自分の学歴(学校歴)を振り返って思うこと、それは、合格についてのちょっとした思いである。
最初の大学は共通一次試験(今で言うところのセンター試験)で失敗して、志望校のランクを落として受験した。事前に大学を訪問し、「いい大学だな~」と思ったものの、やはり、心の片隅で、納得いかない不条理なビリーフがあった。
結果、欠員補充での補欠合格。
事前に大学を訪問していなければ、きっと、不合格だったと思っている。なんせ、母校は学習する上では、この上ない、すばらしい環境と、施設、および教授陣を擁していましたから。
で、社会人になってから産業能率大学大学院を受験したのだが、意外と不合格者も輩出する上、会社の推薦状なしでの受験であったが、何とか合格できた。その際、私は明星大学大学院の受験を諦めてまで、産能を受験しており、本当に本学で学びたいのだという気持ちが、面接でも現れていたのだと思う。
次に、明星大学大学院を受験する。これも、教職者7割という環境で、一般のサラリーマンが受験するという場違いなものであったが、もともと行きたい大学院であったし、何よりも、生涯学習を学べるフィールドはここしかないという思いで受験した。ここでの面接も、熱意あるものだったと思う。
そして武蔵野大学大学院。最も無難な受験であったが、それなりに不合格者は出ているため、安穏とはできないものであった。やはり、面接では、自分の学び=「人」に対するアクションを一生懸命説明し、学習したいという思いは伝わったと思う。
放送大学大学院でも、「自分の生涯学習を実現できる大学で、そのために放送大学多摩学習センターから徒歩10分のところに引越した」と、どれだけ放送大学が好きかを語った。そして、上記、3つの大学院で学びながらも、7年以上、放送大学の選科履修生及び科目履修生で学び続けてきたことを伝えた。
一方、機構の試験においても、自分の「好き」という気持ちを大切にレポートに変えてきた。ただ、よくよく思い返すと、不合格となった栄養学だけは、自分のためではなく、友人の役に立つかな~という、ちょっと、偽りの気持ちを心の片隅に抱きながら受験した。結果、不合格となった。
こう考えると、結局は、「好き」あるいは「愛」を感じるものが合格していることに気がつく。産能は「建学の精神」が語ることができるくらい、明星は効果が歌えるくらい、武蔵野は校舎内案内できるくらい、放送と機構は近所に引っ越すくらい、それぞれ、母校への愛しい思いをいだいている。
その思いが、やはり、合格へといざなってくれたのではないか・・・という思いを持っている。就活ではないが、やはり、志望する企業の採用担当者も、多数志願者がいれば、より自分の企業を愛し、研究し、知り尽くした学生を採用するのではないだろうか?
学力的には、とてもじゃないが、経営学を学んだ方、教職の方、その他の方々に及びもつかない私だが、今まで合格できたものについては、人一倍、愛情を感じていたから、合格への熱意があったから、面接官や試験官の方々に拾っていただけたのだと思っている。
最初の大学は共通一次試験(今で言うところのセンター試験)で失敗して、志望校のランクを落として受験した。事前に大学を訪問し、「いい大学だな~」と思ったものの、やはり、心の片隅で、納得いかない不条理なビリーフがあった。
結果、欠員補充での補欠合格。
事前に大学を訪問していなければ、きっと、不合格だったと思っている。なんせ、母校は学習する上では、この上ない、すばらしい環境と、施設、および教授陣を擁していましたから。
で、社会人になってから産業能率大学大学院を受験したのだが、意外と不合格者も輩出する上、会社の推薦状なしでの受験であったが、何とか合格できた。その際、私は明星大学大学院の受験を諦めてまで、産能を受験しており、本当に本学で学びたいのだという気持ちが、面接でも現れていたのだと思う。
次に、明星大学大学院を受験する。これも、教職者7割という環境で、一般のサラリーマンが受験するという場違いなものであったが、もともと行きたい大学院であったし、何よりも、生涯学習を学べるフィールドはここしかないという思いで受験した。ここでの面接も、熱意あるものだったと思う。
そして武蔵野大学大学院。最も無難な受験であったが、それなりに不合格者は出ているため、安穏とはできないものであった。やはり、面接では、自分の学び=「人」に対するアクションを一生懸命説明し、学習したいという思いは伝わったと思う。
放送大学大学院でも、「自分の生涯学習を実現できる大学で、そのために放送大学多摩学習センターから徒歩10分のところに引越した」と、どれだけ放送大学が好きかを語った。そして、上記、3つの大学院で学びながらも、7年以上、放送大学の選科履修生及び科目履修生で学び続けてきたことを伝えた。
一方、機構の試験においても、自分の「好き」という気持ちを大切にレポートに変えてきた。ただ、よくよく思い返すと、不合格となった栄養学だけは、自分のためではなく、友人の役に立つかな~という、ちょっと、偽りの気持ちを心の片隅に抱きながら受験した。結果、不合格となった。
こう考えると、結局は、「好き」あるいは「愛」を感じるものが合格していることに気がつく。産能は「建学の精神」が語ることができるくらい、明星は効果が歌えるくらい、武蔵野は校舎内案内できるくらい、放送と機構は近所に引っ越すくらい、それぞれ、母校への愛しい思いをいだいている。
その思いが、やはり、合格へといざなってくれたのではないか・・・という思いを持っている。就活ではないが、やはり、志望する企業の採用担当者も、多数志願者がいれば、より自分の企業を愛し、研究し、知り尽くした学生を採用するのではないだろうか?
学力的には、とてもじゃないが、経営学を学んだ方、教職の方、その他の方々に及びもつかない私だが、今まで合格できたものについては、人一倍、愛情を感じていたから、合格への熱意があったから、面接官や試験官の方々に拾っていただけたのだと思っている。