特定の言葉が出にくかったりどもったりする「吃音(きつおん)」のある人の生きづらさや支援の課題を追った「となりの障害 吃音とともに」(3月17〜19日、全3回)に、多くの感想や意見が寄せられました。その一部を紹介します。
●どう説明したら
「吃音自体ももちろん辛(つら)いですが、理解されないことが最大の辛さだと感じています」
メールでそうつづったのは、吃音症状を持つ東京都内の女性(29)だ。中学1年の頃、突然「あ行」や「か行」の言葉が出にくくなった。国語の朗読の時間に言葉に詰まる女性に、漢字の読み方が分からないのだと誤解して何度も読み方を教える教師、それでも黙り込む女性の姿をけげんな顔で見つめる級友……。「今でも思い出すとどん底の気持ちになる」と振り返る。
大学時代はほとんど症状が出なかったが、事務職の正社員として就職後の2011年、突然、電話で勤め先の事業所名が言えなくなった。一時期症状は改善したが、14年に再発。吃音を知る同僚はおらず、「電話に出なくてもよい」と言われたが、後ろめたさから同年に自主退職。その後パートとして再就職したが、普段の会話でも同僚や上司の名前が発声できなくなり、今年3月末で退職した。
女性は、普段の会話はスムーズにこなせる。その分、人の名前など固有名詞で言葉に詰まり、電話対応ができないことを、周囲にどう説明してよいのか分からない。
女性は「吃音のことを分かってくれる人の前ではあまり症状が出ない。吃音を知る人が増え、電話に出られなくても、別の仕事をするなどの働き方ができるようになれば、もっと生きやすくなると思う」と話す。
●手帳取得できず
大学院で医療社会学分野の研究に携わる野島那津子さん(32)は、吃音ではないが、声が出なくなる別の病気を抱える。喉に良性腫瘍ができる「喉頭乳頭腫」で手術を繰り返し、その副作用で15年夏、声帯が張り付いてしまう「喉頭横隔膜症」になった。
ささやき声でかろうじて会話をしていたが、騒がしい場所では筆談するしかない。学会発表もささやき声でこなした。聞き手のいらいらしたような表情が怖かった。今年2月、手術で声を取り戻した。今は通常の声で話すことができるが、医師から「再発の可能性が高い」と言われた。ある日再び声が出なくなる恐怖と隣り合わせに暮らしている。
野島さんは一時期、身体障害者手帳の取得も検討したが、医師から、ささやき声が出るのであれば手帳は取得できないと言われた。日々の生活に支障が出ても、障害者手帳を取得しなければ「障害」と認められず公的援助を受けられない現状に疑問を持つ。「現代はコミュニケーションを重視する社会。発声や言語の障害を抱える場合、本当につらい思いをする」。吃音だけでなく、コミュニケーション面での障害全体に対して理解が深まることを願う。
●知ることが1歩
東京都の会社員、小室喜一さん(45)は、吃音かもしれないバスの運転手と出会った体験を寄せた。今年1月ごろ、当時小学6年の次男と路線バスに乗車していたところ、アナウンスの単語と単語の間が異常に長い運転手がいたという。次男は何度かその運転手を見かけており「今日の運転手さんは変なんだ」と言う。小室さん自身も、「ふざけているのか」と疑問に思った。
その後、報道で吃音という障害があることを知り、「あの運転手は吃音があったのかもしれない」と初めて考えるようになったという。「アナウンスを一生懸命こなそうとしていたのだとしたら、『変な運転手だ』と考えていた自分が恥ずかしい」。次男にも今回の連載記事を読ませた。「そうした障害や病気があることを知らないことで、誰かを傷つけているかもしれない。そのことを息子にもきちんと伝えたいと思った。知ることで違った対応ができる」と語った。
連載「となりの障害 吃音とともに」の記事を読み、自らの体験と重ね合わせる女性
毎日新聞 2016年5月4日