閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

ニコ

2013-03-24 17:02:28 | 日々

縁あって我が家にやってきたカメラを「ニコ」と呼ぶことにする。
ボディもストラップも革ケースも真っ白で、まだ新品同様に見える。
このあいだ亡くなった人の持ち物だった。
ちょうど1年前にカメラを買い、3か月後に旅行に出かけ、それが最後の旅になった。
メモリーカードには、そのときの写真が450枚あまり残されたままだ。

独り暮らしをしていた大きな家を訪ねると、あるじは普段着のまま
ちょっと近所に散歩にでも行ったかのように、室内はほどよく散らかり、
大きな冷蔵庫には上から下まで食材がぎっしり詰まっていた。
明日死ぬなんて夢にも思わず、野菜を買い魚を買い肉を冷凍し、
その日の朝も好きなパンを切りコーヒーをいれていたのだ。
庭には秋に植えたチューリップが芽を出し、桜もつぼみを持っていた。

そう親しいつきあいというわけではなかったし、
かれこれ20年以上会っていなかった。
生前にかわした会話の量はごくわずかだろう。
でも冷蔵庫の扉を開けると、その人がここで生きていたという事実が、
卵やバターやヨーグルトやジュースの形をしてこまごまと並び、
その静けさと冷たさが、あるじの不在を訴えていた。
そうか、ぜんぶ置いていっちゃったんだ。
人ってこんなふうにあっけなくいなくなるんだ。
悲しいというのとはすこし違う気持ち。
水がどんなものかは水に手を入れてみればわかる・・
そんな感じのわかり方をした。

初めてニコを連れて外に出る。
コンパクトなカメラに慣れているので、ずいぶん大きく、掌にずしりと重い。
ためしに畑の菜の花などにレンズを向けてみるけれど、ニコは戸惑っている。
そんなものは撮ったことがないらしい。
わたしのほうもこの子をどう扱ったらいいのかわからない。
とりあえず、メーカーのサイトから取扱説明書をダウンロードして、
それから、もう少し使いやすいケースを探すことにした。

隣町の花が咲いたら見に行こう。
故人が好きだった店のケーキでも買って帰りましょう。

 

コメント
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