ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

急性妊娠脂肪肝

2011年10月20日 | 周産期医学

acute fatty liver of pregnancy (AFLP)

【定義】 急性妊娠脂肪肝(AFLP)は、妊娠末期に突然発症し、妊娠を終了させない限り急速に肝不全となり、母児ともに予後不良となる疾患である。肝細胞内の微細粒状脂肪沈着を特徴とし、診断が遅れると致命的となる妊娠合併症の一つである。

妊婦・褥婦のみに発症する産科固有の合併症である。

【発症時期・頻度】
①妊娠28~40週に限られるのが特徴で、平均して妊娠35~36週である。

②初産婦(48%)、双胎(14%)に多い。妊娠高血圧症候群(46%)との合併が多い。男児妊娠例に多い。アンチトロンビン(AT)活性の減少が先行する報告もある。

③頻度は9600~13000例に1例と言われている。HELLP症候群の1/20程度の発症頻度である。次回妊娠で繰り返す可能性はまれである。

【病態】 AFLPの本態は脂肪酸β酸化酵素の異常とされており、組織学的には肝細胞内に微細顆粒状脂肪滴が沈着していることで確定診断される。壊死、炎症、線維化は伴わない(ウイルス性肝炎との鑑別点)。小滴性脂肪肝で主に遊離脂肪酸が沈着する。(肥満成人の脂肪肝で沈着する脂肪の大部分は中性脂肪)

【症状】
①嘔吐、腹痛
②掻痒を伴わない黄疸
③意識障害 

妊娠末期(主に30週以降)に、食欲不振、上腹部違和感(上腹部痛のこともある)を訴える。最終定期健診時に比し極端に減少した体重が認められる。

進行すると低血糖、DIC、消化管出血、膵炎、腎不全などや肝不全を呈する。肝性脳症、ショック、多臓器不全により死亡する。

胎児は母体の代謝性アシドーシスにより、急速に状態が悪化する。

【検査】
AST、ALT:高値(100~1000 U/L)
LDH:高値
ビリルビン(直接ビリルビン優位):高値
血清アルブミン:低値
尿酸:異常高値
クレアチニン、BUN:高値
白血球増加(20000~30000 /μL)
血液濃縮によるHt値の上昇
PT、APTTの延長
フィブリノゲン:低値
AT(アンチトロンビン)活性:低値(通常50%以下)
妊娠初期に比し減少した血小板数

進行すると低血糖やアンモニア上昇がみられる
血小板減少は軽度(DICを合併すると著明に減少)
母児ともに代謝性アシドーシス
膵炎や尿崩症を合併することもある

【診断】 超音波検査やCT検査で脂肪肝としてとらえられる頻度は、それぞれ50%、20~30%とそれほど高くない。従って、画像診断上、脂肪肝の所見がなくてもAFLPを否定できない。

肝生検による病理診断では、肝小葉構造は保たれており、小葉中心性の肝細胞内に無数の微小胞性の脂肪変性が認められる。壊死や炎症像は軽度である。

電顕所見では、ミトコンドリアの腫大と変性、滑面小胞体の拡張と減少、肝細胞質内の脂肪滴の沈着などがみられる。

急性妊娠脂肪肝の診断には肝生検が必要であるが、DICの危険が高い妊婦への肝生検は躊躇されることも多く、また急性妊娠脂肪肝の診断が確定しても、治療法が急速遂娩しかないことから、肝生検実施の正当性に疑問が持たれている。

AFLPとHELLP症候群との臨床的鑑別は必ずしも容易ではない。現在のところ、AFLPとHELLP症候群とを区別するgolden standardは存在しない。AFLPの血液検査データの特徴は、HELLP症候群と同様な異常値以外に、AT活性の極端な低値、尿酸の異常高値であることが明らかとなった。また、母体の肝不全徴候(プロトロンビン時間延長、血中アンモニア濃度上昇など)はAFLPの方が強い。臨床的には、AT活性低値、AST、LDH高値、かつ尿酸異常高値を伴った症例をAFLPと診断するのが妥当である。

【管理】 早期診断、早期治療により近年、母児の予後は著しく改善されている。重症化する前に妊娠を中断することが大切である。治療は、早期の児娩出と母体の集中管理である。重症例では血漿交換を行う。分娩によって肝機能は速やかに改善することが多い。肝機能障害が慢性化することはない。再発は一般的に否定されており、次回妊娠を禁忌としない。


HELLP症候群

2011年10月20日 | 周産期医学

HELLP syndrome

【定義】 HELLP症候群とは、
溶血 (Hemolysis)、
肝酵素上昇 (Elevated Liver Enzyme)、
血小板減少 (Low Platelets)

を主徴候とする症候群である。

【疫学】 全妊娠の0.2~0.6%、PIHの4~12%で、2/3は妊娠中の発症で、1/3は産褥期発症である。90~96%がPIHに合併して起こる。

経産婦、多胎妊娠に多い。

再発率が約20%と高い。

【血液検査所見】 
LDH≧600U/L、
末梢赤血球スメア:有棘赤血球、分裂赤血球など、
ビリルビン≧1.2mg/dL、
AST (GOT)≧70U/L、
血小板数<10万/μL

【症状】 突然の上腹部痛や心窩部痛(90%)、疲労感や倦怠感(90%)などで発症し、嘔気・嘔吐(50%)、食欲不振もみられる。HELLP症候群に先行して血小板減少がみられる。多くは高血圧、蛋白尿を伴う。主な合併症はDIC(20%)、常位胎盤早期剥離(16%)、腎不全(7%)、肺水腫(6%)、胸水・心嚢水、肝内血腫・肝破裂(1%以下)などがある。胎児機能不全の頻度も高いため、厳重な管理を要し、急速遂娩(帝王切開が多い)となることが多い。

【病態】 上腸間膜動脈や肝動脈の攣縮と網内系の血管内皮障害が主な病態と考えられる。

【治療】 治療の基本は、妊娠中断(ターミネーション)である。

早期診断をして、降圧剤の投与、硫酸マグネシウムの投与、新鮮凍結血漿の投与などを行いつつ、帝王切開で妊娠を中断する。

近年、ステロイド療法(ベタメタゾン、デキサメタゾン)が母児の予後改善につながるとの報告が多い。

塩酸リトドリンは禁忌である。(血管攣縮を助長するため好ましくない)

【予後】 母体死亡率1~4%、周産期死亡率30~40%。

子癇と同時に発症する例は重篤な経過をたどる。

多臓器不全などの続発症もみる。

****** 問題

HELLP症候群について誤っているのはどれか。2つ選べ。

a 産褥期にも発症することがある。
b 肝静脈の血栓症が原因と考えられている。
c 妊娠高血圧症候群に続発することが多い。
d 末梢血の塗沫検鏡で球状の赤血球がみられる。
e 突然の上腹部痛が高頻度にみられる。

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正解:b、d

a 2/3は妊娠中の発症で、1/3は産褥期発症である。

b 上腸間膜動脈や肝動脈の攣縮と網内系の血管内皮障害が主な病態と考えられる。

c PIHの4~12%にHELLP症候群を合併する。また、HELLP症候群の90~96%がPIHに合併して起こる。

d 末梢赤血球スメア:有棘赤血球、分裂赤血球など

e 多くは突然の上腹部痛や心窩部痛で発症する。  


常位胎盤早期剥離

2011年10月20日 | 周産期医学

premature separation of normally implanted placenta

placental abruption

【定義】 常位胎盤早期剥離は、正常位置(子宮体部)に付着している胎盤が、妊娠中または分娩経過中の胎児娩出前に子宮壁から剥離した状態をいう。

基底脱落膜の剥離に始まり、形成された胎盤後血腫がさらに胎盤を剥離・圧迫して、最終的に胎盤機能不全や子宮内胎児死亡が起きる。母児ともに対して重篤な障害をもたらす危険性が高い、代表的な産科救急疾患である。

Placentalabruption

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産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ311 常位胎盤早期剥離(早剥)の診断・管理は?

Answer

1. 妊娠高血圧症候群、早剥既往、切迫早産(前期破水)、外傷(交通事故など)は早剥危険因子であるので注意する。(B)

2. 妊娠後半期に切迫早産様症状(性器出血、子宮収縮、下腹部痛)と同時に異常胎児心拍パターンを認めた時は早剥を疑い以下の検査を行う。
・ 超音波検査(B)
・ 血液検査(血小板、アンチトロンビン活性、FDPあるいはD-dimer、フィブリノゲン、AST、LDHなど)(B)

3. 腹部外傷では軽症であっても早剥を起こすことがあるので注意する。特に、子宮収縮を伴う場合、早剥発症率は上昇するので、胎児心拍数モニタリングによる継続的な監視を行う。(C)

4. 早剥と診断した場合、母児の状況を考慮し、原則、急速遂娩を図る。(A)

5. 母体にDICを認める場合は可及的速やかにDIC治療を開始する。(A)

6. 早剥による胎児死亡と診断した場合、DIC評価・治療を行いながら、施設のDIC対応能力や患者の状態等を考慮し、以下のいずれかの方法を採用する。(B)
・ オキシトシン等を用いた積極的経腟分娩促進
・ 緊急帝王切開

7. 早剥を疑う血腫が観察されても胎児心拍数異常、子宮収縮、血腫増大傾向、凝固系異常出現・増悪のいずれもない場合、週数によっては妊娠継続も考慮する。(C)

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(表1)早剥関連DIC診断スコア(産科DICスコアより抜粋)

Ⅰ 基礎疾患               点数
a. 常位胎盤早期剥離
 ・ 子宮硬直、児死亡          5点
 ・ 子宮硬直、児生存          4点
 ・ エコーあるいはCTG所見で診断   4点

Ⅱ 臨床症状
a. 急性腎不全
 ・ 無尿(~5mL/時間)        4点
 ・ 乏尿(5.1~20mL/時間)              3点
d. 出血傾向
 ・ 肉眼的血尿、メレナ(黒色便)、紫斑、あるいは皮膚、粘膜、
   歯肉、注射部位からの出血      4点
e. ショック症状
 ・ 以下、それぞれに1点(例えば2つあれば2点)
  脈拍数≧100/分、収縮期血圧≦90mmHg、冷汗、蒼白

Ⅲ 検査所見
 以下、それぞれに1点(例えば3つあれば3点)
 血清FDP≧10μg/mL、血小板数≦10万/μL
 フィブリノゲン≦150mg/dL
 プロトロンビン時間≧15秒またはヘパプラチンテスト≦50%
 赤沈≦4mm/15分または赤沈≦15mm/時間
 出血時間≧5分

注: 基礎疾患、臨床症状、検査所見の総合点数が8点以上でDICとしての治療を開始できる。

例えば、エコーで早剥が疑われ(4点)、乏尿(3点)と冷汗(1点)があれば、血液検査結果を待たなくともDIC治療を開始できる。

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【発生頻度】 早剥は、単胎で1000分娩あたり5.9件、双胎で12.2件発生する。全分娩の0.3~0.9%程度。産科的DICをきたす原因の中では最も多い(約50%)。

【症状】 
・ 早剥の臨床症状は、その重症度によりさまざまで、症状の進行度も症例により異なる。
・ 剥離が軽度の場合には無症状である。
・ 発症早期には切迫早産に類似した症状を呈する。
・ 病態が進行すると、子宮は板状硬と呼ばれる状態となり、持続的かつ強い腹痛を呈する。
・ 急速に進行するものでは、わずか数時間のうちに胎内死亡や母体がショック状態に陥るものもある。

【重症度分類:Pageの分類】

Page

軽度(胎盤剥離面30%以下)
0度:臨床的に無症状、児心音はたいてい良好、
   娩出胎盤観察により確認、頻度 8%
1度:性器出血は中等度(500ml以下)、
   軽度子宮緊張感、児心音時に消失
   蛋白尿はまれ、頻度14%

中等度(胎盤剥離面30~50%) 頻度59%
2度:強い出血(500ml以上)、
   下腹部痛を伴う子宮硬直あり、
   胎児は入院時死亡していることが多い、
   蛋白尿ときに出現

重症(胎盤剥離面50~100%) 頻度19%
3度:子宮内出血、性器出血著明、
   子宮硬直著明、下腹痛、子宮底上昇、
   胎児死亡、出血性ショック、
   凝固障害の併発、子宮漿膜面血液浸潤、
   蛋白尿陽性

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【診断】
(1)自覚症状:
 急激な下腹部痛と少量の性器出血

(2)診察所見:
 ①腹壁板状硬
 ②剥離部子宮壁の圧痛
 ③子宮底の急激な上昇

(3)超音波所見:
 ①胎盤後血腫像
 ②胎盤内血腫像
 ③胎盤の肥厚(5.5cm以上)
 ④胎盤辺縁部の膨隆・剥離像
 ⑤所見(-)でも除外診断とはならない

胎盤後血腫像
Placentalabruption1

Placentaabruptionultrasound_2

Placentalabruptionultrasound

(4)胎児心拍数陣痛図(CTG):
 ①遅発一過性徐脈
 ②胎児心拍数基線細変動の消失
 ③発症初期には頻脈がみられることが多い
 ④陣痛間欠期でも子宮内圧が高い
 ⑤さざ波様子宮収縮

Ctg1

(5)末梢血検査:
 ①貧血:赤血球数 ↓、Hb ↓、Ht ↓
 ②DICの検査:血小板 ↓、血清FDP ↑、
   フィブリノーゲン ↓、赤沈遅延、アンチトロンビン活性 ↓

(6)開腹所見:Couvelaire(クヴレール)子宮
 (子宮筋層ならびに広間膜内にうっ血をきたしたもの)

Couvelaire子宮
Couvelaire

Placentalabruptionultrasound1

(7)分娩後の胎盤所見で診断がつく場合もある
 ⇒胎盤母体面に凝血の付着が認められる

Placentalabruption_2
(Edward C. Klatt, M.D.)

【病態】 早剥の病理組織学的変化としては、胎盤の床脱落膜内の出血による子宮・胎盤のうっ血が特有であり、その出血や組織の変性・壊死が子宮漿膜面や広間膜に及ぶこともある(Couvelaire兆候)。このような状態では、組織因子が母体血中へ流入し、母体のDICをひき起こすと同時に、胎児に対しては、胎盤血管床の減少により血流・酸素供給の減少が生じ胎児機能不全をひき起こす。

【リスク因子】 早剥の発症機序はいまだ解明されておらず、その発症を予知・予防することは不可能であるが、以下のようなリスク因子が知られている。

①妊娠高血圧症候群(PIH):
 早剥症例の1/3~2/3はPIH症例
 PIH症例では重症化や産科DIC併発の危険性が高い
②胎児奇形、重症の胎児発育不全(FGR)
③早剥の既往:
 早剥症例の次回妊娠での再発率は5~15%
   (既往がない症例の10倍)
 再発は前回の発症時期よりも早期に起きやすい
④前期破水、絨毛羊膜炎
⑤喫煙:
 喫煙妊婦の早剥発症率は非喫煙妊婦の2倍
⑥薬物治療:アスピリン、コカイン
⑦その他: 機械的外力(打撲、骨盤位外回転など)、臍帯過短、代謝異常(高ホモシスチン血症、葉酸欠乏)、妊娠初期に出血があった症例、など。

発症リスク:
・ 早剥既往のある妊婦(10倍)、
・ 母体の妊娠中期のAFP高値(10倍)、
・ 慢性高血圧(3.2倍)、
・ 妊娠24週の子宮動脈血流波形にnotchがみられる症例(4.5倍)、
・ 子宮内感染例(9.7倍)、
・ 前期破水後:48時間未満(2.4倍)、48時間以上(9.9倍)

※ 外傷は早剥の発症原因の1.5%程度を占めるにすぎないが、比較的軽微な外傷であっても早剥の原因となることがあり、外傷があった後2~6時間は胎児心拍モニタリングを行う必要がある。

【治療】 分娩後に判明するような軽症例を除けば、急速遂娩が原則であり、緊急帝王切開を要するものが多い。出血性ショックやDICがある場合は、輸液・輸血を行ってDICの治療をしながら帝王切開を行う。母体救命のために子宮摘出を要する場合もある。

早剥により既に児が死亡している場合、母体DICの評価・治療を行いながらの積極的な経腟分娩、もしくは緊急帝王切開を行う。
(産婦人科診療ガイドライン・産科編2011、CQ311、Answer 6)

※ 米国や英国では、早剥による胎児死亡を発見した場合、大量の出血があり多量の輸血によってさえ十分に補いきれない場合以外では、人工破膜やオキシトシンを併用した積極的な経腟分娩が推奨されている。本邦においても経腟分娩方針の方が優れていることを示唆する報告があるが、本邦では伝統的・経験的に母体合併症軽減を目的として緊急帝王切開が多く行われてきた。

【予後】 早剥の周産期死亡率は、全体の周産期死亡率に対し、10倍以上高い。また、早剥はしばしば母体死亡の原因となる。重症例での母体死亡率は6~10%、周産期死亡率は60~80%ともいわれる。


子癇

2011年10月20日 | 周産期医学

eclampsia

【定義】 妊娠20週~分娩期、産褥期に、痙攣発作を発症し、てんかんなどによる二次性痙攣が否定されるとき、子癇と診断する。(妊娠高血圧症候群の1病型)

【頻度】 子癇の頻度は先進諸国では2000~3700分娩に1例と推定される。

【分類】 発症時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇に分類される。

発生頻度は、妊娠子癇:50%、分娩子癇:25%、産褥子癇:25%である。妊娠管理の向上により、特に妊娠子癇や分娩子癇の発生頻度は減少傾向にある。

※ 子癇は妊娠高血圧症候群の重症、軽症に関係なく起こる。以前は子癇を伴った場合はすべて重症としたが、新分類では含まれてない。

【危険因子】
・10代妊娠、初産婦、双胎、子癇既往
・妊娠蛋白尿
・妊娠高血圧症候群
・HELLP症候群

本邦2004年の子癇54例の調査では89%が初産婦であった。子癇患者の平均年齢は低く、二十代での頻度を1.0とすると十代では3.2であった。

本邦54例の検討では、子癇発作に先行して高血圧が確認されていた症例は44%であった。子癇では子癇発作後(直前?)には高血圧を示すが、発症前には高血圧を示さない患者が30~50%存在し、それら患者でも蛋白尿は示していることが多い。

子癇既往妊婦の約25%は次回、妊娠高血圧腎症になり、約2%が子癇を再発する。

本邦の報告で、子癇のHELLP症候群合併率は26%(19/73)であった。また、双胎は単胎に比し、子癇に4.8倍、HELLP症候群に16.0倍罹患しやすいことが指摘された。

【前駆症状】 
①頭痛、頭重感
②眼華閃光、めまい、弱視
③心窩部痛、悪心嘔吐、膝蓋腱反射亢進
④妊娠高血圧腎症の症状(高血圧、蛋白尿、浮腫)

子癇発症前に頭痛、視覚異常(かすんで見える、チラチラする)、上腹部痛等の訴えが60~75%の患者に認められるので、これらは子癇発作出現の予測・診断に有用である。

前駆症状なく突然発症することもある。

【痙攣発作】
・チック期(ある限局した一定の筋肉群に、突発的、無目的に、しかも不随意に急速な運動や発声が起きる)→
・強直性痙攣(手足が棒のようにかたく突っ張る発作)→
・間代性痙攣(筋肉の緊張と弛緩を繰り返すけいれん)→
・昏睡期(外部からどのような刺激が加えられても、脊髄反射以外の反応がない状態)

昏睡状態のまま発作が重積した場合は、意識が回復することなく死に至ることもある。

【MRI所見】 皮質下白質と灰白質に接する部分の浮腫や梗塞の所見。

Eclampsia1
産褥早期子癇(MRI T2強調画像):後頭葉のsubcortical white matterにおけるhyperintense(矢印)を認める。(from Schwartz RB, et al.Radiology, 2000)

【鑑別診断】 意識消失を来す疾患の中に、てんかん、脳内出血、脳梗塞、低血糖などの内分泌代謝疾患、過呼吸発作などがある。無痛分娩時の局所麻酔薬中毒も鑑別疾患の一つである。

【子癇発作時の管理】 発作が起こった場合、母体の救命処置を先行するが、同時に胎児の評価も行う。 

①舌咬傷予防のためバイトブロック挿入(賛否両論)
※痙攣重積中のバイトブロックの使用に関しては賛否両論あり、産婦人科診療ガイドライン・産科編2011ではその使用を求めなかった。
②エアウェイ挿入または気管内挿管
③酸素投与
④安静、絶飲食、室内遮光
⑤血管確保
⑥抗痙攣薬の投与
 ジアゼパム(セルシン):5~10mgワンショット静注、あるいは
 硫酸マグネシウム(マグネゾール):4g、10分で静注
⑦降圧剤の投与
 ヒドララジン(アプレゾリン)、あるいは
 ニカルジピン(ペルジピン)
⑧Swan-Ganzカテーテルの挿入
 中心静脈圧(CVP)測定
 母体のバイタルサインの確認
⑨胎児心拍数モニター

母体の全身状態が改善されれば急速遂娩。
(全身麻酔下の帝王切開)

【予後】 子癇による母体死亡は稀である。

本邦の調査で、子癇による母体死亡率は0.0%(0/73)であった。(当初、子癇と診断された)脳内出血の母体死亡率は67%(4/6)であった。

脳内出血例は子癇と診断されやすく、母体死亡率が高いのが特徴である。脳内出血を診断・否定するためにCT検査は有用である。

子癇と見誤れるような脳内出血・脳梗塞の出現頻度はおよそ10万分娩に1例程度と推定され、本邦では年間約10例程度の子癇と見誤れるような脳内出血・脳梗塞が起こっていると推測される。

【病因】 子癇発作の発症機序として、forced dilatation theoryとvasospasm theoryの2つが考えられている。

①forced dilatation theory:
脳血管障害に加えて血圧の上昇により脳血液関門が破綻する事で脳血圧の自己調節能が喪失した結果、脳血管が拡張し、血流が過剰となり、血管性脳浮腫が引き起こされるとするものである。

②vasospasm theory:
急激に脳血圧が上昇することにより脳血管の過剰収縮(over regulation)が起こり、血管攣縮に引き続く脳虚血による脳浮腫(cytotoxic edema)が引き起こされるとするものである。

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産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ315 子癇の予防と対応については?

Answer

1. 妊婦が分娩のために入院した時には血圧測定と尿中蛋白半定量検査を行う。(B)

2. 妊娠高血圧症候群妊婦、蛋白尿陽性妊婦、ならびに入院時に高血圧を示した妊婦においては、陣痛発来後は定期的に血圧を測定する。(B)

3. 分娩中に頭痛、視覚異常、あるいは上腹部痛等を訴えた場合には血圧を測定する。(B)

4. 分娩時に高血圧重症(収縮期≧160mmHgあるいは拡張期≧110mmHg)が確認されたらMgSO4 を使用する、あるいはMgSO4 と降圧剤を併用する(特に急激な血圧上昇を認める場合)。降圧目標は高血圧軽症レベル(140~159/90~109mmHg)とする(CQ312・表1参照)。(C)

5. 痙攣が確認された場合には以下のすべてを行う。(B)
 ・血圧測定
 ・ジアゼパム(5~10mg静注)あるいはMgSO4 (4g、10分で静注)投与
 ・痙攣発作終了後には気道を確保して、酸素投与
 ・痙攣再発予防のためにMgSO4 の24時間持続静注開始(1~2g/時間)

6. 意識低下(痙攣を含む)が認められた場合には、子癇とみなして治療を開始するが、HELLP症候群、脳内出血、脳梗塞などを除外するために以下の検査を行う。また、ヒステリー、てんかん、低血糖発作、過呼吸発作、あるいは局麻剤中毒(無痛分娩時など)も鑑別診断として考慮する。
 1)麻痺等検出のための理学所見(呼びかけへの応答、四肢筋力の状態や病的反射の有無、瞳孔の左右差など)検査(B)
 2)血液検査(血小板を含む血算、アンチトロンビン活性、AST、ALT、LDH、FDPあるいはD-dimer、動脈血ガス分析)(B)
 3)必要と判断された場合にはCT/MRI検査(B)

7. 母体の状態安定化後には胎児well-beingに留意し、児の早期娩出をはかる。(B)

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(表1) 子癇の危険因子

10代妊娠、初産婦、双胎、子癇既往
妊娠蛋白尿
妊娠高血圧症候群
HELLP症候群

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参照:妊娠高血圧症候群

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問題

子癇について正しいのはどれか。2つ選べ。

a. 初産婦に多い。
b. HELLP症候群を合併することはまれである。
c. 発作後アルカローシスになる。
d. 治療にはカルシウム製剤を投与する。
e. MRIで脳浮腫所見が認められることが多い。

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正解:a、e

a. 本邦2004年の子癇54例の調査では89%が初産婦であった。

b. 本邦の報告で、子癇のHELLP症候群合併率は26%(19/73)であった。

c. 子癇発作後は高頻度に母体アシドーシスが認められる。

d. 痙攣が確認された場合には以下のすべてを行う。(B)
 ・血圧測定
 ・ジアゼパム(5~10mg静注)あるいはMgSO4 (4g、10分で静注)投与
 ・痙攣発作終了後には気道を確保して、酸素投与
 ・痙攣再発予防のためにMgSO4 の24時間持続静注開始(1~2g/時間)

e. MTI所見: 皮質下白質と灰白質に接する部分の浮腫や梗塞の所見。

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問題

硫酸マグネシウムの副作用として誤っているのはどれか。1つ選べ。

a. 眼瞼下垂
b. 筋力低下
c. 膝蓋腱反射亢進
d. 呼吸抑制
e. 心停止

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正解:c

硫酸マグネシウムの副作用: 顔面紅潮、口渇管、倦怠感、目のかすみ、眼瞼下垂、筋力低下、悪心嘔吐、膝蓋腱反射抑制、呼吸抑制、心停止など

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問題

子癇について正しいのはどれか。

a. 妊娠中のすべての痙攣発作をいう。
b. 妊娠高血圧症候群重症と判定する。
c. 予防に硫酸マグネシウムを使用する。
d. 児の娩出後には痙攣発作は生じない。
e. 我が国の妊産婦死亡原因の第1位である。

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正解:c

a 妊娠20週~分娩期、産褥期に、痙攣発作を発症し、てんかんなどによる二次性痙攣が否定されるとき、子癇と診断する。

b 誤り。子癇は妊娠高血圧症候群の重症、軽症に関係なく起こる。以前は子癇を伴った場合はすべて重症としたが、新分類では含まれてない。

c 正しい。

d 発症時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇に分類される。発生頻度は、妊娠子癇:50%分娩子癇:25%産褥子癇:25%である。

e 子癇による母体死亡は稀である。


妊娠高血圧症候群

2011年10月20日 | 周産期医学

pregnancy-induced hypertention: PIH

【定義】 妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。

【病型分類】
a. 妊娠高血圧(gestational hypertension: GH)
妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常に復する場合。

b. 妊娠高血圧腎症(preeclampsia: PE)
妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩後12週までに正常に復する場合。

c. 加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia)
①高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に蛋白尿が出現した場合。
②高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に、いずれか一方、または両症状が増悪が認められた場合。
③蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に高血圧が出現した場合。

d. 子癇(eclampsia)
妊娠20週以後に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるもの。痙攣発作の起こった時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇に分ける。

【症候による亜分類】
①軽症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 140mmHg以上、160mmHg未満
拡張期血圧 90mmHg以上、110mmHg未満
蛋白尿:300mg/日以上、2g/日未満

②重症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 160mmHg以上
拡張期血圧 110mmHg以上
蛋白尿:2g/日以上 

【発症時期による分類】
①早発型(early onset type: EO)
妊娠32週未満に発症するもの

②遅発型(late onset type: LO)
妊娠32週以後に発症するもの

軽症は遅発型が大多数を占める。重症は早発型と遅発型のいずれでも発症する可能性がある。早発型では合併症の頻度が高く、母や児が予後不良となりやすい。早発型は胎児の発育が障害されていることが多く、胎盤形成不全が大きく関わる。遅発型は胎児発育の障害はないかあっても軽度で、胎盤形成不全以外の母体因子(肥満など)が発症原因と考えられる。

【頻度】
・ PIHの発生頻度は全妊婦数の約5%(4~8%)である。
・ PEの頻度は2~3%である。 
・ 重症PIHは全妊婦の1~2%である。
・ GHのうち約15~25%がPEに移行する。
・ PEにおいて高血圧のみ、あるいは蛋白尿のみである期間は平均2~3週間で、PEの診断基準を満たしてから分娩までの期間は平均2週間前後と報告されている。

【リスク因子】
①遺伝素因:高血圧家系
②既往歴:既往妊娠のPIH、高血圧症、慢性腎炎、糖尿病、抗リン脂質症候群、甲状腺機能亢進症
③身体的因子:高年齢、肥満(BMI≧26)
④産科的因子:初産、多胎、羊水過多
⑤社会的因子:過労、ストレス、低所得、塩分過剰摂取

【検査】
①血液濃縮(Ht
②水、Naの貯留
③腎機能低下(GFR 、BUN 、尿酸
④アシドーシス
⑤慢性DIC(血小板 、過凝固)
⑥尿蛋白(+)、低蛋白血症
⑦脂質
⑧PGI2/TXA2比の低下 (TXA2優位)
 子宮・胎盤のほか主要臓器の血流低下、血小板機能異常

 PGI2(プロスタサイクリン):血管内皮細胞で主に産生され強力な血管平滑筋弛緩作用と血小板凝集抑制作用を有する。
 TXA2(トロンボキサンA2):血小板で産生され血管平滑筋収縮作用や血小板凝集作用を有する。

【合併症】 妊娠高血圧腎症では、全身の血管内皮細胞障害による血管攣縮、血管透過性亢進、凝固亢進が生じ、重大な合併症が生じやすく、厳重な監視とその患者に適した分娩時期・方法の決定が必要になる。

DIC、子癇、脳出血、肺水腫、肝機能障害、HELLP症候群、腎機能障害、常位胎盤早期剥離、胎児発育不全(FGR)、胎児機能不全など。

【治療】 妊娠高血圧症候群の最終的な治療は妊娠中断である。児が未熟な場合は妊娠を継続し、適切な分娩時期を判断する。

1. 安静・食事療法(食塩摂取7~8g/日程度)
 ※以前は厳重な塩分制限が推奨されていたが、現在は否定的である。

2. 薬物療法:
 ①降圧薬:
  ヒドララジン(アプレゾリン)
  メチルドーパ(アルドメット)
  ニフェジピン(アダラート) ※妊娠20週以降で保険適用
  ラベタロール(トランデート) ※妊婦に保険適用
  ニカルジピン(ペルジピン) ※注射薬は高血圧緊急症で保険適用(妊婦へは有益性投与)

 ②硫酸マグネシウム:子癇の治療、発症・再発の予防

 ※ 妊娠高血圧症候群に降圧利尿剤は禁忌である。

3. 妊娠中断(ターミネーション)
 ①重症で、児が十分に成熟している場合
 ②母体の状態悪化や合併症、胎児機能不全がある場合

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産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ312 妊娠高血圧腎症の取り扱いは?

Answer

1. 原則として入院管理を行う。(C)

2. 早発型(32週未満発症型)は低出生体重児収容可能施設と連携管理を行う。(B)

3. 母体の理学所見・血液検査所見と胎児の発育・健康状態を定期的に評価し適切な分娩時期を決定する。(B)

4. 腹痛(上腹部違和感)や頭痛を訴えた場合、血圧を測定し子癇発作予防に努めるとともにHELLP症候群・常位胎盤早期剥離にも注意し、検査(血液検査、NST、超音波検査)を行う。(B)

5. 36週以降の妊娠高血圧腎症軽症の場合、分娩誘発を考慮する。(C)

6. 経腟分娩時は、血圧を定期的に測定するとともに、緊急帝王切開が行えるよう準備しておく。(B)

7. 分娩中は分娩監視装置を用いて連続的胎児心拍数モニタリングを行う。(B)

8. 降圧剤使用に関しては表1を参考にする。(C)

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(表1) 降圧剤使用法と注意点(主に妊娠高血圧腎症の場合)

1. 妊娠中
1)降圧剤投与は高血圧重症レベル(160/110mmHg)で開始し、降圧目標は高血圧軽症レベル(140~159/90~109mmHg)とする。

2)高血圧は妊娠高血圧腎症の重症度を示す1つの徴候であって、血圧の適正化は妊娠高血圧腎症の改善を意味しない。適切な分娩時期を決定するにあたっては、血圧以外の母体理学所見(体重推移、浮腫の程度、訴え等)や血液検査所見(Ht値・血小板数・アンチトロンビン活性値・尿酸値・AST・LDH値推移)、胎児の発育・健康状態も参考にする。

3)降圧剤は以下の2薬剤を単独あるいは併用で使用する。
 ・メチルドーパ(250~2000mg/日) 商品名:アルドメット
 ・ヒドララジン(30~200mg/日) 商品名:アプレゾリン

4)ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)とARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)は、胎児発育不全、羊水過少、先天奇形、ならびに新生児腎不全の危険を高めるので使用しない。【禁忌!】

2. 分娩中の急激な血圧上昇(>160/110mmHg)時

 子癇(CQ315参照)が危惧されるのでMgSO4 を投与する(4gを1時間で、引き続き1~2g/時間で持続静注)。場合により以下のいずれかを併用する。

 ・ ヒドララジン(注射用、1アンプル中20mg)
 1アンプル(20mg)を筋注、あるいは1アンプルを徐々に静注(1/4アンプルをbolusで、その後20mg/200mL生理食塩水を1時間かけて点滴静注)

 ・ ニカルジピン(注射用、2mg、10mg、25mgの製剤あり、商品名:ペルジピン)
 10mg/100mL生理食塩水を0.5μg/kg/分(60kg妊婦では18mL/時間)で投与開始する。

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妊娠高血圧腎症は、胎盤機能不全、胎児機能不全、FGR/IUFD、早産、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群、子癇、DIC、急性腎不全など、母児の生命を危うくする重篤な合併症を併発しやすい。入院管理はこれらの早期診断・早期治療に有用であると考えられている。

妊娠高血圧腎症では、血管内皮機能不全による血管透過性亢進(血漿成分が血管外に漏出しやすくなる)のため、循環血漿量減少(血液濃縮)が起こっている。

アンチトロンビン活性は血管透過性亢進を反映している可能性があり、アンチトロンビン活性の減少が激しい妊婦では循環血漿量が減少していることが多い。

妊娠36週以降の軽症妊娠高血圧腎症と軽症妊娠高血圧患者を対象とした分娩誘発の効果についてのRCTの結果、誘発は帝王切開率を減少させた(14% vs 19%)。

硫酸マグネシウムの投与(4gを1時間で、引き続き1~2g/時間で持続静注)は子癇予防に有効であるが、降圧剤が子癇予防に効果があるかについては結論が出てない。

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入院後の管理

・ 利尿剤投与ならびに水分摂取制限は行わない!

妊娠高血圧腎症では循環血液量減少がある。利尿剤投与は血液濃縮・循環血液量減少を加速させ、むしろ高血圧を助長し、胎盤循環に悪影響を与える。

・ 血圧測定:3回/日

血圧160/110mmHg前後が複数回観察される場合には降圧剤投与を考慮する。

 メチルドーパ(アルドメット): 初期投与量250~750mg/日(分1~3)、効果がでるまでに数日ごとに250mgずつ増量、2000mgまで増量可(経口投与)

 ヒドララジン(アプレゾリン): 初期投与量30~40mg/日(分3~4)、効果をみながら漸次増量、200mgまで増量可(経口投与)

 上記両剤を併用することも可能である。

 ニフェジピン(アダラート)、ラベタロール(トランデート)、ニカルジピン(ペルジピン)の経口投与も妊娠高血圧腎症時の降圧に有効で、妊婦にも比較的安全に使用できる。しかし、これらの薬剤は保険適用はなく添付文書中では「妊婦への投与は禁忌」となっていた。しかし、最近、アダラートの添付文書は「妊娠20週未満の妊婦では禁忌」と改訂され、トランデートの添付文書の「妊婦への投与は禁忌」の項目が削除された。これらの改訂により、ニフェジピンの妊娠20週以降の妊婦への投与、ラベタロールの妊婦への投与が保険適用で可能になった。

「ニフェジピンの妊娠20週以降の妊産婦への投与についての要望」について
「塩酸ラベタロール錠の妊産婦への投与についての要望」について

【禁忌薬剤】 ACE(angiotensin converting enzyme)阻害薬とARB(angiotensin receptor blocker)は、胎児発育不全、羊水過少、先天奇形、ならびに新生児腎不全の危険を高めるので使用しない。

・ 体重測定:連日

急激な体重増加(>2.0kg/週)は高度血液透過性亢進を示唆。

・NST、BPP(biophysical profile)、臍帯動脈血流速度波形:適宜

・エコーによる胎児推定体重評価:1回/週

・血液検査:1回以上/週

血算、血小板数、アンチトロンビン活性、GOT/GPT/LDH、尿酸、BUN、クレアチニン、FDP、APTTなどの評価。特に血小板数ならびにアンチトロンビン活性の経時的変化に注意する。

・尿量測定(蓄尿、連日)と尿検査(1回以上/週)

1日当たりの尿中蛋白喪失が2.0g/日以上で蛋白尿重症と診断される。

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分娩時期の設定

以下の場合は分娩(ターミネーション)が考慮される。

・ 調節困難な高度高血圧(180/110mmHg前後)出現
・ 体重増加が顕著(>3.0kg/週)
・ 肺水腫の出現
・ 尿中蛋白喪失量増大(>5.0g/日)
・ NST、BPP(biophysical profile)で胎児well-beingの悪化傾向
・ 胎児発育の2週間以上の停止
・ 血小板数減少傾向が明らかでありかつ以下のいずれかがある場合
 血小板数<10万/μL、もしくはGOT/LDHの異常値出現
・ アンチトロンビン活性減少傾向が明らかでありかつ以下のいずれかがある場合
 アントトロンビン活性<60%、もしくはGOT/LDHの異常値出現

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経腟分娩時の管理

・ 絶飲食
・ 静脈ラインの確保と輸液
・ 定期的血圧測定(血圧測定間隔に一致した見解はない)

急激な高度高血圧出現をみたら表1を参考に対応する。ニカルジピン(ペルジピン)注射薬は高血圧緊急症で保険適用があり、妊婦へは有益性投与となっている。短時間内の分娩が困難と判断された場合は緊急帝王切開に切り替える。

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帝王切開時の管理

・ 循環血液量減少があることを想定する。
・ 帝王切開後乏尿に対しては肺水腫に注意しながら輸液を行う。

フロセミド(ラシックス)投与は、十分な輸液を行い、5mg(1/4アンプル)投与して反応を観察する。高度の循環血液量減少がない場合にはよく反応する(反応しない場合は輸液が足りない)。

・ 血管透過性亢進は多くの場合、分娩後36時間以内に正常化する。

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問題

重症妊娠高血圧症候群の母体検査所見で認められるのはどれか、2つ選べ。

a ヘマトクリット値の低下
b 血糖値の上昇
c 血小板数の減少
d 尿酸値の上昇
e 動脈血酸素分圧の上昇

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正解:c、d

妊娠高血圧症候群の検査所見:
①血液濃縮(Ht ↑)
②水、Naの貯留
③腎機能低下(GFR 、BUN 、尿酸
④アシドーシス
⑤慢性DIC(血小板 ↓、過凝固)
⑥尿蛋白(+)、低蛋白血症
⑦脂質 ↑
⑧PGI2/TXA2比の低下 (TXA2優位)

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問題

重症妊娠高血圧症候群でみられるのはどれか。1つ選べ。

a プロスタサイクリン/トロンボキサンA2比の増加
b 循環血液量の減少
c 血漿トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)値の低下
d 血中トリグリセリド値の低下
e 血中尿酸値の低下

----

正解:b

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問題

妊娠高血圧症候群の病態として正しいのはどれか。

a ヘマトクリット値の低下
b 血小板数の増加
c 血液凝固能の低下
d 血管透過性の亢進
e 腎血流量の増加

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正解:d

妊娠高血圧症候群では、血管透過性の亢進から血漿成分の血管外漏出をきたし、ヘマトクリット値は脱水により高値となる。血小板数は低下、血液凝固能は亢進、腎血流量は低下する。

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問題

Asymmetrical typeの胎児発育不全をきたしやすいのはどれか。1つ選べ。

a 妊娠糖尿病
b 胎位異常
c 風疹感染
d 血液型不適合妊娠
e 妊娠高血圧症候群

------

正解:e

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問題

妊娠高血圧腎症でただちに分娩(ターミネーション)とすべき条件はどれか。1つ選べ。

a 血圧150/90mmHg
b 肺水腫の出現
c 蛋白尿2g/dL
d 下肢浮腫の増悪
e 血小板15x104/μL

------

正解:b

以下の場合は分娩(ターミネーション)が考慮される。

・ 調節困難な高度高血圧(180/110mmHg前後)出現
・ 体重増加が顕著(>3.0kg/週)
・ 肺水腫の出現
・ 尿中蛋白喪失量増大(>5.0g/日)
・ NST、BPP(biophysical profile)で胎児well-beingの悪化傾向
・ 胎児発育の2週間以上の停止
・ 血小板数減少傾向が明らかでありかつ以下のいずれかがある場合
 血小板数<10万/μL、もしくはGOT/LDHの異常値出現
・ アンチトロンビン活性減少傾向が明らかでありかつ以下のいずれかがある場合
 アントトロンビン活性<60%、もしくはGOT/LDHの異常値出現

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問題

25歳の初妊婦。妊娠36週の妊婦健診で高血圧、下腿浮腫を指摘されて紹介、入院。胎児発育は週数相当と言われていた。血圧146/94mmHg。子宮口の開大はなく、展退も認めない。尿蛋白(-)。Ht33%、血小板20万。

まず行うべき検査はどれか。2つ選べ。

a ノンストレステスト(NST)
b 超音波検査による羊水量計測
c 羊水鏡検査
d マイクロバブルテスト
e 胎児血液ガス分析

------

正解:a、b

妊娠高血圧症候群では、まず胎児機能不全の検査(NST、羊水量計測など)を行う。

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正誤問題

a 癒着胎盤は妊娠高血圧症候群において起こりやすい。
b 常位胎盤早期剥離は妊娠高血圧症候群において起こりやすい。
c 胎児発育不全(FGR)は妊娠高血圧症候群において起こりやすい。
d 仰臥位低血圧症候群によるショックは妊娠高血圧症候群において起こりやすい。
e 重症妊娠高血圧症候群では羊水過多症がみられる。

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a X 絨毛が子宮筋層に侵入し、胎盤と筋層が癒着するもの。

b O 

c O

d X 妊娠子宮による下大静脈圧迫のために起こる。左側臥位に体位変換すれば軽快する。

e X 重症妊娠高血圧症候群では羊水過少症を起こすことが多い。

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正誤問題

a 妊娠高血圧症候群ではヘマクリット値の低下がみられる。
b 妊娠高血圧症候群では血小板増加がみられる。
c 妊娠高血圧症候群では血液凝固能低下がみられる。
d 妊娠高血圧症候群では血管透過性亢進がみられる。
e 妊娠高血圧症候群では循環血液量が減少する。

------

a X 妊娠高血圧症候群では血液は濃縮状態でヘマトクリット値は上昇する。

b X 血小板減少が妊娠高血圧症候群の重症化の目安となる。

c X 血液凝固能は亢進状態である。

d O 血管内皮の障害に基づく血管透過性の亢進が浮腫の一因となる。

e O

******

正誤問題

a 妊娠高血圧症候群は双胎妊娠に合併しやすい。
b 妊娠高血圧症候群は糖尿病妊婦に合併しやすい。
c 甲状腺機能亢進症が妊婦に及ぼす影響として妊娠高血圧症候群がある。
d 妊娠高血圧症候群は一般に妊娠28週以降に発症するものをいう。
e 妊娠高血圧症候群は初産婦に多い。

------

a O

b O

c O

d X 妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。

e O

******

正誤問題

a 妊娠高血圧腎症では次回妊娠で再発しやすい。
b 妊娠高血圧腎症の症状の多くは分娩後早期に消失する。
c 妊娠30週以前に発症するものは加重型妊娠高血圧腎症が多い。
d 加重型妊娠高血圧腎症は、妊娠回数を重ねると重症化する。
e 妊娠高血圧症候群では正期産で低出生体重児が生まれやすい。

------

a X 妊娠高血圧腎症では次回妊娠での再発はあまりない。加重型妊娠高血圧腎症は再発しやすい。 

b O 妊娠高血圧腎症の症状の多くは約1カ月で消失する。

c O 加重型妊娠高血圧腎症は比較的早期に症状が現れ、慢性の経過をとる。

d O 加重型妊娠高血圧腎症は、妊娠回数を重ねると、子癇、肺水腫などへの移行が多い。

e O

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正誤問題

a 重症妊娠高血圧症候群の判定基準として収縮期血圧160mmHg以上は正しい。
b 重症妊娠高血圧症候群の判定基準として拡張期血圧100mmHg以上は正しい。
c 妊娠高血圧症候群は全妊娠の2~4%にみられる。
d 妊娠高血圧症候群は一般に胎盤病とされている。
e 妊娠高血圧症候群には妊娠偶発合併症による高血圧を含める。

------

a O

b X 拡張期血圧110mmHg以上が重症PIHの判定基準である。

c X 妊娠高血圧症候群は全妊娠の4~7%にみられる。

d O

e X 妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。

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正誤問題

a 妊娠偶発合併症による高血圧で症状が増悪した場合を、加重型妊娠高血圧腎症という。

b 妊娠高血圧症候群の症候による亜分類では、収縮期血圧が140mmHg以上、160mmHg未満、拡張期血圧が90mmHg以上、110mmHg未満を軽症とする。

c 妊娠高血圧症候群の症候による亜分類では、収縮期血圧が160mmHg以上、拡張期血圧が110mmHg以上を重症とする。

d 24時間尿の蛋白尿が300mg/日以上、2g/日未満を蛋白尿軽症、2g/日以上を蛋白尿重症とする。

e 重症妊娠高血圧症候群は全妊娠の1~2%に発生する。

------

a O

b O

c O

d O

e O

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正誤問題

a 32週未満の発症を早発型、32週以後の発症を遅発型とする。
b 早発型では遅発型に比較してFGRが減少する。
c 妊娠高血圧症候群では一般に血液希釈が認められる。
d 妊娠高血圧症候群では一般に循環血液量の増加が認められる。
e 妊娠高血圧症候群によるFGRはsymmetrical FGR(均衡型発育不全)になる。

------

a O

b X 早発型では遅発型に比較してFGRが増加する 

c X 妊娠高血圧症候群では血液濃縮が認められる。

d X 妊娠高血圧症候群では一般に循環血液量の減少が認められる。

e X asymmetrical FGR(不均衡型発育不全)

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正誤問題

a 妊娠高血圧症候群の治療の基本は安静・食事療法である。
b 妊娠高血圧症候群では一般に高カロリー療法を行う。
c 妊娠高血圧症候群では一般に食塩摂取量を5g/日に制限する。
d 妊娠高血圧症候群では一般に厳重な水分制限を行う。
e 妊娠高血圧症候群の薬物療法ではACE阻害薬が第一選択である。

------

a O

b X 妊娠高血圧症候群では一般に軽度の低カロリー療法を行う。

c X 妊娠高血圧症候群では一般に食塩摂取量を7~8g/日に制限する。極端な塩分制限はしない。 

d X 妊娠高血圧症候群では循環血液量の減少が認められるため、極端な水分制限はしない。口渇を感じない程度に摂取させる。 

e X 妊娠高血圧症候群ではACE阻害薬は禁忌薬剤である。PIHの降圧剤としてはヒドララジン(アプレゾリン)、メチルドーパ(アルドメッド)、ニフェジピン(アダラート)、ラベタロール(トランデート)などを用いる。