コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

ホームページの修正

2015-05-30 18:08:05 | 日常雑感

自分のプロフィールを再作成しながら、自分のホームページを少し修正する。

一々の華

と、同時に、ホームページ作成のときに大事にしていたことを思い返す。

Webのアクセシビリティ
という言葉がある。
詳しいことは検索していただくと様々な解説があるので省く。

基本的な考え方は、Webに限らず

「自分が普通だと思っている環境は、だれにでも快適だとは限らない」

ということ。

なので、できるだけ多くの方に適応できるホームページ作りを目指す。
簡単なことだ、読み上げソフトや、能力の高くない端末でも情報が伝わりやすいように気をつける。
別に写真やイラストを使わなくとも、私が伝えたいことはテキストデーターだけで十分だ。 
多彩な色を使うと、背景等との差によっては見にくくなる。

このことを、ホームページを作り出した頃に教えてもらい、自分が製作に関わるホームページはそれに準拠してきた。
しかし、「訪れた方に伝わりやすいように」と、色合いを派手にしたり、イラストを多用したり、やたらメニューを豊富にしたりという改定がされてきて、私の役目は終わっていった。

多数の方に適う目的からいくと、そういう工夫は大事なんだろう。
しかし、そのことで排除される事態も現存するという事実。 

あらためて、普段使っているものを考えてみると、このブログにしろ。SNSにしろ、学校のホームページにしても、そういうことにどれだけ配慮してるか疑問が残る。

多数の便利を求めて、二の次にされていることをちょっと意識したくなった。

 興味のある方は、こういうチェックページもありますので。
http://cetus.sakura.ne.jp/htmllint/htmllint.html 


再出発

2015-05-26 17:38:47 | 日常雑感

ご縁があり、私のことをご紹介する機会をいただけた。
ホームページ、ブログ、など、寂しがり屋の私はネット上につながりを残してきた。
が、気軽につぶやけるFBを軸にしていることや、まとまって思いを書き残す時間が取れない (取らない)ことで、情報も中途半端だし、まとめページも頓挫している。

ちょうど、明日、ひとつの区切りがやってくる。
おそらく、当面引きこもりになる気がしてる。
なので、引きこもりすぎてしまわないように、また、私自身を見直す作業として、過去の自分を訪ね、考え方が変わってるのか、根っこは同じなのかもチェック。

 とりあえず「親子コミュニケーション」の初期の記事や、古いコラムを読んでみた。
原点回帰…かな。

こうやって、ブログ記事も書かないと、ブログが広告だらけになってしまうという弊害もあるしね。 


お世話になりました

2013-12-31 23:46:23 | 日常雑感

一年が終わろうとしています。

この一年は、義父との別れ、妹の別れと続きました。
正直、まだ向かい合えていない気もします。

ほかにも、長年関わってきたこととの別れもあります。


一方で多くの出会いもありました。
PTAは中学生の親としての立場として新展開もありました。
発達障害支援も新たなステージに進み、学びながらも実践への道に進んでいます。
カウンセリングも、学び・実践共に深まってきている気がします。


年度が替わることで、私自身がそんなに大きく変化することはありません。
と思いつつも、この一年の様々な環境変化をかんがみると、本当に明日はどうなるかわからない私自身です。

とりあえず、もうちょっとこのブログを更新したいな、という目標を抱えつつ、新しい年を迎えようと思います。

引き続き、お付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

2013年 大晦日 


保護司という新たな役割

2013-05-10 01:35:31 | 日常雑感

中P連の新旧合同理事会と同じ日に「保護司新任研修会」に参加してきた。

PTAの活動をしていて、ご一緒させていただく方が保護司をされていたり、「社会を明るくする運動」に支部理事として参加させていただいたりと、それまで無縁だった「保護司」という言葉に縁ができてきた。
そんな中、地域のPTA会長の先輩から、この地域で保護司を受けてくれる方が減ってきているのでどうか?とお誘いがあった。
PTA活動をしていると、地域との連携というのは大きなテーマとなる。
また、青少年の非行からの立ち直りの機会に地域の受け入れが重要なことも学んでいた。
断る理由は無かった(いや、経済的なことや他の役割の忙しさなど理由はいくらでもあるのだが)


そして今年度から役目を引き受けることとなり、その委嘱式と初任者研修が行われた。

あらためて、研修を受けながら感じたことの中心は、他の活動と同様、カウンセリングの学びの”実践”がここにあるんだなと。
保護観察の当事者はもちろん、その家族の方の「話を聞く」というのはとてもウェイトの大きな作業で、その面接に関わる研修は(研修自体は来月行われるが)カウンセリングの用語だらけだったりする。
まずは基本的な傾聴が必要なのはもちろん。
そこに、なかなか心を開かない当事者や、自分の思い通りになると思い込んでいる保護者などと関わるには、ベーシックを超えた「新しい傾聴」のレアケースの学びが生きてくる。

今後、具体的なケースを書くことはできなくなるだろうけど、保護観察が必要になるケースの多くには、家庭環境や社会と適用の問題が横たわってくる。
そこには発達障害の問題も深く関わってくrだろうし、ちょっと周りが理解の手を差し伸べることで円滑なコミュニケーションができるのに、差異を受けいれることが難しい現状では、不要な諍いも起こりうる。
そのあたりは、ここ数年関わっている発達障害の学びが生きてくる。

また、保護観察のなかで重要な案件となる就職先の問題なども学び、また実際に受け入れてくれる企業との折衝なども必要になってくるだろう。
そのことは、これから進めていく発達障害の社会適用へのプログラム「SSTワーク(ソーシャル・スキル・トレーニング)」への転用も可能だろう。

このように、学びとしてインプットしてきたことの実践として、このタイミングで引き受ることになった!”意味”が繋がってくる気がする。

そして、おそらくは直接的な動きにはしにくいだろうが、「罪を犯すようなパーソナリティも特別なことではなく、、うしろそういう風にしかできないものをこそ”お目当てだよ”と言ってくれる、阿弥陀仏の受容」ということが私の根底にある限り、あえて宗教活動にしなくとも、私の中の要素として真宗が息づいてくる。

そう、保護司として関わる相手ではなく、私自身が問われる活動としてこの役割がある。

 

宗教を、「死んだ後の問題」(後生)として、今生きている実感抜きで語ることも間違いではないだろう。
あるいは、今生きていることへの癒しとして、根本の「一切皆苦」をごまかして祈祷や呪いと同じ感覚で「いま幸せになる手段」としてしまうのも間違いではないだろう。
しかし、その両極端にこだわり、他を否定し攻撃することは本来の宗教ではない。

今の苦しみを明らかにしながら、それをも肯定される感覚(事実)を身に受けていく。
そのことを気づかされた私だからこそできる活動として。

お釈迦様の手のひらから逃げることのできなかった孫悟空のように、どのような側面からどのような活動をしようとも、真宗やカウンセリング、PTAなどの活動が絡みに絡まって、今を生きる私に問いかけてくる。

おそらくいろいろと困ったことも体験するだろうが、このタイミングで引き受けた意味を味わいつつ、学びと実践を続けていきたい。


師の追悼

2013-04-28 12:47:03 | 日常雑感

GW

世間では行楽の季節
今年は義父の四十九日で来週新潟へ。
 
僧侶としていろいろ活躍していた義父のために、ある団体が追悼法要をしてくださるとのこと。
お誘いをうけていたが失礼させていただいた。
 
義父と最期に言葉を交わしたのが、正月。
思ったより元気にされていた。
京都へ帰る日、家族との連絡ミスから義父と二人だけで話をする時間がもてた。
私にとっては、仏法の師でもあり、カウンセリングの師でもある。
余命ということを聞いていた私は、教えていただきたいこと、聞いておきたいことが山ほどあった。
しかし義父は、幾つか話題をふると、ほとんど私に話をさせ、静かに聞いていた。
言葉ではなく態度でカウンセリングマインドを示すように静かに暖かく、心地のいい場を作って。
 
その頃の私にとって大きな抱えものを受け取ってもらっていた。
他の誰にも示さず抱えている物を、義父にだけは預けられた。
話題自身は話さずとも、何かしら抱えているということを受け止める…まさにカウンセリングの姿だった。
 
家族が戻ってきて二人だけの時間が終わる直前、少しだけ憂いを話された。
追悼法要に参加すると、その憂いを伝えたくなる。
最後の生の言葉だから。
しかし、それを言葉にするのは差し障りがある。
そうすると、生の言葉を秘めたまま、差し障りのない言葉で追悼に参加するべきか…
それは精神的に辛いことだ。
 
都合のいいことに子どもの用事が同じ日程にかさなった。
不参加のいい理由ができるとしめたものである。
 
会にとっての先生として、追悼法要で皆さんに偲んでいただけるのはありがたいこととして、みなさんにお任せしよう。
 
そんな複雑な思いも抱えながら、来週新潟へ法事に向かう。
どんな自分と向き合うこととなるか。

私の3.11

2013-03-14 10:57:32 | 日常雑感

東北の震災、津波、原発被災から2年を迎えた。

テレビのモニター越しに見た被害は、この2年間で私の中の位置づけを大きく変えていった。

2年前、私にとってはその少し前に他界した祖母の事のほうが重大だった。
あわれというも中々おろかなり

震災で命を落とした人も、寿命で命を終えた祖母も、私の目の前から消えていった人ということでは同じだ。
いや、何千人の顔を知らない人の命より、私のそばにいてくれた祖母の命の損失感のほうが大きい。
死 ということ

そのことが、逆に震災被害一辺倒の報道に嫌悪感を募らせていた気がする。

その後、仙台を訪問してきたPTAの先輩方の言葉に心振るわせた。
遠いところでのお話

身近な人による、生の言葉によって、モニター越しでは伝わってこなかった”熱”がそこに加わった。

1年後、いよいよ自分の目で見、肌で感じる機会が訪れた。
仙台訪問(PTAフェスティバル)1
仙台訪問(PTAフェスティバル)2
仙台訪問(PTAフェスティバル)3

1年前に私が感じたように、私の言葉で全部を伝えることは出来ない。
しかし、何かを感じている私が居る事はお伝えできる。
なんどか、写真をお見せしながらお話しする機会をいただいた。

そして、京都にこられていた仙台市PTA会長に再会する機会が訪れた。
また新たに、今の状態を通して東北のことを感じさせていただいた。
仙台市PTA会長のお話を聞きに行って 1
仙台市PTA会長のお話を聞きに行って 2

仙台を訪問したときに皆さんが話されていた「まだ終わっていません」という言葉、そして仙台市PTA会長の「忘れないでください」という言葉。

せめてそのことはいろんな方にお伝えしたい。
そうして、この3.11に、PTAの南支部「人権学習会」を利用して、再び仙台を訪問させていただいたときのお話をした。

そのことがどのように広がっていくかはわからない。
これだけのことで、私が何か成しえたとも思えない。
でも、ただ黙っているよりは、ほんのわずかでも”伝える”媒介となれたのならば。

少なくとも、この私は、「忘れないでください」の言葉を思い返すご縁はいただけた。
そう、私自身が「忘れない」ように、さまざまな働きかけが私に向かっている。 

無力な私は、無力なりに。

またこのことをこうしてブログに残すことで、いつかまた振り返ることが出来る。


めいめいのおん計らいでどうぞ

2013-01-06 02:10:33 | 日常雑感

新年を迎えてはや1週間。
年明けは例年通り連れ合いの実家寺にて、子どもらと除夜の鐘を突きながら迎える。
大晦日の「除夜会」・明けて「元旦会」であげさせていただいた「正信偈」から飛び込んでくるお味わいや、池永先生のご法話にて聞かせていただいたこと、またよきせぬ形で、池永先生と二人っきりで話させていただく機会に恵まれ「真宗とカウンセリング」について語り合ったことなど、早々に深い日々をすごさせていただいた。

一方で、皆様からのご挨拶をいろいろいただき感謝。

そんな賀状の中に、思いのほか多くいただいた「どうした高橋?!」の文字。
私ごときの動向がこれほど多くのかたにご心配をかけているとは、うれしさ半分戸惑い半分で(苦笑)

お一人お一人にお応えする機会もいずれはあるかもしれませんが、不精の私としてはここでまとめて(笑)
(なんのことかよくわからない方は軽く流しといてくださいな)


とはいえ、語れないことも多々ありますので、うわべだけになりそうですが。


今回、ある組織を退会することで気づいてきたことがいろいろあります。
私自身の信仰として、浄土真宗を通じて「阿弥陀仏の願い」に触れさせていただいた事は間違いなく、帰依すべきは「南無阿弥陀仏」だけなのははっきりとしてますね。
ただ、それは「どう聞かせていただいた」ではなく、「何を聞かせていただいた」かということ。
大本の「ご本願」が私にかかるものでありますので、そのことを「今、ここ、私」に伝わるための「お釈迦様・仏教」であり、「親鸞聖人・浄土真宗」であり、「K会」の位置づけがあります。
その流れがなければ今の私はない。
しかし、あくまで私にかかるのは「弥陀の本願」であり、どこかへの所属や名乗りで区分けされるべきものではありません。
そのことを一番私にあった形で伝えてくださっていたのが「K会」の先生方であるのは間違いないですしね。
なので、わざわざ他に求めたり、比較する必要はなかった。

が、所詮人間ですので、その関係性には様々な諸毒が混じってまいります。
仏教が分かれていったり、浄土真宗が組織化されたり分かれたり、挙句の果てには争ったり…こういうことで「本願」が変わろうはずもないのですが、人間ってのは厄介で「うちが本家だ、正統だ」などと、ね。
そのことで、ご本願がどこかの専売特許になったり、商標登録されるべきものなら困ったものではありますが。
逆にいえば、真宗門徒と名乗ろうが名乗るまいが、仏教徒と名乗ろうが名乗るまいが、そんなものは人間レベルのもので「ご本願の対象」としてはなんの意味も成さなかったりします。
そういうレベルで、私は「K会」に固執する必然はなくなってます。
それは逆にむりやり「K会」と袂を分かつ必然もないってこと。
行きたいときに行けばいいし、行きたくないときには行かなくてもいい。
その判断基準は「今私がお念仏を称えやすいのは…」ってところだけでね。
(そういう意味では、こうして「K会」のことを語るだけでお念仏に帰らせてもらえますからねぇ)

ただ、同人組織として考えるときにはちょっと違う考えも混じってくる。
と、この部分は「立場上知りえた」事柄にも起因しますので、カウンセラーとして秘匿義務の大事さを教えてもらった身としては書けなくなってくる(笑)
もうすでにこの2行を書くだけでも”差し障り”が出てきますしね。

 

で、別の側面として私自身のことを”少しだけ”開いておきますと…
上記とおり”ご法”を聴かせて頂く身としては何ら変わりはないという上で、人間的な部分でやはり”所属”には価値をつけたくなるし、大事にしたくなる。
そうすると「私にとってのK会は」ということを考え出す。
おそらくこれは10人集まれば10通り、100人集まれば100通りのものがあるはず。
じゃあどうどうと「こうあってほしい」というものを打ち出せばいいし、そういう声の集まりが(人間として)民主的に組織作りを行っていく。
ところが、今の状況で私の「こうあってほしい」ということを打ち出そうとすれば、「じゃあ、今はそれとどう違うの?」ということも触れる必要が出てくる。
そこが私にはネックで、例の「立場上…」ということが絡んでくるし言えない。
「言いたいことがあるのに言えない」という事ははなはだ苦しいものでして。
じゃあ、組織を離れてしまえばどう転がっていこうが私が思い悩むものではなくなってくる。
(離れてなお責め続ける、現代的な復讐に陥る危険もありますがね)

ほら、書こうと思うともう差し障りが出てくる(苦笑)

ご法の場として「そのままのお目当ての姿」であったり、カウンセリングの場として「ありのままでいて良い」という状況が阻害される可能性があるとき、無理してその場に身を置くことは不自由この上ないし、そんなものは求められていないし。

そうして距離を置くことで、ご法との向き合い方や、カウンセリングの学びに支障が出るのならば(後者は少なからず影響は出てくるかもだけど)困ったものだけど、今のところそうとも思えない。
むしろ、今までと違った側面で「私がお聞かせいただいているところは」と言う刺激を思わぬところからいただいている。

 

ということを、書いては消し書いては消しの年末年始(笑)
ご心配してくださった方々に「心配ないですよ」と言うだけでよかった気もしながら、多少の差し障りはご容赦いただいて、私なりの道を歩んでおりますので、交差する際は「アホなやつやなぁ」のお叱りとともに声かけてやってくださいな。

 

 


近況として

2012-09-19 02:00:31 | 日常雑感

いつもの事ながら、日々の役割をこなすのに精一杯だとこのブログが滞ります。
もうちょっと気軽に書いていけばいいのにね。

直前のエントリーを見ると日付が7月22日、子どもらが夏休みに入るころでしょうか。
このあたりから、8月末の「日本PTA研究大会」までは、その準備にかなりの時間をかけていましたから、ゆっくりブログを書いてる感じじゃなかったですね。
では、それが終わってからは…まぁ、忙しかったリバウンドってわけではないのですが、サボっちゃってます。

もちろん、その間に「時間さえあれば振り返りたい」出来事がいくつもありました。
先にかいた「日本PTA研究大会」ももちろんそうですし、その直後にあった真宗カウンセリングワークショップも普段なら数日かけてアップしてたような内容の濃い時間でした。

せっかくなんで、私自身の記録として簡単に振り返っておきます。

7月の半ばには10回の「ミニカウンセリング」が終了しています。
今回は1回目を会議で欠席したり、流れに乗りすらい前半でしたが、初参加の方が多かったこともあり、とても刺激的なミニカンになりました。
最初の頃にペアを組ませていただいた方と、後半にもう一度組めていたらその変化を体感できたのでしょうが、参加人数が多かったこともあってほとんどの方と1回きりのご縁。
今後、継続学習会などでご一緒できればうれしいですし、そうなることが楽しみです。

カウンセリングといえば、「新しい傾聴を考える会」も9月の最初に前期の10回が終了しました。
いろいろとアクティブに模索することで、逆に足元を固めたり再確認したり。
新しい窓からカウンセリングを見直すいい機会でしたね。
こちらは10月から後期が始まります。

さらには「みんなで発達障害を考える会」も8月・9月と2回参加しています。
こちらは「感想を書いてくださいね」と依頼されてますので、近日ゆっくり振り返ろうと思います。

8月の「みんなで発達障害を考える会」の日、その午前中には「東寺写生大会」がありました。
ここでも親子コミュニケーションに通じるいろんな場面を目撃していましたから、書き記したいなと思っていたのですが。

お盆には連れ合いの実家寺にお邪魔して、叔父の法事と納骨にお参りしました。
ここで義父のご法話も大事なご縁でしたね。

あと、詳しくは書けませんが、小P連の役員をしているご縁で、ある役割を体験させていただきました。
ここで見聞きしたものは中々に刺激的で、私の関心の大事な部分を浮き彫りにしてくれるものでした。
いつか、うまくぼかしながらそのことを書いておきたいとも思ってます。

そしてメインは8月23から25日の「日本PTA研究大会」そして27日から29日の「真宗カウンセリングワークショップ」
この1週間は濃すぎましたね。

そして直近では二つの講演会
映像作家・作家の森達也氏
信楽峻麿師
それぞれに思わされるところの多いお話でした。

うん、ネタはつきませんね。
命の在るうちに、思い出して、あるいは他の出来事とリンクさせて、これらの事を書いていければ良いなと思ってます。


動き出しています

2012-04-20 18:14:24 | 日常雑感

前回アップしたのは卒業式の話題。

じつは、寒い体育館での式典が続いたのが響いたのか、その後体調を崩してました。
風邪と花粉症だろうと高をくくってたら、もうちょっと深刻な炎症を起こしたりしてまして。
元来病院嫌いの素人判断ですので、市販の風邪薬とできる範囲での)休養で…はどうにもならず、医者にかかってちゃんとした薬を処方してもらって、ようやく回復して来ました。

 

その間に、4月を迎えていろいろと変化・動きがでてきています。

まず新しい動きとしては「新しい傾聴を生み出す会」がスタートしました。

「傾聴トレーニング研究会」としてプレワークしてきたものが、名称を決め正式に始まっています。
残念ながら第1回目は体調不良のあおりで欠席、今週初めにあった第2回に参加です。
お世話役もしながら、新しい学びが始まっています。
案内は後日させてもらいます。

また、3月の終わりに参加した「発達障害を考える会」から、派生する新しい形での集まりが始まります。
PTAの23年度の学びのテーマとしてあった「発達障害」と、カウンセリング仲間のつながりで聞かせていただいた「発達障害」が、不思議な感じで継続的につながっていきそうです。
面白いタイミングだなと思ってます。
この話題も、またあらためて。

PTAの方では、昨年に引き続き息子の学校のPTA会長を。
その関係で、南支部の理事も継続し、京都市小学校PTA連絡協議会にも理事として参加します。
もうひとつそこからの発展もあるのですが、それは来週の総会が終わってから話題にしましょう。

あと、今年の夏にある「日本PTA全国研究大会京都大会」の方にもお手伝いとして参加していて、月数回の会議を重ねながら本番への準備に勤しんでいます。
いつもブログにつかってる余剰時間が、これらの資料作成などの時間でなくなってます。
が、夏までは優先事項として突っ走る予定です。

真宗カウンセリング研究会の事務方も継続。
しかし、PTA関係の会議などで月例会などの参加が減るかもしれません。

同じことは華光会の法座などにも影響が現れてますね。
もっとも、モチベーションの部分でいろいろあったりしますので、私の中の優先順位として影響を受けてる感じです。

 

これらの活動をしながら、ふとしたところから宗教的な話題になったり、コミュニケーションの話題になったり。
そういうときに、何をしていても私の中に「真宗 と カウンセリング」が活き活きしていることに気付けます。
いろんな活動でのつながりが、そこに集約されてくる。
偶然ではなく必然であり、ますます私の帰る場所がはっきりとしてくる。

人や組織に依るのではなく、根本なんですよね。

 

こんな感じで、不規則なアップになるとは思いますが、無理ない範囲で継続して行きますので、期待せずに覗きに来て下さいな。

 

明日は人権パレード
一年前に、ブログにアップしていました。
 

 


「3.11」を迎えるために

2012-03-08 22:54:59 | 日常雑感

「3.11」今、日本でこの数字を見てピンと来ない方はいないだろう。
この日が近づくにつれて、新聞やテレビ、雑誌の記事や政府刊行物などで様々な特集や取り組みが知らされる。

実は、ちょっと違和感を持っている。

この災害が未曾有なものだったこと、まだまだ復興は終わっていないこと、なにより悲しみ・苦しみの中に居る人が一杯おられることは、なんら否定することでもないし、そのための多くの活動を批判するつもりは無い。
ただ、この「3.11」に話題が集中することになんともいえない感じをぬぐえないのだ。

このブログでも震災後立て続けに思いを言葉にしていた。
それと同じことを今も考えているのだなと振り返っている。

先日、あるキーワードでニュースを検索をしてみた。
「ニュージーランド 地震」
昨年の2月22日に起こった地震だ。
この頃、連日のように現地の様子がレポートされ、遺族の悲しみが伝えられ、救助隊の活躍が報道されていた。

3.11以降、報道の目は東北に向いた。
話題になることが無くなった。
では、ニュージーランドで被災した遺族の悲しみは無くなったのか…
「もっと多くの方が亡くなったのだから、私は我慢しなければ」なんて思えるだろうか。

昨年の2月の終わりに祖母を亡くした。
3.11の災害によって、「私は祖母を一人亡くしただけだから、多くの家族や知人を一度に亡くした人の悲しみより軽い」なんて思えるだろうか。

悲しみ、苦しみに、深い浅いの差はない。
その人にとっては、悲しみでしかなく、苦しみでしかない。


それと同じこととして、3.11に悲しみ・苦しみを味わった人も居る。
多し少ないではなく”居る”
そして、その悲しみ苦しみは終わっていないのだろう。

3.11を迎えるにあたって、その日をイベントのように扱って満足するのではなく、忘れていたものとして思い返す日になればいい。
それは報道のように、無理やり感情を喚起させるものではなく、悲しみ・苦しみに寄り添うことを思い返すだけでいい。
そして、3.11以外にも悲しみ・苦しみがあり、終わっていないことが一杯あることを思い返してみたい。

震災から1年だからって特別にしなくても、日々出来ることもある。
毎日同じ時間にそっとお念仏される方も居る。
何度も被災地に渡って、直接的な活動をされる方も居る。
そういう人が居ることを、なんらかの形で知らせてもらうことで、思いをはせることも出来る。

そういう思いも抱きながら、3.11というキーワードに合わせて、当日活動される知人たちと時間を過ごしたいと思っている。

京都では「京都マラソン」がこの日行なわれます。
いろんな寺院で追悼の鐘を鳴らすようです。
各地で街頭活動が行なわれるようです。
私は四条河原町で基金をするPTAのもとに、子どもと一緒に赴こうと思っています。

東北のことを軸に、多くの悲しみ・苦しみに寄り添う気持ちで。
そして、私自身の悲しみ・苦しみに寄り添う時間として。

1年前のエントリー
「死 ということ」(3/14)
「大丈夫、間違ってない」(3/15)
「今だから…ではなく」(3/16)