北アルプスの南部の槍穂高連峰と北部の剣立山連峰を繋ぐ長大な縦走路の中間部に堂々たる山容を持ち上げている山が、「北アルプスの貴婦人」と呼ばれる薬師岳です。富山平野からは北に聳える剣岳の峻峰とは対照的に、たおやかな薬師岳を望む事ができます。
その薬師岳に最初に登ったのは、昭和53年8月下旬に立山から薬師岳へ縦走した時でした。途中の五色が原で一泊し翌日の夕刻に達した山頂は、素晴らしい展望で私を迎えてくれました。
山頂を後にしてその夜は、営業していない薬師岳山荘の避難小屋を仮の宿としました。誰も居ない狭い小屋で寝ていると、吹き渡る夜風が「ひゅ~う、ひゅ~う」と、まるで山で命を落とした岳人の叫び声のように聞こえてきます。(当時は冬の薬師岳で13名の愛知大生が遭難死した山岳遭難事故の記憶が、まだ生々しかったのです)
この山行は槍ヶ岳まで歩く計画でしたが、この夜眠れぬ一夜を過ごした私はすっかり怖気づいてヤル気を無くし、翌日縦走を断念して折立へ下山したのです。それでも当時登山を始めて間もない私にとっては、忘れえぬ思い出深い登山でした。
昭和53年8月26日(土)~29日(火)
室堂~立山~五色が原~薬師岳~折立
五色が原から立山方面
鳶山から越中沢岳(左手前の山)と薬師岳(右奥の山)
北薬師岳から薬師岳
薬師岳山頂
山頂から遠く槍穂高方面
東南稜分岐から薬師岳山頂
2回目は平成26年8月下旬に、妻と二人で薬師岳を登りました。この時は前回とは逆で、薬師岳から立山へ縦走しました。当時のブログにこの時の山行記録が残されていたので、下記に転載してみます。
平成26年8月27日(水)~29日(金)
北ア、薬師岳~立山縦走
8月27日(水) 天気=曇り後雨
08:35折立登山口→ 10:10~21三角点ベンチ→ 11:35五光岩ベンチ→ 12:16~57太郎平小屋→ 13:16~26太郎平テント場→ 14:06薬師平→ 14:47薬師岳山荘
立山駅前駐車場で車中泊の朝を迎えた。電車で有峰口駅まで行き、そこから折立登山口へ向かうバスに乗った。富山駅発の登山バスは予約制なので満席近い状況に乗せてもらえるか心配したが我々夫婦分の席を何とか確保できホッとした。
8時半前にバスは登山口の折立に着いた。登山口にはトイレと休憩所と広い駐車場があるだけ、駐車場には10台程の車が停まっていた。バスを降りた乗客は粛々と出発して行く。我々もその列に従うように歩き始める。
折立登山口
この折立コースを登るのは30年ぶりだ。その時は我々夫婦と山仲間のS子さん、F子さんの4人パーティで4泊の幕営縦走をしたのだがあの頃の若さが懐かしく思える。
昨日は大雨警報の富山地方は今朝も雲行きが怪しい。雨の降らぬ事を祈りつつ登る。北アルプス登山は1年ぶりの妻も中々快調な脚取りだ。ジメジメした樹林帯の道を黙々と登り、約1時間半の歩きで三角点ベンチに着いた。
三角点ベンチ
周囲は霧に覆われて何も見えない。この辺りから草原状の緩やかな道に変わる。時折薄陽も差して眼下に有峰湖が望まれた。五光岩ベンチを過ぎるとたおやかな尾根道が続き快調に進んで行く。
五光岩への登り(眼下に有峰湖が見えた。)
太郎平へ続く尾根道
やがて稜線に太郎平小屋が小さく見え、お昼過ぎ広い台地に建つ太郎平小屋に着いた。売店でオデンを注文し屋外ベンチで昼食をとる。此処の展望は素晴らしく雲の平方面を眺めていると、雨雲が雨を降らせつつ東へ移動するのが見えた。
太郎平小屋が見えた。
太郎平小屋
昼食を終えると薬師岳山荘目指し出発する。太郎平テント場で水を確保していたら突然の土砂降りとなった。大慌てで雨衣を装着する。登山道は水流が溢れ辛い登りになる。ケルンの建つ薬師平まで登ると緩やかな尾根道になり歩き易くなった。
太郎平から薬師岳への道
太郎平テント場
途中出会った雷鳥
小雨降る中黙々歩いていたら白い霧の中から建物が現れ、14時47分薬師岳山荘に到着した。山荘内の施設は新しく綺麗で従業員の人も親切だ。とても快適な環境に感激した。
夕食も下界の宿顔負けのご馳走で、「今日はお客が少ないのでオカズを1品おまけした。」と話す小屋のご主人に皆で拍手して喜んだ。屋外は冷たい霧雨が降り続いているが、小屋の中は暖かい天国でグッスリ熟睡する事ができた。
薬師岳山荘の夕食
8月28日(木) 天気=曇り
05:35薬師岳山荘→ 06:27~40薬師岳→ 07:24~40北薬師岳→ 08:53~57間山→ 09:54スゴ乗越小屋
朝5時に朝食を取り5時半過ぎに山荘を出発する。辺りは昨日と同様霧に包まれているが雨が降らないだけ幸いだ。登っていると朝食前に薬師岳へ登った人たちが数名降りてきた。
薬師岳山荘玄関にて(出発時)
薬師岳山荘
山荘から約50分ほどで薬師岳(2926m)に到着した。周囲は真っ白で視界数十m程、妻に山頂からの大展望を見せてやれないのが残念だ。一緒に登った単独の男性と互いに写真を撮り合い逆方向へ向かう彼とエールを交わして別れた。
薬師岳山頂
薬師岳から北薬師岳の間は岩がゴロゴロした細い岩尾根で難渋し、45分も掛かってしまった。携行する地図には30分と記されていたが相当健脚で無くては30分で歩くのは無理だと思う。北薬師岳(2900m)は、山頂標識が建つだけの簡素な山頂で期待した眺望も駄目だった。
北薬師岳への岩尾根
北薬師岳山頂
北薬師岳から先もしばらくは岩がゴロゴロして歩き辛かったが、だんだん広々とした尾根道に変わり降り易くなった。天気も上向き晴れ間も覗くようになる。やっぱり登山は天気が良くなくては楽しくない。
間山(2585m)まで降ると山頂に大きなザックを持った白人男性が居た。拙い日本語で「友人と穂高までテント縦走する予定」と彼は言った。身体もデカイが体力も凄そうだ。
間山山頂
間山から降るとすぐに白人女性2人とすれ違う。先程の彼の友人らしい。「ユアフレンド、オーバーゼアー」と拙い英語で教えてあげた。更に降って行くと湿地帯のぬかるんだ道に変り再び歩き辛くなった。だんだん疲れを覚えた頃、スゴ乗越小屋に着いた。
スゴ乗越小屋への下山道(遠くの山は越中沢岳)
時間はまだ10時前でタップリあるが、次の五色ヶ原山荘まで三つの山を越えコースタイム6時間10分の道程だ。疲れてもいるし辛い歩きになりそうなのでスッパリ諦め、少し早いが今日はこの小屋に泊る事とする。
昨日のモダンな薬師岳山荘と大違いで、スゴ乗越小屋は古い木造で素朴な佇まいの山小屋だ。これはこれで風情があって悪くはない。午後は缶ビールを飲みつつノンビリ読書タイムで過ごす。今宵の同宿者は我々夫婦を含めて6名、同じ同好の士として和気アイアイで話も弾む。5時過ぎ到着した私と同年配の単独男性は「新穂高温泉を出発して二日目で此処まで来た。」と言う。何という健脚かと驚いた。
スゴ乗越小屋
夜中イビキが煩いと、妻から3~4度頭を突かれた。自分じゃあまり鼾を掻かない人間と思っていたが、老いかそれとも疲れがでてるのか。
スゴ乗越小屋の朝焼け
追記・・翌日はスゴ乗越小屋から五色が原を経由して立山の室堂へ下山したのですが、文末には「団塊世代の我々夫婦にとって、高い峰々を貫く縦走登山は今後そんなに多く出来ないだろう。そういう意味で今回の登山は貴重なメモリアル登山になったのではと実感している。」と感想が書かれていた。