平和な話。
最近実家に帰って来ている私だが、ここ与呂見の多様な生き物に日々癒されている。
与呂見とは能登半島の山奥にある小さな村だ。
「与呂見」の元々の語源は、アイヌ語だという噂を聞いたことがあるが、定かではない。
話はとんで、うちのトイレはなんといっても窓が大きい。
街の家では考えられないことだと思う。
うちの場合、家の周りは森になっており、外を気にする必要など皆無なのだ。
ちなみにうちの窓にはカーテンも付いていない。
窓は大きいうえ、外に対して開けっぴろげというわけだ。
そんなこんなで、3日ほど前の話、
夜遅くにトイレに入ったところ、窓の外に生き物の気配が。
見てみるとそこには、なんとキツネ。
こっちが見ている事などおかまいなしの様子で、ひょこひょこと窓を右から左へ横断。
顔と尻尾がうなだれている、なんだかさえない間抜けなやつであった。
そんなことが、もう一回あって思ったことがひとつ。
ここに住んでいた時には全然気づかなかったことも、離れてみると案外違った形で目に入る。
キツネに限った話ではない。
実際ここに住んでいる時は、与呂見のことなんかこれっぽっちも興味がなかった。
一応時間はちゃんと経っているんだなぁ。
最近実家に帰って来ている私だが、ここ与呂見の多様な生き物に日々癒されている。
与呂見とは能登半島の山奥にある小さな村だ。
「与呂見」の元々の語源は、アイヌ語だという噂を聞いたことがあるが、定かではない。
話はとんで、うちのトイレはなんといっても窓が大きい。
街の家では考えられないことだと思う。
うちの場合、家の周りは森になっており、外を気にする必要など皆無なのだ。
ちなみにうちの窓にはカーテンも付いていない。
窓は大きいうえ、外に対して開けっぴろげというわけだ。
そんなこんなで、3日ほど前の話、
夜遅くにトイレに入ったところ、窓の外に生き物の気配が。
見てみるとそこには、なんとキツネ。
こっちが見ている事などおかまいなしの様子で、ひょこひょこと窓を右から左へ横断。
顔と尻尾がうなだれている、なんだかさえない間抜けなやつであった。
そんなことが、もう一回あって思ったことがひとつ。
ここに住んでいた時には全然気づかなかったことも、離れてみると案外違った形で目に入る。
キツネに限った話ではない。
実際ここに住んでいる時は、与呂見のことなんかこれっぽっちも興味がなかった。
一応時間はちゃんと経っているんだなぁ。