生活保護制度の見直し機運が高まっている。厚生労働省の特別部会で議論されている生活保護制度見直しのポイントは、給付申請者に対する資産調査の強化、受給者の就労・自立支援や脱却インセンティブの強化などによる給付抑制だ。
背景にあるのは、受給者の急増に伴う生活保護費の増加だ。2012年度の生活保護費は3・7兆円と見込まれ、この10年で1・6倍以上に増加。保護費は基本的に税金で賄われている。増え続ける財政負担を抑えるため、現行の生活保護法が、1950年の施行以来、初めて抜本改正される可能性も高まってきた。
就労意欲を阻害する制度
生活保護の受給者は、戦後最少だった95年度の88万人をボトムに増え続け、昨年7月には205万人を超えて過去最多を更新。現在は210万人を突破している。
受給者急増の要因は大きく二つある。一つはリーマンショック後の雇用情勢悪化に伴う65歳未満の稼働年齢層失業者の増加、もう一つは人口高齢化による生活困窮高齢者の増加だ。
このうち稼働年齢層については、08年末の「年越し派遣村」と09年3月の厚労省の地方自治体に対する「速やかな保護決定」の通知を経て、受給者増加が加速した。11年度末の生活保護受給世帯152万世帯のうち、稼働年齢層を示す「その他世帯」の構成比は17%で、10年前の8%から急上昇している。この間、65歳以上の「高齢者世帯」や、「傷病者世帯」「障害者世帯」「母子世帯」の構成比は減少または微増にとどまる。
08年ごろまでは、稼働年齢層の生活保護申請をほとんど受け付けない自治体も多かったが、その後、非正規雇用者の失業やホームレスが増加したうえ、世論を反映した政府の方針転換もあり、稼働年齢層でも生活保護を受けやすくなったのである。
現在進められている制度見直しでも、稼働年齢層に対する就労・自立支援が大きなテーマになっている。
ここで問題なのは、生活保護の制度自体が就労のインセンティブを阻害していることだ。生活保護受給者が就労収入を得ると、収入に応じて生活保護給付額を削られてしまう。苦労して働いても、働かずに生活保護をもらっても、得られる金額があまり変わらないのだ。
そこで、政府が検討しているのが、「就労収入積立制度」だ。これは生活保護の受給期間中、就労で得た収入の全部または一部を積み立てておき、保護から抜ける際に本人に返還する制度だ。積み立てている間は就労収入は使えないが、就労収入が生活保護の支給額を下回っていれば、生活保護は従来どおり支給される。
この制度に関し、生活保護に詳しい岡部卓・首都大学東京教授は、「生活保護の出口で手持ち金を持たせてあげれば、自立しやすくなる」と言う。鈴木亘・学習院大学教授も「受給者は生活保護から脱した途端、家賃や社会保険料などの負担が生じ、以前より生活が苦しくなる。それを防ぐためにも必要だ」と指摘する。
このほか、稼働年齢層の生活保護受給を減らすためには、その一歩手前の段階で未然に防ぐことも必要だ。民主党は09年に政権に就いて以降、「最後のセーフティネット」である生活保護の手前に位置する「第2のセーフティネット」として就労支援制度、総合支援資金貸付制度、住宅手当といった貸付・支給制度の創設・拡充を図った。ところが、これがほとんど機能していないのだ。
これらの制度を利用した人は、その後、生活保護受給者になることが非常に多い。また、貸付金が焦げ付くケースも多発している。それなら、「第2のセーフティネット」利用後の生活保護受給を原則禁止するなどの見直しも考えるべきだろう。
生活保護予備軍の存在
一方、生活保護受給者急増のもう一つの要因である生活困窮高齢者の増加はより深刻だ。稼働年齢層の受給者を減らすことは簡単ではないにせよ、就労支援など対策はわかりやすい。最終的には経済や雇用を改善させれば、ある程度減らすこともできる。これに対し生活困窮高齢者の増加は、急速に進む人口の高齢化という構造問題が背景にあり、抜本的な対策が立てにくいからだ。
そもそも、生活保護受給世帯の4割超を占める最大の層が65歳以上の「高齢者世帯」であり、構成比は横ばいながら絶対数は稼働年齢層よりもはるかに増えている。
「高齢化率が上がるにつれ、これから生活困窮高齢者はどんどん増えるだろう。現役世代でも若年層中心に非正規雇用が増えており、彼らの多くは将来、無年金や低年金となる。生活保護受給者はいずれ、300万人になってもおかしくない」と、前出の岡部教授は語る。
浅羽隆史・白鴎大学教授の試算では、現在の受給世帯比率(2%台後半)のままでも、人口高齢化の結果、12年度3・7兆円の生活保護費は30年度には7兆円弱に達する。
生活困窮高齢者の問題は、年金制度のあり方とも密接に絡む。自営業者向けなどの国民年金は、保険料を40年間払い続けた満額の人でも月6・5万円程度にしかならない。企業などの正規雇用者として厚生・共済年金の加入歴がない人なら、ほとんどのケースで生活保護の給付水準以下だ。それでも多くの高齢者は生活保護を受給せず、預貯金を取り崩すことなどでやり繰りしている。
だが、非正規雇用は増え続け、厚労省の直近の調査では、所得が標準的世帯の半分以下である「ワーキングプア」は640万人もいる。彼らの大半は現役世代で、年金保険料を払っていない人もかなりいるとされる。将来の無年金・低年金予備軍であり、資産形成も難しいため、いずれ生活保護になだれ込む可能性が高い。とすれば、早期に保険料を払ってもらえるよう促すための年金制度の改革は急務だ。また、給付付き税額控除など貧困から脱するための後押し策も整える必要がある。
生活保護は社会保障制度の最後の砦であり、安易に入口を絞り込めば餓死や孤立死といった悲劇を生む。生活保護のケースワーカーとして約30年の勤務経験がある池谷秀登・帝京平成大学教授は、「生活保護は他の社会保障で救えなかった人を最後に救う制度。生活保護費を減らすのであれば、他制度の支出を増やさないとならない」と強調する。
確実にいえるのは、生活困窮者を減らすには、経済成長による雇用の確保や就労支援策に加え、年金制度などを含めた社会保障制度全般の見直しが必要ということだ。生活困窮者が1人でも少ない社会を目指すべきことは、いうまでもない。
1東洋経済オンライン - 2/08/24 | 14:03
背景にあるのは、受給者の急増に伴う生活保護費の増加だ。2012年度の生活保護費は3・7兆円と見込まれ、この10年で1・6倍以上に増加。保護費は基本的に税金で賄われている。増え続ける財政負担を抑えるため、現行の生活保護法が、1950年の施行以来、初めて抜本改正される可能性も高まってきた。
就労意欲を阻害する制度
生活保護の受給者は、戦後最少だった95年度の88万人をボトムに増え続け、昨年7月には205万人を超えて過去最多を更新。現在は210万人を突破している。
受給者急増の要因は大きく二つある。一つはリーマンショック後の雇用情勢悪化に伴う65歳未満の稼働年齢層失業者の増加、もう一つは人口高齢化による生活困窮高齢者の増加だ。
このうち稼働年齢層については、08年末の「年越し派遣村」と09年3月の厚労省の地方自治体に対する「速やかな保護決定」の通知を経て、受給者増加が加速した。11年度末の生活保護受給世帯152万世帯のうち、稼働年齢層を示す「その他世帯」の構成比は17%で、10年前の8%から急上昇している。この間、65歳以上の「高齢者世帯」や、「傷病者世帯」「障害者世帯」「母子世帯」の構成比は減少または微増にとどまる。
08年ごろまでは、稼働年齢層の生活保護申請をほとんど受け付けない自治体も多かったが、その後、非正規雇用者の失業やホームレスが増加したうえ、世論を反映した政府の方針転換もあり、稼働年齢層でも生活保護を受けやすくなったのである。
現在進められている制度見直しでも、稼働年齢層に対する就労・自立支援が大きなテーマになっている。
ここで問題なのは、生活保護の制度自体が就労のインセンティブを阻害していることだ。生活保護受給者が就労収入を得ると、収入に応じて生活保護給付額を削られてしまう。苦労して働いても、働かずに生活保護をもらっても、得られる金額があまり変わらないのだ。
そこで、政府が検討しているのが、「就労収入積立制度」だ。これは生活保護の受給期間中、就労で得た収入の全部または一部を積み立てておき、保護から抜ける際に本人に返還する制度だ。積み立てている間は就労収入は使えないが、就労収入が生活保護の支給額を下回っていれば、生活保護は従来どおり支給される。
この制度に関し、生活保護に詳しい岡部卓・首都大学東京教授は、「生活保護の出口で手持ち金を持たせてあげれば、自立しやすくなる」と言う。鈴木亘・学習院大学教授も「受給者は生活保護から脱した途端、家賃や社会保険料などの負担が生じ、以前より生活が苦しくなる。それを防ぐためにも必要だ」と指摘する。
このほか、稼働年齢層の生活保護受給を減らすためには、その一歩手前の段階で未然に防ぐことも必要だ。民主党は09年に政権に就いて以降、「最後のセーフティネット」である生活保護の手前に位置する「第2のセーフティネット」として就労支援制度、総合支援資金貸付制度、住宅手当といった貸付・支給制度の創設・拡充を図った。ところが、これがほとんど機能していないのだ。
これらの制度を利用した人は、その後、生活保護受給者になることが非常に多い。また、貸付金が焦げ付くケースも多発している。それなら、「第2のセーフティネット」利用後の生活保護受給を原則禁止するなどの見直しも考えるべきだろう。
生活保護予備軍の存在
一方、生活保護受給者急増のもう一つの要因である生活困窮高齢者の増加はより深刻だ。稼働年齢層の受給者を減らすことは簡単ではないにせよ、就労支援など対策はわかりやすい。最終的には経済や雇用を改善させれば、ある程度減らすこともできる。これに対し生活困窮高齢者の増加は、急速に進む人口の高齢化という構造問題が背景にあり、抜本的な対策が立てにくいからだ。
そもそも、生活保護受給世帯の4割超を占める最大の層が65歳以上の「高齢者世帯」であり、構成比は横ばいながら絶対数は稼働年齢層よりもはるかに増えている。
「高齢化率が上がるにつれ、これから生活困窮高齢者はどんどん増えるだろう。現役世代でも若年層中心に非正規雇用が増えており、彼らの多くは将来、無年金や低年金となる。生活保護受給者はいずれ、300万人になってもおかしくない」と、前出の岡部教授は語る。
浅羽隆史・白鴎大学教授の試算では、現在の受給世帯比率(2%台後半)のままでも、人口高齢化の結果、12年度3・7兆円の生活保護費は30年度には7兆円弱に達する。
生活困窮高齢者の問題は、年金制度のあり方とも密接に絡む。自営業者向けなどの国民年金は、保険料を40年間払い続けた満額の人でも月6・5万円程度にしかならない。企業などの正規雇用者として厚生・共済年金の加入歴がない人なら、ほとんどのケースで生活保護の給付水準以下だ。それでも多くの高齢者は生活保護を受給せず、預貯金を取り崩すことなどでやり繰りしている。
だが、非正規雇用は増え続け、厚労省の直近の調査では、所得が標準的世帯の半分以下である「ワーキングプア」は640万人もいる。彼らの大半は現役世代で、年金保険料を払っていない人もかなりいるとされる。将来の無年金・低年金予備軍であり、資産形成も難しいため、いずれ生活保護になだれ込む可能性が高い。とすれば、早期に保険料を払ってもらえるよう促すための年金制度の改革は急務だ。また、給付付き税額控除など貧困から脱するための後押し策も整える必要がある。
生活保護は社会保障制度の最後の砦であり、安易に入口を絞り込めば餓死や孤立死といった悲劇を生む。生活保護のケースワーカーとして約30年の勤務経験がある池谷秀登・帝京平成大学教授は、「生活保護は他の社会保障で救えなかった人を最後に救う制度。生活保護費を減らすのであれば、他制度の支出を増やさないとならない」と強調する。
確実にいえるのは、生活困窮者を減らすには、経済成長による雇用の確保や就労支援策に加え、年金制度などを含めた社会保障制度全般の見直しが必要ということだ。生活困窮者が1人でも少ない社会を目指すべきことは、いうまでもない。
1東洋経済オンライン - 2/08/24 | 14:03