医学部卒業後、最初の2年間は初期臨床研修が行われます。2年間で、内科、外科、救急、小児科、産婦人科、地域医療などの主要な科を数週間づつ順番に回って研修します。初期研修の間に、全科で共通の入門期の基本的な技術は、ある程度、身に付くはずです。
それぞれの科には数週間づつしか滞在しないので、専門的な技術の修得は無理ですが、各科のだいたいの雰囲気や医師のQOL(生活の質)を観察することは十分に可能です。各科の雰囲気、医師のQOLを十分に比較検討して、自分が専門とする科を何にするか?の決意を固め、卒業後3年目からいよいよ専門科の研修(後期研修)が始まります。
楽器演奏であれ、語学修得であれ、臨床医学の修得であれ、世の中のどんな技術の修得過程でも、たった1回実地を経験しただけですぐに自分でスイスイできるようにはなりません。しっかりした指導者のもとで、何度も何度も実地の経験を繰り返していくうちに、技術が自然にだんだんと身についていくものです。
後期臨床研修では、実地の臨床経験を多く積んで、しっかりした技術を身に付けていく必要があります。研修病院としては、技術のしっかりした指導医がいて、経験できる症例が豊富であることが必須条件で、研修期間も(できれば複数の研修病院で)最低でも計5~6年は必要だと思われます。
『地域勤務枠』の医学部卒業生たちを、未経験のままで強制的にへき地に送り込んで放置しておけば、とりあえずの応急処置くらいはできるかもしれませんが、たった1人ではできることにも大きな限界がありますし、いつまでたっても技術は向上しません。『医者が1人でもいてくれさえすれば、全くいないよりは、はるかにましだろう』というような考えでは、いつまでたっても地域の医療レベルは向上しませんし、都会と地方との医療レベルの格差は今後ますます広がっていくばかりです。
医学の世界は日進月歩です。今後、地方でも都会と比べて遜色のない医療を提供し続けていくためには、それぞれの地域の拠点病院で、初期臨床研修から後期臨床研修、高度のサブスペシャリティ専門医教育まで一貫して実施できるシステムをつくりあげ、地域の中で担当者達が緊密に連携して医療を担っていく体制を構築し、将来にわたり維持していく必要があると思います。
これから医学部に『地域勤務枠』が創設されるとしても、その卒業生たちが世の中に出回ってくるのはまだまだ当分先の話ですが、地域における卒後臨床研修体制を充実させることは、どの地域にとっても現時点での最重要課題だと思います。
****** 読売新聞、2007年5月13日
医学部に地域勤務枠…全国250人、授業料を免除
政府・与党方針、卒業後へき地で10年
政府・与党は12日、へき地や離島など地域の医師不足・偏在を解消するため、全国の大学の医学部に、卒業後10年程度はへき地など地域医療に従事することを条件とした「地域医療枠(仮称)」の新設を認める方針を固めた。
地域枠は、47都道府県ごとに年5人程度、全国で約250人の定員増を想定している。地域枠の学生には、授業料の免除といった優遇措置を設ける。政府・与党が週明けにも開く、医師不足に関する協議会がまとめる新たな医師確保対策の中心となる見通しだ。
(中略)
地域枠のモデルとなるのは、1972年に全国の都道府県が共同で設立した自治医科大学(高久史麿学長、栃木県下野市)だ。同大では、在学中の学費などは大学側が貸与し、学生は、卒業後、自分の出身都道府県でのへき地などの地域医療に9年間従事すれば、学費返済などが全額免除される。事実上、へき地勤務を義務づけている形だ。
新たな医師確保対策で、政府・与党は、この“自治医大方式”を全国に拡大することを想定している。全国には医学部を持つ国公立と私立大学が計80大学ある。このうち、地域枠を設けた大学に対し、政府・与党は、交付金などによる財政支援を検討している。
医療行政に影響力を持つ自民党の丹羽総務会長は12日、新潟市内での講演で、「自治医大の制度を全国47都道府県の国公立大などに拡大したらどうか。5人ずつ増やせば、へき地での医師不足は間違いなく解消する」と述べ、“自治医大方式”の拡大を提案した。
医学部を卒業した学生にへき地勤務を義務づけることは当初、「職業選択の自由に抵触する恐れがある」との指摘もあった。だが、「入学前からへき地勤務を前提条件とし、在学中に学費貸与などで支援すれば、問題ない」と判断した。
(以下略)
(読売新聞、2007年5月13日)