ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

求む「納得の医療」/06年記者ノート(朝日新聞)

2006年12月24日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

正常の分娩経過で、突然、母体や胎児の状況が急変し、母児の救命のために緊急的な医学的対応を要するような場合は決してまれではありません。

奈良県南部地域(五條市・吉野郡3町8村)をすべてカバーする唯一の産科施設が、今まで一人医長態勢で維持されていた!ということが驚異的だと思います。その先生の長年のご苦労は並大抵のものではなかったと推察します。長年にわたり地域医療に貢献してきた功労者をよってたかってバッシングすれば、地域から産科が消滅してしまうのも当然の帰結だと思われます。

医師の勤務態勢は現状のまま放置して、『院内助産院』を充実させてこの問題を解決していこうというような動きも一部にありますが、母児の急変には全く対応できない中途半端な施設をこれから多く作っていっても、いざという時には全くお手上げということでは何の解決策にもならないと思います。

私は、産科医・小児科医・麻酔科医などの拠点病院重点配置を、最優先で早急に実行に移す必要があると考えています。

参考:

産科医や小児科医 「拠点病院重点配置を」

転送拒否続き妊婦が死亡 分娩中に意識不明

奈良県警が業務上過失致死容疑で捜査へ 妊婦死亡問題

「主治医にミスなし」 奈良・妊婦死亡で県産婦人科医会

妊婦転院拒否、断った大阪に余裕なし 満床や人手不足

母子医療センター 4県で計画未策定 国の産科整備に遅れ

奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論

医療機関整備で県外派遣産科医の撤収へ 奈良・妊婦死亡

奈良南部の病院、産科ゼロ 妊婦死亡、町立大淀も休診へ

****** 朝日新聞、2006年12月23日

求む「納得の医療」/06年記者ノート

●重体の妊婦、転院拒否され死亡

●安心して産める環境を

(石田 貴子)

 12月上旬、五條市にある高崎実香(みか)さんの墓前に夫の晋輔さん(24)と一緒にお参りに行った。

 「実香は女性にとって一番幸せな時を生きられなかった。自責の念が晴れない」。真新しい白木の墓標に水を掛けながら、晋輔さんはつぶやいた。

 10月中旬、高崎さん宅を訪れた。晋輔さんは涙ながらに最愛の妻が苦しむ様子を語ってくれた。その胸の中で、実香さんが命を懸けて産んだ奏太ちゃんが大きな瞳で私を見つめた。胸がしめつけられた。同時に出産の恐ろしさを痛感した。もし自分が子どもを産むことになったら、どの病院に行けばよいのだろう。

 遺族は11月下旬、大淀病院に話し合いの場を設けるよう文書で申し入れた。9月に担当医から説明を受けたが、助産師らが同席していなかった。晋輔さんの父、憲治さん(52)は「実香の死に至るプロセスを正確に知りたい」と語る。12月中旬、病院から寄せられた回答は「応じられない」だったという。

 憲治さんらは「法廷で真実を問いたい」と弁護士に提訴の相談をしている。望むのは病院側の誠実な対応だ。「担当医が懸命に処置したとは思ってないし、納得できる説明もない。もしそうであったなら、『一生懸命やってくださってありがとうございました』と心から言えた」と話す。

 求められているのは「納得の医療」だと思う。

   ◆   ◆

 「子癇(しかん)発作でも失神やけいれんはみられる。脳内出血の判断は難しい」「現場の医師は身を粉にして働いている」。一線の産婦人科医からは、一連の報道に反発する声もあった。

 県警が担当医を立件したり、訴訟に発展したりすれば、現場はますます萎縮(いしゅく)する。ただでさえ少ない産婦人科医を目指す人がますますいなくなり、地域の病院の分娩(ぶんべん)が次々と中止に追い込まれてしまうのでは――そんな恐れが現実になった。

 町立大淀病院は22日、院内に「来年4月から産科診療(分娩(ぶんべん)の取り扱い)を休診します」との張り紙を出した。今春、同病院で娘を産んだ大淀町の山田さお里さん(28)は「家で陣痛が始まって5分後に病院に着いた時には子宮が8センチも開いていた。遠くの病院なら間に合わなかった。2人目を産むときにはどこに行けばいいのか」と話す。

 県の周産期医療体制は、他の自治体に比べて遅れている。母体・胎児の集中治療管理室 (MFICU)は3床だけ。重篤な状態になった妊婦の約4割を県外に搬送している。

 このため、県は08年1月に県立医大付属病院(橿原市)に「総合周産期母子医療センター」の開設を決め、MFICUをセンター化の指定基準の6床に増床。回復した母子が移る後方病床も12床設ける。現在21床の新生児集中治療室(NICU)も21床から51床に増やす方針だ。

 センター開設に伴い、新たに必要となる産婦人科医と看護師、助産師をどう確保するか。県立医大が産婦人科医を派遣している県外の病院から医師を引き揚げる案も出ているが、その地域で分娩ができなくなる懸念がある。結局、医師を増やすしかないのではないか。

 04年、自由に研修先を選べる制度が始まった。研修医たちは勤務先に地方より都会を選び、激務の産婦人科や小児科などを避ける傾向にあるという。

 私なら、できるだけ夫がすぐに駆けつけられる地元で産みたい。慢性的な医師不足の解消には時間がかかるだろうが、民間病院や開業医を含め地域の医師同士が連携をはかって、安心して子どもを産める環境をつくって欲しいと願う。

 【重体妊婦の転院拒否問題】 大淀町の町立大淀病院で今年8月、出産中に意識不明の重体となった高崎実香さん(当時32)が奈良、大阪の19病院に「満床」などを理由に受け入れを断られた。意識喪失の約6時間後にようやく大阪府吹田市の国立循環器病センターに搬送され、出産後に脳内出血で死亡。大淀病院は妊娠中毒症患者が起こす「子癇」と診断し、脳を検査しなかった。県警は業務上過失致死容疑で捜査に着手。県は、母子の高度治療ができる「総合周産期母子医療センター」を県立医大付属病院(橿原市)に08年1月、開設することを決めた。同センターは全国8県で未整備で県はその一つだった。

(朝日新聞、2006年12月23日)