Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

冷え冷えとした米国とウクライナの首脳会談

2025年03月06日 | 日記

 3月3日(月)

 昨日武甲山を登っていた時はまるで初夏のような暖かさで汗を流していたのに、今朝は一転凍えるような寒さで昼頃から雪も降り始め、たった一日で真冬へ逆戻りしてしまった。近くの公園は白く雪化粧して、子供らが雪だるまを作って遊んでいた。

公園の雪景色

 この冷え冷えとした光景、いつか何処かで見たような・・・そうだ先日テレビニュースで流れたウクライナと米国の首脳会談、ついこの間まで熱き盟友として固い絆で結ばれていた両国が、ゼレンスキーとトランプの口喧嘩で一気に破綻、一日で冷え冷えとした間柄になってしまった。

 この会談の様子を時代劇風に例えて言えば、「金目のものを寄越せ」、「俺の言う事が聞けねーのか」と迫るトランプは悪徳代官で、横から口出すバンスが悪辣な手下、それに毅然と立ち向かうゼレンスキーは正義の人、そんな役柄に見えました。

 これがテレビドラマであったら、「この印籠が目に入らぬか」と水戸黄門様や「桜吹雪が目に入らねーか」と遠山の金さんなどが登場して、悪党どもをやっつけてくれるのだが、現実の世界にはそんな正義の味方は現れてくれそうに無い。

 善良で罪無き人が泣きをみて、プーチンや周おじさんなど自分勝手な独裁者達がほくそ笑む、「ア~、世も末だ」は年寄りがよく使う嘆き節だが、本当に「マジでガチリアルな、世も末だ」状態になってきた。

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秩父、武甲山登山

2025年03月04日 | 山歩き

3月2日(日)    天気=曇り一時晴れ

07:43一の鳥居駐車場➡ 08:02持山寺跡分岐➡ 08:30~39林道出合➡08:51~57持山寺跡➡ 09:20~34小持山分岐➡ 10:01~40武甲山➡ 11:05~07大杉広場➡ 11:27不動滝➡ 11:35持山寺跡分岐➡ 11:49一の鳥居駐車場

 

 先月の丹沢大山で転倒して以来、控えていた山歩きだが、眉間の傷もだいぶ癒えてきたので、リベンジを兼ねて埼玉のシンボルとも言える秩父の武甲山を登る事にした。

 早朝出発したつもりだったが、休日の武甲山は人気が高い。7時半頃着いた一の鳥居登山口の駐車場は既に満杯で、隅っこの空地へようやく車を停めた。

一の鳥居登山口駐車場(下山時)

 準備を終えると、表参道コースを出発する。何度も歩いた道だが水害による荒廃が以前よりだいぶ進んでいる。登山口から20分ほどで、持山寺跡地へ向かう道が左へ分岐している。

表参道コースを登って行く

橋を渡って持山寺跡経由コースへ

 我々は表参道を離れ、左の道を登って行く。山頂へ向かうには遠回りだが、樹林帯に続くこの道は登山者が殆どおらず静かな山歩きができる。分岐から30分ほどで山腹を巻く林道に達し、そこから少し登った所に持山寺跡への分岐があった。

樹林の合間から武甲山の山頂部を望む

持山寺跡分岐

 持山寺跡地は分岐から300m程奥まった場所に在った。標識によれば江戸時代初期に建てられたと書かれており、今は石塔だけが残されている、それにしても何故こんな山奥の寂しい所に建立したのか昔人の信仰深さに畏怖を感じる。

持山寺跡地

 持山寺跡から分岐へ戻り、緩やかな山腹の巻き道をしばらく進むと、武甲山と小持山を繋ぐ稜線上の鞍部に達した。ここで一息入れた後、武甲山へ向かって最後の急登に入る。

山腹の巻き道

稜線上の鞍部

 息を切らして急登を凌いで行くと、やがて前方に山頂の武甲山御嶽神社が見えてきた。神社やトイレなどが在る山頂一帯には、幾組もの登山者達がそれぞれに寛いでいる。

武甲山への登り

山頂の武甲山御嶽神社

 神社の奥の展望台に、武甲山の山頂標識が立っている。曇り勝ちの天気で遠望は効かなかったが、展望台から秩父盆地の広々とした景色を望めた。山頂を後にすると、トイレ横のベンチでランチタイムとする。

山頂の展望台から秩父盆地の眺め

山頂下のベンチでランチタイム(奥の建物がトイレ)

 日曜日とあって休んでいる間にも次々と登山者がやって来る。40分ほど滞在し、山頂を後に表参道コースを下山する。下山の道も絶え間なく登山者とすれ違う。大きなペットボトルを背負った人を何人も見掛けたので、一人の女性登山者に「そのペットボトルの水、何に使うんですか?」と尋ねたら、「山頂トイレで使う水何です」という応えだった。

表参道の要所にある道標(50丁目が山頂)

 表参道コースは緩やかで、大変歩き易い。やがて巨大な杉が聳え立つ大杉広場に降り立つ。ここが参道コースの中間地点くらいだろうか。更に降って行くと沢沿いの道になり、やがて細々と水が流れ落ちる不動の滝に着いた。

巨大杉が立つ大杉広場(参道コースの休憩ポイント)

不動滝

 滝の手前には幾つものペットボトルが置かれており、先程の女性が背負っていたのは、ここから運んだものだったようだ。沢沿いの道をしばらく降って行くと、前方に別荘の建物が見え、12時前に一の鳥居登山口へ戻って来た。

一の鳥居登山口へ戻って来た

 車に乗ると、横瀬町の武甲温泉へ向かう。温泉は多くの入浴客で大賑わいだった。休日料金900円と少々高額だったが、登山を終えた後の温泉は極楽で、山の汗を気分良く流した。

横瀬町の武甲温泉

 今年に入って3度目の登山、前回の丹沢大山では山の神様に意地悪されたが、地元埼玉、武甲山の神様は我々夫婦を暖かく迎え入れてくれたようです。春めいた天気で、今日は気持ちの良い山歩きができました。

 

 

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四か月ぶりにランニング開始

2025年03月03日 | 日記

 2月27日(木)

 去年の10月に右足の脹脛が筋肉痛になって以降、ランニングができなくなってしまった。仕方ないのでウォーキングに励んでいるが、走っている人を見掛けるとチョット羨ましい気持ちになってくる。

 もうランニングは無理な年齢かもという諦めの気持ちも少しはあったが、ここ数日春のような暖かさが続いたので、夕暮れ前の時間に思い切ってジョギングにトライしてみた。身体が走る要領を忘れてしまったのではという危惧もあったが、何とか走り続ける事ができる。

 筋肉痛が再発しないよう慎重に走り続け、15分ほどかけて隣りの駅へ着いた。呼吸や脚力にも余裕があるので、いつもの周回コースをそのまま走り続け、夕暮れ迫る頃我が家へ戻って来た。

 ガラ携アプリの歩数計を確認すると所要時間45分、走行距離8km、数値はともかく取りあえずはランニングできる事が分かって嬉しい限りです。次は1時間&10km超えとレベルを上げていきたいが、調子に乗ると去年10月の二の舞になるので、焦らずノンビリのランニングを心掛けたいと思います。

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有楽町から上野駅まで妻と二人でウォーキング

2025年03月01日 | お出掛け

 2月25日(火)

 映画「お葬式」を見終えたのはお昼前、東京ミッドタウン日比谷内の和食店でランチ定食を食べたが、我が家へ戻るには時間が早い。久々に東京へ出て来たので、都内見物を兼ねてウォーキングする事にした。

 東京ミッドタウン日比谷を出て、摩天楼のような高層ビル群が立ち並ぶ昼下がりの丸の内通りを北へしばらく進むと、左に皇居、右に東京駅を望む行幸通りに出る。

昼下がりの丸の内通り

丸の内の三菱一号館美術館

 皇居や東京駅を眺めると、団塊世代の私は何故か島倉千代子のヒット曲「東京だよおっ母さん」が頭の中に流れてくる。「久しぶりに手を引いて、夫婦で歩ける嬉しさに・・・・ここが、ここが二重橋、記念のスマホを撮りしょうね」 

東京駅丸の内口

 内堀通りの東京消防庁前の公園では、早咲き桜の開花が始まろうとしていた。気象庁ビルから内堀通りを離れ北へしばらく進むと、古本屋やスポーツ用品店が軒を連ねる神田神保街界隈、冷やかし半分でスポーツ用品のお店を3軒ばかり覗いてみる。

東京消防庁前の早咲桜

大手町神田橋付近の運河

 神田神保町から更に北へ進むと、明治大学や日大の校舎が聳えるお茶の水の学生街、駅前の喫茶店でしばらくコーヒーブレイクとする。お茶の水から聖橋を渡って、北へ1キロほど歩くと、湯島天神のお社が見えてきた。

梅祭り開催中の湯島天神

 湯島天神は丁度「梅祭り」が開催中で、大勢の参拝客で賑わっていた。境内では一人の大道芸人の若い男の子が、パーフォーマンスを披露していた。一生懸命演技している姿に情が湧き、妻と私がそれぞれ1000円札を集金箱に投じてあげた。

湯島天神の梅

たくさんの願掛け絵馬(受験生の合格祈願が多かった)

大道芸人の若者

 湯島天神から不忍池の縁を通って上野駅まで歩き、今日のウォーキングを終えた。有楽町から上野まで、歩いてみると東京都心部は意外と狭く感じられる。丁度ほど良いエクササイズとなりました。

上野公園不忍池

 

 

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伊丹十三監督デビュー作、映画「お葬式」を40年ぶりに観る

2025年02月27日 | 映画・コンサート

 亡くなられて久しい伊丹十三さんが監督した映画シリーズは、いずれも面白い作品ばかりで封切の都度に映画館へ足を運んだ。その伊丹監督デビュー作「お葬式」が、リバイバル上映されているよと妻が教えてくれたので、上映している東京ミッドタウン日比谷に在るトーホーシネマ日比谷を二人で訪れた。

東京ミッドタウン日比谷

 ここを訪れたのは2度目だが、設備が立派でとても居心地の良い映画館です。ただ最寄りの地下鉄有楽町駅からの道程が迷路のようにややこしくて、映画館に辿り着くまで随分手間取ってしまった。

トーホーシネマ日比谷入場口

 料金はシニアで一人1300円、ネットで予約したのでプリントアウトした二次元コードをタッチしただけでスンナリ入場する事ができた。映画「お葬式を観るのは約40年ぶり、ストーリーの殆どが記憶から抜け落ちていたので、新しい映画を観るような感覚だった。

快適な客席

 物語は「主人公の役者、井上侘助(山崎努)の義父が突然亡くなってからお葬儀を終える三日間のドタバタぶりを描いた映画だが、突然見舞われた非日常の出来事に右往左往する登場人物達の喜怒哀楽が笑えて泣けて、やっぱりというか実に面白く観る事ができた。

 それに出演者の顔ぶれが秀逸で、今は亡き菅井きん(義母)、大滝秀治(義父兄)、津川雅彦(隣人)、江戸や猫八(葬儀屋)、笠智衆(住職)など懐かしい面々が個性豊かに登場する。

 その他にも山崎努(主人公の役者)、宮本信子(主人公の妻で役者)、財津一郎(主人公のマネージャー)、小林薫(火葬場の職員)など、それが又絶妙の配役で観客を楽しませてくれる。伊丹映画の真髄を、ドップリと堪能できた2時間でした。

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日本三百名山回顧№135富山県、黒部五郎岳(百名山)

2025年02月25日 | 三百名山回顧

 富山県の折立登山口から槍ヶ岳へ至る尾根道は、通称「西銀座ダイヤモンドコース」と呼ばれ、北アルプスでは人気の縦走コースです。黒部五郎岳はダイヤモンドコースの中間地点に悠然と聳え、氷河に削られた「黒部カール」と呼ばれるU字谷を持つ美しい山です。

  黒部五郎岳へ登ったのは昭和61年8月11日、当時所属していた山岳会の仲間S子さん、F子さん、そして我々夫婦の4人で、北アルプスの黒部川源流地域をグルリと巡る縦走をした時でした。

 この時は四泊五日のテント泊山行で、長く厳しい道程だったのですが、計画通り歩く事ができました。この時の行動記録をF子さんが会報に載せていたので、その概要を下記に転載してみます。

 

 北ア、太郎平~赤牛岳縦走登山

期日:昭和61年8月9日~14日

参加者:CL:F、SL:S子、F子、T子(男×1名、女×3名、計4名)

9日

21:26 上野駅初(越前51号)

10日

05:46 富山駅着 (駅前からタクシーで折立登山口へ)

08:10 折立登山口発 (時々晴れ間もあるまずまずの天気)

09:50 三角点通過 (だんだん雲が厚くなる)

12:10~30 太郎平小屋着(ビールで乾杯)

12:50 薬師峠キャンプ場着(テント設営。食事)

薬師峠キャンプ場

17:00 夕食(トランプゲーム、山の歌で楽しむ)

11日

04:00 起床(濃霧)

05:30 テント撤収、出発(ガスが晴れてくる)

05:50~06:10 太郎平小屋(記念撮影)

太郎平から黒部五郎岳方面

北ノ俣岳?から薬師岳方面

07:55~08:13 北ノ俣岳

北ノ俣岳?から黒部五郎岳

11:18 黒部五郎岳分岐(ザックを置いて山頂へ向かう。ガスで展望無し)

11:30~50 黒部五郎岳山頂(岩塊に囲まれたカールの底を覗き、展望を期待するがガスで展望無し)

黒部五郎岳山頂

12:00~30 黒部五郎岳分岐(食事、その後ハクサンイチゲ、コバイケソウなど一面お花畑の斜面を降る)

黒部カール

黒部カールのコバイケソウ群落

12:50~58 黒部カール底部水場(今にも雨が降りそうな中を黒部五郎小屋へと急ぐ)

14:00 黒部五郎小屋着(テント設営、濃霧小雨、静かで落ち着いたテント場でホッとする。テント内でトランプゲーム、歌などで寛ぐ)

17:00 夕食

20:00 就寝

・・・以後の記録は省略・・・

 

 黒部源流域の山々を巡り歩いたこの時の山行は長く厳しいものだったが、四人で力を合わせて予定通り歩く事ができ、とても楽しく充実したものでした。

 我々が黒部五郎岳を登った時は生憎の曇り空、いつかは晴れ渡った山頂を再訪して美しい黒部カールを眺めてみたいという思いはあるが、この齢ではもう辿りつけない遠い願望の地となりそうです。

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今日のお昼は、ときがわ町のとき庵で十割蕎麦を頂く

2025年02月23日 | お出掛け

 2月20日(木)

 「野菜の買い出しに行ってくれない?」という妻の要請を受けて、東松山市のJA農産物直売所へ車を走らせた。埼玉特産イチゴの「あまりん」は高価で手が出なかったが、小粒のイチゴがパックで安く売られていたので、数箱購入した。

 買い物を済ませ、さて何処かで昼飯をという事になり、先月も訪れた小川町の青雲酒蔵直営和食店「玉井屋」へ向かった。ところがお店は日帰り旅行バスの団体さんで満席、1時間待たねばならないと言う。

 此処を諦めて、隣接するときがわ町にある蕎麦店「とき庵」へ行く事にした。ここは十割蕎麦と地元産野菜天ぷらが名物で、山間の交通不便な地にありながら、埼玉では知る人ぞ知る人気の蕎麦屋さんなのです。

 お昼前後に着いたが、丁度一席だけ空いており直ぐに座る事ができた。妻と私はさっそく一番人気の「地野菜、地山菜の天もり蕎麦¥1600円」を注文した。

ときがわ町の人気蕎麦処「とき庵」

 ここのお蕎麦は黒っぽく如何にも十割蕎麦という感じ、蕎麦本来の風味と味わいがある。又地元産の野菜や山菜の天ぷらも、素朴で新鮮蕎麦に劣らず旨さだった。

「地野菜、地山菜の天もり蕎麦」

 満足して食事を終えると、ときがわ町の山間を縫う細い山道をドライブして、隣町の生越梅林へ立ち寄ってみた。しかし越生梅林の梅の木は、どれもまだ蕾の状態で、観梅するには時期尚早でした。

春の息吹を感じるときがわ町の山間集落

 今日は早春の奥武蔵を車で巡り美味しいお蕎麦に舌鼓をうてたので、グルメなプチ旅行気分に浸って我が家へ戻りました。

 

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大山登山の転倒事故から2週間

2025年02月21日 | 日記

 CMの「ビフォーアフター」じゃ無いけれど、2週間前の大山登山で転んで5~6針縫った額の傷跡が、先日抜糸をした後は見違えるようにきれいになった。老いてはいても私のお肌再生力は、中々のものだと嬉しくなりました。

キズを縫った後

抜糸をした後

 今のところ怪我の後遺症的なものは全く無いが、受診した脳外科クリニックの先生から、「後でジワジワ脳内出血する事も稀にあるので、アルコールの類は二カ月ほど控えてください。」と注意をされた。そこで毎日飲んでたビールを、二日に一度はノンアルビールで飲むようにした。

 頭部打撲で脳内出血すると、命に関わるのでけっこう怖い。私の知り合いでも二人の方が、頭部を強打した事が原因で過去に亡くなられている。私と同年輩で山仲間だったNさんは、街中の階段を歩いている時転倒し、頭部を強打した事が原因で急逝された。

 もう一人、職場の知人だったTさんは、樹木剪定中に高所から落下して頭部を打撲、事故直後は意識がハッキリしていたのに、救急車で運ばれた後で急逝された。

 私も事故の当日、出血を押えながらボーッとした状態で救急車を待っていた時、「若しかして俺もNさんやTさんのように死んでしまうかも」・・・と不安な思いが浮かんだ。

 しかし私の未来に明るい希望がある訳じゃ無し、要介護になって長々生き延びるぐらいなら、ホドホド好きな事をやった人生だし、ここでポックリあの世へ逝くのもそんなに悪くはない人生の店じまい・・という思いも少しはあった。

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私がテニスを始めたきっかけは

2025年02月19日 | 日記

 年寄りは日常生活にあまり変化が無いので、どうしても懐古調のブログネタになってしまいがちです。そんな事情で、今回は私がテニスを始めたきっかけの思い出話について書いてみます。

 40代の頃、私は仕事そっちのけで登山とマラソンに明け暮れていた。そんな私に職場の同僚女性だったR子さんが、「Fさん、登山やマラソンもいいけどさ。たまにはテニスもやってみない?」と、声をかけてくれたのです。

 その頃私は、テニス何て軟弱なスポーツと偏見を持っていた。しかし彼女が参加しているサークルに入って実際にやってみたら、テニスは意外と奥深くハードなスポーツでしかも面白かった。

その頃のテニスサークルの仲間達と

プレーをする当時の私

 R子さんはその後東北地方へ引っ越して音信不通になってしまったが、彼女が誘ってくれた一言が、私にテニスという楽しみを植え付けてくれた。そしてテニスを通じて、その後多くの人達と知り合う縁ができたのです。

 もしテニスをやっていなかったら、私の年金暮らしは随分淋しいものになっていたでしょう。老化は私の体力を少しづつ衰えさせていくが、テニスができなくなるその日まで、健康維持とボケ防止の為ボールに賭けた老春を楽しみたいと思います。

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冬と春がせめぎ合う「三寒四温」の季節

2025年02月17日 | 日記

 2月16日(日)

 寒さが和らいだ昨日の夕方、若葉駅前の高架橋辺りをウォーキングしていたら、夕暮れ空に細長い見慣れぬ形の雲が浮かんでいたので思わずスマホで写真を撮った。そして今日はやけに暖かい日で、昼飯後の休憩で鶴ヶ島市運動公園へ立ち寄ったら、落葉樹林の中で数本の梅の木がひっそりと紅い花を咲かせていた。

変った形の夕焼雲(サメがマンションを襲っているように見えた)

鶴ヶ島運動公園

ヒッソリと咲いてた紅梅

 昨夕の変わった雲や今日の紅梅は、春の訪れを知らせる兆しであろうか・・何て思っていたら、天気予報によると明日辺りから再び最強寒波が日本列島へ襲来するらしい。冬と春のせめぎ合う、今が「三寒四温」の季節なんでしょうか。寒波がゲレンデに雪を降らせたら、もう一回ぐらいスキーに行ってみようかな。

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MyパソコンをWindows10から11にして戸惑った事

2025年02月15日 | 日記

 我が家のパソコンの基本ソフトを、windows10から11に無償アップグレードしてから約一か月。私は文書の作成や画像編集保存など簡単なパソコン作業しかやらないので、今のところそれ程の支障も無く使っています。

 Windows11にしてから、戸惑った事も少しありました。例えばパソコン作業中に文章や画像を「切り取り」「コピー」「名前の変更」「削除」などしたいと思って右クリックしても、該当するアイコンが見つからない。

右クリックして出てくる表示

 この時一番下の「その他のオプションを確認」をクリックすると、「切り取り」「コピー」「名前の変更」「削除」などの表示が現れる。大して手間では無いが、「コピー」や「削除」などする度に「その他のオプション確認」をクリックしなきゃならないのが、少々煩わしかった。

「その他のオプションを確認」をクリックしてできてくる表示

 しかしある時、最初に出る表示の一番上に幾つかアイコンがあるのに気付いた。そしてこれらのアイコンをクリックすると、「コピー」「削除」など実行できる事が分かった。

一番上に表示されたアイコン

 分かってみれば「何だこんな簡単な事」と、Windows11を使い慣れた人にはバカにされそうだが、脳老化の進んだ高齢者が物事を習得するのは牛歩の歩みなんです。たとえミクロの進歩でも新しい知識を得る事は、私にとって人生の小さな喜びです。

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寒波襲来、関東平野に迫る雪雲

2025年02月13日 | 日記

 地球温暖化とは言われても、今年の冬も北風の強い寒い日々が続きます。先週末には今年最強の寒波が襲来し、南国の鹿児島県でも雪が降って大雪による交通障害も各地で発生したようです。

 その時我が家のベランダから北の方角を望むと、ぶ厚い雪雲が列島脊梁山脈を飛び越えて赤城山を飲み込み、今にも関東平野へ迫ろうとしているように見えました。関越道を車で行けば1時間余で行けるあの雪雲の下では、今雪が絶え間なく降り注いでいます。青空の続く埼玉に住んでる人間には、チョット実感し難い光景です。

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大山寺の参道で転倒して顔面打撲、人生初めて救急車で搬送される

2025年02月11日 | 日記

 2月6日(木)

 お昼過ぎに大山登山を終えて大山ケーブルカーで下界へ戻って来た我々夫婦、「さあ温泉に浸かって汗を流すだけ」と階段状の坂を降っていた時、突然何か蹴躓いて転倒した。

大山ケーブル駅で下車

 まるでプールにダイブするように、顔面からコンクリートの地面に激突した。一瞬何が起こったのか訳が分からず呆然と倒れた場所へ座り込んだ。痛みはさほど無かったが、額辺りからの出血が酷い。近くで工事をしていた作業員の人達が「大丈夫ですか?」と声掛けしてくれ、「救急車を呼びますよ」と119盤へ電話してくれた。

 妻がタオルなどで傷口を塞いでくれたので、どうやら出血を収まった。「何で転んじゃったんだろうか」と茫然自失の態でいると、下の方から救急車のサイレン音が聞こえ、救急隊員の人達が私の元へ駆けつけて来た。

 救急隊員達は私の事故の状況とケガの状態を確認し、その後救急車に収容された。病院へ向かう間、意識はハッキリしてたので「アア、救急車は全然停まらないんだな」と思いつつ身を任せていた。

 やがて救急車は、本厚木駅近くの「仁厚会病院」へ到着した。脳整形外科の診察室で、温厚そうな中年の男性医師の診察を受けた。その時脳へのダメージを心配した医師から、突然「100―7は?」と問われた。

仁厚会病院

 運転免許高齢者講習でもやった事なので、間を置かず「93」と答えた。その後、脳のCT検査やレントゲン検査を受け、脳や骨には何の問題も見つからないと医師から告げられた。

 しかし「ジワジワと脳内出血する怖れもあるので、今日は車の運転は厳禁、電車で帰宅するか、近くのホテルで泊まってください」と宣告された。電車で帰るのも面倒臭いので、この日は病院近くのビジネスホテルに予約の電話を入れて宿泊した。そして翌朝、大山ケーブルカー駐車場まで戻り、車で我が家に帰宅しました。

宿泊した厚木市内のホテル・マンスティズ

 マア今日はそんな顛末で、人生で初めて救急車で運ばれるというとんでもない一日となりました。容姿や知恵は少々悪くとも、足腰の強さだけは誰にも負けぬが自慢だったのに、その自慢の鼻がポッキリへし折られてしまいました。

 人気テレビドラマ「ドクターX」で、米倉涼子演じる天才外科医「大門未知子」が、手術を前に「私、失敗しないので」という決め台詞がある。私も山へ行った時は「僕、転ばないので」と秘かに自負していたのだが、もうその決め台詞は言えなくなった。

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丹沢、大山登山

2025年02月09日 | 山歩き

2月6日(金)    天気=晴れ

07:55大山ケーブル第1駐車場➜ 08:08~13大山ケーブル駅➜ 08:32~43大山寺不動尊➜ 09:00~10男坂分岐➜ 09:16~21阿夫利神社駅➜ 10:11~16十六丁目➜ 10:43二十三丁目➜ 10:55~11:43大山山頂➡ 11:54二十三丁目➡ 12:20十六丁目➡ 12:57阿夫利神社駅

 

 脚の調子も良くなったので、何処か山歩きに出掛けたくなった。信仰の山として人気がある丹沢の大山は過去に何度か登っているが、メインの表参道コースがまだ未踏だったので妻と二人で登ってみる事にした。

 東名道の伊勢原ジャンクションから新東名道が開設されたので、丹沢へのアプローチが格段便利になった。渋滞さへ無ければ我が家から大山表参道登山口まで1時間余で来る事ができる。

駐車場横の参道を出発

 大山ケーブル第1駐車場(駐車料金1000円)に車を停め、準備を終えると大山に向けて出発する。大山ケーブルカー(朝9時始発)はまだ運行しておらず、表参道の女坂コースを登って行く。

大山ケーブル駅横のお堂(男坂コース分岐)

 参道沿いには信仰を物語る遺物が数多く在り、中々興味深かった。登山口の駐車場から約30分余で、立派な本堂が建つ大山寺不動尊に着いた。トイレやベンチもあり、丁度良い休憩ポイントだった。

大山寺不動尊への参道

子育て地蔵傍の小橋

大山寺不動尊下の急な階段

 大山不動尊からしばらく急登を凌ぐと男坂と合流し、その少し先が阿夫利神社の広々とした境内だった。中には売店や食堂もあり、近くのケーブルカー駅からは行楽の人が訪れて賑わっていた。

大山寺不動尊の急登の道

阿夫利神社本殿

ケーブルカー阿夫利神社駅

 阿夫利神社から、大山に向って急な山道が始まる。道沿いの樹林帯には風格のある巨木が多く目を惹いた。阿夫利神社から約50分で、蓑毛集落からの道が合流する十六丁目地点に着く。この辺りから山肌を覆う雪が多くなってきた。

十六丁目地点に向かう登山道

蓑毛からの道が合流する十六丁目地点

 チョットした雪山気分で更に30分程登ると、ヤビツ峠からの道が合流する二十三丁目地点、ここまで来ると山頂は遠くない。行き交う人も増えて、やがて神社や茶店など在る大山山頂に着いた。

途中の登山道から富士山方面

ヤビツ峠からの道が合流する二十三丁目地点

山頂下の鳥居

大山山頂

 山頂からは、相模灘や東京湾を見渡す素晴らしい展望が広がる。今日は風も無く青空が広がる絶好の登山日和、山頂のベンチに陣取ってノンビリとランチを楽しむ。

山頂の神社奥ノ院

山頂から東京湾(左)相模灘(正面)の眺め

山頂から伊豆半島の眺め

 1時間ほど山頂に滞在して、来た道を下山する。下山の道も多くの登山者とすれ違う。山頂から殆ど休む事無く歩いて、午後1時前に阿夫利神社へ降り着いた。

来た道を下山する。

阿夫利神社へ戻って来た。

 此処から大山ケーブルカーに乗車して、あっけなく下界へ戻って来た。「サアこれから温泉に行こう」と門前の坂道を駐車場へ向かって降っている時、突然アクシデントが発生、私は人生で初めて救急車のお世話になる事態に陥ってしまった。・・・その詳細については次回のブログで・・

阿夫利神社駅からケーブルカーで下界へ

 

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早朝、坂戸市街地で住宅火災発生

2025年02月07日 | 日記

  2月5日(水)

 朝方食事を終えて外出しようとしたら、坂戸市方面の市街地に黒煙が立ち昇っているのが見えた。野火にしては煙の勢いが強いけれど消防車のサイレン音は聞こえず、静かに燃えている。結局火事か否かは判らぬまま、我が家を後にした。

 午後我が家へ戻った後、朝方の煙が気になったので「坂戸市火事」とネットで検索してみると、あの黒煙は我が家から約1キロほど離れた坂戸市の市街地で発生した住宅火災のようだった。

 この火災では高齢男性がケガをして病院へ搬送されたそうですが、大事にならない事を願うばかりです。何故だか分からないが火事で犠牲になるのは高齢者が多い。ここしばらく関東平野は乾燥した風の強い天気が続きそう、皆さん火の取扱いにはくれぐれもご注意ください。

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