夏季大会として14回目となるロンドン・パラリンピック(29日開幕)で、日本は20競技中17競技に参加し、選手135人が各国選手としのぎを削る。日本のパラリンピック初参加は、1964年の第2回東京大会。陸上や車椅子バスケットボールなど4競技6種目に出場した高知県安芸市の近藤秀夫さん(77)は「あの大会で人生が変わった」と振り返り、参加する選手に「障害者20+件に希望を与えてほしい」とエールを送る。
近藤さんは福岡県田川市の炭鉱に勤めていた16歳の時、作業中の事故で背骨を骨折、腹部から下の自由がきかなくなった。福岡と大分県の病院で10年近く寝たきりの生活を送ったが、大分の病院で知り合い、後に東京パラリンピックの日本選手団長も務めた外科医、中村裕さんの誘いで出場を決めた。
近藤さんにスポーツ経験はなく、事前に練習したのは車椅子バスケのみ。その他の競技は、直前に「人が足りないから」と言われ参加した。「出場した全ての競技で惨敗だった。他の日本選手も似たような状況で話にならなかった」と笑う。
毎日新聞 2012年08月22日 11時59分(最終更新 08月22日 18時36分)
近藤さんは福岡県田川市の炭鉱に勤めていた16歳の時、作業中の事故で背骨を骨折、腹部から下の自由がきかなくなった。福岡と大分県の病院で10年近く寝たきりの生活を送ったが、大分の病院で知り合い、後に東京パラリンピックの日本選手団長も務めた外科医、中村裕さんの誘いで出場を決めた。
近藤さんにスポーツ経験はなく、事前に練習したのは車椅子バスケのみ。その他の競技は、直前に「人が足りないから」と言われ参加した。「出場した全ての競技で惨敗だった。他の日本選手も似たような状況で話にならなかった」と笑う。
毎日新聞 2012年08月22日 11時59分(最終更新 08月22日 18時36分)