晴れのち雨。最低気温8.8℃、最高気温12.1℃。
終日、冷たい雨が降り続いていた。夕方、買い物に出かけ、秋刀魚を買おうと魚売り場に立った。頭を落とした秋刀魚のケースは空っぽで、残りの3ケースから4尾を選んだ。横に居た婦人から「以前よりサンマ、大きくなりましたね。」と話しかけられたので、「魚は少し小太りの方がいいですよね。」と私。
頭を切り落としたもの、背開きにしたもの、そしてお頭つきと3パターンの秋刀魚を準備しているスーパーもある。昨今の魚離れに対応して、店側もいろいろ工夫しているのだ。
一雨ごとに秋が深まる中、秋刀魚が美味しい季節を迎えている。「秋刀魚の歌」をふと思い出す。人生を噛みしめたしみじみとした味わいの詩だ。
秋刀魚の歌
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ
―― 男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
思いにふける と。
さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
汝(なれ)こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒(まどい)を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝えてよ
―― 男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて、
涙をながす、と。
さんま、さんま、
さんま苦いか塩っぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
( 佐 藤 春 夫 )