視覚障害や読字障害の人、高齢者ら、読書に困難を抱える人がたくさんいます。誰もが読書を楽しめるようにするにはどうすればよいのでしょうか。4月に施行された「障害者差別解消法」では、図書館や出版社も“合理的配慮”が求められています。新たな動きや課題を紹介します。
■音声・点字で貸し出し
障害者差別解消法で、行政機関は合理的配慮が義務になった。もちろん、身近な公共図書館もだ。2011年に改正された障害者基本法でも、情報を得たり利用したりする手段を広げることが官民に求められており、野口武悟専修大教授(図書館学)は「障害がある人の情報保障に果たす図書館の役割は大きい」と指摘する。
日本図書館協会は3月に、差別解消法についての「ガイドライン」をつくった。合理的配慮の例として、手話や点字などで意思疎通をしやすくすることなどを挙げている。大きな活字の本や音声図書、障害があっても読みやすい電子書籍など、読書を助ける機器や環境の整備も求めている。
大阪府枚方市のあんま師・三浦秀樹さん(61)は30代で眼病を患って視覚障害になり、同市立図書館の障害者向けのサービスを活用して、読書を楽しむ。
歴史やミステリーなど、月に5~6点の音声図書を読んでいる。希望する本を図書館に持って行き、音声図書にしてもらうこともある。
本や音楽CDで題が分からない時も、職員がタイトルを一つずつ読み上げてくれるという。「枚方の図書館になければ全国から取り寄せてもらえる。職員の方も親切、丁寧で、満足しています」と話す。年に4回、音声版の図書館だよりも郵便で届く。
だが、全国どこでもそうしたサービスが受けられるわけではない。
2010年の国立国会図書館の調査では、障害者サービスをしているとする図書館の割合は約66%。日本図書館協会のガイドラインづくりにかかわった同協会障害者サービス委員会関西小委員会の杉田正幸委員長は「サービスをしているのは東京や大阪が中心で、充実したサービスができているところは少ないのではないか」と言う。「基本的なサービスをどの図書館でも受けられるよう、法制定をきっかけに取り組んでほしい」
音声図書や点字図書などのデータを集めて図書館に送り、障害者の読書環境づくりで大きな役割を果たしているのが「視覚障害者情報総合ネットワーク『サピエ』」だ。収蔵しているのは昨年12月で約25万点。国立国会図書館の電子データもこのサピエを通して利用できる。視覚障害者だけでなく、読書に困難がある人なら広く使える。
図書館は利用者から申請があれば、サピエから希望の資料をダウンロード。CDや点字図書などに仕上げて貸し出す仕組みだ。だが、サピエを運営している「全国視覚障害者情報提供施設協会」によると、サピエのネットワークに入っている図書館は少しずつ増えているものの、4月現在で約3千ある公共図書館の4%程度。14県では、視覚障害者を対象とした「点字図書館」以外にサピエを利用できる図書館がないのが現状という。同協会の藤野克己・事務局長は「ぜひサピエを活用し、読書が困難な人にも開かれた図書館を目指してほしい」と呼びかける。
■電子書籍「読み上げ」ソフト開発も
印刷された文字を読むのが難しい人、上半身の障害で本を持つのが難しい人……。読書に困難があるのは視覚に障害がある人だけではなく、その数は1千万人規模にのぼるのではという試算もある。中途失明の人は点字を読めない人が多く、点字だけでなく、音声による図書も必要になる。
音声図書づくりを担っているのは主にボランティアだ。だが、一人前になるには長い訓練が必要。人材不足が懸念され、ボランティア頼みには限界がある。
そこで、これから期待されるのが電子書籍を読み上げる技術だ。
今のところ、普及には課題が多い。静岡県立大客員研究員の青木千帆子さんは、インターネットで電子書籍を販売している主な書店を対象に、15年に出版された売り上げランキング上位の文芸やビジネスの電子書籍を調べた。読むために使うソフトの問題などで、大半が音声では読書を楽しめないという。「ソフトの改良にはコストがかかるが、誰もが等しく読書の機会を得られるようになるためにも、音声読み上げへの対応が必要です」
また、漢字には様々な読み方があり、読み間違いをどう防ぐかや、数式などをどう読ませるかも壁になる。
日本電子出版協会ビジネス研究委員会の岡山将也(のぶや)委員長は、電子出版にかかわる企業などでつくる「電子出版制作・流通協議会」と協力し、正しく読み上げられる電子書籍を手軽に制作できる技術を研究している。読み間違いが起こる部分の読み方を辞書で指定することで、異体字や数式なども正しく読ませることができるという。
今後さらに改良を進めるという岡山委員長は「障害者や高齢者ら、読書に困難を感じている方はたくさんおり、読み上げが普及すれば、そうした人も読書を楽しめるようになる。出版社もぜひ関心を向けてほしい」と話す。
《合理的配慮》 社会生活を送るなかで不都合を感じないよう工夫をしてほしいと、障害者から要望があった時、重すぎる負担にならない範囲で必要な配慮をすること。合理的配慮をしないことは、障害者差別解消法で禁じられている差別にあたる。行政は義務。民間事業者は義務ではないが努力しないといけない。

枚方市立中央図書館にある大きな活字の本=大阪府枚方市