もはや」よりも「すでに」でしょう。そして,「もはや」という日本語に近い韓国語は,「イミ」ではなく「イジェヌン」(今や)であると思います。
「もはや」「すでに」「イミ」の辞書的な意味は
もはや:現時点において改めて考察して見ると、今までとは異なる状況展開になって来ていたり、これからまた、新たな変化が有るに違いないという判断を表す。(新明解国語辞典4版)
すでに:その時点までに、その事は完了(経験)していることを表す。(同上)
イミ:終わったり過ぎたりしたことを指すときに使う言葉。「もう」「以前に」の意味を表す。(標準国語大辞典)
「もはや」は「かつてと異なる状況になった」というニュアンスがあり,「以前は効力があったが,今では無効になっている」という,日本側の立場に近い表現といえますが,「すでに/イミ」は「完了」を表す客観的な表現です。
ただ,「完了」はそれ以前に「未完了」の時期があったことを示唆しているとも受け取れるので,「無効になること」が「完了」する前には,「有効だった」ということになります。どちらにしても「過去の一定期間は有効であったが今は無効」というニュアンスがあると思います。
ですから,韓国側は自分たちが望んでいる「解釈」を,韓国語の正文に求めることはできず,英文のほうに求めるしかありません。
英語版:all treaties or agreements (…) are already null and void.
コリンズ・コウビルド英語辞典をひくとvoidの2番目の項目に次のように書かれています。
「voidまたはnull and voidであるとは,公式的な価値や権限をもたないこと。法律の専門用語で,諸条件が満たされた,または壊された協定や契約を表す」
ここには「価値や権限をもたなくなったのがいつであるか」を示唆する表現はないので,韓国側が望むような「当初から」の解釈を引き出すことはできません。
alreadyのほうはどうかというと,
1 「何かがalready起こったあるいは行われた」というとき,
①それが予想されたより早く起こったあるいは行われた,
②現在より前に起こったあるいは行われたため,もう起こったり行われる必要がなくなった,ことを示す。
2 「特定の状況がalready存在している」というとき,
それが今存在し,それが悪くなったり程度が増すことを望んでいないことを表す。
1は過去時制で使われた用例,2は現在時制で使われた用例が掲げられています。
つまり,「完了」あるいは「完了した事態の確定」を表すもので,結局,「already null and void」という英語表現からも,「当初から無効だった」という解釈を引き出すことは無理があります。
むしろ,そのようなニュアンスを出すためには,alreadyを入れず,たんにnull and voidとして,
「すべての条約及び協定は、無効である」
のほうが韓国側の望む解釈を導きだすにはよかったかもしれません。Alreadyが入ったことで,過去のある時期に無効になった,すなわちそれ以前は有効だった,というニュアンスが出るのではないでしょうか(英語のニュアンスについては自信がありませんが)。
交渉過程を推測すると,
①韓国側は日韓併合条約の無効条項を入れたかった。
②日本側はそれを了承した。
③そのとき,たんに「無効である」とすると「当初から」という解釈を許すかもしれないので,「もはや」という副詞を入れた。
④韓国側は,「もはや」をそのまま韓国語に訳す(イジェヌン)と「以前は有効だった」というニュアンスが強いので,「もはや」の訳語としては不適切とも言える「イミ(すでに)」という言葉を選んだ。
⑤そして,それぞれの条文の解釈は,それぞれの政府にまかされ,日本側は「以前は有効だった」,韓国側は「当初から無効だった」と解釈することにした。
⑥解釈が割れたときには英文に基づくことにしたが,その場合も,「当初から無効」とは解釈できないように「already」という言葉を入れた。
条文に「もはや/イミ/already」を入れたことは,当時の日本側の担当者の苦心の作だったといえましょう。
共同声明の主張は,
「当初よりnull and voidであるとする韓国側の解釈が共通に受け入れられるべきである」
というものですが,そのような解釈は,日本語,韓国語,英語のいずれの条文からも導きだすことが不可能です。結局,「日韓基本条約の条文そのものの変更を求める」という,実現性の低い主張になってしまっています。
抜粋すると…
「(…)大韓民国と日本は、1965年に国交を樹立した。その際結ばれた日韓基本条約の第二条において、1910年8月22日およびそれ以前に締結されたすべての条約および協約はalready null and voidであると宣言された。しかし、この条項の解釈が日韓両政府間で分かれた。
日本政府は、(…)締結時より効力を発生し、有効であったが、1948年の大韓民国成立時に無効になったと解釈した。これに対し、韓国政府は、(…)当初より不法無効であると解釈したのである。
併合の歴史について今日明らかにされた事実と歪みなき認識に立って振り返れば、もはや日本側の解釈を維持することはできない。併合条約は元来不義不当なものであったという意味において、当初よりnull and voidであるとする韓国側の解釈が共通に受け入れられるべきである。
(…)今日日本政府が公式的に、併合と併合条約について判断を下し、日韓基本条約第二条の解釈を修正することを可能にしている。」
つまりこの声明は,already null and voidという英語表現を「当初より無効である」というふうに解釈せよ,という主張です。
なんで,英語の解釈が問題になるかというと,この日韓基本条約の末尾に
「千九百六十五年六月二十二日に東京で、ひとしく正文である日本語、韓国語及び英語により本書二通を作成した。解釈に相違がある場合には、英語の本文による。」
という記述があるからです。
「ひとしく正文である」日本語と韓国語の条文は,
日本語版:(…)すべての条約及び協定は、もはや無効である
韓国語版(の日本語訳):(…)すべての条約及び協定は、すでに(イミ)無効である
となっています。
もともとこの項目は,日本側は不要であると考えていましたが韓国側がどうしても入れたいと主張したために加えられた項目です。韓国側ははっきりと「当初から無効だった」ことを明文化したかったはずです。しかし日本側がそんなことを認めるわけもない。結局日本語版では「もはや無効」,韓国語版では「イミ無効」とし,その「解釈」はそれぞれにまかせる,ということで決着しました。
ここで,「もはや」という日本語と「イミ」という韓国語の意味が同じかというと,微妙に違いがあるようです。「イミ」という韓国語に近い日本語ならば,「もはや」よりも「すでに」でしょう。そして,「もはや」という日本語に近い韓国語は,「イミ」ではなく「イジェヌン」(今や)であると思います。
「もはや」「すでに」「イミ」の辞書的な意味は
もはや:現時点において改めて考察して見ると、今までとは異なる状況展開になって来ていたり、これからまた、新たな変化が有るに違いないという判断を表す。(新明解国語辞典4版)
すでに:その時点までに、その事は完了(経験)していることを表す。(同上)
イミ:終わったり過ぎたりしたことを指すときに使う言葉。「もう」「以前に」の意味を表す。(標準国語大辞典)
「もはや」は「かつてと異なる状況になった」というニュアンスがあり,「以前は効力があったが,今では無効になっている」という,日本側の立場に近い表現といえますが,「すでに/イミ」は「完了」を表す客観的な表現です。
ただ,「完了」はそれ以前に「未完了」の時期があったことを示唆しているとも受け取れるので,「無効になること」が「完了」する前には,「有効だった」ということになります。どちらにしても「過去の一定期間は有効であったが今は無効」というニュアンスがあると思います。
ですから,韓国側は自分たちが望んでいる「解釈」を,韓国語の正文に求めることはできず,英文のほうに求めるしかありません。
英語版:all treaties or agreements (…) are already null and void.
コリンズ・コウビルド英語辞典をひくとvoidの2番目の項目に次のように書かれています。
「voidまたはnull and voidであるとは,公式的な価値や権限をもたないこと。法律の専門用語で,諸条件が満たされた,または壊された協定や契約を表す」
ここには「価値や権限をもたなくなったのがいつであるか」を示唆する表現はないので,韓国側が望むような「当初から」の解釈を引き出すことはできません。
alreadyのほうはどうかというと,
1 「何かがalready起こったあるいは行われた」というとき,
①それが予想されたより早く起こったあるいは行われた,
②現在より前に起こったあるいは行われたため,もう起こったり行われる必要がなくなった,ことを示す。
2 「特定の状況がalready存在している」というとき,
それが今存在し,それが悪くなったり程度が増すことを望んでいないことを表す。
1は過去時制で使われた用例,2は現在時制で使われた用例が掲げられています。
つまり,「完了」あるいは「完了した事態の確定」を表すもので,結局,「already null and void」という英語表現からも,「当初から無効だった」という解釈を引き出すことは無理があります。
むしろ,そのようなニュアンスを出すためには,alreadyを入れず,たんにnull and voidとして,
「すべての条約及び協定は、無効である」
のほうが韓国側の望む解釈を導きだすにはよかったかもしれません。Alreadyが入ったことで,過去のある時期に無効になった,すなわちそれ以前は有効だった,というニュアンスが出るのではないでしょうか(英語のニュアンスについては自信がありませんが)。
交渉過程を推測すると,
①韓国側は日韓併合条約の無効条項を入れたかった。
②日本側はそれを了承した。
③そのとき,たんに「無効である」とすると「当初から」という解釈を許すかもしれないので,「もはや」という副詞を入れた。
④韓国側は,「もはや」をそのまま韓国語に訳す(イジェヌン)と「以前は有効だった」というニュアンスが強いので,「もはや」の訳語としては不適切とも言える「イミ(すでに)」という言葉を選んだ。
⑤そして,それぞれの条文の解釈は,それぞれの政府にまかされ,日本側は「以前は有効だった」,韓国側は「当初から無効だった」と解釈することにした。
⑥解釈が割れたときには英文に基づくことにしたが,その場合も,「当初から無効」とは解釈できないように「already」という言葉を入れた。
条文に「もはや/イミ/already」を入れたことは,当時の日本側の担当者の苦心の作だったといえましょう。
共同声明の主張は,
「当初よりnull and voidであるとする韓国側の解釈が共通に受け入れられるべきである」
というものですが,そのような解釈は,日本語,韓国語,英語のいずれの条文からも導きだすことが不可能です。結局,「日韓基本条約の条文そのものの変更を求める」という,実現性の低い主張になってしまっています。
では何時の時点で無効になったかですが、日本では条約批准時の国会答弁で、1948年8月の独立により事実上無効になったと政府委員が答弁していますから、これが有権解釈であろうと思います。
まあ、権利には義務が伴うのは当然ですから、個人的には、当初に遡って全て無効にするのは、実際に統治義務を果たしていない期間の統治権を認めることになり、法の大原則に抵触するので無理だろうと思います。
「共同声明」は法的には無理な主張と思われます。
この結婚はnull and voidである。
という例文がありました。日本は,合意のもとに結婚し円満な夫婦関係があったが,あるとき不和に生じ,離婚が成立したので「もはや無効」と主張したが,韓国のほうは「結婚詐欺」によるものなので,「当初から無効」と主張しているようなものでしょう。