ーー義足エンジニア・遠藤謙が見据える未来
テクノロジーにより、障害を持つ人たちの可能性が大きく拓かれるようになってきている。オリンピックと同じ年、同じ場所で開催されるパラリンピック。義足や義手を付けてこれに出場する選手たちの記録は年々向上しており、健常者の記録に追いつきそうな勢いだという。
義足を付けていることで、健常者よりも高いパフォーマンスを発揮することができる。そうなると、義足というものへの認識は変化してくるのではないだろうか。
途上国の人々とともに義足の開発に取り組み、義足開発によって得られたデータをリハビリやスポーツに応用しようとしている遠藤謙氏。MITメディア・ラボを卒業し、現在はソニーコンピュータサイエンス研究所に所属しながら、Xiborg(サイボーグ)という会社を経営している。
「技術によって障がい者や健常者といった境目をなくすことができる」
新宿360°大学で遠藤氏が語った義足の可能性を紹介する。
義足の開発への導いた恩師の言葉
私は現在、義足の研究や開発に取り組んでいます。いまは、身体のどこか一部に欠陥があると障がい者だと見られてしまいます。しかし、もし義足を付けた人が健常者よりも早く走ることができたらどうでしょう。障害者が“ヒーロー”になるかもしれません。
私がそんなことを考えるようになったきっかけに、あるロッククライマーの存在があります。
「世の中に障害者はいない。ただ、技術のほうに障害がある」
この言葉を放ったヒュー・ハーという登山家は山で事故に遭い両足を失いました。それでも自分の足で壁を登りたいと考えた彼は、自ら義肢を開発し、再び登山に挑戦します。その姿に感銘を受けた私は、彼の元で研究をしたいと強く思いました。
そこで私は、2ヵ月間かけて彼が在籍するMITのメディアラボを受験。無事に合格し、彼の元で研究を重ねました。卒業後の2012年、日本に帰国し、ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属しながら、Xiborgという会社を経営しています。
モノだけではなくスキルも与える
私が取り組んでいる義足には、大きく3つの分類があります。「ロボット義足」と「安価な義足」、そして「競技用義足」です。義足を必要としている人は世界中にいて、その理由や目的によって適切な義足は異なります。
歩くということは地面を蹴るという能動的なアクションが必要になるため、モーターなどでその動作を補助できるよう、義足に技術が加えられることも今後はスタンダードになるはずだと考えています。ただ、ロボット義足は利用できる人も限られています。
たとえば途上国では安価な義足が必要になります。インドでは、あるNPOが貧困層の障がい者に向けて無料で義足を配っています。安価ではありますが性能が少し劣るため、私は現地のクリニックと協力し、彼らのニーズに合わせた義足を開発することになりました。
普段、エンジニアは患者と直接触れ合うことはほとんどありません。しかし、このインドのプロジェクトでは、「ただモノを与えるだけでなく、現地の人と一緒に制作し、エンジニアスキルを身に付けてもらいたい」という思いがありました。利用者と一緒に開発を進めたため、その過程で直接フィードバックをもらうことができました。これは、この上ないほど生きがいを感じる体験でした。
さらに共に開発し続けたことで、現地の利用者たちが自ら工夫してプロトタイプを作り始めたんです。この変化が起きたことは嬉しかったですね。一緒にモノづくりをしたことで、現地の人が当事者意識を持ち、結果エンジニアスキルの向上にもつながったのです。
小さなコミュニティの中ではありますが、現地の人々の生活を変える解決策が生まれた瞬間でした。これをスケールアップすることができれば、世界を変えていける。私はこうしたアプローチで、障がい者や健常者といった境目がなくなる世界を本気で目指しています。
健常者の記録に近づく、スポーツ用義足を開発
近年、パラリンピックのレベルはどんどん上がっています。走り幅跳びや100メートル走などで健常者の記録に近づく結果が出てきています。この背景には障がい者アスリートの身体能力の向上と、競技人口の増加があります。
2020年の東京オリンピックの頃には、もしかしたらパラリンピック選手のほうが良い結果を出すかもしれません。私が陸上選手の為末大やデザイナーの杉原行里と立ち上げたXiborgという会社は、バイオメカニクスを考慮した競技用義足の開発と、その義足に合わせた選手育成を行っています。
現状、体格の違う人たちが同じ義足を使って競技をしています。本来は自分の体重、走るピッチやストライドなどスタイルに合わせて義足を選ぶ必要があります。Xiborgでは実際に使う選手と一体となって開発することを心がけ、選手それぞれに合った義足を開発しています。
義足を使う場合、上から抑えこむようにして走らなければならず、健常者よりも体幹を鍛える必要があります。義足で走るためのトレーニングについては為末大が担当しています。今後は、Xiborgとして、東京オリンピックやパラリンピック、そしてスイスで開催されるロボット義足を付けた競技者が集うサイバスロンなどにも積極的に関わっていきたいと考えています。
義足開発の先に見える世界
義足の開発で培われた技術やノウハウは、リハビリの現場などにも活用することができます。私たちは現在、小さなリハビリ施設で、リハビリ用の機器にモーターモジュールを取り付け、最小限の力で歩くことをアシストする取り組みを行っています。
この取り組みはデータを貯めることによって、理学療法士のノウハウを可視化・蓄積する目的としています。義足は横展開が容易で、義足開発によって得られているノウハウはリハビリやスポーツなどに転用しやすくなっています。そのため、私は蓄積したノウハウをいかに実践まで持っていけるかを考えながら、日々研究しています。
日本では、健常者と障がい者は手帳の有無できっぱり分かれています。ただ、人は歳を重ねていけばどんどん歩けなくなっていきます。健常者であっても障がい者になる可能性もあります。私はこれから、障がい者と健常者の境目はグラデーションになってくると考えています。
私が開発している義足をはじめとしたウェアラブルデバイスは、健常者の上に新しい色をつけながら、障がい者の色を薄くする役割を担っているのだと考えています。将来、デバイスの着脱により互いの領域を行ったりきたりできるような社会の姿を見てみたいと思います。
グラデーションとなる障がい者と健常者の境目。テクノロジーを活用することで、人々がこれまで持っていた認識を変えていくことが可能になることがわかった。
ひとつの問題意識を追求していくことで、遠藤氏のように様々な領域へとアプローチしていくことができるようにもなる。
自分にとっての追求するべきテーマを見つけることができれば、より世界は広がっていくのかもしれない。
遠藤謙(えんどう・けん)
機械工学者、ロボット工学者。マサチューセッツ工科大学Ph.D。 バイオメカニクス、ロボット義足、発展途上国用義足、競技用義足の研究開発で著名。現在はソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー、株式会社Xiborg代表取締役、D-leg代表、See-D代表を務める。
2015年08月29日 現代ビジネス