精神科病院の社会的入院の解消が大きな課題となる中、横浜市の高齢化対応グループホーム(GH)モデル事業になっている精神障害者GH「おきな草・福寿草」(保土ケ谷区、櫻庭孝子管理者、以下「おきな草」)が9月で開設半年を迎えた。入居者の多くは精神科病院を退院した高齢者で、手厚い看護・介護を受けて地域生活を送っている。おきな草の実践は、高齢化に対応した精神障害者GHの整備の重要性とともに人件費を支える障害福祉サービス報酬改定の不可欠さを示している。
9月中旬のある日の午後、おきな草の廊下に大きな笑い声が響いた。管理者の桜庭さんと車いすの70代の男性が風船遊びを楽しんでいた。男性は何とか動かせる腕を使って風船をたたき、桜庭さんがやさしく打ち返す。男性は重い統合失調症で発語が難しく会話はできないが、楽しくてしょうがないという大きな笑い声だ。
男性は入居当初、怒りにとらわれた状態が続き、大きな叫び声を上げることも多かった。腕を激しく動かし、職員の介護作業を嫌がることもあった。「今は思いが通じるようになって、職員を信頼してくれるようになった。とてもいい笑顔を見せてくれる」。桜庭さんが満足そうに語った。
定員8人のおきな草は3月、NPO法人「西区はーとの会」(三宅義子理事長)が精神障害者向けに「日本で初めて介護からみとりまで行うグループホーム」と銘打ち開設した。保土ケ谷区の住宅街にあり、もう一つ定員8人のGH福寿草を併設し、一体運営している。
現在、60、70代の男女13人が入居。多くは市内の精神科病院に長期間、入院していた。「青年期に発病して入退院を繰り返し、ほとんど社会経験のない人もいる」と桜庭さん。統合失調症などの精神障害に加え、認知症になっている人もいる。大半が車いす、おむつを使用し、病状が進んで寝たきりに近い人もいる。
職員は、精神保健福祉士の桜庭さんのほか、看護師2人、常勤介護者7人、非常勤介護者5人、調理員3人、栄養士1人、事務員1人の計20人。
手厚い介護の成果の一つは、寝たきりに近い人も車いすの人も、全く床ずれを起こしていないことだ。昼も夜も2時間おきに体位を変え、おむつの確認をしているという。
看護師による健康管理に加え、調理員の役割も重要だ。毎食ごとに、一度作った食事を刻んだりミキサーにかけたりし、入居者の状態に応じて普通食から流動食まで数種類のバージョンを作る。コップで水を飲めない人には、お茶やジュースをゼリーにし、スプーンで口に運ぶ。
精神科病院の社会的入院の解消が大きな課題となる中、横浜市の高齢化対応グループホーム(GH)モデル事業になっている精神障害者GH「おきな草・福寿草」(保土ケ谷区、櫻庭孝子管理者、以下「おきな草」)が9月で開設半年を迎えた。入居者の多くは精神科病院を退院した高齢者で、手厚い看護・介護を受けて地域生活を送っている。おきな草の実践は、高齢化に対応した精神障害者GHの整備の重要性とともに人件費を支える障害福祉サービス報酬改定の不可欠さを示している。
9月中旬のある日の午後、おきな草の廊下に大きな笑い声が響いた。管理者の桜庭さんと車いすの70代の男性が風船遊びを楽しんでいた。男性は何とか動かせる腕を使って風船をたたき、桜庭さんがやさしく打ち返す。男性は重い統合失調症で発語が難しく会話はできないが、楽しくてしょうがないという大きな笑い声だ。
男性は入居当初、怒りにとらわれた状態が続き、大きな叫び声を上げることも多かった。腕を激しく動かし、職員の介護作業を嫌がることもあった。「今は思いが通じるようになって、職員を信頼してくれるようになった。とてもいい笑顔を見せてくれる」。桜庭さんが満足そうに語った。
定員8人のおきな草は3月、NPO法人「西区はーとの会」(三宅義子理事長)が精神障害者向けに「日本で初めて介護からみとりまで行うグループホーム」と銘打ち開設した。保土ケ谷区の住宅街にあり、もう一つ定員8人のGH福寿草を併設し、一体運営している。
現在、60、70代の男女13人が入居。多くは市内の精神科病院に長期間、入院していた。「青年期に発病して入退院を繰り返し、ほとんど社会経験のない人もいる」と桜庭さん。統合失調症などの精神障害に加え、認知症になっている人もいる。大半が車いす、おむつを使用し、病状が進んで寝たきりに近い人もいる。
職員は、精神保健福祉士の桜庭さんのほか、看護師2人、常勤介護者7人、非常勤介護者5人、調理員3人、栄養士1人、事務員1人の計20人。
手厚い介護の成果の一つは、寝たきりに近い人も車いすの人も、全く床ずれを起こしていないことだ。昼も夜も2時間おきに体位を変え、おむつの確認をしているという。
看護師による健康管理に加え、調理員の役割も重要だ。毎食ごとに、一度作った食事を刻んだりミキサーにかけたりし、入居者の状態に応じて普通食から流動食まで数種類のバージョンを作る。コップで水を飲めない人には、お茶やジュースをゼリーにし、スプーンで口に運ぶ。
一方、健康で自由に歩ける人にも、それなりの難しさがある。妄想や幻聴によって外出してしまう人もいる。それでも「自室に閉じ込めたり、縛ったりは決してしない。本人は妄想や幻聴とは思っていないから職員が外出に付き合い、寄り添い歩いて見守る」。疲れて道路に寝込んでしまうこともある。タイミングを見計らって声を掛け、一緒に帰ってくることを繰り返している。
半年が過ぎ、入居者と職員との意思疎通、相互理解も進んだ。
70代の男性は「車いすを押してもらって外に自由に出られるし、お金も自分の自由。病院よりいいね」と語る。女性グループでリビングに集まりトランプをしていた60代の女性は「病院ではやることがなく、ベッドで寝ているだけだった。今は快適です。お風呂にもゆっくり入れるし」と笑顔を見せた。8月末にはGH最初の夏祭りを開き、花火などいろいろなイベントを楽しんだ。
入居者を見つめながら桜庭さんは「これから、さらに3人が入居して家族が決まる。このメンバーと死ぬまで一緒」と力強く語った。
◆報酬改定 課題浮き彫り
日本では精神疾患で約32万人(2011年)が入院し、そのうち精神科病床に長期入院(1年以上)している患者は約19万人。国際的に突出した数字だ。立ち遅れた医療と経営上の利益から患者を入院させ続けた精神科病院、精神障害者を病院に閉じ込めて良しとしてきた国の政策、アパートを借りられないといった地域生活を困難にする社会的偏見がこれだけの犠牲者を生んだ。12年の厚生労働省の調査でも、長期入院の約30%は住居・支援がないため退院困難な社会的入院と推計された。
厚労省の有識者検討会はことし7月、長期入院精神障害者の地域移行に向け、病床削減による精神科病院の構造改革、地域生活を支える住居、サービスの整備などを求める報告書をまとめた。入院での医療費に比べ、地域での福祉サービス費の方が経費も安くなると見込まれる。同省は現在、診療報酬改定、障害福祉サービス報酬改定に向け作業を進めている。
議論の最中に開設されたおきな草は、結果的に社会的入院解消の行方を占う試金石の一つとなっている。
1月の入居者募集では、精神科病院からの入居希望が相次いだという。高齢の入院患者の場合、親はすでに亡くなり、兄弟も高齢化し引き取ることができない。特別養護老人ホームなど介護保険施設も待機者が多いことを理由になかなか入居させてくれない。本人、家族、国の病床削減政策を受け退院の取り組みを始めた精神科病院にとって、おきな草は救いの施設となった。
多くが高齢者である数万人もの精神障害者を地域生活に復帰させるには、受け皿の整備が急務だ。高齢者は原則的に介護保険で対応するため、特別養護老人ホームなど介護保険施設の活用は必須だ。
一方で、桜庭さんは「障害者の場合は障害の特性を熟知する必要がある。障害者は高齢になっても、専門性を生かして障害福祉サービスで対応した方が望ましい」と指摘する。ただし、現在の障害者総合支援法の障害福祉サービス報酬では、高齢・重度化に対応した精神障害者GHの運営は難しいという。
おきな草の看護、介護体制を維持できるのは、横浜市の高齢化対応GHのモデル事業(14~16年度)として、看護師、栄養士らの人件費年間約3千万円(1施設約1500万円)の補助金が上乗せ支給されているからだ。「これがなければ運営はできない。先駆けて事業を展開してくれた市には感謝している」と桜庭さん。ただ、市はモデル事業終了後の対応を未定としている。
厚労省では現在、15年度障害福祉サービス報酬改定に向け各論の議論に入ろうとしている。その行方が注目される。
精神科病院の社会的入院の解消が大きな課題となる中、横浜市の高齢化対応グループホーム(GH)モデル事業になっている精神障害者GH「おきな草・福寿草」(保土ケ谷区、櫻庭孝子管理者、以下「おきな草」)が9月で開設半年を迎えた。入居者の多くは精神科病院を退院した高齢者で、手厚い看護・介護を受けて地域生活を送っている。おきな草の実践は、高齢化に対応した精神障害者GHの整備の重要性とともに人件費を支える障害福祉サービス報酬改定の不可欠さを示している。
9月中旬のある日の午後、おきな草の廊下に大きな笑い声が響いた。管理者の桜庭さんと車いすの70代の男性が風船遊びを楽しんでいた。男性は何とか動かせる腕を使って風船をたたき、桜庭さんがやさしく打ち返す。男性は重い統合失調症で発語が難しく会話はできないが、楽しくてしょうがないという大きな笑い声だ。
男性は入居当初、怒りにとらわれた状態が続き、大きな叫び声を上げることも多かった。腕を激しく動かし、職員の介護作業を嫌がることもあった。「今は思いが通じるようになって、職員を信頼してくれるようになった。とてもいい笑顔を見せてくれる」。桜庭さんが満足そうに語った。
定員8人のおきな草は3月、NPO法人「西区はーとの会」(三宅義子理事長)が精神障害者向けに「日本で初めて介護からみとりまで行うグループホーム」と銘打ち開設した。保土ケ谷区の住宅街にあり、もう一つ定員8人のGH福寿草を併設し、一体運営している。
現在、60、70代の男女13人が入居。多くは市内の精神科病院に長期間、入院していた。「青年期に発病して入退院を繰り返し、ほとんど社会経験のない人もいる」と桜庭さん。統合失調症などの精神障害に加え、認知症になっている人もいる。大半が車いす、おむつを使用し、病状が進んで寝たきりに近い人もいる。
職員は、精神保健福祉士の桜庭さんのほか、看護師2人、常勤介護者7人、非常勤介護者5人、調理員3人、栄養士1人、事務員1人の計20人。
手厚い介護の成果の一つは、寝たきりに近い人も車いすの人も、全く床ずれを起こしていないことだ。昼も夜も2時間おきに体位を変え、おむつの確認をしているという。
看護師による健康管理に加え、調理員の役割も重要だ。毎食ごとに、一度作った食事を刻んだりミキサーにかけたりし、入居者の状態に応じて普通食から流動食まで数種類のバージョンを作る。コップで水を飲めない人には、お茶やジュースをゼリーにし、スプーンで口に運ぶ。
一方、健康で自由に歩ける人にも、それなりの難しさがある。妄想や幻聴によって外出してしまう人もいる。それでも「自室に閉じ込めたり、縛ったりは決してしない。本人は妄想や幻聴とは思っていないから職員が外出に付き合い、寄り添い歩いて見守る」。疲れて道路に寝込んでしまうこともある。タイミングを見計らって声を掛け、一緒に帰ってくることを繰り返している。
半年が過ぎ、入居者と職員との意思疎通、相互理解も進んだ。
70代の男性は「車いすを押してもらって外に自由に出られるし、お金も自分の自由。病院よりいいね」と語る。女性グループでリビングに集まりトランプをしていた60代の女性は「病院ではやることがなく、ベッドで寝ているだけだった。今は快適です。お風呂にもゆっくり入れるし」と笑顔を見せた。8月末にはGH最初の夏祭りを開き、花火などいろいろなイベントを楽しんだ。
入居者を見つめながら桜庭さんは「これから、さらに3人が入居して家族が決まる。このメンバーと死ぬまで一緒」と力強く語った。
◆報酬改定 課題浮き彫り
日本では精神疾患で約32万人(2011年)が入院し、そのうち精神科病床に長期入院(1年以上)している患者は約19万人。国際的に突出した数字だ。立ち遅れた医療と経営上の利益から患者を入院させ続けた精神科病院、精神障害者を病院に閉じ込めて良しとしてきた国の政策、アパートを借りられないといった地域生活を困難にする社会的偏見がこれだけの犠牲者を生んだ。12年の厚生労働省の調査でも、長期入院の約30%は住居・支援がないため退院困難な社会的入院と推計された。
厚労省の有識者検討会はことし7月、長期入院精神障害者の地域移行に向け、病床削減による精神科病院の構造改革、地域生活を支える住居、サービスの整備などを求める報告書をまとめた。入院での医療費に比べ、地域での福祉サービス費の方が経費も安くなると見込まれる。同省は現在、診療報酬改定、障害福祉サービス報酬改定に向け作業を進めている。
議論の最中に開設されたおきな草は、結果的に社会的入院解消の行方を占う試金石の一つとなっている。
1月の入居者募集では、精神科病院からの入居希望が相次いだという。高齢の入院患者の場合、親はすでに亡くなり、兄弟も高齢化し引き取ることができない。特別養護老人ホームなど介護保険施設も待機者が多いことを理由になかなか入居させてくれない。本人、家族、国の病床削減政策を受け退院の取り組みを始めた精神科病院にとって、おきな草は救いの施設となった。
多くが高齢者である数万人もの精神障害者を地域生活に復帰させるには、受け皿の整備が急務だ。高齢者は原則的に介護保険で対応するため、特別養護老人ホームなど介護保険施設の活用は必須だ。
一方で、桜庭さんは「障害者の場合は障害の特性を熟知する必要がある。障害者は高齢になっても、専門性を生かして障害福祉サービスで対応した方が望ましい」と指摘する。ただし、現在の障害者総合支援法の障害福祉サービス報酬では、高齢・重度化に対応した精神障害者GHの運営は難しいという。
おきな草の看護、介護体制を維持できるのは、横浜市の高齢化対応GHのモデル事業(14~16年度)として、看護師、栄養士らの人件費年間約3千万円(1施設約1500万円)の補助金が上乗せ支給されているからだ。「これがなければ運営はできない。先駆けて事業を展開してくれた市には感謝している」と桜庭さん。ただ、市はモデル事業終了後の対応を未定としている。
厚労省では現在、15年度障害福祉サービス報酬改定に向け各論の議論に入ろうとしている。その行方が注目される。
一方、健康で自由に歩ける人にも、それなりの難しさがある。妄想や幻聴によって外出してしまう人もいる。それでも「自室に閉じ込めたり、縛ったりは決してしない。本人は妄想や幻聴とは思っていないから職員が外出に付き合い、寄り添い歩いて見守る」。疲れて道路に寝込んでしまうこともある。タイミングを見計らって声を掛け、一緒に帰ってくることを繰り返している。
半年が過ぎ、入居者と職員との意思疎通、相互理解も進んだ。
70代の男性は「車いすを押してもらって外に自由に出られるし、お金も自分の自由。病院よりいいね」と語る。女性グループでリビングに集まりトランプをしていた60代の女性は「病院ではやることがなく、ベッドで寝ているだけだった。今は快適です。お風呂にもゆっくり入れるし」と笑顔を見せた。8月末にはGH最初の夏祭りを開き、花火などいろいろなイベントを楽しんだ。
入居者を見つめながら桜庭さんは「これから、さらに3人が入居して家族が決まる。このメンバーと死ぬまで一緒」と力強く語った。
◆報酬改定 課題浮き彫り
日本では精神疾患で約32万人(2011年)が入院し、そのうち精神科病床に長期入院(1年以上)している患者は約19万人。国際的に突出した数字だ。立ち遅れた医療と経営上の利益から患者を入院させ続けた精神科病院、精神障害者を病院に閉じ込めて良しとしてきた国の政策、アパートを借りられないといった地域生活を困難にする社会的偏見がこれだけの犠牲者を生んだ。12年の厚生労働省の調査でも、長期入院の約30%は住居・支援がないため退院困難な社会的入院と推計された。
厚労省の有識者検討会はことし7月、長期入院精神障害者の地域移行に向け、病床削減による精神科病院の構造改革、地域生活を支える住居、サービスの整備などを求める報告書をまとめた。入院での医療費に比べ、地域での福祉サービス費の方が経費も安くなると見込まれる。同省は現在、診療報酬改定、障害福祉サービス報酬改定に向け作業を進めている。
議論の最中に開設されたおきな草は、結果的に社会的入院解消の行方を占う試金石の一つとなっている。
1月の入居者募集では、精神科病院からの入居希望が相次いだという。高齢の入院患者の場合、親はすでに亡くなり、兄弟も高齢化し引き取ることができない。特別養護老人ホームなど介護保険施設も待機者が多いことを理由になかなか入居させてくれない。本人、家族、国の病床削減政策を受け退院の取り組みを始めた精神科病院にとって、おきな草は救いの施設となった。
多くが高齢者である数万人もの精神障害者を地域生活に復帰させるには、受け皿の整備が急務だ。高齢者は原則的に介護保険で対応するため、特別養護老人ホームなど介護保険施設の活用は必須だ。
一方で、桜庭さんは「障害者の場合は障害の特性を熟知する必要がある。障害者は高齢になっても、専門性を生かして障害福祉サービスで対応した方が望ましい」と指摘する。ただし、現在の障害者総合支援法の障害福祉サービス報酬では、高齢・重度化に対応した精神障害者GHの運営は難しいという。
おきな草の看護、介護体制を維持できるのは、横浜市の高齢化対応GHのモデル事業(14~16年度)として、看護師、栄養士らの人件費年間約3千万円(1施設約1500万円)の補助金が上乗せ支給されているからだ。「これがなければ運営はできない。先駆けて事業を展開してくれた市には感謝している」と桜庭さん。ただ、市はモデル事業終了後の対応を未定としている。
厚労省では現在、15年度障害福祉サービス報酬改定に向け各論の議論に入ろうとしている。その行方が注目される。
施設ができて最初の夏祭りを楽しむ入居者と職員=おきな草・福寿草
【神奈川新聞】 2014.09.26 11:00:00