足の不自由な車いすの男性が階段式のタラップを腕の力で上るという出来事が、格安航空会社(LCC)のバニラ・エア(本社・成田空港)で先月起きた。企業に求められている障害者に対する「合理的配慮」への理解が課題になった。
友人5人と鹿児島県の奄美大島への旅を楽しもうと、関西空港へ向かった木島英登(ひでとう)さん(44)=大阪府豊中市。広告会社勤務をへて、2004年に「バリアフリー研究所」を起業。海外旅行記をメディア向けに執筆したり、企業研修の講師を務めたりしてきた。飛行機に乗る機会も多いが、バニラ・エアの搭乗カウンターで「歩けないこと」を理由に搭乗を拒否された。
昨年4月施行の障害者差別解消法(解消法)は、障害があることを理由にサービスの利用を拒否することや、サービスの提供の場所や時間などを制限したり、条件をつけたりする「不当な差別的取り扱い」を禁じている。また、障害者から障壁を取り除くよう要請があった場合、企業には負担が重すぎない範囲でこれを取り払う「合理的配慮」をする努力を義務づけた。
国土交通省は法の施行を受け、差別解消に取り組むための「一般的な考え方」を対応指針にまとめ、セミナーなどを通じて航空各社にも周知した。
同省安心生活政策課の担当者は「(合理的配慮の程度や負担の範囲が)航空会社の事業規模で差が出ることはあり得るが、LCCだからといって合理的配慮を提供することに取り組まなくてもいい、ということではない」と説明する。
この出来事の報道後、木島さんの元には同社に事前連絡すべきだったとの声がメールなどで届いた。木島さんは、多くの荷物があったり、複数の車いすの人がいたりするなど過度の負担が予想される時は連絡をしている。ただ、過去には「当日空港で判断する」と言われて搭乗を諦めたり、電話でたらい回しにされたりした経験もあり、悔しい思いをしてきた。
今回は「ひょっとしたらタラップかも」とは予想したが、何かあれば同行者に手伝ってもらえばいいと気軽に考えて、連絡しなかった。「断られるとも思っていなかった」と話す。しかし、バニラ・エアは当時、関空と奄美を結ぶこの便では「車いすのお客さまから事前連絡があった場合、搭乗をお断りしていた」(同社人事・総務部)という状況だった。
木島さんは大阪に戻った後、鹿児島県と大阪府の障害者差別の窓口などに相談した。事実確認がされ、同社は、座った状態で運べる担架「アシストストレッチャー」や座ったまま階段を移動できる「階段昇降機」の導入の案を示し、6月29日までに設置した。
ネット上では木島さんのことを「クレーマー」などと書き込む人もいた。こうした現象に国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」(東京)事務局長で弁護士の伊藤和子さんは、「障害者が声をあげることが『わがまま』と受け取られたためで残念としかいいようがない。『弱者』に対する社会の冷たい目線が背景にある」と分析。「だからこそ声をあげることは、多くの人が目に見えないことを気づかせてくれるので重要なはずだ」と話す。相談を受けた鹿児島県の担当者は「不便や不満を感じていても、言われなければ気づかないところがある。不都合なことがあれば声をあげて知らせてほしい」と話した。
解消法は、06年に国連で採択された障害者権利条約に日本が翌年署名して以来、整備が進められてきた。条約は、障害に基づく差別の禁止をうたい、障害がある人の人権や基本的自由、平等を促すと規定している。そのためにも、社会にある障壁をなくすことが必要であり、様々な分野での「合理的配慮」を求めている。
外務省人権人道課によると、7月現在で締結しているのは173カ国と1地域機関(EU)。日本は解消法制定への取り組みなどを進め、ほかの先進国に比べて遅く14年1月に締結したが、以来3年あまりがたつ。
解消法の今後について、東洋英和女学院大学大学院の石渡和実教授(障害者福祉論)は「誰しも納得できる社会にすることが目標だが、現実はまだその前段階」とみる。「企業との間で知恵を出し合っていくことが大事。そうした積み重ねが合理的配慮をどの場面でどれだけするのがいいかといった国民的合意につながる」と指摘している。
〈出来事の概要〉 高校時代にラグビーの練習中に脊椎(せきつい)を損傷し、車いすで生活をしている木島英登さんが6月3日、関西空港発奄美行きのバニラ・エア便に乗ろうとした際、降機時に階段式タラップになるとして、搭乗カウンターで「歩けない人は乗れない」と言われた。同社は当時、昇降機などの機材を奄美空港に設置していなかった。
木島さんは「同行者に手助けしてもらう」と伝えて搭乗し、行きは友人らに車いすごと担いでもらって降りた。ただ、同社ではそれを危険だとして禁じていたため、同5日の帰りの便に乗ろうとした際、同社の業務委託を受けた空港職員に止められた。木島さんは車いすを降り、階段を背にして腕の力でタラップをずり上がって搭乗した。
バニラ・エアが奄美空港で導入した階段昇降機
障害者差別解消法が求めていること
2017年7月31日 朝日新聞