Webアクセシビリティの新規格、策定者に聞く
もはや生活に欠かせない存在となったWebサイト。だが、その恩恵を享受できない人は少なからず存在する。Webサイト側に配慮がないと、障害者や高齢者などは、重要な情報を入手できない。
情報へのアクセスのしやすさを、アクセシビリティと呼ぶ。Webのアクセシビリティに関しては、2004年にJIS X 8341-3「高齢者・障害者等配慮設計指針─情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス─第3部:ウェブコンテンツ」という規格が公示され、公共機関などを中心に対応が進められてきた。
2010年8月、このJISの内容が大幅に改正された。新規格策定の中心となった、東京女子大学の渡辺隆行教授に、規格の意義や普及に向けた課題について聞いた。
■Webのアクセシビリティを確保することの意義は何でしょう。
今や、新聞もメールも買い物も、公共から民間のサービスまであらゆるものがWebベースになっています。OfficeソフトまでWebに移動し、テレビ放送のようなブロードキャストですらインターネットとの融合が進んでいます。Webは限りなく肥大し、重要性は増す一方です。
こうした状況において、Webを使える人と使えない人がいると、そこに大きな不公平、デジタルデバイドが生じます。だからこそ、Webのアクセシビリティが重要なのです。
ただしメディアとしては、Webは非常に面白い存在です。例えば紙の新聞は文字の大きさが決まっていて、視力の低い人は虫眼鏡などを使うしかありません。しかしWebなら文字の大きさや色などを自由に変えられます。音声読み上げも可能です。つまり、ユーザーインタフェースが変幻自在なのです。
Webの発明者であるティム・バーナーズ・リー自身、Webは誰でも使えるものであるべきと考えていました。しかし残念なことに、Webは違う方向に発展してしまった。Flashを多用し、文字の大きさが変えられず読み上げもできないコンテンツなどが多く作られています。Webは今、こうした不幸な状況にあります。
ただ、スマートフォンが話題になっている今はいいチャンスかもしれません。スマートフォンは画面が小さいし、通信環境によっては重いコンテンツは使いにくい場合があります。スマートフォンをきっかけに、多くの人にアクセシビリティの問題に気付いてもらえるのではないでしょうか。
■規格化の経緯を教えてください。
日本における最初の規格は、2004年に公示されたJIS X 8341-3:2004です。それ以前から、実質的な国際標準として、Web技術の標準化団体W3C(World Wide Web Consortium)によるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)1.0が存在していました。国内の企業や団体でも、これを参考にしたガイドラインを作っているところがありました。
JIS X 8341-3:2004は、これを受けて策定されました。WCAG 1.0を参考にしながら、既に策定が始まっていたWCAG 2.0も先取りした内容でした。
JISの公示をきっかけに、国内のWebのアクセシビリティは確実に向上しました。アクセシビリティという概念自体の認知度が高まり、さまざまな団体で対策が進んだのです。
8月に公示された2010年版JISは、その改正版です。今回は、WCAG 2.0と内容を一致させました。WCAG 2.0は、日本から提言した内容も含んでいます。我々がWCAGのワーキンググループに参加し、2004年版JISの成果をWCAG 2.0に盛り込むための活動もしてきたのです。例えば、読み仮名をどう付けるかといった項目などです。
■2010年版JISの特徴は何ですか。
まず、テスト可能であることです。2004年版は記述がとてもあいまいで、どうすればJISに準拠したと言えるのか不明確でした。読んだ人が自分なりに解釈していて、我々の目から見れば対応が不十分なサイトでも「JISに準拠している」と宣言している例が多数ありました。2010年版では記述を厳密にし、第三者が客観的に検証できるようにしました。
2つめは、技術非依存であること。2004年版はHTMLとCSSに依存していたので、W3C以外の技術、例えばFlashやPDFは使ってはいけないと思われていました。またJISの中に具体的な実装例を多く盛り込んだため、それだけが正解だとの誤解を生みました。
そこで2010年版では、こうした具体的な記述を避けました。人間が知覚・理解・操作できるかという基準で記述しており、特定の技術に依存していません。技術はすぐに変わるので、今後出てくる新しい技術にも対応できるような内容になっています。また視覚だけでなく、認知障害など幅広い障害に対応できるような記述にしています。
WCAG 2.0と内容を一致させたことによるメリットもあります。WCAG 2.0用に作られたツールをJISでも使えるし、逆に国内企業がJIS用のツールを作った場合、同じものを海外にも売り込めます。国際展開している企業にとっては、各国向けのWebサイトを共通の基準で作れるのは大きな利点だと思います。
■一方で、記述が抽象的で分かりにくくなったとの声もあります。
それは確かにあります。技術非依存なぶん、具体的な実装方法が把握しにくくなりました。
WCAGでは、この問題点を補うための資料を複数用意しています。しかしJISの場合、規格協会は規格を作るところなので、資料の提供ができません。そこで、情報通信アクセス協議会のウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)という組織を立ち上げました。規格協会とは別の立場で、WCAGの関連文書の和訳や、日本の障害者が使える実装方法などの情報を、事細かに公開しています。
ただ残念ながら、それでもまだ分かりにくいというのが実情です。アクセシビリティのJISは人間が関わるものですから、ナットの寸法のように厳密には決められないのです。WAICに参加している専門家ですら、本当にこの実装方法でいいのかと悩むことがあります。業界の人間が集まって合意を採って、それでも分からないところは各自が判断するしかないでしょう。
■JISには、A/AA/AAAという3種類の達成等級があります。最もレベルが低いAですら、対応が難しいとの声を聞きます。
確かに、Aですら満たすのが難しいこともあるでしょう。とはいえ、とにかく一部でも満たすものを作って公開し、対応へのスケジュールも示してほしい。そうやって一歩ずつ階段を上ってほしいと思います。ただ公的なサイトには責任がありますから、最初から少なくともAAを目指すべきではないでしょうか。
達成度を高めるためには、JIS対応を政府の調達基準にすることも有効な方法でしょう。またWAICでは、達成の度合いを示すマークを作って、サイト制作者のモチベーションを高めることも考えています。
長期的には教育も重要です。小中学校で、Webが誰でも使えるメディアであると教育するのです。それを学んだ子どもが将来Web制作者になれば、アクセシビリティに配慮したサイトを自然に作ってくれるだろうと期待しています。
日経パソコン
もはや生活に欠かせない存在となったWebサイト。だが、その恩恵を享受できない人は少なからず存在する。Webサイト側に配慮がないと、障害者や高齢者などは、重要な情報を入手できない。
情報へのアクセスのしやすさを、アクセシビリティと呼ぶ。Webのアクセシビリティに関しては、2004年にJIS X 8341-3「高齢者・障害者等配慮設計指針─情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス─第3部:ウェブコンテンツ」という規格が公示され、公共機関などを中心に対応が進められてきた。
2010年8月、このJISの内容が大幅に改正された。新規格策定の中心となった、東京女子大学の渡辺隆行教授に、規格の意義や普及に向けた課題について聞いた。
■Webのアクセシビリティを確保することの意義は何でしょう。
今や、新聞もメールも買い物も、公共から民間のサービスまであらゆるものがWebベースになっています。OfficeソフトまでWebに移動し、テレビ放送のようなブロードキャストですらインターネットとの融合が進んでいます。Webは限りなく肥大し、重要性は増す一方です。
こうした状況において、Webを使える人と使えない人がいると、そこに大きな不公平、デジタルデバイドが生じます。だからこそ、Webのアクセシビリティが重要なのです。
ただしメディアとしては、Webは非常に面白い存在です。例えば紙の新聞は文字の大きさが決まっていて、視力の低い人は虫眼鏡などを使うしかありません。しかしWebなら文字の大きさや色などを自由に変えられます。音声読み上げも可能です。つまり、ユーザーインタフェースが変幻自在なのです。
Webの発明者であるティム・バーナーズ・リー自身、Webは誰でも使えるものであるべきと考えていました。しかし残念なことに、Webは違う方向に発展してしまった。Flashを多用し、文字の大きさが変えられず読み上げもできないコンテンツなどが多く作られています。Webは今、こうした不幸な状況にあります。
ただ、スマートフォンが話題になっている今はいいチャンスかもしれません。スマートフォンは画面が小さいし、通信環境によっては重いコンテンツは使いにくい場合があります。スマートフォンをきっかけに、多くの人にアクセシビリティの問題に気付いてもらえるのではないでしょうか。
■規格化の経緯を教えてください。
日本における最初の規格は、2004年に公示されたJIS X 8341-3:2004です。それ以前から、実質的な国際標準として、Web技術の標準化団体W3C(World Wide Web Consortium)によるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)1.0が存在していました。国内の企業や団体でも、これを参考にしたガイドラインを作っているところがありました。
JIS X 8341-3:2004は、これを受けて策定されました。WCAG 1.0を参考にしながら、既に策定が始まっていたWCAG 2.0も先取りした内容でした。
JISの公示をきっかけに、国内のWebのアクセシビリティは確実に向上しました。アクセシビリティという概念自体の認知度が高まり、さまざまな団体で対策が進んだのです。
8月に公示された2010年版JISは、その改正版です。今回は、WCAG 2.0と内容を一致させました。WCAG 2.0は、日本から提言した内容も含んでいます。我々がWCAGのワーキンググループに参加し、2004年版JISの成果をWCAG 2.0に盛り込むための活動もしてきたのです。例えば、読み仮名をどう付けるかといった項目などです。
■2010年版JISの特徴は何ですか。
まず、テスト可能であることです。2004年版は記述がとてもあいまいで、どうすればJISに準拠したと言えるのか不明確でした。読んだ人が自分なりに解釈していて、我々の目から見れば対応が不十分なサイトでも「JISに準拠している」と宣言している例が多数ありました。2010年版では記述を厳密にし、第三者が客観的に検証できるようにしました。
2つめは、技術非依存であること。2004年版はHTMLとCSSに依存していたので、W3C以外の技術、例えばFlashやPDFは使ってはいけないと思われていました。またJISの中に具体的な実装例を多く盛り込んだため、それだけが正解だとの誤解を生みました。
そこで2010年版では、こうした具体的な記述を避けました。人間が知覚・理解・操作できるかという基準で記述しており、特定の技術に依存していません。技術はすぐに変わるので、今後出てくる新しい技術にも対応できるような内容になっています。また視覚だけでなく、認知障害など幅広い障害に対応できるような記述にしています。
WCAG 2.0と内容を一致させたことによるメリットもあります。WCAG 2.0用に作られたツールをJISでも使えるし、逆に国内企業がJIS用のツールを作った場合、同じものを海外にも売り込めます。国際展開している企業にとっては、各国向けのWebサイトを共通の基準で作れるのは大きな利点だと思います。
■一方で、記述が抽象的で分かりにくくなったとの声もあります。
それは確かにあります。技術非依存なぶん、具体的な実装方法が把握しにくくなりました。
WCAGでは、この問題点を補うための資料を複数用意しています。しかしJISの場合、規格協会は規格を作るところなので、資料の提供ができません。そこで、情報通信アクセス協議会のウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)という組織を立ち上げました。規格協会とは別の立場で、WCAGの関連文書の和訳や、日本の障害者が使える実装方法などの情報を、事細かに公開しています。
ただ残念ながら、それでもまだ分かりにくいというのが実情です。アクセシビリティのJISは人間が関わるものですから、ナットの寸法のように厳密には決められないのです。WAICに参加している専門家ですら、本当にこの実装方法でいいのかと悩むことがあります。業界の人間が集まって合意を採って、それでも分からないところは各自が判断するしかないでしょう。
■JISには、A/AA/AAAという3種類の達成等級があります。最もレベルが低いAですら、対応が難しいとの声を聞きます。
確かに、Aですら満たすのが難しいこともあるでしょう。とはいえ、とにかく一部でも満たすものを作って公開し、対応へのスケジュールも示してほしい。そうやって一歩ずつ階段を上ってほしいと思います。ただ公的なサイトには責任がありますから、最初から少なくともAAを目指すべきではないでしょうか。
達成度を高めるためには、JIS対応を政府の調達基準にすることも有効な方法でしょう。またWAICでは、達成の度合いを示すマークを作って、サイト制作者のモチベーションを高めることも考えています。
長期的には教育も重要です。小中学校で、Webが誰でも使えるメディアであると教育するのです。それを学んだ子どもが将来Web制作者になれば、アクセシビリティに配慮したサイトを自然に作ってくれるだろうと期待しています。
日経パソコン