社会の風潮撃つ視点
いわば“伝説の書”の復刊といっていいだろう。本書は、1979年に刊行(JCA出版)されたものの、その後、絶版となり図書館でもなかなか手にすることができなかった。
著者は脳性まひの重度障害者(一昨年死去)で、ドキリとするタイトルは、当時続発していた家族による「障害者殺し」を踏まえたものだ。
例えば1970年、横浜市で2人の障害児を育てていた母親が、下の娘をエプロンのひもで絞め殺すという事件が起こった。しかし事件後、母親に多くの同情が集まることとなる。母親を殺害に追い込んだのは、何より日本の福祉政策の貧困であり、母親もまた被害者であると、町内会や障害児をもつ親の会を中心に、加害者である母親の「減刑」を嘆願する運動が開始されたのである。
こうした動きに異を唱えたのが、著者らを中心とする障害者団体「青い芝の会」だった。殺した母親がかわいそうというなら、殺された子はどうなるのか。減刑は、障害者の「生存権」の否定である、として徹底した抗議行動を展開したのである。
彼らは「役に立たない人間は存在する価値がない」という社会の風潮や人間観そのものを撃ち、同時にわが子を愛しながらも障害児であることを恥じ、やがて自分自身の手で殺そうとする「親の愛」さえも撃った。
「『親』によって私たち『障害者』はどれ程の抑圧、差別を受けているか。(略)『愛』の本質に潜むエゴを見据えなければならない。そして、所詮しょせん自己執着から逃れ得ない人間の哀かなしみを確認し、その時点からの叫びをあげなければならないのだ」
鋭利な社会批判はもちろん、親子の愛憎を障害者問題の根本に据えた視点は、今日の出生前診断や家族介護を取り巻く問題を考える上でも重要で、深い。「増補新装版」である本書には、社会学者・立岩真也氏による解説も付され、社会福祉や生命倫理を学ぶための必読文献であるばかりか、わが身を切り刻むような問題提起が今なお異様な存在感を放つ。
◇よこた・ひろし=1933~2013年。難産による脳性まひで不就学。1981~83年、「全国青い芝の会」会長。
現代書館 2200円
2015年08月10日 読売新聞