glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

目を見て話すということ

2019-11-16 20:55:44 | エスペラント

 木曜日、エスペラントに行く時によく合う女性がいます。2歳くらいの女の子を歩かせて行き違います。私たちがエスペラントを学習していると同じフロアに来てパソコンを操作しています。このフロアは集団で使う人が多く、個人で使用しているのはまれなので帰って目立ちます。

 14日木曜日、知り合いの女の子、といってももう40歳過ぎたでしょうか、母親になったその子が、月に1度くらいやってきて娘の顔を見せてくれます。昨年は立てるようになったと思ったら、もう駈けますし、おしゃべりもするようになりました。エスペラントとは関係ないのですが、嬉しいですね。

 彼女たちが去った後、上記の女性が話しかけてきました。私はスペイン語を教えているますが、なに語を勉強しているのですかと。見た目は日本人でしたが、母が日本人、父がペルー人。三つの民族の血が流れているそうです。エスペラントについてたくさん来てもらえました。エスペラントは母国語を離れ人が人として平等に話し合える言葉であること。宗教と政治を付き合いの中に押し込んではいけないことなど。

 目を見て話すと怖いとある日本人に言われたので、日本の人と話すときは目をなるべく見ないように気をつけています。でも、目を見て話すとその人がどんな人か良く理解できると思うのですがと彼女は言いました。そう言えば、昔は直視しない習慣があったけれど今の人はどうでしょうか。人と話すとき私は直視します。特に子どもと話すときはそうです。昔から、’目は口ほどにものを言い’というではありませんか。

 彼女の子どもは2歳10か月、保育園に預けて、迎えの時間まで、授業の準備をしているのだそうです。家にいるより仕事がはかどりますということでした。両親はペルーに、妹はカナダのオタワにいるという彼女と時におしゃべりできたらいいなあと思います。エスペラントを熱心に学んでいる人がいるということは知りませんでしたと彼女は言っていました。私たちの存在を知ってもらえただけでも嬉しかったです!

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