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病院の医療システム上の問題(例えば、1人医長体制であるとか、輸血の対応能力とか)で事故が発生したような場合には、根本的にはそのシステムそのものを改善しない限り、事故はいつまでたっても何度でも繰り返されるだろう。たまたまその事故現場にいあわせた(何ら過失のない)医療従事者を厳罰に処したとしても、事故の防止には全くつながらない。それよりも、事故の原因を徹底的に調査して、同じような事故が今後は発生しないような医療システムに変えてゆかなければならない。日本でも、医療事故を公正に調査・検証するシステム(第3者機関)を早急に導入する必要があると思う。
(朝日新聞、2006年4月12日朝刊)
福島県立病院 医師逮捕の波紋
帝王切開で母親が死亡した事故に関して、福島県立病院の産婦人科医師が逮捕・起訴された事件がいま、医療界の大きな関心を呼んでいる。へき地医療やリスクの高い高い診療分野の担い手が減ることへの心配も含め、さまざまな意見が飛び交う。県の調査委員会の報告書公表が捜査のきっかけになったことで、医療事故調査への悪影響を心配する声もある。事故の原因を解明し、再発防止の教訓を得るための検証システムはどうあるべきか。具体的な検討に入る時期にきている。
(編集員・出河雅彦、林敦彦)
院内調査の自発性に制約も
福島県立大野病院の医療事故では、院外の医師3人からなる調査委がまとめたこう報告書の公表が捜査の端緒となった。
「院内調査でも関係者には黙秘権があることを伝えなければならなくなる。それでは調査は成り立たない」
先月18日、都内で開かれた医療安全に関するシンポジウムで虎の門病院の山口徹院長は警察捜査の影響を指摘した。
事故調査はすべての医療機関に義務づけられているわけではないが、再発防止の取り組みとして広がりつつある。
公表についても国立大学病院長会議が昨年3月、「医療過誤で患者が死亡または重い障害が残った事例は調査結果の概要と改善策を公表」という指針をまとめた。
「調査結果は社会で共有する」という機運が高まりつつあるだけに、福島のケースに戸惑う医療関係者は少なくない。外部委員を含め調査協力が得られにくくなる可能性があり、結果の公表を控える医療機関が増えるかもしれない。
産婦人科医が業務上過失致死だけでなく、医師法違反に問われたことも、院内調査に影響を及ぼしそうだ。
医師法21条は、異状死の場合24時間以内に警察へ届け出ることを医師に義務づけている。旧厚生省が94年に出した解釈本には「死体には殺人等の犯罪の痕跡をとどめている場合があるので、司法警察上の便宜のために規定した」とある。
ところが、何が「異状」に当たるのかの基準はなく、とりわけ医療行為に関連した死亡例をどこまで届けるかについて医療界で合意がない。
日本法医学会は94年、「診療中または比較的直後の予期しない死亡」も異状死に含める、とする指針を公表。日本外科学会や日本内科学会は「明らかな過誤などに限るべきだ」との意見だ。
医療事故は調査、分析して問題点がわかるものも少なくない。福島のケースでも調査に約2カ月を要している。
発生直後の届出を怠った責任を問われるとなれば、警察への届け出は増えるかもしれない。だが、警察に証拠物を押収され、関係者の事情聴取が始まれば、医療機関が自ら調べようとしても制約を受けざるをえない。
警察に届けられた医療事故のすべてが、刑事裁判に持ち込まれるわけではない。その場合、捜査資料は医療現場に還元されず、埋もれてしまう。
捜査との境界あいまい
「医療関連死」は中立的な専門機関で死因を解明すべきだ」という医学関係学会の声明がきっかけとなり、昨年9月から東京、大阪など6地域で学会主体のモデル事業が始まった。厚生労働省が補助金を出し、5年計画で新たな検証システムをつくるための課題を探る。
関係診療科の臨床医の助言を得ながら法医と病理医が協力して解剖、死因を調べるのが特徴だ。
このやり方を全国に広げるには、不足が著しい解剖医や専任スタッフの養成、財源の確保など解決すべき問題が多い。
死亡以外の医療事故をどうするか▽医療事故に限らず異状死の死因を調べる監察医制度をどう全国に普及させるか---も検討する必要がある。
モデル事業ではこれまで14例が解剖された。12例は異状死として届けられ、警察の検死で「司法解剖は不要」と判断されたものだ。調査機関ができれば、警察がすべての医療事故を調査する必要がなくなることを示している。
ただ、①明らかな医療過誤は引き続き捜査対象になるのか②調査結果に基づいて特定個人の過失責任を追及する捜査が始まることはないのか---など、事故調査と警察捜査の関係の将来像はまだはっきりしていない。
飛行機事故では、国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会の調査結果が関係者の刑事裁判の証拠とされていることに対し、「再発防止に役立たない」との批判がある。
日本学術会議は昨年6月、事故調査に関する提言を公表した。
「事故原因の究明には事故の背景、組織の関与を含めた事実を明らかにする必要があり、事故調査によって特定個人の責任が同定されることが期待されるものではないことが認識されるべきだ」
提言はこうした考え方に基づき、鉄道・航空機事故、医療事故、都市災害、労働災害など、複合要因によって発生したとみられる大規模事故や特異な事故の原因を調べる独立調査機関の創設を求めた。「当事者の証言を得やすくするため、被害結果の重大性のみで短絡的に過失責任が問われることがないような配慮」が必要としている。
「だれが悪いか」から「なぜ起きたか」に力点を置く検証の仕組みを早急に作り上げないと、外科や産科などリスクの高い診療分野の後継者が不足し、医療供給体制のバランスがさらに崩れてしまう恐れがある。
(朝日新聞、2006年4月12日朝刊)